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79話目 誇り高き騎士

「お疲れ様です」

「ええ、本当に疲れました」


 私を労ってくれるのはモルド帝国第三騎士団団長のルミナス・ディ・ロード。

 彼女は会議の際にも常に側にいてくれており、一部始終を知っている。


「小国でありながら何故あそこまで横柄に出られるものなのでしょうか」

 

 私に対する無礼な振る舞いをした小国の王たちに怒りを露にするルミナスに内心喜びを覚える。

 いつも私の為を想い動いてくれるルミナスは立派な騎士。

 どんなに不利な状況下でも私を見捨てないルミナスは心から信頼出来る忠臣の一人。


「小国でも強みを一つでも持たれると厄介なの。特にあの賢王は塩に鉄、貿易を止めれば痛手を受けるものを持たれていると付き合い方も慎重になるわ」


 立地の問題でモルド帝国は塩が不足しやすい。

 その点ブルエル王国は海に面しているので塩を手に入れやすく、また鉄に関しても採掘量が大国である筈のモルド帝国を超える。

 単純に我が国の鉄が出る山が少ないのもあるが、神の嫌がらせとしか思えない程にブルエル王国は恵まれている。

 当然こちらからブルエル王国に攻めるのも手の一つかも知れないが、国民を蔑ろにしない政策や結んだ条約もあり、攻めた事で得た利益よりも蛮王として自らの首を絞める結果になるのは目に見えていた。


 それに私自身がそんな事をしたくはない。

 良好な関係なら態々壊して平穏を潰すより民の為に手を握り合っているのが幸せなのだ。

 

「相変わらずお優しいですね」


 そんな私の心情を知るルミナスは微笑んでいた。


「優しい王でいたいもの。もっとも歯向かうのなら全力で叩きますけどね」


 共存にこそ価値がある。

 アビガラス王国のように全てを手中に収めようとするなど愚王のやる事としか思えません。

 人一人で出来る事などたかが知れている。大陸全土を統べようなど土台無理な話だ。


 ですが、ですがあの方たちなら話は変わるでしょうか。

 有り得ない知識から有り得ない力まで見せ付けて去っていった天才たち。

 スキルを凌駕する奇跡に何度胸を打たれたか。

 

「……あの方々なら興味さえ持とうとしないわね」

「どうされましたか?」

「何でもないわ。それより今から貴族たちと会合よ」


 ただ一人のラミネとしての顔を止めて王女の顔に戻る。

 

「次はどんな無茶を言うのか。擦り合わせに手間取らないと良いけど」


 席を立つ私は弱音を心の奥に収めて気持ちを切り替えた。

 私に休む暇はない。喉元を食い千切られないよう画策し続けなければ途端に瓦解するのが現実なのだから。




 ・・・




 我が王は大分無理をなされている。

 国外においては味方かどうかも怪しい者たちと結束してアビガラス王国と対峙せねばならず、国内においても強烈な悪政を引く貴族は処断されたとは言え、まだまだ国に溜まった膿は取り除き切れていない。

 その為に貴族たちとの調整に神経を費やし、細かな情報を仕入れるのに何でも利用されている。

 

 私は自身が剣しか持てない事を恥じた。元平民。それもかなり貧しい部類の出身では学が正直ないに等しい。

 読み書きなどは出来るようになったが王の様に思案し、実行に移せる知識も能力もない。

 そんな私では王の補佐など出来る筈もなく宰相に全て任せている有様だ。


『貴方はわたくしを守って下さるだけで良いのです』


 私が王の力になりたいと胸の内を王に曝せば、返って来るのはいつもの優しい笑みと疲労に満ちた声音だけ。

 騎士なのだから不要だと、適材適所があると言われるがそれではそこらにいる兵士と何ら変わらない。

 騎士は王に仕えてこその騎士。

 王の隣りにただ立つだけでは案山子かかしも同じ。そんなもの私は望んではいない。

 

「交代の時間だ。もしもの時は知らせてくれ」

「はっ!分かりました!!」


 私は部下に王の護衛を任せる。

 騎士団長とは言え四六時中いられる訳でもない。それに常に護衛をし続けるなど集中力が持たない。だから交代制を取り、常にコンディションの良い状態で第三騎士団は王の護衛を務めていた。


 今の私はフリーの時間となる。鍛錬に当てるもよし。休憩を取り次の護衛の番まで身体を休めても構わなかった。

 会合を終え、あらゆる業務を済ませたに王と離れた私はとある場所へと向かっていた。


「待っていた」

「すまない遅れた」


 私は第一騎士団長、ガイエス・ムッド・マクスウェルのいる第一騎士団の騎士舎に来ていた。

 ここで私はガイエス騎士団長に教えを乞いている。

 私とガイエス騎士団長は剣の腕では互角。それを知ったのは奇しくも第一王子によるクーデターでの戦闘でだ。

 

 騎士同士が、それも他の騎士団の者と剣を混じり合わせる事など今まで無かった。

 何よりもガイエス騎士団長と私は思想が似ていた。

 自身の定めた王に仕え、そして力になりたいと発起する。それでいて国を想い同じ国の者が傷付くのを良しとしない。


 最もその為にこの国に招いた武を極めた化物に茶番を見抜かれ危機に陥ったのだから笑えない。

 だが、そのお陰で今がある。

 王の力になりたいと言う私の願いの為にガイエス騎士団長は時間を割いてくれるのだから。


「紅茶を用意する」

「いや、それは私が…」

「座っていてくれ。その足取りの重さ。お前も疲れているのだろ」


 確かに戦争の為に前回の様な間者を警戒し、常に神経を尖らせているがガイエス騎士団長に疲労を見抜かれてしまうとは。


「ありがとう」

「気にするな。半分は趣味だ」


 ガタイの良いガイエス騎士団長は貴族でありながら思っていたよりも気さくで紅茶を趣味としているのだから不思議な方だ。

 紅茶を淹れる背中を眺めてから椅子に座り、机に乗っている資料を手に取った。

 ………読み書きは出来ると言っても理解まで進むのがやはり難しい。


 ここにある資料は全て国の運営に関わる事。

 これらを理解出来るようになれば王の力になれる筈。私はそう信じていた。


「最初お前から話を聞いた時は驚いた。『王を支える知識と力が欲しい』とこの第一騎士団の騎士舎まで来たのだからな」


 淹れた紅茶を運んで来たガイエス騎士団長はカップを二つ机に置く。

 

「私も考えが変わったのだ。あの者たちと会ってから」


 私たちが二人掛かりで挑み負けた化物。

 国を潰すと宣言されたのに手も足も出せず、騎士団の団長としてのプライドを砕かれて終わった。

 王と謁見させたのも間違いではなかったかと思えてならない。

 

 王の意思を尊重して動いた結果があの様だ。第三騎士団が総掛かりで挑み敗北。もはや笑うしかない。

 ああなる前に自身でしっかり考え行動出来なければまた同じ二の舞をしてしまう。

 今まで騎士団はそれぞれが違う鍛練を行い強くなって来た。


 しかしそれも限界がある。何より実力で拮抗するのはガイエス騎士団長しかいない。

 だから来たのもあるが、私には徹底的に知識が欠けていた。

 宰相のやる事だと一蹴されたがガイエス騎士団長に懇願し、こうして時間を割いて貰っている。


「確かにな。あの化物たちからすれば児戯に等しいのだろう我々の武など」


 ガイエス騎士団長はカップを取って一口飲む。


「その為に違う騎士団との交流も増えている。考えが変わったのはお前だけではない」

「やはりガイエス騎士団長もですか」

「ああ、力の無さを痛感した。今まで一つの騎士団として拘って来たのがバカバカしく思える程の無力を感じた」


 それにそう考えるのは私たちだけではない。

 部下たちもあんな失態をしないと貪欲に力を付けている。

 騎士団としての垣根は圧倒的な武の力によって跡形もなく消え去っている。

 

 そしてそれは面白い事に騎士団内で恋人が出来た者も多い。

 教え合い高め合ったが故に惹かれ合った者たちが逢瀬を楽しむ姿も目撃している。

 ここまで来るとそちらに時間を費やし本末転倒な気もするが、気もそぞろになれば私が締めるだけだ。問題はない。

 と、ここで気の緩んだ部下からの一言を思い出してしまう。


『団長だってガイエス騎士団長と良い仲じゃないですか』


 いや、違う。私は違うぞ。

 私は国や我が王の為に交流しているだけで恋慕などない。

 確かにほぼ毎日来てしまっているし、ガイエス騎士団長から私の騎士舎まで来てもらえる事はあるが、それは自身の鍛錬の為。

 

 別に私はガイエス騎士団長を何とも思ってはいない。いないったらいない。

 思いの外面倒見が良く私が言った事を真摯に受け止めてくれる姿は好感が持てるし、王に忠誠を誓う所も共感が持てるが何も無い。

 

『でも団長って何だかんだとガイエス騎士団長の所ばっかり行ってて第三騎士団と鍛練する時間なんて前より減ったじゃないですか。それってやっぱり…』


 やっぱりって何だお前は!

 副騎士団長であるお前にもっと力があればお前と鍛練していた筈だ!そうに違いない!

 っく、ここに来てあいつの世迷い言が頭に出るなんて私はどうかしている。


「何かあったか?」

「い、いや何でもない」

「そうか。何かあれば言えば良い。互いにトップ同士でなければ話せない事もある」


 頼りになる男だ。

 やはり私はガイエス騎士団長が団長として信頼出来るのであって、男女の関係なのではない。

 そうだ。私は彼を信頼しているだけに過ぎないのだ。

 しかしここでガイエス騎士団長はとんでもない爆弾を投入して来る。

 

「だが、今は夜遅い。あまりこのような関係を続けるのも良くはないな。現に部下には勘違いされてしまった」

「へ?」


 一瞬呆けた私に構わず淡々と続ける。


「部下が『ルミナス騎士団長と付き合い始めたんですか?』と聞いて来てな。どうしてか聞けば夜な夜な密会しているのを目撃したと。別に密会をしている気はないのだがな」

「まったくだ。私の部下も似たような事を言う」


 密会などといかがわしい真似をしていると思っているとは嘆かわしい。私たちは国と王の為に自身を磨いているに過ぎないのだから。

 

「密会でも構わないが」

「ぶっ!」


 ガイエス騎士団長!?

 本気か嘘かまるで分からない冗談は止めて頂きたい。

 べ、別に私も密会であっても構わな、いや、違う。違うぞ。私は国の為、王の為に来ているのであってガイエス騎士団長に会いたいからなどと言った理由ではははは。


「ガ、ガイエス騎士団長。始めましょう。眠るのも遅くなっては申し訳がありません」

「そうだな」


 私にはガイエス騎士団長が何を考えられているのか分からない。

 でも、今はこの時間が嫌いではなかった。

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