63話目 ブラッティ・フェスティバル
「小娘が。覚悟は出来ているだろうな」
「それはこちらの台詞だ。自分は強いから何をしても良いと考えるその驕りを叩き潰す」
中年も【竜人解放】のスキルを使い、短い青髪を金色に染める。更に頬に爬虫類特有の鱗を顕現させた。
あれはアビガラス王国で奴隷になっていた竜人種が使ってたスキルか?名前は確か……。
「【麒麟招来】。選ばれた竜人種のみが使える最強のスキルだ。小娘のお前では絶対に使えない代物だ」
あー、そうそうそんな名前だ。
そのスキルを使った竜人種を武内さんがボコボコにしたんだけっけか。
「それがどうした?性能の差が戦力の決定的な差にならない事を教えてやる」
やだ、カッコいい。
何気に男前な台詞を言いながらノドカは構える。
「くぅっ、ノドカちゃんめ。いつの間にそんな言い回しを覚えたんだ。ボクが使えない名台詞を使うなんてズルいっ!」
「天華よ。ノドカはお前の悪影響を受けていないか?」
それは思う。ただ本人は真面目な雰囲気なので俺は敢えて何も言わなかった。
中年とノドカが戦いを始めつつある中、五人の竜人種たちが俺たちを囲み始める。
俺たちの誰かを人質のでもする気か。それとも完全に制圧して奴隷にでもして売る気なのか。どちらにしろ良からぬ事を考えているのは目に見えていた。
「これどうするよ?」
「えー、やるしかないんじゃないの?仕方ないよねー、ホント仕方ないね、うん」
「そうだな仕方ないな。ついでにうっかり死体にしても不可抗力で収まるんじゃないか?あー不可抗力不可抗力。けしてその角を折って研究材料に加えたい訳では無いぞ、うん」
逃げて竜人種。でも逃げても追いかけるから逃げ場はない。
「武内殿、皇殿。申し訳ありませぬが殺してしまうのだけはご勘弁を。あれでも前途のある若者ですので」
「「えーー」」
しかしここ唯一の良心と言えるハガクレさんがなるべく穏便に済ませたいと願い出た。
「ブラッティ・フェスティバルしたらダメー?」
「分かり難く言われましても。血祭りは半分程度にしていただければと」
「よし、人体の半分は採取して良いんだな」
「それでは死んでしまいますな。ご勘弁を」
「「えーーー」」
もう一回真面目に言うが逃げろ竜人種。狂戦士と狂科学者に骨まで食われるぞ。
あ、竜人種って結局は竜なのか?それなら良い出汁が取れるかも知れないな。
「師匠、あれはマズイと思いますよ?」
「…お腹壊す」
「別に料理する気はないんだが?」
「食材を見る目をされていましたので」
「…ダメ絶対」
バレてた。骨まで食うのは比喩になるが俺が関われば現実にまで持って行ける。まあ、あまり食べる所無さそうだし美味しくも無さそうだから要らないが。
ある意味俺も狂料理人。ただ思い至るだけで言葉にしていないからセーフだよな?
「戯言ばかり言いやがる。やるぞ」
「「「おう」」」
一人の若者が俺たちのふざけた態度に不快感を覚え、他の者も同様に目尻を上げてじりじりと接近して来た。
彼らは【竜人解放】しており、とっくにやる気は十分だった。
それでも俺たちに緊張感はなかった。
竜人種が強くても、それはあくまでこの世界での基準であり、俺たちの基準には当てはまらない。
一方的なワンサイドゲームは竜人種が百人いても出来る戦力だ。
「武さん、マイさん、やってしまいなさい」
「時代劇風だね。りょーかい」
「分かりました。殲滅いたします」
二人でも過剰だが、念には念をだ。
後はノドカを見守るだけだが、目を離した隙に既に中年の方が片膝を着いていた。
一体何があったんだ?
「な、何故だ。俺はここの族長だぞ?最強だぞ?何故この俺が膝を着いている」
腹を押さえながらノドカを睨む中年はノドカが何をしたのか分からないらしい。
そんな中年に冷酷な視線を浴びせるノドカは淡々と語る。
「お前は強いだろうな。だが、それはステータスの数値に頼ったシステム的強さに過ぎない。私が死角からのカウンターに気付けていないお前では【麒麟招来】も宝の持ち腐れだ」
竜人種は確かに強い。
強靭な肉体に他の種族では得られない高いステータスと、それを更に高めるスキル。
しかしそれはポテンシャルが高いだけで勝てる要素ではない。
それが『武』だ。
高いステータス?強力なスキル?そんなものは鼻で笑って押し潰す。
事実、【竜人解放】までしか出来ないノドカが【麒麟招来】まで出来る中年に勝っている。
「立て。まだ終わりではないだろ」
「舐めるなよ小娘がぁああっ!!」
勢い良く立ち上がった中年はその速度を維持したままノドカに殴りかかる。
しかしノドカは暖簾を退かす様に腕を払うと、その脇に肘を打ち込む。更にそれだけに終わらず、下がった頭に膝を打ち込んで蹴り飛ばした。
「ぐあぁっ!!」
中年はノドカの連撃に着いて行けなかった。
飛ばされた中年は姿勢を崩しながらも立ち続けているが、ノドカにとっては格好の的でしかない。
ノドカは既に中年の懐に潜り込んでおり、両手の平で押し出すように胸元に掌底を決める。そして僅かに浮いた身体にまた肘の打ち込みが開いた腹に入った。
「っが、この速さには付いて来れまい!!」
それでもタフな中年は距離を取って自慢の速さを披露する。その速さは遠くにいる俺でも見失いそうになる速さだ。
武内さんの戦い方に目が慣れて来たお陰か、こうした戦闘の速さも見るだけなら着いて行けるようになった。
そんな俺でも見落とし掛ける速度で駆ける中年にノドカは棒立ちだった。
「ふははーーっ、貰ったぞ!!」
「だから甘いと言っている」
ただの裏拳。
しかしそれが背後から来た中年の顔面を強打しており、中年自身も何故それが自分の顔に当たったのか理解出来ない顔をしている。
中年の腕はノドカには当たっていない。避けた仕草をしたようには見えなかったが何でこうなったんだ?
「ノドカちゃんの快進撃が分からないようだね陸斗くん」
「武内さんか。随分と早いな」
「あいつらアビガラス王国で戦ったのより弱かったしね」
取り囲んでいた竜人種を倒し終わった武内さんが俺の隣にやって来る。
「それで解説して貰っていいか?」
結局あれはどうなってるんだ?
ノドカの力の根幹は武内さんと言っていい。その武内さんから教わった武術を使っているんだろうが、どんな技術が使われているのかまでは俺の目にはよく分からなかった。
「あれはそうだねー、こんな感じ?」
そう言うと武内さんが二人に増えた。…………………え?
「どうなってんだ?!」
「ただの目の錯覚だけど?なんて言えば良いのかなー?」
武内さん自身よく理解していないのか言葉を濁した。
「こいつのこれは手品の類に近いから考えるだけ無駄だ陸斗」
「やっぱりか」
一仕事終えた感のある皇さんに敢えて何をしたかは聞かない。その手の中にあるビンには何か金色の粉末があるが、あれが竜人種の角を削った物ではないと思っておこう。
皇さんはそのビンを『界の裏側』に納めながら解説をする。
「ノドカのあれは相手の行動予測への割り込みだ。思考誘導と言っても良い」
ノドカは僅かに身体を揺らしたり、重心を変えるだけでこう動くと錯覚させているのだと。
だから中年が目標とした位置にはノドカがいなく、代わりに裏拳が添えられて自ら当たりに行ったらしい。
「でもそうなると何で中年の動きが読めたんだ?速くて位置なんて掴めないし見えてなかっただろ」
現にノドカは後ろ向きのまま中年を殴った。
完全に死角からの攻撃に中年だって勝利を確信した笑みを見せてたわけだし。
「あー、それはボクがノドカちゃんの五感を鍛えて上げたから。人間って視覚を失っても聴覚で補えるし、空気に触れた肌からも察する事が出来るんだよね。武において先の先を読むのに鋭敏な感覚は大事だからね」
つまり速いだけの相手に遅れは取らないと。
理詰めの将棋の如く動きを読んで戦っているのか。
それに比べて中年の動きは単調的でスピードやパワーに任せた戦い方で、あれはあれで凄いんだろうがノドカの相手をするには力不足だった。
中年の蹴りも、拳も、何一つ通る事なく柳の如くすり抜け、カウンターで潰して行く。
ノドカの洗練された武は獣に近い中年の暴力を鮮やかに捌き切っていた。
「ぐぅぅっ……」
「お前の負けだ。イスルギ・ケンシン」
ガクガクと揺れる中年と平然と立つノドカではもう勝負にはならない。
誰もがノドカの勝ちを確信した。
「まだだぁっ!」
もはや勝てない戦い。中年は見事に勝ちを捨てた。
しかしそれは勝負に対しての勝ち負けであり、意地汚いお山の大将としての住処を維持する執念だけは残っていた。
襲い掛かった相手は子供だった。
「ちっ」
ノドカは舌打ちをするが間に合わない。
本来なら中年の方があらゆる面で上なのだ。出だしが遅ければ追い付けないのは当然だ。
だけどそれも悪手だ。こっちには武内さんがいるのだから指一本触れられはしない。
「………」
武内さんが防ぐ。そう思って見ていれば、何故か中年は手を伸ばした姿勢のまま固まり、口も半開きの状態で動かないでいた。
「な、何故だ……」
大粒の汗をだらだらと流し始める中年は絞り出す様なか細い声で目を見開いた。
「何故お前がここにいる………?」
武内さんが殴る寸前で止まり、皇さんも【有現の右腕】を撃たない。
それだけ中年の驚きを示した人物と一致がしなかった。
現に驚かれた者が後ろを振り向いたり周りを見渡すも、やはり中年の瞳孔が自分に向いていると言う事実に頭を傾げる。
「ありえん、ありえんぞ……。お前は確かに捨てた。里ごと捨てたんだぞ?」
あぶら汗をびっしり掻きながら強く否定するが目の前にいる事実は消えない。
「……」
「ひぃぃっ!!」
その人物が中年の様子に少し手を伸ばす。それだけで中年は尻もちを着いて後ずさる。
まるで着いて行けない状況に俺たちも困惑し、互いに顔を見やるも何も分かる筈もなかった。
「イスルギ、お前は何を怯えている?」
中年の打って変わった様子にノドカの怒りも何処かに吹き飛んで目を白黒させた。
最も恐怖から遠く、そもそも関わりがあるとさえ思わなかった人物。
「何故お前はレンに怯えているのだ?」
ネコミミと細めの尻尾を揺らす幼き獣人種、レンから俺たちは目を離せなかった。