表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/147

77話目 傷の舐め合い

 そう、悪いのは全部私だ。

 力を無い者が背伸びをしていたのだ。力量も(わきま)えずに主を守れなかった。

 それが結果としてレンに辛い思いをさせてしまった。

 

 これで私のせいではないと誰が言えるか。

 武内様に教えを請い、強くなったと錯覚しただけの愚か者がそれでも救うと宣う方が可笑しかったのだ。


「なあレン。お前と会った時を覚えているか?」

「…覚えてる。あの牢屋の中」

「そうだ。私たちはそこで出会った」


 レンは覚えていてくれていたか。

 

「私たちは互いに弱かったな」

「…ノドカは呪い。レンは記憶喪失」

「あの奴隷商にさえ負ける弱さだったな」

「…うん。だからレン達に商品としての価値が無かった」

「あの頃は身体も貧相であらゆる方面で使い物にならないと唾を吐かれたものだ」


 数年も奴隷をやっていれば分かるが、あれほど売れ残ったのは私たちだけだろう。

 商品として私は竜人種であり、レンはまだ成長途上であると言う一線だけでギリギリ見捨てられず、持っていてたがそれも時間の問題だった。

 いつ奴隷商の気が変わり、廃棄処分されるか分からない日々をお互いの傷を舐め合いながら共に過ごした。

 

「…お風呂なんて贅沢出来なかった」

「週一で身体を拭かせて貰えば上等だったな」

「…ご飯も少なかった」

「私たちの場合はごく潰しだと食事さえ出ない日もあった」

「…辛かった」

「そうだな。とても辛かった」


 分かってるじゃないかレン。

 そんな何も無い日が辛いと知っているじゃないか。


「だったら何でそこにお前はいるんだ。そこには私さえいないんだぞ?主だっていない!そんな地獄にお前は居続ける気かレン!!」


 全てのレンの瞳が揺れる。

 そこに居続ければ苦しみながら死ぬと、あの頃以下の日を死ぬまで過ごすのだと知っているんだろ?

 だから出て来てくれ。お前にそんな目に遭って欲しくはないんだ。


「迷っているなら帰…」

「…無理」


 なんて強情な。

 帰ろうと言った途端に心を閉ざす。こんなレンをどうやって説得すれば良い?

 どうすれば…。


「…ノドカ。レンはここに残る。これでもう誰も傷付けない」

「そんなの」


 認められる訳がない。だが、暴力を行使した所でレンはまたここに戻って来てしまう。

 それにこの数多くいるレンを見極める難解さ。一人を連れ帰ったとしてそれが本物かを証明する手段がないのだ。

 だから必要なのは言葉だ。そう分かっているだけに肝心の言葉がまるで出て来ない。


「…帰って。レンは()()()()()()()()()

「っ!」


 そうだ。何故私はそれを思いつかなかったんだ。


「なら何故レンはまだ消えていないんだ?」

「……っ」


 数多の物質を粒子化出来る。それは生物であっても可能だ。それは私の両親や主でも証明している。

 ならばレン自身も死にたいと思っているなら砂になっていて不思議ではない。


「お前自身が砂にならないのは生きたいからじゃないのか?もっと私たちといたいからじゃないのか?」

「………」

「答えろレン!!」


 数多くいるレンの中で一人だけ一歩後退した者がいた。本物はお前か!!

 瞬間、私は脚力を総動員して地を踏み抜いた。

 

「…っ、ノドカ」

「捕まえたぞレン」


 利き手ではない左手でしか捕まえられないが、レンの純粋の筋力ならこれで十分だった。

 

「…離して」

「離すもんか。お前を連れて帰るまで離さないぞ」

「…いやっ!」


 駄々っ子のように腕を振り回して来るも、この程度で離す程柔な鍛え方をしていない。

 

「…離してじゃないとノドカもっ!」

「砂にしてしまうと?」


 レンは怖かったのだ。これ以上大切な人を砂にしてしまうのがどうしようもなく怖かったのだ。

 最初はレンも死ぬ事を考えていたのだろう。

 顔を何度も掻いてボロボロだ。服の下は強く自身を握り締めてうっ血もしているだろう。


 だけど自身を砂には出来なかった。何度も実行しようとしては怖くなって止めたのか、それとも無意識で止めてしまったのか分からないが砂になる勇気は無かった。

 だから遠ざかった。そうすれば誰も砂にはならない。

 そして一人で静かに死ぬ事を選んだ。バカな奴だよレンは。


「私はそんなに頼りにならないか?」

「…違う」

「私じゃレンを守るに値しないか?」

「…違う」

「私ではお前の隣にいる資格はないのか?」

「…違う!」


 いや、違わない。お前は私を弱いと思っている。

 でなければお前は私を遠ざけたりしないだろう。私が消えるのが怖くて逃げようとしているんだよなお前は。

 

「私は、そんなに弱いのか?」

「…違う。そうじゃない」

「ならなんだ?主が弱いからか?皇様が弱いからか?武内様が弱いからか?マイランさんが弱いからか?人をバカにするのも大概にしろ」


 私はここぞとばかりに畳み込んだ。

 退路を断つやり口は嫌だったが、こうでも言わなければレンはまた逃げる。


「私たちはお前が思っているより弱くないぞレン」

「…だけど」


 主は砂になったとレンの目は語る。




「そうだ。お前が思うより俺たちは弱くないぞ」




 っ!この声はっ!!


「主!」

「…ご主人様っ」


 歓喜の声が私たちの口から漏れる。ご無事回復されて本当に良かった。

 主はマイランさんの肩を借りて玉座の入り口に立っていた。


「動いて大丈夫なのですか?」

「実はあんまり。まだ身体半分の違和感が抜けないからマイランさんに運んで貰ってるんだよな」

「私は反対したのですが師匠がどうしてもと言われるものですから」

「そうですか」


 何にしても意識を戻されて本当に良かった。

 主があのまま目覚めないかもと嘆いたが杞憂に終わった。

 

「帰ろうレン。皆が待ってるぞ」


 主は優しく手を差し伸べられる。

 檻の中にいた時と同じ優しさだった。主に死に掛けた事への恐怖心はまるでない。

 それが何よりも嬉しかった。


 レンをレンのままで見ておられる主の姿の眩しさに目が潤むものを感じてしまう。

 私は主に仕えて良かったと心の底から深く思う。

 

「…ダメ。触れないで」


 びくりとレンが震える。しかし主は気にせず歩みを進めた。

 

「…触れるとまた、レンが…」

「消さないだろ?レンは誰も消せない」


 主は片膝を着くとレンを抱き締める。

 

「悪かった。辛い思いをさせたな」

「…ちがっ、レンが全部わる」

「悪くない。レンは悪くない」


 幼子をあやす様に主はレンの背中を擦る。

 悪い夢を見ていただけだとレンを慰め微笑む主。

 レン気付いているか?主はお前を怖いとも重荷だとも思っていないと。



「…レンは御主人様といたらダメだから」

「それは誰が決めるんだ?」



 トントンとリズム良く叩かれる背中。



「…レンは大切な人を傷付けた」

「だったら今度は傷付けないように気を付ければいい」



 それは母のようで。



「…レンはご主人様を傷付けた」

「もう治ったぞ」



 父のような姿。



「…レ、ンは、レンは、ッ~…」

「はいはい。もう苦しまないで良いからな」



 初めから私では無理だったのだ。



「…―――――――――」




 私がどれだけ両親を気にしていないと言ってもレンにとって二人は私よりも父と母だと思える存在だった。

 私は両親が死んだ事を何とも思っていない。しかしレンにとっては自分を助けた大切な人たち。

 だから私の説得ではレンの心に届く事は無かった。

 

 私以上に大切だったのだからそこに折り合いを付けるのは難しい。

 そこに主を傷付けたとあっては平然としているのも無理だ。

 私に対する負い目だけではなく、自身に対する負い目が大きくてレンは自分の事が許せなかった。


 そんな時に他人の私が何を言った所で耳に入る筈も無い。

 当事者である主にしかレンの凍った心は溶かせなかったのだ。

 

「…うぅ……、ひっ…ひっく…」


 主の肩で泣くレンは私たちの元に帰るのを許したのだろう。

 感情を無くしたような顔に光が灯る。

 

「もう大丈夫だからな」

「…うん」


 昨日からレンは何も食べていない。

 食べられる物を作れたかも知らないが、主の作る料理しか美味しいとは思えない上に何かを口にする気力も無かっただろう。


「悪い夢を見ていただけだもんな」

「…うん」


 ただでさえまだまだ痩せているレンだ。

 帰ったら沢山美味しい物を食べよう。


「お腹空いただろ?帰ろうレン」

「…うんっ」


 お前が苦しむ必要はもう何もないんだからな。

 

「一件落着?」

「まあこうなるだろうな」

「武内様に皇様。外はもう大丈夫なのですか?」


 主がレンを宥める中、玉座の入り口から皇様と武内様が姿を現した。

 お二人が現れたのなら外は全て殲滅し終えたのだろう。そんな確信がありつつもお二人に訪ねる。


「ああ、あらかた見終えたのでな。邪魔になるので処分した」

「自分が何人いても仕方ないしねー」


 あっさり言い切るお二人だが、あれは簡単に倒し終えるものではない。

 私と同じ程度の戦力が同じ数だけいたとしても、未だ玉座に辿り付けていたか怪しいものだ。

 こんなお二人だからこそ私はレンだけを見る事が出来た。


「お二人ともありがとうございました」


 私は素直に礼を告げる。


「別にノドカちゃんの為だけじゃないしねー。自分の為でもあったから」

「まあ、今回は中々楽しめた。レンには更に期待しても良いだろうな」


 口々に感想を言われるお二人だが、その言葉の端々にレンを想う気持ちが見え隠れするのが私は嬉しく思えた。

 しかしそれはそうと…。


「ハガクレ様が見えませんが?」


 何故かお二人の後ろにも見えないハガクレ様。一体どうしておられるのか。

 その答えは至極単純なものであった。


「ああ、おじいちゃんなら体力使い果たして外で寝てるよ?」

「年寄りの冷や水だ。ギックリ腰にならなかっただけマシだがね」

「………私はハガクレ様の所に向かいます」


 置いてきお二人の容赦のなさに戦慄しつつ、私はハガクレ様を助けに行くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ