7話目 安いよー、奴隷が安いよー
俺は動物を飼った事はないのだが、飼ってみるとこんな気分なのかと思わずにいられない。
朝なので軽めにしようと昨日の内に仕込んでおいたスープとパンにスクランブルエッグを用意する中、目をキラキラさせながらフォークを持って待機する二人に、待て、と命令しているようだ。
「はい、出来たぞ」
「「頂きます」」
早いよ。机に置いた瞬間に手を付け始めるのだから獣かと突っ込みたくなるが調理中に来ないだけマシだと思おう。
「ん~~、美味い!」
「………」
もはやお馴染みのリアクションをする二人に水を用意する。メニュー的には牛乳だが生憎無かった。
「それで今日はどうするんだ?」
「街に行くよ。観光するなら街だよねー」
街か。街なら食材も買い込める、っあ!
「お金がない」
「あるから問題ないよ。はい金貨」
ちゃり、と渡される数枚の金貨。
「なんであるんだ?」
「金庫からパクって来ました。てへペロッ」
「てへペロッ、って…」
先立つものは結局お金だ。
お金がなければ観光している暇もないんだから武内さんの判断は正解なんだが、これ泥棒だよなー。
「違うよ。慰謝料だから」
金貨を握って悩む俺に至極あっさりとした声で武内さんは悩みを払う。
「向こうはボクたちを誘拐したんだからさ。そこに何の対価も無いのは頂けないよね。もしかしたら連続殺人鬼を呼び出したかも知れないんだからこんなの健全だよ。健全」
「すげー無茶苦茶だな」
でもその考えで良いのかも知れない。下手に悩むとそれこそ昨日の伐採もやらかした一つなのだ。金貨数枚程度なら……?
「これで全部じゃないよな?」
「うん。それは陸斗くんの分。他はちゃんと別保管されてるから欲しいものがあったら皇ちゃんに言うといいよ」
「………そう言う事だ」
皇さんの口にスクランブルエッグが乗っていたので拭ってあげた。
「ちなみに金貨の価値は?」
数字で換算されていないので判断がつかない。しかし金貨ならば高いのだろう。
「日本円なら約十万だ。大銀貨が一万、銀貨が千円、大銅貨が百円、銅貨が十円くらいだ。その時によって価格が変動するがね」
「そんなものポンと渡さないでくれるか!?」
今手のひらに数十万もの大金が乗ってるなんて誰が思うか。
恐る恐ると金貨を机に戻す。
「それ陸斗くんの分だよ?」
「今まで普通やってた人間なめんなよ。こんなに持ち歩けるか」
「なら腕を出せ。簡易版の『界の裏側』を使えるようにしてやる」
出した右手首にカチャン、と嵌められた銀の腕輪はブレスレットにしてはシンプルで飾りっ気はまるでなかった。
「やったねアイテムボックスゲットだよ」
「精々家一つしか入らない粗悪品だがね」
「十分だろそれ」
「ちなみにボクも貰ってるよ」
ほら、と武内さんが見せて来る右手には銀の腕輪が装着されていた。
「本人以外は私しか使えないからこれで問題あるまい。他者から見えないようにも出来るし外せない様にも出来る。便利だろ?」
「便利過ぎるわ」
「ちなみに使い方は物を思い浮かべるだけでいいんだって。楽だよねー」
ガチでゲームのアイテムボックスのようであった。
「俺このまま皇さんから離れられないかも知れない」
便利になれてしまう。システムキッチンだって悲しいかな元の世界で使ってたのより使い勝手が良すぎた。
「ふっ、奇遇だな。私もお前の料理無しでは生きていけなくなりそうだ」
「ボクもー。なら結婚しよっか」
「それ気軽に決めたらダメじゃね?」
お前の味噌汁が毎日飲みたいんだ的な解釈で良いだろうが、この二人は俺よりもガチで飯の為に言ってるから惚れた腫れたの内容ではない。まさに文字通りお前の味噌汁が毎日飲みたいんだ、である。
「安心してよ。頑張って稼ぐから」
「それ立場逆だろ」
「お前の場合は死なれると困るからな。仮に冒険者をやるなら天華の方が最適だ」
「そうなんだけどな」
そうそう、と皇は一杯の水を飲んでから気休めになるのか疑問になる台詞を吐く。
「欠損程度ならこの通り。義手や義足ならいくらでも付けてやろう」
「安心出来ねぇよ」
右腕をふらふらさせる皇さんの技術力は本物の見紛うのは分かるが好き好んで欠損したいと思わなかった。
朝食を終えた俺たちは家を出る。
皇さんは家を出ると右手で触れて消してしまう。これが『界の裏側』に送った瞬間なんだと思っても理解は出来なかった。
「移動手段はどっちにする?」
「私で良い。天華が飛べば目立つ」
「皇ちゃんも十分目立つと思うけどなー」
皇さんは消した家の代わりに四人乗れるスポーツカータイプの車を取り出す。
「これ舗装されてない道で使えるのか?」
根から削り取った場所を走らなくても凹凸の激しい道ばかり。これではスポーツカーで走っても速度は出せない。何よりも運転出来るのか?
「問題ない。これは車体が浮くからな。ホバークラフトと同じと思え」
実際は重力操作だがね、と言いながらさっさと運転席へと乗り込んだ。
皇さんが運転するんか。大丈夫だろうかと不安になりながらも助手席へと乗った。
「お邪魔します」
中は外見通り狭かった。
身体は密着しないまでも明らかに多人数が乗る様に作っていない。その証拠に皇さんが乗っている運転席よりも革の張り方が雑だった。助手席や後部座席はあくまでも様式美として張ってある程度だ。
「では行くぞ。舌を噛むなよ」
「え、まっ、──────」
速すぎて景色が消えた。街に着くまでの景観を覚えられないとかスピード狂かい。
「着いたぞ」
「………うっぷ」
ぎ、気持ち悪い。平気な顔で立っている二人が可笑しいのであって俺が至って普通なのだ。
身体に掛かるGが凄まじく、膝を着いて胃の中身を戻さない様に呼吸を整えるのがやっとであった。
「じゃあここから歩きだね」
「ま、街に着いたんじゃないのか?」
「バカかお前は。こんなもので乗り入れたら騒がれるだろうが」
それでも視界内に捉えているから道中全て歩きよりマシか。歩いて僅か数分で着く近さなのだから文句を言うのが間違っている。
「ほら肩貸してあげよっか?」
「いや、いい。普通に歩けるから」
彼らは知らない。
あのスポーツカーを見た者たちによって新種の魔物と既に騒がれて天変地異の前触れだとされているのを。
天変地異を起こせる三人組なので噂は間違っていないのだから恐ろしい。
「ちなみに俺たち身分証になるものがないけど大丈夫か?」
身分証の代わりになるのはステータスだが全部ゼロの項目しかないもので何とかなるのか。
「行き当たりばったりで」
「特に問題ない。私たちはステータスがゼロだからな」
どういう事なのか。その答えは直ぐに示された。
「ひっぐ、お前たちも、ぐすっ…、大変だったな、ずずっ…、旅して怪我がないのが奇跡だぜ。ぐすっ」
門の前に来た俺たちは身分証が無いのでステータスを門番に見せたら何故か号泣された。
ステータスがゼロ。それはつまりこの世界では驚異ゼロと同じなのだ。
身分証の有り無しに関わらず、街に入った所で何も悪事が出来ないのは目に見えておりフリーパスな速さで通された。
門番の人が頑張れよー、と応援してくれるのは有り難いが中々に人情に溢れた人だった。
「問題なかろう?」
「でもぶっつけ本番は怖いねー」
「ならやるなよ」
それにしてもデカい街だった。
行き交う人の波は一種のお祭り騒ぎ。歩けない程ではないが注意していなければ気が付けば何か盗られていそうな混雑具合だった。
「お前の腕輪を外れない様にしておこう」
「頼む」
盗られない自信は無かった。誰にも中の物は出し入れ出来ないとは言え、入っているのも大金なのが恐怖心を煽った。
「では、私は別行動を取らせてもらう」
「ボクもね。またお昼にここで会おっか」
「え?」
気が付けば俺一人取り残されてしまった。
街中で刃傷沙汰はないだろうが一人にされると心細いものがあった。
「マジか」
そんな俺の呟きは街の騒音が綺麗に掻き消してしまうのだった。
・・・
あ、どもどもー天華でーす。
この度ボクは最強とされる竜人種を手に入れる為にこの街にやって来てサクッと皇ちゃんたちから離れた訳ですが一体何処で手に入るのやら。
街を探索して見るもよく分かんない。うーん………あ、そっか。
「おじさーん。竜人種が売ってる場所知らない?」
適当に歩いてる人に聞くのが一番だよねー。この街が奴隷を売る街だって知っていても中までは知らないんだからどうしようもない。
「あん?嬢ちゃん竜人種をどうする気だ?止めときな」
強面のおじさんが振り向くと親切心からか竜人種を手に入れるのを止めて来た。
「強いのが欲しくて」
「それなら大人しく獣人種にしておくこった。竜人種なんてバカみたいに高けぇしプライドも値段並みに高けぇから言う事なんて聞きゃしねえぞ」
「ふーん」
顔に似合わず丁寧な説明をしてくれるね。でもそんな都合はどうでも良いんだけどなー。
「それに竜人種は基本的にオークションでしか手に入らない。普通の店で取り扱われるよりもオークションに出した方が高く買い取ってもらえるからどうしても欲しいならオークション会場に行きな」
「へー、ありがとうオジサン」
「気にするな。それと俺はまだ二十代だ」
「え?ごめんなさい」
今度はお兄さんって呼べよー、なんて言われても多分今度もオジサンとしか呼ばないだろうなー。だってかなりの老け顔だし。
まあいっか。さーてオークション会場に行って見よーっと。
「楽しみだなー」
そんな訳で来ちゃいましたオークション会場。中々広そうだねー。
オークションに出品される商品を見やすくする為か、ここもコロッセオみたいな会場になってるよ。この世界コロッセオ好きだなー。
「金貨150枚から!」
「200枚!」
「220枚!!」
「300枚!!」
おーおー、良い感じでやってるよ。でもエルフは要らない。それに何かあのエルフ、エロフっぽいよね爆乳だし。
必死になってエロフを落とそうとしている息の粗い紳士は競り落としたら今夜どう扱う気なんだろうね。陸斗くんもそう言うの好きなのかなー男の子だし。帰ったら聞いて見よ。
さてお目当ての竜人種は出品されてるのかなー。あ、いたいた。ガタイのしっかりした頭に日本の角が生えた男の竜人種がいて中々強そう。
「はい、エルフのボール・マーサー金貨550枚で落札です!」
えーと手持ちは金貨1000枚か。エロフで550枚となると足りないかも?でも紳士諸君はガチムチなんて要らないよね?大丈夫だよね?
僕の不安を他所にオークションは順調に進んで行く。
「はい、ドワーフのリベル・ドルゲ金貨130枚で落札です!」
やっぱりエロくないと人気も低い。なら行けるかな?
小太りなちっこいおじさんが退場して次に来たのが本命の竜人種だった。おー来た来た。
「続きまして本日の目玉商品!世界最強と謳われた竜人種。何よりも今回出展されるのは今までの訳アリとは違う正真正銘の完全な竜人種だ!!」
え?え?これマズい展開じゃない?
会場のボルテージが上がって行くのが分かる。えー狙ってるの多くない?おっさんだよ?ガチムチだよー?
「ぶっちゃけ本人がギャンブル好きで自己破産した結果奴隷になったんだが。ま、どんな出自であれ完全なのはお目に掛かれない!では最初は金貨500枚から!!」
うそーん、最初からグレード高くない?もっと金庫から持って来れば良かったなー。
「ろ、600枚!」
「620枚!」
「700枚!」
「710枚!」
「740枚!」
わわっ、冗談みたいに会場中で取り合ってる!?
「はいはい、800枚!!」
もう手を上げて必死にアピールだよ。貴重な竜人種が手に入る機会を持ってかれたら次手に入るか分かんないもん。
「830枚!」
ぎゃー、ちょっと止めてよ。しかもこっちを向いてドヤ顔とか酷くないあのおっちゃん。
「834枚!」
「837枚!」
おっ、刻み始めた。もしかして行けるかも?ならここは一気に畳み掛ける!!
「1000枚!!」
有り金全プッシュ、どうだ!!
ボクの1000枚発言に静まる会場にドキドキしながら見守る。誰も言わないで。
さっきのドヤ顔のおっちゃんは舌打ちしてもう手を上げない。なら………。
「はい、竜人種のタカトラ・コウスケ金貨1000枚で……」
やった!大勝利だよ!
喜びを噛み締める。これでボクが鍛えればそれなりに強くなって組手くらいなら相手になるかも知れない。
わーい、夢が広がるなー。皇ちゃんには悪いけどボクも欲求不満なんだ。戦うのに今までどれだけ手加減し続けたか。
思えばあれは小学生になったばかりの頃か。
同年代どころか大人でさえ弱くて遅い。武者修行の名を借りた道場破りも全国制覇しちゃったし、世界の裏側なら相手出来る人がいるかなー、と思って銃撃戦に素手で飛び込んでも完封しちゃうし。あ、そう言えばクラスメートだった鈴木だっけ?昔俺が勝ったら付き合えって言うから適当のボコった事もあったなー。
とにかく色んな所を周ってみたけどボクと同じ人はいなかった。中国の山奥にもアメリカの荒野にもいなかった。
寂しかった。共感できない。分かり合えない辛さはボクを地獄に落とした。
どれだけ願っても片手であしらえてしまう実力差に泣いた。
どれだけの武装をさせても鼻歌混じりで潰してしまえる実力差に泣いた。
とにかく泣いて泣いて泣きまくった。
そんな時に出会ったのが皇ちゃんだった。
皇ちゃんはいきなりボクに攻撃して来たので適当にあしらおうとしたんだけど初めて骨を折られた。
戦車の砲弾を受け止めても折れなかった腕が折れたんだからもう歓喜しちゃったね。初めて本気が出せるって。
で、つい調子に乗って皇ちゃんの右腕食べちゃったけど不可抗力だから仕方がないよね?
まあそんな感じで孤独だった訳だけど今は皇ちゃんもいるし陸斗くんもいる。
けど、それでも『武』と『武』の本気をしてみたい。だから今回のオークションの競り落としたのは最高に嬉し…。
「でひひ、1100枚なんだな」
「は?」
…………………競り負けちゃったよ。くすん。
「はぁ…」
ショックだ。凄いショックだ。
念願の玩具を横から奪われた気分だ萎えるよ本当に。
こうなったらヤケ食いだ。ボクの胃袋は猛烈に陸斗くんの料理を求めている!!
ボクは瞬間移動もかくやな勢いで奴隷会場を後にする。
「ただいまー」
ってあれ?陸斗くんの隣りにいるのってネコの獣人種と角の短い竜人種?何で?
「陸斗くん、その獣人種と竜人種どうしたの?」
「金貨1枚でいつの間にか買ってた」
安いよー、奴隷が安いよー、何でだよーーーっ!!?