71話目 説得とレンの過去
すいません今回は短いです
ノドカの自信あり気な表情に私は眉をひそめる。
「勝算はあるのか?」
なければ砂になるだけだ。砂になればノドカは死ぬ。そしてレンは二度と私たちの前に姿を現さないだろう。
最悪なシナリオだけは回避したい。今ではレンもノドカも私たちの大事な仲間だ。
昔の私ならいざ知らず、今の私にとってこの環境が崩れるのだけは避けたい事態なのだ。
「いえ、有りません。ですがレンを説得出来るのは私だけかと」
「根拠は曖昧だな」
であるにも関わらずノドカから明確な方法も提示されるではなく、ただ自分であれば説得が出来ると言ったものだった。
私が難色を示すのも仕方ないと言える。
だが、ノドカの目は真剣だった。何をそこまで言い切れるのか分からないが忠告はさせてもらう。
「お前が失敗したら死ぬかも知れないと分かっているのか?それもノドカだけじゃなくレンも死ぬだろう。二人を失うのは陸斗にとっても辛い事だ。その覚悟があって言っているのか?」
「もちろんです。私はレンを救う。その為に消える覚悟を持って挑みます」
「陸斗が許すと思うか?」
「主なら行け、と命じるでしょう」
「陸斗くんが美化されてると思うなー」
何だそのカッコいい陸斗は。思わず笑いそうになったぞ。
でもまあ陸斗は何だかんだで甘い。行け、と命じなくともこれだけ覚悟を持ったノドカになら仕方ないなと苦笑いを浮かべるだろう。
ただこのままノドカを向かわせて砂にならない確率はどれだけか。陸斗の様に事故らないと言える低さではない。
「それに砂になるとしてもお二人がなるより私がなった方が助かる確率も高いのでは?レンに言葉を届ける意味でも私が一番適任です」
ノドカの言い分は筋が通っている。
レンと付き合いの長いノドカなら話を聞く可能性はあるだろう。被害者と加害者の概念でいけば今回の件で一番の被害者はノドカだしな。
私や天華が砂になった際に助かる見込みは低い。片腕や片足程度なら何とでもなるが陸斗が負った傷の様に半分近く喰われればまず死ぬしかない。その上レンを説得出来る気はしない。
その点ノドカが矢面に立てば砂になったとしても救える確率は高いし、説得が成功する確率も高い。ならノドカに任せるべきだろう。
しかしそれはそれとして無策で前に出すのも反対だ。
危険とは出来る範囲で潰すに限る。そうなると………。
「分かった。ノドカにレンを説得して貰う。ただ今日は休め。明日までに準備を整えるとしよう」
「分かりました」
とりあえず何か食べるか。作り置きがあると思うが食べるなら作りたてが良いものだ。全く、早く目を覚ませ陸斗。
・・・
レンはずっと膝を丸めて顔を伏せてた。
顔を上げるのも億劫で、このまま消えたいと思う。
目を閉じれば浮かぶご主人様の姿。
「っ…」
レンがやった。
レンがご主人様を砂に変えた。
どうにも変えられない現実にレンは泣いた。
大好きなご主人様をレンが砂にした。あれが事故でレンの意志じゃないけどレンの力がやった事。
これで大切な人を、大好きな人を砂にしたのは二度目。
二度目はご主人様。
一度目はノドカのお父さんとお母さん。
ただレンは知らなかった。レンがノドカのお父さんとお母さんを砂にしていたなんて。
ご主人様を砂にして思い出した忘れていたかった過去。
レンは捨て子だった。
こんなステータスだからレンに価値は無いとレンの本当の親はレンを山奥に捨てた。そんなレンを拾ったのが二人の竜人種。それがノドカのお父さんとお母さん。
何でレンを拾ったのかを聞けば、悲しそうな顔でノドカを奴隷としてしまったのを後悔していると言った。
この時はどうして奴隷にしたのか理由を聞かなかったけど、ノドカが呪いを持ってたのが原因だって今なら分かる。
そんなノドカを捨ててしまったからステータスも何も無いレンを拾ったんだと思う。ノドカを捨てた償いの為に。
でもそのお陰でレンは生きられた。
捨てられたレンがあのまま放置されてたらレンの能力も気付いていないし死んでたと思う。
ほんの僅かな間だったけど幸せだった。
お母さんに眠る時抱き締めて貰った。
温もりを初めて知った。
抱き締められるのがこんなにも嬉しいんだって知った。
お父さんに泣いてる時頭を撫でて貰った。
優しさを初めて知った。
撫でられるのがこんなにも嬉しいんだって知った。
レンはこんなにも幸せでいいのかと思った。
何も無いレンが手に入れた幸せ。この幸せにいつまでも浸っていられればと思った。でも、長くは続かなかった。
『何のつもりだ!こんなガキ連れ込みやがって!!』
あのノドカにボコボコにされてたオジサンがレンの幸せを壊しに来た。
だけどオジサンはあくまで切っ掛け。本当に壊したのはレンだった、
レンを守ろうとしたお父さんとお母さん。
『もうノドカと同じ目には遭わせられない!』
『私たちがこの子を守るわ!』
ノドカの代わりだったレン。
なのに自分たちの不利な状況になったのに本当の子どもを守るように庇ってくれた。
何日も渡って戦って、何人もの人を巻き込んでの攻防はすさまじかった。
ノドカも使えない【麒麟招来】を互いに使ってたから殴り合いが驚く程激しくなった。村も半壊して老若男女問わず負傷者を出した。
そんな折にレンの頭に当たった石礫。これが皮肉にも戦闘を終わらせる引き金になった。
『大丈夫か!』
『しっかりして!』
レンに駆け寄るお父さんとお母さん。
その二人の裾を掴んだレンが起こしたのは砂化の現象。一瞬で砂にしてしまった悪夢の光景。
「…消えろ」
レンを救ってくれた人をレンが消した。
レンが好きになった人をレンが消した。
こんな事実ならいっそのこと思い出さないでいた方が良かった。
「…消えろ消えろ」
なのにレンはご主人様も消した。
レンの大好きなご主人様もこの手で消した。
レンはノドカの大切を二つも奪った。取り返しのつかない事をしてしまった。
それなのにノドカの影に隠れてずっとレンは守って貰ってた。
奴隷商の牢屋にいた時からレンを気に掛けてくれたノドカ。
『心配するな。私がお前を守って見せる』
レンは何も出来ない。
『ほら、これも食べろ。私は竜人種で頑丈なんだ。お前は育ち盛りで食べないと死ぬぞ』
レンは記憶も無かった。
『レン、主が呼んでいるぞ』
知らなかったじゃ済まされない酷い事をした。消えなきゃくらい酷い事したのに。
『この手を離すなよレン』
なのに肝心のレンは消えてくれない。
どれだけ身体を擦っても引っ掻いてもレンは砂にならない。
「…消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消え、消えろ消え………う、うぅ………」
グシャと髪を掴んだ。
痛い。痛いのに消えない。レンは砂になれない。
こんな悪い子砂になるしかないのにどうしてもレンは砂になれなかった。
何で?レンはもう生きている意味なんてないのに……。
ご主人様も消したのにレンだけ生きてる。
剣じゃダメ。銃もダメ。レンは砂にならないと。同じ痛みを受けて死なないと償えない。
夜風がレンを冷やす。
どうすればレンは償えるの?
聞いても帰って来ない答えは夜風と一緒に消えていく。