第二話 煉獄の因果に囚われて(曽我柏(仮)さんの場合)
怪談話が好きな皆さん、こんばんわ。この怪談話の案内役の蘆花です。
第一話から遊びに来てくれる方が多くて(当社比)とても嬉しいです。長期連載停止中にはならないようにしたいのですが、本当に私も忙しくて……それにさきほどまで、今度新しい方のための衣装を製作していたところです。
まだ、生まれてはいない方なので今作っている衣装が無駄になってしまうかもしれないのですが、ハッキリ言って、私は無駄になってほしいです。
え、衣装ができていないからそんなこと言っているのではないかっと思われていますか? いえいえ、できていなかったら私はここでモノを語るということ自体ないですよ。それにちゃんと完成したっていう隠語使っていましたよ、私。
カラスの濡れ羽のような光沢のある美しいケープに銀の仮面。
ケープと仮面には赤い宝石をちりばめて炎をイメージしたデコレーションを施していますよ。
一つ一つ手縫いで、それはもう地道な作業でしたよ……あ、目が痛いです。
でも、それでも……私はこの衣装が永遠に使われてほしくないのです。
一生懸命作ったからこそ……いいえ、この衣装を身にまとうことになる、あまりにも過酷な運命をたどるその方に少しでも慰めるために作ったものです。
第二話はこの衣装を身に纏うことになる方のことを話します……。
狭い路地裏に逃げ込んできたのは、塾の帰りなのか塾の名前がかかれたダサい鞄を持った眼鏡の地味な少年だった。
でも、こんなところにきたらだめだよ、僕、ガマンできないから……僕は仮面の奥で口をいやらしく、歪ませる。
「償えよ」
――刹那、僕の手にする得物が真っ赤に染まる。
曇天の空からは雨がぽつぽつと降り出し、カラスの濡れ羽のような色のケープがより深く色づく。
「お前のその血で……」
全身が同じ色に塗り替えられる間、ところどころ獣のようなひどい音が僕の耳に入ってきたが……漆黒へと塗り終わったとたん聞こえていた声はもうない。
人の形だったソレを判別するものは、ソレの所持品ぐらいだろうな……となるぐらいひどく、幼児のへたくそな落書きになった。それでも僕はソレを踏みつける。
憎くて、仕方がないから。
どうしてそんなに憎いのかって?
それはよくわからない。
だって、ソレとは僕は初対面の筈、だから。
でも、僕を《餓え》させる要因を持っていることだけは確かだ。
「償えよ、お前のその命で……」
憎しみが僕の空虚な心に勢いよく、あのときの炎のように包み込み、僕を《餓え》させる。
《餓え》たままでいたくない僕は自分にあくまでも正直に動く。
びちゃ、びちゃ、と赤い粘液の音が雨の音と重なり合う。
あ……全身がぞくぞくする……やっと、満足できたのだ。ぐちゃぐちゃになったたんぱく質の塊だけが僕の《餓え》から僕を癒してくれる。
恍惚の顔で僕は周りを見渡す。
すっかり赤に染まった路地を雨が綺麗に流そうとしている。勢いある水流は僕によって切り裂かれた鞄の中から一つの赤いボールペンが転げ落ちさせた。
新品らしく、まだ封も開かれていないソレ。
僕はソレを拾い上げると、ああ、僕はこれに反応したのだな、と薄く笑った。
僕は死霊。
仮面に、ケープと姿を覆い隠しているのは醜い姿を人目に晒したくはないから。
酷い姿なのは、僕が死ぬ瞬間そういう姿になっていたからなのだけど……僕をそんな姿にした、直接的な原因にはあえて怨むつもりはない。
だって、僕をこの姿にしたのは僕の生前の母親。
多分、胸に切り裂かれたように付けられている傷から、これで僕は死んだと思ったのだろう……たしかに、これは致命傷だった。
でも、僕の直接的な死因は火傷。
皮膚がほとんどやられたからね。
察しのいい人がいれば多分これ以上は読まなくても解るだろうけど……つづけるよ……僕の家はね、一家心中した。
寝ている子供たち、まぁ僕を含めて心臓を一突きし、家に灯油を撒いて火をつけ、無理心中。
運悪く一撃で死ねなかった僕は黒い煙に全身を煤だらけにされ、炎を巻きつかされて亡くなった、というわけ。
死霊の場合、死んだ直後の体をそのままトレースしているらしく、僕は全身が焼け爛れた、無残な体だよ……。B級オカルト・ホラー映画に出てきそうなぐらい。
ん、で、なんでそれで、冒頭のようなことをするのかって?
たしかにここまでだと僕の身体的特徴しか出していないものね。
それに僕をこの姿にしたのは、僕が大好きな母親。
だから、怨んではいない。
そして、死んだことにはまぁ、仕方がないとも思っている。
僕、本当に小さな子どもだから。
新聞配達のアルバイトも出来ないぐらい……家計の足しになることも出来なかった。
闇金融から借りたお金を返金する当てもなく、弁護士さんに相談するぐらいの考えも、心のゆとりもなかった。
最後、家族とともに迎えられた、こと……実は少し誇りに思っている。
でもね、僕は……許せなかったんだ……。
そして、死霊となった今……《餓え》ながらも……それ、言葉にいえないぐらい辛いけど、この世に残っている。
償って欲しいから。
償わせないと、僕がいる意味が、ないから。
僕みたいなの、これ以上作りたくないから。
「ふん、まさか、定価百円にもならないコレで命を落とすことになるとは思わなかっただろうな……」
銀の仮面をつけた死霊は袋に入ったままの赤いボールペンを握る。
雨と自らが使用した凶器についた赤が混じりあい、袋も血を吸い上げる。
マントの奥の火傷と刺し傷から蛆虫が這い出て、まだ鮮血の肉体に寄り添い、むしゃむしゃと不気味な音をたてながらソレを喰う。
その光景を、仮面の死霊――生前名、柏はじっと眺めた。
軽蔑する。
唾ぐらい吐いても良いかな、とも思ったが……そんなことをしても死体に、何を思う心が残っているだろうか? 時間の無駄だ。
それよりも、これを……店に返してこよう。
血だらけで申し訳ないけど……いや、そんなのこのマントでひと拭きすれば、あら不思議。
ドイツの科学力が生んだイオンマルチクリーナー並みに血が無くなる。
皺くちゃだった袋も配列された当初の輝きを持っていた。
うん、これなら、君の本当のご主人に会うことが出来るね。
柏は呪文を唱え、赤いボールペンを転送。
本来の場所へと戻す。
「まったく、もう最悪〜、家に赤ペン忘れるなんて〜!」
本棚が規則正しくと並ぶ空間。
某図書館で一人の少女が嘆いていた。
ソレを冷ややかに見るのは、彼女の友達なのかお下げの同世代の女の子。
「美亜〜、もういいでしょう。近くのコンビニで買ったんだし」
「結構痛い出費なのよ、これでも」
美亜と呼ばれた少女は頬を膨らませながら買ってきたばかりの赤いボールペンを指先でくるくると回す。
「でも、家に忘れてきたのももうすぐ寿命だったじゃん。少し買い替えが早かったと思えば?」
「うん。そうなんだけど……」
「そんなことより、ほら、この三年前の新聞、見てよ」
図書館に保管されている古い地方新聞を見せる。
「なになに……一家心中? うわ、うちの学校の近くじゃん」
「ん〜、ちがくて……ほら、昔ここにコンビニがあったの、証明できるでしょ」
コンビ二が昔学校の近くにあった、なかったと騒いだ社会の時間。
友の情報収集能力は高く買うが、よりにもよってこんな三面記事で証明することも無いだろうが……。
「あ、一家心中したのって、このコンビニだったのね……なになに経営難? 多額の借金? うわ、特にこの曽我柏って子、うちらと同い年じゃない……」
可哀相なことをするなと、美亜は顔を渋る。
「ん〜、このコンビ二って風の噂ではもっと凄い話があるのよ」
「え、何々?」
つい、美亜は聞き耳を立てる。噂でも、悪いものに興味を持ってしまう、いけない心。
三年前、学校でね、勇気を試すとかなんかでその当時このコンビニで万引きするのが流行ってしまったんだって……それが原因であっという間に経営難。
だって、そうだろ……防犯カメラって高いし、店から出たとたんに捕まえないと奪われた品物、還ってこないし……。しかも、相手は未成年が多くて……中には馬鹿親が逆ギレ起こしてさ……怒鳴り散らすんだよ。
店にとって営業妨害だよ……そして信頼も信用も失うのも早かったな……。
中に市議会委員のご子息もいたから。
「ねぇ、僕の最後の日はね……窓に石投げられたんだ。その孔からね、風をよく通してさ……炎をより燃えさせたんだよ……」
柏は万引きした者を許せない、許すことが出来ない死霊。
生活苦なら、同情できるかもしれないが……ただのストレス解消だったとしたら……。
「なおさら許せない、から……死んで、償えよ……、償え、
償えぇえええぇええぁああ!!」
今日もまた、銀の仮面をつけた死霊の叫ぶ声が暗くて狭い路地裏で聞こえてくる。
この衣装をまとう方の、悲惨な運命です。
けして……柏さんをこの世に死霊として出させないで下さい。私から言えるのは、ここまでです……。
御気子様、QW様、第一話の感想、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。
では、アディオス、アディオス。