プロローグ モルド帝国の危機
それはまず有り得ない、起こり得ない筈の事態でした。
何故なら他国とは言え、連携を取り合い一致団結してアビガラス王国の魔の手から戦って来たのですから。
なのに起こってしまった。対応を考えるのもバカらしくなる最悪の事態。
全ては順調に進んでいたのです。
あの方たちがこの国に来られ、国の悪性が取り除かれた。
懸念していた国割れもあの方が敵となってくれたお陰で想定よりも酷いものではなくなりました。
弟を殺さずに済んだのは本当に良かった。
もし手を借りられなければ、と想定すればこの国はもうアビガラス王国に乗っ取られていた。そう思えるだけ悪い。
弟を殺害して国を背負う旗印を潰す。
そこで邪魔になるモルド帝国第一騎士団を壊滅させなければならない。
第一騎士団の戦力は私の持つ第三騎士団と同等であり、絡め手による内部崩壊からの合併吸収を図る必要があった。
出来なければ第一騎士団を衰弱させるために第三騎士団をぶつけ、強制的に破綻させなければアビガラス王国に繋がりのある貴族からの横槍によってこの国は死んでいた。
それを防げたのは奇しくもあの方たち。『天災』を自称する者たちがいなければどうにもならなかった。
仮に第一騎士団と第三騎士団をぶつけ合い戦力を低下させていた場合、現状攻めて来るアビガラス王国に終わりを告げられていただろう。
「そう、戦線を維持するのに今私は第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団の全ての騎士を総動員させられてしまっているのですから」
地図をじっくりと見て歯噛みする私、ラミネ・ノディステイル・モルドはどうにもならなくなった戦場を如何に収めるかを見当させられていた。
もう事態は一刻の猶予もない。
アビガラス王国に対抗すべく作った小国との連盟は破綻。
貸し出していた兵士が反転してモルド帝国に向かう現状。
更にモルド帝国自身の兵士も襲い掛かり、事態は最悪の一路。
せめてわたしの首だけで事態が収まれば幸いだが、あの強欲王はそれでは済まさないだろう。
国民は全て奴隷と変わる。
弟を含めた親族は処刑が確定。
我がモルド帝国に忠誠を誓っている騎士たちも軒並み処刑され、反乱分子の一片も残させない。
これではダメだ。せめて騎士たちだけでもどうにかして生かしてやらなければ亡くなった両親に合わせる顔が無くなってしまう。
「ごめんなさいファーバル。不甲斐ない姉で」
絶望的状況下に力なく項垂れる私は唯一の肉親に話し掛ける。
「いえ、姉上がいなければモルド帝国は壊滅しておりました」
何故弟は悲壮感を持たないのだろうか。
地図を見る限り弟を逃がせるルートも割り振れる騎士もいない。頼れる伝手も潰されており生存率は限りなくゼロだ。
それなのに何故?
「姉上のやられた事を全て知っています。中には非道に徹されるものもありましたが全部モルド帝国に準ずるための行為。それを責めるだけの行為を僕は何もしていない」
「それはまだ貴方が幼いから」
「それを言い訳にやらないのは間違っている。少なくとも姉上は僕の年齢の時から画策されていたのでしょう?」
いじらしくも弟は私がやった全てを知っているようだ。
口に出すのも憚られる行為だって命令した私をまだ姉だと言えるのだから弟は強くなった。
「まったく、気付けば貴方も成長していましたか」
「王子ですから」
しかし姉弟で慰め合っても現状は変わらない。
一手が欲しい。脆弱な一手ではダメ。この最悪を打ち消すだけの強力かつ反則な一手があればいい。
―――あの『天災』とされる一手さえあれば。
『お困りではないかね?王女様』
その一手は自ら進んでやって来た。