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80話目 クッキーはクスリに含まれますか?

 アビガラス王国は実に厄介な事をしてくれました。

 メイドから貰った書類にはこの戦争でのアビガラス王国の本気が伝わる内容ばかりが記されています。


 

 冒険者ギルドに依頼で私に莫大な懸賞金を掛ける。

 

 傭兵を多く雇い、こちらにも私の首に懸賞金を掛ける。


 罪人たちに恩赦をちらつかせて戦場に投入。


 奴隷たちを使い、老若男女種別問わず戦わせる。



 はっきり言ってどれも捨て駒としての利用でしかありませんね。

 こんなにも罠だと分かりやすいのに奴隷たちを除いて自ら多くの者たちが参加している。

 

「金の使い方を理解してますね」


 しかもただの金じゃない。金モドキの保証なき金貨。

 冒険者ギルドの依頼書に金貨を一枚保証とあるが、あくまでも()()()()()()()()の話。

 つまり囮として使い潰し、生きていたら殺せば払う必要のない金へと変わる。


 冒険者ギルドに圧力を掛けて依頼した時に使った金貨程度で多くの戦力を得られたのだからアビガラス王国の悪どさがよく分かる。

 傭兵も似たような手段で得たのだから質が悪い。傭兵は国に所属していないにも関わらず依頼を受けなければ脅し、果ては人質を使ってまで集めたのだから冒険者よりも最低な方法だ。


「ただその分だけ有用。捨て駒も多ければ多いだけ乱用が可能。こんなものどうすれば…」


 所詮は捨て駒と切り捨てる事は出来る。しかしそんな事を一度でもすれば後には戻れない。

 冒険者たちはこぞって私の首を狙いに来るでしょう。兵が疲労し倒れて行く中で倒れた仲間も見捨てて遊んで暮らせる大金の為に直向ひたむきに城を目指す。

 

 そうなればこちらは負ける。

 戦力的に数が足りていないのに押し切られ、内部へと入り込まれては瓦解するのは目に見えている。

 出来れば交渉で事を済ませたいが。


「無理でしょうね。金に目のくらんだ者たちを説得する材料がない」


 前回の戦いで敵兵を説得出来たのは運が味方したのもあった。

 長期化した戦いと届かない物資から弱った敵国の兵を説得し、こちらに寝返らせれただけに過ぎない。


 今回に関しては第一目標が金。

 こちらの国庫を開いたとしても冒険者たちは一攫千金の為に動く。

 守りが強固でどうにもならず、私の首を取るのが不可能と判断出来るようになってからなら交渉は可能だろうが、そうなるにも時間は掛かる。

 

 兵の疲労は免れない。そうなれば万全な兵を投入されて潰される。

 非常にシンプルで分かりやすく最悪な未来が予測出来た。

 何としても阻止したい。しかし阻止するには搦め手が必要となりますが…。


「ネイシャ。傭兵たちはいくつの部隊を寝返られそうですか?」

「はい。ぶっちゃけ不可能です」

「そうですか」


 ネイシャと呼んだメイド。かつては小国のスパイとして私の毒殺を実行しようとした者。

 なのに何故こうして私の手下になったかと言えば単純にあの方から頂いたクッキーの為。


 毒殺犯だと分かり、本来なら苛烈な尋問の上で殺害予定であった。

 しかしあの方の作ったクッキーを食してから都合の良い密偵に変わり、こうして情報を集めるスパイとして役立っております。

 あ、そう言えばまだ今月分を渡していませんでしたね。


「本来ならクッキーを入れるのに使うには異常なんですけど」


 クッキーを入れてあるのは王族のみが使える魔道具。この金庫はアイテムボックスと似た効果が付与されており、扉を閉じれば時間停止されて中の品が変化しない優れもの。

 但しアイテムボックスのように沢山収納は出来ず、見た目通り人間一人入れば一杯となってしまう容量の少なさ。


 それでも重要な書類を置くには便利でクッキー以外にも様々な書類が並べられている。

 そんな金庫からクッキーの入った小箱を取り出して蓋を開ける。


「………じゅる」


 食べたらダメ。食べたら本当にダメだと自身に言い聞かせながら一枚一枚丁寧に白い紙で包装されたクッキーを取り出すとネイシャに渡した。


「どうぞ」

「いただきます」


 ネイシャはゆっくりと白い紙を外してクッキーを一口含む。


「ぁあ~」


 女としてどうかと思う笑みを浮かべると一気に頬被り咀嚼する。

 何故か私の頭にメス豚、家畜に似たイメージが湧いて仕方ない。

 クッキーを食べるだけでこんなにも変態的な顔になれるのだから不思議ですね。

 ネイシャはクッキーを味わい終えると持っていた包装を鼻に近付け


「すぅぅううううっ!!」


 一気に息を吸い込んだ。

 

「あへぁ~」

「うわ…」


 あ、この顔はダメです。この顔はクスリをやった者の顔です。

 ドン引きですね。女としてではなく人としてやってはいけない顔になってしまうのですから驚きしかありません。


「これ変なクスリ入ってませんよね?」


 思わず箱の中にあるクッキーを一枚手に取り確認する。


「私の毒無効のスキルはあらゆるクスリも防ぎますので効きません」


 元の顔、いえ、まだ艶やかな顔の抜けないままなネイシャが白い紙を丁寧に畳んでポケットにしまう。

 あれはまだ使うつもりですね。せめて人目のない所で行っていただきたいものですが。


「ふふふ、これでまた一月は戦える」

「貴女の役割はどちらかと言えば斥候でしょうに」


 クッキーを小箱にしまい、金庫を閉じる。


「それで?」

「それでとは?」


 毒殺前であればこんな態度はけしてとらなかったであろうネイシャが説明しないと分かりませんよー、と顔に書いた状態で聞き返して来る。

 ………モルド帝国の人材の足りなさを自覚します。

 

 ネイシャはモルド帝国の中枢まで潜り込める優秀な能力の持ち主。そんなネイシャを超えられる人材が今はいない。

 だから裏切ったと知ったうえでも使っているのですがバレてからと言うもの、すっかり開き直ってしまい、微妙に使い辛いのです。

 私は溜め息を一つ吐いてネイシャに確認をする。


「はぁ、貴女のやった妨害は順調ですか?」

「そーですねー(ちらちら)順調かも知れませんしー(ちらちら)順調じゃないかも知れませんねー(ちらちら)あー、美味しいものでも食べれば思い出せるかも知れませんねー」


 ………っち。

 必要以上に金庫を見てクッキーを寄越せと要求してくる図々しさ。もう一度教育して差し上げましょうかしら?

 おもむろに私は自身の机の中にある普通のクッキーを見せると途端に青ざめ、口をパクパク動かし始める。


「おおおおっ、思い出しました思い出しました!前線で戦う敵兵の食料に毒を混ぜたのと傭兵部隊の進行妨害の報告を忘れてました!!」

「だったら早く言いなさい。そうすれば脅したりはしないのですから」

「いえ、ワンチャンあるかなと」

「ありません。報告を」


 一人でそれだけの事をして一月以内に戻って来れるのですから本当に優秀です。

 優秀ですが使いにくい。今も私に対して報酬を上げろと要求してくるなど厄介極まりないのですから。

 残りのクッキーの枚数も乏しいので補充さえ出来れば問題ないですが、あの方たちは今は何処で何をしておられるのやら。

 

「ついでにこの世界に召喚された勇者たちの情報もありますが」

「そっちの方が大事じゃないですか」


 相変わらずどうやってこれだけの事をやっているのか分からない。

 ある程度鍛えられた部下は付けているので要領良くやっているのでしょうがまさか勇者の情報まで手に入るとは有り難い。

 はっきり言ってアビガラス王国の脅威は兵の数や、冒険者に傭兵や奴隷の数よりも召喚された勇者単体の能力値がいったいどれだけかで戦争は変わる。


 自身がそれを実感しているだけに場合によってはアビガラス王国がこちらに仕掛ける前から弟を逃がす必要があった。

 そうすれば細い糸のような希望であってもモルド帝国は維持出来る。

 だから情報の次第によってはこのモルド帝国の命運を左右するものとなるのだ。


「勇者に関しては各地で暴れ回ってますので比較的情報が集めやすいんです。潜む気のない者たちなので私がこれを見せなくても情報は集め終わっているんじゃないですか?」


 ネイシャが先に渡して来た資料とは別の書類を渡して来る。


「擦り合わせは大事ですから。見落としがありますと予期せぬ落とし穴に嵌りますから」

「慎重ですね」


 慎重。この程度で慎重とするにはまだ甘い。出来るのならこの戦争が始まる前にこの勇者たちを潰したかった。

 便宜上彼らを勇者と定義しているが、その実やっている事は蛮族のそれだ。

 あらゆる種族を強襲しては奴隷にして着実にアビガラス王国の戦力拡大に繋げた者たち。


 お陰で戦うのを端から諦めて従属を選んだ部族は数知れず。

 そう考えると隷属された者たちだけでも彼我ひがの戦力差は大きいようにも思えますが実際戦える者たちは少数。だからこそお年寄りや女子供を盾として全面に出す作戦を取っている。


 兵の士気は落ちる一方。殺さなければ兵そのものを失ってしまう。

 イヤらしくおぞましい手段に身震いさせられるものだ。


 そんな勇者を報告では十数名確認していると聞いていますがこの報告書を見る限り。


「………勇者は二十名近くもいると」

「それでいて身体能力も魔法も上級者並。スキルも固有スキルをそれぞれ保持しており手を出したくありませんね」

「逆に言えば()()()()でしかありませんね」


 ばっさり切り捨てた私の判断にネイシャが目を見開いて驚きますが、何をそんなに驚く事があるのか。


「私たちは知っているでしょう?人の枠組みに当てはまらない『天災』の存在を」

「それと比べるのは…。それに二十名近くどうされるので?騎士並の行動力を持った魔法使いであり、私の【毒無効】が鼻で笑われるようなレアスキル持ちですよ?」


 騎士並の身体能力なら騎士をぶつければ良い。魔法は射程が長いが、近距離で使うには詠唱の問題もあり考慮するべき問題はない。

 厄介なのはどんな能力かも分からないレアスキルのみ。そう考えれば出てくる手段は一つ。


「私が前線に出ます。それで戦況は良くなるでしょう」

「マジですか?」


 普通なら選ばない手段。現にネイシャが正気を疑う目をしている。

 こちらから言わせてもらえば使える手段があるなら使うべき。ここで手を出さなければ戦況は傾いたまま崩れていく。

 

 だったら出るのが最善策。

 私の持つ【王女の威光】のスキルによって私の視角内でのスキルの使用の可否を選択出来る。

 これで敵のスキルを封じ、味方のみスキルを使用出来る状態になれば優位に立てる。


 使わない手はなかった。

 しかし欠点として私の視角外ではスキルを使用されてしまう為に危険性はかなり高い。

 怪我だけならまだしも死ぬ可能性を考慮しなければなりません。


「まずはあの子を納得させないといけませんね」


 弟のファーバルは反対する。そうなるのが目に見えてしまうのでどうにか抑えてファーバルだけでも生き残るように図りましょう。

 私は弟に会う為に自室を後にした。

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