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76話目 帰るぞ

総合評価が1000pt超えるとは。ありがたやーありがたやー。

「……………帰って」


 またしても呟かれる拒絶。

 レンの後悔は相当だと分かっている。もし私がレンと同じ立場なら主を傷付けた罪悪感から顔も見せられなくなるだろう。

 しかしだからと言って引く訳にも行かない。主が目を覚ました時、レンがいないとなれば病み上がりの身体で探そうとする。そうなる確信が私にはあった。


「ああ、一緒に帰るぞレン」


 だから私はレンに手を伸ばす。

 しかしレンの反応は変わらなかった。


「……ノドカ帰って。レンは――」


 そう言ってレンは顔を上げる。


「――帰れない」

「っ…」


 泣き腫らした瞳は真っ赤に充血し、頬を掻きむしったのか傷だらけになった顔が痛々しい。何よりもその目は何の光も映していない。奴隷であった時よりも酷い顔をしていた。

 

「帰るぞレン。主が待っている」

「…無理」


 再度顔を伏せるレンはもうここから動く気は無いのだろう。

 自傷行為を繰り返し、最後には死を選ぶ。そうなる姿が目に見えていた。

 させる訳には行かない。強引でも何でも連れて行く。そうしなければレンは本当に死んでしまうから。


「行くぞ」


 私はレンに近付き、その手を掴もうとする。


「…いやっ」


 パチンッ、と掴もうとした手を弱弱しくねられる。

 その手を掴む資格も()()()()()()()()()と明確な拒絶を示す。

 

 ここには武内様も皇様もマイラン様も主も私だっていない。

 日の光だって入らなかった完全な闇にお前を一人残していける訳がないだろう?

 

「レン…」

「…いやっ!」


 次は触れる事さえさせて貰えなかった。


「…レンは帰っちゃ行けない。帰る場所なんて何処にも無い!!」


 立ち上がったレンは幽鬼的で今にも消えてしまいそうな儚さがあった。


「…レンが帰ればまた繰り返す。何度だって繰り返す!主も消したレンに帰って良い場所なんて無い!!」

「そんな訳が…」

「…ある。レンにはノドカの元に帰れない理由がある」


 レンの足元の砂が蠢く。

 またしても複製が作られる。薄暗い玉座の中ではその人物が誰かも分かり難く、目を凝らして見れば―――


「それは…」


 ―――私の父と母だった。

 今更の再会だと思ってみても、やはり肉親としての情が出て来てしまう。何せ、あの者たちは最初から私を見捨てようとした訳では無かったのだ。

 呪いを解こうと色々な手を尽くしてくれた。


 最終的には売られてしまったが、高い薬や呪いに効くとされる品を与えられた事だってある。

 村の総意を覆せず奴隷に落とす決定に従ってしまった者たちだが、こうして見ると憎み切れないものがあった。


「…レンが消した二人。ノドカのお父さんとお母さん」

 

 更に足元の砂は動く。


「…ご主人様も消した」


 現れたのは外にいる巨大な主ではない等身大の主だ。その微笑みを見れば疲れも痛みも飛んでしまう。

 一体は部屋に置いておきたいと一瞬思ったが、気を引き締めてレンと対峙する。


「主は消えていない。皇様や武内様の力で今は安らかに眠っておられる」

「……(ふるふる)」


 レンは首を横に振った。

 

「…レンが傷付けた事実は消えない」


 消せるのに消えないと呟くレンは何とも皮肉めいていた。

 あらゆるものを砂に変えられるレンでも過去は変えられない。その証拠と言わんばかりに私に対してこの三人を突き付けたのだ。

 レン、私がその程度でお前を諦めると思っているのか?


「…だから帰れない。帰る場所もレンが消した」

「まだ消えていない!」

「…っ」


 後ずさるレンに私は私自身を指し示す。


「私がレンの帰る場所だ。何のために腕を壊してまで来たと思っている」


 レンが後ずさった分だけ私は進む。


「お前を連れて帰る為だぞ、レン」

「ダメだ」

「ダメよ」


 しかし進む事を許さないと父と母が目の前に立ち塞がる。

 それはレンの意思なのか、はたまたレンを守ろうとする父と母の持っている親心か。

 今はそんなものどうでも良かった。


「はっ!」

「「ぎゃっ!」」


 二人を蹴り飛ばして壁のオブジェに変える。

 もう私には貴方たちは必要ない。死なれた事に思う所はあっても、それは今の貴方たちではないのだから。

 今までありがとう、と心の片隅で思いながら前に進む。


「ノドカ、レンはこのままにしておこう」


 今度は主の複製が前に立ちはだかる。

 私は少しばかりこの主の複製が許さなかった。

 主に見た目が似ている分、主が絶対に言わない事を言ったのだ。


「主がそんな事を言うと思っているのか!」

「グハッ!」


 父と母がいる方とは逆の壁に主の複製を叩きつける。

 これでは主や父と母に似ているだけの“他人”だ。

 そんなものに感情移入出来る程、私は優しく出来てはいない。

 そんな妥協で許される程、私は甘くはないぞ。


 砂はまたも動いて一つの人影を出現させる。

 また主の複製か?なら今度は持ち帰っても―――、そう思った私の目に飛び込んで来たのは


「…帰ろう」


 ()()()()()だった。

 壊れた右腕の拳に力が籠る。

 どうしてお前はそんなにもバカなんだ、レン。

 

 お前は私にそれで妥協しろと言うのか?

 お前は私にこれがレンだと偽らさせる気か?

 バカにするのも大概だ。お前はお前でなければならないんだぞ。


「ふざけるなっ!!」


 紛い物で済むと思っているのか?

 しかしレンの複製が首を横に振る。


「…レンはレンの経験した全てが入ってる。無いのは錬金術の力だけ」

「だから本物と変わらないと言いたいのか…」

「…うん」

「そんな訳ないだろうがっ!!」


 なら、お前自身はどうするつもりだ?

 ずっとそこにいてただ飢え死ぬのを待つつもりなのか?

 

「主を傷付けたからか?私の両親を消したからか?その力さえなければ全て丸く収まるとでも思っているのか?」


 ふざけるな。バカにするのも大概にしろ。


「答えろレン――――ッ!!!」


 肩で息をする程、声を荒げて叫んだ私にレンは顔を背けたままだった。

 私はレンの複製を退けようとするも、両手を広げてこれ以上進むなと道を塞いでくる。


「くっ」


 これは所詮複製だ。

 僅かな躊躇の後に、複製を蹴り飛ばしてレンへと向かう。


「…いや」


 砂が動く。それもこの玉座の中にある全ての砂が動くと、それらは形となって姿を現す。


「これは…」


 見渡す限りレン、レン、レンで埋め尽くされた玉座の中。

 本物を見付けて見せろと言わんばかりの光景に歯噛みする。

 

「「「「…どうするノドカ?」」」」


 これじゃ捜しようがないよね?好きなレンを持って行けばいい。もう諦めて、とレンは暗に言っていた。

 姿が一緒。匂いも、醸し出す雰囲気もまるで変わらない集団の中からたった一人の本物を捜し出せなんて無茶だ。

 それでいてレンたちは思い思いが勝手に動く。お陰でもう私の目にはどれが偽物でどれが本物なのか判別は出来なかった。

 

 膝を抱えて泣いている者。

 私の袖を引っ張り、帰るのを促す者。

 壁に寄りかかり、ジッとこちらを見ている者。

 砂に寝そべり、虚空を眺めている者。

 

 どのレンも本物に見え、下手に排除するわけにもいかない。

 私は結局どのレンを見ればいいか分からず、周囲を見渡しながら叫んだ。


「ズルいぞレンっ!お前はそうやって逃げる気か!?」

「…逃げるよ」「…だってレンは」「…もう必要じゃない」「…要らない子だから」


 玉座の中で反響しながら多方面から聞こえるレンの声。

 まるでレンの体内にでもいるかのように全ての声が歪んで聞こえる。

 

「…レンはこんなにいるよ?」「…どれもレン」「…それで良いよね?」「「「…だからどれか一つ持って帰って良いよ」」」


 なんでお前はこんなにも歪んでしまったんだ。思えば武内様も皇様も何処か歪んでいる。

 武内様であれば戦いを神聖視し、目の前で『武』を冒涜されれば国で相手であろうと牙を向く。

 皇様であれば常に対等を求め、そのバランスが崩れれば地形を破壊してしまう程に取り乱す。


 主に関してはまだその傾向が見られないがあの方たちが言う『天災』とは誰もがこうなってしまうのだろうか。

 個人で扱うにはあまりに膨大で尋常ではない力。

 なのにそれを個で持ってしまっている(いびつ)さは人の形を歪めるのに十分な力を持っていた。


 そしてレンもまた同様に歪んでしまった。

 レンが自身を否定してしまうのも力を持ったが故にだ。

 もしも力がなければ私の父や母は消えなかっただろう。それに主が傷付く事もなかった。


 だがそんなものは仮定に過ぎない。

 レンは力を持っている。それも『天災』たちが『天災』だと認めるだけの力を持ってる。

 そんなレンに私が敵うか。


 無理だ。そもそも前提が間違っている。

 レンを倒すなんて。もしかしたら本物を攻撃してしまうと考えるだけで手が止まってしまう。

 

「私には、出来ない……」


 本物のレンを攻撃すれば命が危うい。

 全身が凶器だと自覚がある分、手を出す勇気が私にはなかった。


「…なら帰って」「…レンは一人で平気」「…もう来ないで」

「………」


 いくつものレンが私の身体を押し出し始める。

 その力は微々たるもので、踏ん張らなくても惜し留まれたが一歩、また一歩と後退してしまう。

 

「レンは私といてくれないのか?私じゃダメなのか?」


 明確な拒絶の意思が辛かった。

 私が力を追い求めたのは守る為だ。どんな逆境にも主やレンを守れるようにと鍛えた力。

 なのに、私はあまりにも無力だった。

 

 主はレンの手により半身を失った。

 レンは主を傷付けた事で心に傷を負った。


 肝心な時に私は傍にいられず、互いに傷付き合っている時も何も出来なかった。

 何の為の力だ。何の為の武だ。何の為の誓いだ。

 私は何一つ守れていないじゃないか…。


 両目が熱くなって行くのを感じた。

 こうなってしまったのは私のせいだ。常に主といようとしなかった私の責任だ。

 

「…ノドカのせいじゃない」「…悪いのはレン」「…レンが全ての原因」

「違うっ、お前のせいじゃない!!」


 視界が歪む。

 

「悪いのは私だ……」

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