第七話 ネオン街のアユツリシ(内野聖(仮)さんの場合)
こんばんは、ビデオ予約したので見たい放送は後で見ようと思っている蘆花です。そう、今日は突然ですが、夜の街から今回はお送りしたいと思います……。無駄に目がちかちかするネオン街です。
今回の子の為に造った釣竿を届けに参りました。今風のガラス繊維や炭素繊維で合成樹脂を補強した繊維強化プラスチックのものに私の力を上乗せしたものです。まぁ、この釣竿もその子を慰めるためのもの。棺とともに一緒に燃えた釣竿をちょっとアレンジしたもので、特殊素材をつかった竿みたいに、折れ曲がり強度や引っ張り強度が高く、軽いものに。
ところでなぜ、ネオン街で? と思われる方が多いと思いますが、この子の主な活躍場所はこのネオン街なのです。造るのも大変でしたが、届けるのも大変です……違います、私はこれでも成人です(恕)!(どうやら補導されかけたらしい) 何万円、て、私は援助交際希望していません(泣)!(見知らぬ親父に言い寄られたらしい) え、いいクスリがあるよって……そんなので今引っかかる人いるのですか(疑)!(片言のよくわからない人に声をかけてきたらしい)
ボキッ。
バギ。
あう、もう、こんなことにならないようにしてください!
聖さんも、生前のあの悲劇に見舞われたくなかったのでしょうから!
それと、今ちょっと私の手が赤くなっているのも気にしないでください! ちょっと、トマトケチャップがついちゃったような……ドロッとではなく鮮やかサラサラだけど……まぁ、そんな感じで。
ただの八つ当たりと少しでもあの子の負担を少なくするためにしたことですから!
ごめんね……。何も知らずに……ただ恐ろしい薬だって抽象的に伝えられただけではリアルティのないナンセンスなものだもんね……ちょっと、悪ぶってするぐらいなら、まぁ、アクセサリーのようなものだと軽く見てしまってもおかしくはないもの。
でもね……僕は、そういうんで入ってきた者を刈るのが……存在意義だから。
「あ〜、あ。もうガタがきちゃったね」
君が百パーセント悪いわけではないけれど、ファッション感覚でこの世界に来た者だろうけど、僕にとってはね、快楽的ではなく、義務として、ただただ、無心に、釣って、刈るの。
「では、最後に君の代わり……どれにしようか、な……」
だから、優しくなんか出来ないし、すぐに壊してしまう。
憎しみ、強いからかな……。
生前名は内野聖。
直接の死因は全身の血を抜かれて。聖自身はほとんど眠っていたために正確にいつ、どこで、死んだのかは覚えていない。ただ、週刊誌が載せている記事によるとかなり嬲られて殺されたらしい。意識を失っていたのは、現実から逃避していたのは……その死ぬまでの過程は酷で、ほとんど倫理的に載せられないものばかりの虐待のせい。
警視庁の機密書類からやっと、自分が虐げられた実態を知ることが出来た。
壊れてしまいそうだった。
でも、壊れてしまったら……この世に留まってまで敵をとると決めた選択を、誇りを無にしてしまう。そこら辺に漂う、雑魚になるわけにはいかないのだ。
嬲られ続けられたわりに聖は美しい体型であった。
いや、美しいからこそ、血を抜かれて後も……。
死霊が死んだ直後の肢体であったことが聖には唯一の幸いだった。
事実、葬式中の聖の躯はかなり損傷していた。やっとのことで顔は整えられていたが他は布地で誤魔化している。
聖の釣竿を持つ手が強くなる。
これは幸せだったあの時、家族で一緒に川で釣りをしていたときの優しい思い出の品。
聖はネオン街に居るが、釣りが得意で好きだった……。太陽が燦々と輝き、川がきらきらと光っていて、小石が素足を優しくくすぐっていた。
親切に釣りの醍醐味を教えてくれる父親に、自分の好きな具材で作った三角御握りをもった母親。そして時には厳しく、そして優しかった自慢の姉……。
すべてが、幸せだった。
でも、もう……聖はその川に行けない。
こんな醜いモノを従えていたら、なおさらだろう。
聖のすぐ横にただ静かに付き従うのは、頭髪がボロボロと崩れ、爪が変色、細かい傷は化膿し、指は出会ったときの二倍に膨れている。
これでも、まだ心臓は動いている筈だ。生きていなければ、操れない。それに三日前まではWigやらヅラ、マニキュアに、やたら長い袖で誤魔化していた。
元の素体がいいからちょいちょいと化粧を施せばカモを引き寄せてくれる、いいおとりでもあった。
ただ、聖が大切に扱わなかったからボロボロに崩れきっていた。
傷を受けたときに薬はもちろん、綺麗な水で洗うことさえもさせなかった。食べ物だって満足に与えず、栄養失調。
「まぁ、出会ったときも栄養失調だったけど……偏食による、だけどね」
聖の血の気がまったくない白い手が従えているものの顔に触れる……妙な突起物がある。気になって引っ掻いてやれば……血が出た。しかも黄土色の膿も一緒に出てきた。どろりとした、腐った匂いが周りに広がる。
……。
「かなり、まずいな、これ……」
死霊の聖でさえ正直引いた。
完全に動く死体のようになっている。そういえば、昨日から蠅が寄ってきていたし。速いところなんでもいいから早く代わりを用意して、捨てよう、いつものように。
携帯電話の手帳から適当にボタンを押して、繋げた。
画面に映る文字は村上とあった――。
今宵は煤けた闇が渦巻いていた。
どうしてここまで堕ちたのか?
初めのきっかけは確かクラスメイトの海棠凪沙の甘い囁きだった。この白い粉を、アルミ箔の上で加熱させて、煙を吸うとスカッとすると。
お香みたいなものだから、抵抗なく、そいつの部屋で仲間は皆、桃源郷のような思いをした。
それが、麻薬だと知らずに、だ。
麻薬だと知ったのは、既にそれがないとむかむかする、ようになってから。
中毒ではないと、自分に言い聞かせているが……世間一般的に診ては明らかに中毒になっている、らしい。
これはやめるためにカウンセリングに行った友の話で、まだまだ大丈夫だとあの時は自分で解釈した……だが、注射に手を染めた。
早い話、麻薬を節約するために注射に変更したのだ。腕の周りに注射針の跡があるので長袖で隠せばいいと軽く考え、金のかかる吸引方法から少ない量感じられる注射へと代えていく。
だが、注射にしてもどんどん薬の量が増えていって……純度の高い、高額な麻薬欲しさに悪行に加担するようになった。
盗みもやったし、ウリもした。最初は嫌だと思ったけど、グループで仲間はずれにされるのは嫌だった。
そういえば、凪沙は売人だった。
私たちから金を巻き上げるために、言葉巧みに誘っていたんだ。
知ってからはもう後の祭りだったけれど。
そのまま売人歴が長く、経験が豊富な凪沙を私たちのグループでは元締めにしてから今となっては売人としてもこの町をうろついている始末だ。
「おそいな、凪沙……」
いつもの取引場……公園の近くのベンチに村上は腰掛けていた。
立っているのも疲れるだけだし、先客がいないのだからベンチを陣取っていても文句はないだろう。しかし、真夜中の公園に仲間がいないのに、長居するのは危険である。
浮浪者に、陣地として好戦的な人種が遊び半分で襲いかかってくる時もあるというのに――あれ、そういえば何でこんなに静かなのだろうか?
ふと、辺りを見渡すと不気味なぐらい静かだった。
いつもならネオンの明かりがここにまで来るというのに。妙にこの日だけは……。
「いえ、これからずっとそうなりますよ、村上……さん」
聞いたこともない声が村上の耳に響く。
電灯の明かりに佇む、二つの影。
茶髪の、大きいほうは自分のよく知る凪沙である。だが、一方の義務教育中と思われる子は見たこともない。
場違いな釣竿をもち、死人のように白い肌が、特徴的な。
「あなたは!」
凪沙の、知り合いにしてはダサい格好だとは思った。
膝の破れたジーンズにブラウス……アクセサリーは手作りなのか、妙に歪。
「凪沙さん、何、このダサい子?」
嫌悪するように、その子を指差す。
それが、まずかったのか……凪沙が村上の腹を蹴ってきた。
「んぐ!」
強く、重い一撃だった。
そして――凪沙の蹴った足が変な色をしていた。
「!」
幻覚、かと思った。よく麻薬中毒者はあたり一面から虫が這い出てくるようなものをみるという――凪沙の足には蛆虫が這いずり、それが電灯で変な色をしているように見えたのが。
「いえ、これは、現実。村上さん」
闇が、笑った。
丁度、今日は暑いな、とは思っていた。
きらきらと宝石箱のように輝く川で遊ぶには絶好に日であった。
「ふわ〜、気持ちいい〜!」
「ね、美亜、来てよかったでしょ!」
リュックサックにタオルと水を入れ、ちょっとした冒険。
「うん、ありがとう」
美亜はお下げの友達を褒める。
いつもは怖いことを嬉々として話す変わった子となのだが――明日は雨かと思わせてしまうぐらい、こんな気持ちのいいスポットを紹介してくれた。
「それに、鮎が釣れるぐらい綺麗な川なんだよ、ここ」
「へ〜」
鮎釣りには興味がないが。
「結構それで家族連れで来る人がいてね。で、私ね、知り合いに教えてもらったの」
そんな知り合いがいるんだ〜と軽く美亜は聞き流し、一頻り足でサラサラと太陽の光によって煌く水の感触を味わった後、川の綺麗な小石を見つけては、友と見せあいっこしていた。
「ふ〜、楽しかった」
「うん」
拾った石を、身体を拭き終えたタオルで気に入った石を磨き、ビニール袋に詰める。
「それにしても、こんな綺麗な場所を知っている知り合いがいるなんて……その知り合いって結構いいセンスの持ち主だね」
「美亜、私は?」
「もちろん。でもね、この場所をあなたに教えてくれるなんて……きっと、この川のように、綺麗な心の持ち主なのだろうね」
知り合いが。
うん。
綺麗な、心の持ち主だったよ――悲しいぐらい。
いつの時代もなぜ、無垢で純粋なものほど穢したくなるのだろうか。
そして、なぜ――更なる苦行を選ばせてしまうのか。
べちゃ。
(え……)
村上は最初、自分が何をしていたかわからなかった。
ナイフを持って――このナイフは凪沙が村上につい先ほど手渡したもの――蠅が飛び交い、蛆が湧く体――凪沙の――心臓を突いていた。
「え、え……!」
村上が慌てているとき、ぐらりと支えるを失った体を倒れても、凪沙は、微笑んでいた。
やっと、自分は死ねるのだと。死霊に取り付かれていた間、生きたままゾンビにされるまでこき使われ――そのあいだ、麻薬ほしさに来た上客を村上に握らせているそのナイフで刺してきた。抵抗する者もいて、体、傷だらけになって、でも治療も何もさせてくれなかったから化膿して、ストレスと栄養失調で身体、壊れていった――その日々から解放される。
やっと――。
新たなおとりを得た、から。
凪沙もまた、聖のおとりだった者から呼び出され、捕まった。
自分で何代目か、わからないが、ずっとこの死霊はそれを続けている。義務として。
でも、初代のおとりのことは聞かせてくれた。
自分と同じように、覚せい剤の売人で――自分と同じようにして、聖の姉を薬物中毒にさせたという。聖は何度も姉を説得したのだが、姉はやめられなかった。
そう、怖かったのだ。麻薬によって繋がっているグループから一人だけになってしまうのが。
寂しくて、寂しくて。怖くて、怖くて……。
でも、それを説き伏せたのだ、聖は。
だがそれは聖の悲劇にも繋がった。聖の姉という上客を失った売人が今度は、あろうことか聖に目をつけてきたのだ。
しかも、金を巻き上げることではなく、ただのペットとして――。
誘拐され、監禁され、薬物中毒者にされ、一方的に殴られる絶望感。
その中で、聖の心は壊れていき、まったく何をされても反応がなくなると……血を抜かれた。
初代のおとりが最後に聖をめちゃくちゃにするために、行ったこと。
美しい死体。
そして、悲しいぐらい残酷な仕打ち。
聖が死霊となって望むことは――麻薬の売人をこれでもかというぐらい痛めつけること。いっそ一思いに殺してと思うこともあったが、まだまだあなたには繋がりがある。その繋がりの頂点まで行き着くまでは。だが、頂点を炙りだすには雑魚を掃除しつつ、上が出てこなければならない状態にまで仕立てなければならない。
だからこそ、その頂点に近づいていけるものを選び……そういえば村上は、彼氏の中に暴力団関係者がいる、ね。顔も、私よりいいし……。
プツリと思考がきれた。
「じゃぁ、この死体はここに放り込んでおいて……村上」
下流の川に今まで使っていたおとりを新たなおとりに処分させる。
これは儀式。
聖はいつもおとりをこのように処分してきた。
これで少しは川の生態系にえさをあげられる、から。それと、腐敗ガスで二倍以上に膨張させて……嫌がらせと、警告を発してやれる。
麻薬中毒かつ売人の哀れな末路を。
ただ、それだけ。
あの美しい、川で笑っていた自分にもう戻れなくても。
闇の中で後戻りの出来ない自分に……与えてもらえた義務を自分なりにこなしていくだけでも……聖は……。
「さて……新しい、ポイントに移ろう……」
釣竿を持つ死霊がおとりを引きつれ、ネオン街へと戻っていった。
今回の前書きを友に話したら……いや、たしかにお前は二十年以上この世に居るけど、見た目、十代後半にしか見られないぞ、と突っ込まれました。
そうでした、第三、四話で登場した友も実際の年齢よりもターゲットに近づくために子供にしか見られないような容姿にしていたのでしたね。私もまた……友にあわせて結構な若作り、ということになるのかも。
聖さんの話は前からあったのですが……X指定になりかける文章が多くて今回、やっと出せました。凪沙というおとりははっきりいってまだマシなほうですよ。元があれだったので長くもたなかったとぼやかれましたが。
酷いものはもう、放送禁止コードにモロに引っかかっていますからね。文章の半数以上が〇字あてクイズになることは阻止できました……ふぅ。
今回は比較的長文(当社比)だったので最後まで読んでくれた方、お疲れ様でした。
次回はもう少し短めに編集したいと思います。
では、アディオス、アディオス。