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エピローグ 逃げたあいつらとエダマメイト

 最悪だちくしょう。

 加賀の奴を探して連れ帰る。

 たったそれだけだったのに失敗した。


 慢心があったと言えばその通りだ。

 【薔薇の迷宮】で仲間と分断させて、【精神誘導】を使い加賀に意識が向かないよう工夫した。

 これで確実に捕らえたと、現に後は連れて帰るだけだったのに…。

 

「よりにもよって加賀が死ぬなんてな」


 俺たちは失敗した。

 それも最悪の形で失敗したんだ。


 加賀の死。今回出向いたのは加賀自身が目的であるが故にこれ以上ない失敗だ。


 まさかあの幼女があんな異常な力を持っているとは夢にも思わなかった。加賀の身体半分を砂にする恐ろしい力。ああなっては死んでしまったの断言していい。

 お陰で山崎の前に引き摺り出して俺たち以上の目に合わせる計画が台無しになった。

 それだけじゃない。加賀が死んだ事で今後も山崎の魔の手が俺たちに伸び続ける。そんな未来絵図にゾッと冷や汗が出た。

 

「ちくしょうっ」


 【水車輪】の荷車に乗りながらアビガラス王国に戻る俺たちは通夜でも訪れた気分だった。

 加賀が死んだから意味合い的に間違いじゃないが、気分で言うなら狩りを失敗した猟師の気分でしかない。

 それだけ逃がした得物は大きく、加賀単体の命に関してはどうでも良かった。


 今後も山崎の手から逃れるために五人で画策し続けなければならない。

 これからも安眠を許されない、誰かに背後を立たれると尻に力の籠る生活からは逃れられないのがキツかった。 


「安藤、戻るの止めないか?」


 運転する武田が重々しく口を開く。


「今戻っても山崎の恐怖に怯えるだけだ。だったら連絡が来るまで奴隷を手に入れに暴れた方がマシだ」


 武田の意見は一理あった。

 今回俺たちは何も収穫を得ていない。

 そんな状態で戻ってもアビガラス王国に貢献は出来ないし、無駄に旅費を消費しただけで終わってしまう。 

 それならいっその事、他国に向かって奴隷をかき集める方が有意義だ。しかし


「でもアビガラス王国目の前だよ?それに食料が残り少ないし、正直しばらく休みたいよ」

 

 食料がない。水が魔法でどうにか出来るが金もない。心身疲れており気力もない。

 ないものだらけで他国に行くなど自殺行為だ。

 略奪すればそれまでだが、道中においてロクに食料を調達出来なかったのが痛かった。

 

 あそこまで何もない不毛地帯に行っていたせいで略奪する物が何も無かった。お陰で帰らないと何も出来ないのだ。

 それにもうアビガラス王国まで目の前に迫っている。小さいが視界には俺たちの住む城が映っていた。

 これで引き返して別の国に行く気力も湧いては来ない。

 しばらくは休みたい。それが五人の共通認識だった。

 

「それにしても何だよあの幼女。完全に化け物じゃねぇか」

「ああ。何でも生み出して魔法も通らないとかチートだ」


 今はもう愚痴しか出なかった。


「竜人種だって圧倒する僕らが逃げないといけないなんて訳が分からないよ」

「そうだ。あいつさえいなければ加賀を攫って来れたし死ぬ事も無かった」

「陸斗きゅんが死んだ?」

「「「「「………え?」」」」」


 今【水車輪】の上にいるのは菊池、俺、武田、今井、金田。そして山崎。……………はっ!?山崎っ!!!??


「何でお前がいるんだよ!?」


 一番会いたくない奴がよりにもよって現れた。


「陸斗きゅんのカヲリを感じて外に出たら君たちがいたんだよ。それより俺の陸斗きゅんが死んだだって?」

「え?あ、それは……」

 

 まさかの陸斗の残り香を嗅ぎ取るとか人間止めてやがる。

 それよりもマズイ。マズ過ぎる。どうにかして言い訳を考えないと。


「陸斗きゅんが、俺の陸斗きゅんが死んだなんて嘘だよね?だってここには陸斗きゅんが五人もいるんだから」

「「「「「は?」」」」」


 こいつの目には俺たちがどう映ってるんだよ!?

 俺たちは言い訳よりも先に何とかして山崎を正気に戻すのを優先した。


「よく見ろ山崎!陸斗はこんな髪色してないだろ?!」

「イメチェンしたんだね。似合ってるよ陸斗きゅん」


「身長も違うよね?!」

「小さい陸斗きゅんも大きい陸斗きゅんも素敵だ」


「加賀に【水車輪】は使えないだろ?!」

「スキルを会得したんだね。魅力が増したよ」


「こうなったら【精神誘導】で…」

「こんなに陸斗きゅんに囲まれて俺は嬉しいよ」


「くそぉおおっ、全く効いてないぞこいつ!!」

「照れ屋だね。逃げなくても良いんだよ」


 どうなってんだこいつ!

 スライム並みに粘着質で逃げようとしても逃れられない。ってか、加賀と別れて何日経ったと思ってやがる!!その間にも水浴びはしたし臭いなんてとっくに落ちてるだろうが!!

 

「さあ、俺の愛を受け止めてくれ」 

「「「「「あ、ああ、アッーーーーーーーーーーー!!!」」」」」


 五輪の薔薇が草原に咲き誇る。心身ともに衰弱した俺たちでは聖騎士からは逃れられないのだ。


『………これは酷いでござるな』

『同士は何を見たでひゅか?』

『見たくもない男同士のディストピアでござるよ。やはり加賀殿が死んだのを山崎殿に伝えるべきでは無かったでござるな』

『ああ、あの五人が近くにいたでひゅか。それで先程山崎氏が『陸斗きゅんのカヲリがする』と言って出て行ったんでひゅね』

『もう虫を付けて置く意味もないでござるよ』


 一匹の虫がこの場を離れて行くのを俺たちは知らなかった。

 



 ・・・




 今回は実にしんどかった。

 レンに恨みなんて全く無いが、身体半分も無くなるなんて経験をするとは思わなかった。

 あれは痛いとかを無視して一瞬で意識がブラックアウトした。


 流石に次は勘弁して欲しい。

 それはそうと身体が元に戻ってから微妙に動きにくい。

 強いて言うなら歩こうとするとうっかり地面を踏み抜いてしまうような感覚があるんだが?


「何だ気付いていなかったのか陸斗」

「どういう事だ?」


 俺の違和感を察した皇さんがリビングで紅茶を入れたカップを片手に淡々と告げる。


「私が普通に治すと思っていたのかね?無論陸斗の身体は私が考え得る限りの改造を施してある」

「何やってんの!?」


 初代の仮面〇イダーを思わせる改造の強制感に驚きが隠せない。

 

「え?陸斗くんいつの間に人造人間になっちゃったの?ドラゴン〇ール並みに変えられちゃった?」


 呑気に茶菓子を食べながら聞き返す武内さんは、心配よりも面白さの方が上回っているワクワク顔で前のめりになって皇さんに問い掛ける。


「はっ、私は天華の言う人造人間が何か知らないが陸斗の持つポテンシャルを遺憾なく発揮出来る能力と、トラック一台は片手で止められる程度の強化を施したまでだよ」

「そんな改造されたら動きにくいわな!!」

 

 今まで使っていた肉体が違うものに組み替えられれば動きにくくもなる。

 本人の了承も無く、躊躇せずに改造した皇さんには脱帽させられた。

 今は多少動きにくい程度で、包丁を扱う分には問題ないが今後はそう言った事は事前に申告して欲しい。


「なんせお前は勝手に怪我をするからな。今回の件で私は肝を冷やされた。その罰だと思いたまえ」


 悪びれもしない平常運転。ある意味で恐ろしい。


「それにお前にとっても使い慣れれば天華が昔に倒したイノシシくらいなら素手で倒せる」

「へー、じゃあ陸斗くん。ご飯食べたら組手しない?」

「しません。まだ慣れていないって言ってるだろ」


 武内さんも平常運転だった。

 ソファに寝そべりながら良いこと聞いた、みたいに顔を輝かせているが生憎俺は組手をする気はない。

 組手をするにしてもこの身体が慣れてないと厳しく、今でも包丁の入れ方を誤りそうになるので注意が必要だった。


「師匠大丈夫ですか?」

「普通にしてる分にはね。ただこう身体の奥から「ち、力が溢れて来る」はい、そこ人の台詞に被せて来ない」

「だって今のはそんなノリだったよねー?」

「確かにそんな感じなんだけどな」


 武内さんのネタに乗っかるみたいでアレだが、全力を出せば凄い事が出来そうだと思えてならない。

 皇さんが俺をいったいどんな魔改造を施したのか。その詳細を詳しく聞いておかないとエライ事になりそうだ。まさに『ち、力が溢れて来る』状態だ。

 暴走何てことは皇さんが作ったし有り得ないと思うが、こうも身体が馴染んでいないとうっかり…。


「あ…」


 野菜をまな板ごと切ってしまった。こんな風になりかねないだ。


「安心しろ陸斗。その内慣れる。まずは全身の細胞が入れ替わるのを待つといい。今はまだ未完成だからな」

「そんな状態なのかよ」


 不安定な力程危ういものはない。

 しばらくは慎重にしていないと誰かに危害を加えかねないな。

 俺はそうならないようにマイランさんやノドカの助けを受けつつ生活しなければならない。主にドアノブを握ると潰しかねなかったり、歩くと床を踏み抜きかねなかったりしているので、そのサポートだ。

 

 着実に人間を辞めていると思われる。辞表をいつ俺は提出してしまっていたのだろうか。

 ただ料理をしている分にはコントロールがある程度効く。

 これは俺の『料理の天災』としての力が上手く皇さんの魔改造を受け流せているからか。でも油断をすればまな板がこの有様である。


「よし、出来たぞ」

「わーい」

「分かりました」

「では運びますな」

「頼みます」


 今日はふわトロなオムライスだ。デミグラスソースを使った珠玉の一品。武内さんが自分で、ハガクレさんが器用に四つも持って食卓に並べてくれる。後はノドカが運んでくれた。

 中々の出来だが、一つ気になる事がある。


「…ふんすー」


 レンの妙に気合いの入った顔。あれは一体どう言う意味があるのやら。

 順調に食卓に置かれる七つのオムライス。今回は功労者としてハガクレさんの分も用意してある。一応ハガクレさんの分はグレードは落としているので虜になって困る事もないだろう。

 そこでレンは初めて眉を歪め、首を傾げた。


「…ご主人様」

「何だ?」


 オムライス嫌いだったか?特にそんな様子は無かったと思うが。

 しかし俺の認識は大分見当が外れていた。


「…枝豆じゃない?」

「逆に何でそう思ったんだ」

「…二人が暴れた時は枝豆だった」


 なるほど。レンは自分が今回悪いと分かっていて枝豆が出されると思ったのだろう。でも俺はそんな意地悪をするつもりはない。


「レンは俺を助けようとしただけだからな」

「異議あり!」


 おい、良い話で終わらそうとした所に水を差すなよ。

 既にオムライスを食べ始めている武内さんが手を上げて裁判形式に進めようとしていた。


「今回の件は明らかに被害者を出してしまっている。これは過失傷害罪となり法定刑は三十万円以下の罰金又は枝豆に処すとなるのではないでしょうか」

「なんでやねん」

「静粛に。異議があれば挙手をするように」


 どこからツッコめばいいのやら。

 武内さんが検察官やって皇さんが裁判長をやり始める。二人ともノリノリなのがたちが悪い。


「別に良いだろ?生きてるし」


 被害者がそう言うんだから目くじらを立てる必要はない。

 なのに裁判長が待ったを掛ける。


「いや、これは示談であっても枝豆は避けられない案件である」

「どんだけ枝豆に執着するんだよ」


 あれか?自分たちがやられたからか?

 それにしても二人に関しては、特に武内さんなんかは自業自得な面が強い。今回で言えばレンは俺を助けようとしただけだ。罪にするのはおかしいだろう。


「よって被告人の食事をエダマメイトに変更する」


 そう言って皇さんが出したのは何処かで見たブロック状のお菓子の様な物。色が緑色でなければ間違いなくカロリー〇イトである。

 

「このエダマメイトは私の科学力を駆使して作った枝豆の成分を濃縮して苦味成分を徹底的に付与した一品だ」

「時折皇さんってバカなのかと思うぞ」

「これの発案者は天華だが?」

「だって普通の枝豆だと罰にならないし」

「なら二人ともこれ食うか?」

「「遠慮します」」


 罰だと言うなら二人ともこれを食べるべきだ。何せ二人は普通に美味しい茹でた枝豆を食べているしな。

 エダマメイトは見ているだけでも不味そうだ。食糧難にでも遭わない限りは食べたいとは思わない。よくもこんなもの作ったな。


「…これで罰になる」

「止めなさい。これは二人の悪ふざけだから」


 しかしレンはこのエダマメイトに手を伸ばした。

 慌てて俺はエダマメイトを退かしてレンを諭す。


「レンは悪くないからな。あの二人に枝豆を出したのは武内さんには罰で、皇さんには武内さんから頼まれたから出しただけだ」


 横暴だー、と騒ぐ声もあるが気にしない。

 何せ事実だ。それに悪い事をしたら食事が枝豆に変わるなんて決めてないし。

 だから枝豆を、特にこの禍々しい感じのカロリー〇イトモドキを食べなくてもいい。

 なのにレンの決意が固い。


「…レンは悪い事した。だからこれを食べる」

「ならこっちを食べてくれ」


 そんな身体に悪そうな物じゃなくてな。

 俺は『界の裏側』から茹でた枝豆を取り出す。

 

「…おいし」

「それで満足だろ」


 枝豆を食べるレンの頭を撫でてやる。

 これよく考えなくてもオカズが一品増えただけだよな。でもレンはこれで満足しているみたいなので良しとする。

 

「レンちゃんだけズルくないー?」

「そうだぞ陸斗。私たちの時よりも甘い」

「二人の時も結局皆と同じ物出してあげたよな?」


 文句を言うのは筋違いだろうに。


「陸斗殿も大変ですな」

「まあ、日常なんでいいですけどね。ハガクレさんの場合はイスルギさんの事ですよね」


 ハガクレさんは俺の苦労を分かってくれる。ただハガクレさんとはここで今日お別れだ。

 現状里の竜人種をまとめる者はノドカにノされたイスルギしかいない。

 横柄ではあるが一番力を有しており、有事には頼りになる。だから他の者もイスルギの態度にはある程度黙認していた。


 しかし人を導く者としては間違っている。

 そのためハガクレさんは残りの余生をイスルギの更生に費やすそうだ。

 

「イスルギはまだ若い。元長として奴をしっかり成長させていかねばなりませんからな」


 ただ、とハガクレさんは続ける。


「この美味い食事がもう出来ないと思うと残念でなりませんな」

「またここに来た時は振る舞いますよ」


 美味そうにオムライスを食べる老人の顔はやはり俺の爺さんの顔とダブって見える。

 誰かの為に生きようとする者は決まってこの顔をするのだろうか。そうだとするなら俺は年老いてこんな顔が出来る生き方をしていきたい。せっかく拾った命だしな。


「ふん、あやつが簡単に更生するとは思えませんが」

「ノドカは遺恨があるからな」

「遺恨はもうありません。ただ次にここを訪れても態度が変わっていなければ潰します」

「……ほどほどにな」


 ノドカの中でも今回の件は過去の清算に丁度良かった。

 自分を売られた過去も両親との死別も、ノドカは態度には示していないが何処か小さなトゲとして引っ掛かっていたのかも知れない。

 それら全てをすっきり水に流せたのならここに来て良かったと思える。


 正直、俺は元クラスメートに襲われ身体を半身失って、最終的には皇さんに改造されてと散々な目に遭っている。

 けどここを訪れようと思わなければハガクレさんを始め、竜人種のお姉さんたちや子供たちを助ける事は出来なかった。

 それを考えれば誰も死ななかったのだから良しと思うべきだろう。


 俺は席に着いてオムライスを一口食べる。

 甘い卵とほんのり苦みのあるデミグラスソースの混じり合いが丁度良い。

 調和が取れていれば苦味だって旨味に変わる。


 経験としては良いものになった。

 ただ次は怪我したくないなと思いながら旅の行く末を考えるのであった。

 

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