78話目 不穏な結束
これは私たちモルド帝国が絶対絶命にまでもつれ込む前の話。
「アビガラス王国はまた進行して来ましたか」
モルド帝国の中枢にて各国の国王たちと首脳会談が行われていた。
円を描くように座る各国の王たちの顔ぶれは芳しくなく、誰もが額から汗を流している有様。
かく言う私も終わらないアビガラス王国の侵略行為に頭を悩ませる始末。
アビガラス王国を境にあるのはフレグランス王国、ブルエル王国、エネリエス王国、メドリニア王国の四国。
この四国はアビガラス王国とモルド帝国の間にあり、最も戦火の激しい場所。
端にあるフレグランス王国とメドリニア王国から先は崖や急な山岳地帯となっており回り込んで攻め込むのは不可能。
実質、この四国を責めなければアビガラス王国はモルド帝国には届かない。
だけど責められ潰れるのを見守る程私はお人好しではない。それらを攻め滅ぼされればモルド帝国を扇状に囲む形となり戦況が傾いてしまう。
だからこそ四国とは協力し合い、戦線を維持する事でモルド帝国自体も守っている。
その為、兵の大半はそちらに出向いており、戦線の維持に尽力を尽くして来た。
最近の進行は皇様の言われた通り、国庫を持っていかれたアビガラス王国の攻め手は比較的軽いものでした。
だからこそ立て直しとして各国の王と会議を行い、アビガラス王国への対策を立てる必要がありました。
「下手に刺激をしない方が良いのでは?」
「アビガラス王国の勢力は確かに弱まっている。ですがそれは我々も同じだ。攻め返すだけの余力は無い」
「そうですな。ここは一度下がり、守りを厚くし攻め入られない強固さに組み変える必要がありますな」
三国の王が戦線を下げる提案をされる。
確かにそれも良いでしょう。守りが厚くなれば生半可な攻撃では攻め入られる事はない。
だが、どう見てもそれは悪手でしかなかった。
「戦線は下げられません。もしここで兵を下げれば折角の立地を生かせなくなります。あの場所だからこそ私たちはアビガラス王国の兵を押さえられるのですよ」
崖と崖の間を通らなければ兵は攻め入る事が出来ず、かつ私たちは崖の上から矢や岩による奇襲を掛けられる絶好の地形。
ここから下がれば広い平地となっている為に全面衝動は免れなくなる。
ここでなければアビガラス王国を遮るのは難しいのです。あの方たちは一体何を考えておられるのか。
「ですが山を越えて来る暗殺者によって崖に配置している兵たちが少しずつ削られているのも事実。現に兵たちが食中毒を起こした時も毒が盛られていたのが判明したではありませんか。あの場所では多くの兵を置けない故に人手が不測の事態で減れば、敵兵を悠々と入れる始末となる」
それはそうですが…。
しかしデメリットを差し引いてもあの場所を下がる理由にはならない。
何かがおかしい。
私の中で奇妙な不快感が広がっていた。
「それにここ」
そう言ってブルエル王国の王は地図を指差す。
場所は先の崖から僅かに後退した場所。見渡しは良く、切り立った断崖はなくなったものの、緩やかな斜面のある地形。
「ここまでならば戦線の維持は問題なく行える。それに先程の場所よりも相手の奇襲に気付きやすい」
「おお、流石は賢王と呼ばれるだけありますな」
確かにここまでなら下げても問題はない。
ただ緩やかになった斜面はその気になれば登れてしまう。
重装備の兵士には難しいが、暗殺者や冒険者となればこの程度の斜面は道とさして変わらなくなる。
それに高低差も少なくなってしまっている為に一方的に矢を放てる状況ではなくなってしまう。
逆に魔法での反撃を喰らうのも目に見えており、土地の優位性が弱まってしまうのは必然的だった。
「私は反対です。下がるにしてもここまででしょう」
ですからこのふざけた案は却下します。
上の命令を聞く兵士からすれば暴動も有り得る提案など聞き入れられる筈もありません。
私はブルエル王国の王が示した位置と戦線を維持している間を示します。
「ここまでなら敵の魔法も届きにくく、戦線の維持は可能です。先の場所では無暗に多くの損害を出してしまうでしょう」
私は折衷案を提示し、面子が潰れない様に慮ります。
ですが返って来た答えは失笑でした。
「貴方はまだ若い。戦争を知らないからそう言えるのですよ」
「そうです。そこでは兵士を広げるのに十分な立地とは言えない。攻め手が薄くなってしまう」
バカな。貴方たちこそ盤面でしか見えていないではないですか。
「そんな事は…」
反論しようと私は口を開く。
「あるのですよ」
しかしそれを賢王によって遮られてしまう。
「貴方が示された場所は道幅が狭くなり十分な資源を置くのが難しい。そんな場所よりも私が示した場所で戦線を維持した方が遥かに効果が高く見込める」
遥かに効果が高く見込める、ですって?
攻め手は薄くなる?兵士を広げるのに十分な立地ではない?だったら下がらなければ良いでしょうがっ!
強引に下がろうとするから無理が出る。それに下がった分だけ補給は良くなるかも知れませんが、崖を境に徐々に道が広がっているのだから敵の圧が強まるのは明白。
そうなれば補給した物資よりも消費する物資の方が増えるのは当たり前。これでも尚、戦線を維持するのに十分だと言うのだろうか。
これが本当に賢王と呼ばれる人物の考えなのか。
それに賛同する者たちも自身の頭で本当に考えているのか疑わしくなる。
もしこの戦線が崩壊すれば一番に襲われるのは自国である貴方たちなのに。
背中に冷や汗が滲み出るのを感じてしまう。
今の戦線を維持しているのはこの同盟国による混合部隊だ。
しかし混合と言っても国力に差は大きく、一番の大国であるモルド帝国の兵が多いのが事実だ。
つまりここで私が譲歩し、このふざけた案を通せばモルド帝国の兵の犠牲が増えてしまう。
だが、モルド帝国の兵だけで対処し切れないのも事実。
他国の意見を無視して戦線を現状のまま維持しても、他国の兵を下げられてしまえばモルド帝国の兵の負担増大し結果維持は難しくなる。
それが分かっているからの譲歩であるのにそれさえ聞いては貰えない。
まだ若いからと侮られるのは仕方ない。しかしそのせいで私の国民たちが傷付くとは絶対にあってはならない。
どうにかしてこの流れを変えたかった。
「私にはそこまで下がると魔法への対処がしにくいように思いますか?見渡しが良いのですから格好の的になります。それについてはどう思いでしょう」
魔法は射程が弓よりも長く威力も強い。
遮蔽物の少なくなったここでどう対処されるのでしょうか。
「魔法への対処は魔法で行う。魔法兵を正面に置いて姿を現した敵をまとめて一掃すれば良い」
「バカなっ!そんなもの持つのは一瞬だけではないですか!」
ありえません。
そんな事をすれば一番避けていた正面衝突の愚行に突入する。
兵力を各国が総動員してもアビガラス王国の兵に及ばない。だから地形の有利を生かして対抗していたのに。
何よりも魔法兵のほとんどは私の国の兵。貴方たちの国の兵は少数もいいところじゃないの!
つまり全ての負担がモルド帝国に来る。
モルド帝国の魔法兵を失ってから本番なんて自国の事しか考えていない。
何よりも私はどっちを選んでもモルド帝国の負担が大きくなる事実に苛立ちを覚えます。
戦線を維持すればモルド帝国の兵のみとなり、常に矢面に立たされる始末。
戦線から離脱しても魔法兵を多く起用する所となり、戦線を本当に維持出来るのか怪しい所となる。
魔法は万能ではなく、私たちはエルフではない。
エルフならば難しい合成魔法も難なく行うのでしょうが、一般的に合成魔法は魔法を究めて行える一流の証。
魔法兵は多くが二流で止まっている。下手をすれば三流です。単発的な魔法を放つのが精々であり、大規模な魔法など夢のまた夢。
魔力の多くない一般人ではそこが限界となる。だから魔法兵は少数を段階的に放つのが一番良い使い方であり、正面からの弾幕として使用するにはあまりに非力となのだ。
「問題はない。私たちにはアレがあるのだからな」
「……あんなもの私は使わせませんよ」
アレを使えば確かに戦力は飛躍的に増大する。しかしあんなものは諸刃の剣です。使わせるなど絶対絶命の時でもない限り使うべきではない。
使った時の効果は知っている。切り札と持つ分には有用であると頭では理解している。
でもダメよ。あんなものを使わせるなんて心が壊れてしまう。
兵を数で数えられる冷静さを私は持っていません。
そんな私だからこそついて来た者も多くいるのにアレを使う命令を出せば王でいる資格も失ってしまう。
「強情な方だ」
「そうでなければ大国の王など務まりませんので」
「我が国の兵だけ使うとしてもですかな?」
「使えば他の者も使います。例外は認めません。それでも使うと言われるのなら経済的措置も考えますよ」
賢王と私のにらみ合いは一瞬でした。
「……分かりました。アレは大事の時にのみ使用します。構いませんか?」
「あまり認めたくはありませんが止む得ない場合は仕方ありませんね」
折れたのは賢王でした。
しかしタダで折れる筈もない。
「その代わり兵はここまで下がらせます。これは戦略ですからな」
――こちらは譲歩したのだからそっちも譲歩するよな?
明け透けに感じる思考に嫌気が指しますが妥協するべきでしょう。ここで足並みが崩れればアビガラス王国に蹂躙されるのは目に見えている。
「分かりました。しかし魔法兵を使い潰した場合、分かっておられますね?」
「もちろんですとも。兵は大切ですからな」
………それは資源として、ですかね?
不穏な空気の中、胃の締め付けられる会議は終わる。
これは私だけでも対策を考えて置くべきだと席を立ちながら思案するのだった。
タイトルが不穏な結束。しかし今後の展開をどうしていこうかあまり決めていない作者の頭の中も不穏なのだ!(`・ω・´)キリッ