62話目 ノドカの逆鱗
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俺達はあの辺境で何も無い岩場を抜け、遂に竜人種が住んでいるであろう集落まで目視出来るまで近付いていた。
「こんなにも遠いとは。あの時助けて頂かなければ全員死んでおりましたな」
しみじみと呟くハガクレさんは感慨深げに頷いた。
確かにここまで来るのにのんびり家を走らせていたとは言え、ハガクレさんと出会ってから五日も費やした。
いつもなら車で飛ばしているが大人四人に子供が五人も追加されては定員オーバーだった。
だから皇さんはこの家ごと動かす事で全員を運ぶ事に成功した。
それでも車より移動速度は遅く、精々人が小走りした程度の速度でしかなかったが家そのもので移動する事を考えれば十分に速い。
「次からは計画性を持って行動する事だな。私たちでなければ夜中に大金が転がり込んで来たと高笑いされているぞ?」
「弁解のしようもございませぬな」
あの時のハガクレさんたちかなり弱ってたからな。
普通の感性であれば全員を捕まえて奴隷として売ったとしても何ら不思議ではない。
それだけ竜人種は高いと聞かされた。
実際に奴隷オークションに行った武内さんの言だと「積んだ金貨で圧死するよ」なんて言ってたし本当に高いんだろうな。
「俺たちは金が要らないしな」
金を容易に作る手段は沢山ある。
やろうと思えば武内さんが適当に狩りをして売るだけでも十分に儲かるし、皇さんが精製した砂糖やら塩だけでもその価値は高い。
しかしそれもしないのはするだけ無駄。そう言えるだけの大金を俺たちはまだまだ持っている。
だから金に頓着する事はないし、それでも困った事が起きれば物理的に解決すれば問題はない。
何せ俺たちは『天災』だからな。どうとでもなる。
問題があるとすれば彼ら自身があそこに住む竜人種たちに受け入れて貰えるかだ。
「それでハガクレさんたちは大丈夫なんですか?」
「問題は無いかと。竜人種は同族を見捨てる様な真似はいたしませぬので」
「それは一部の竜人種だけです」
ハガクレさんの絶対的な自信に待ったを掛けたのはノドカだった。
「主には話しましたが私は同胞に売られました。その事実をどうお考えで?ハガクレ殿」
竜人種の住処に近付くのもあってバンダナで隠していた奴隷証をハガクレさんに見せつける。
今では忠誠の証としてノドカに首の残ったそれは間違いなく過去の残骸。真の意味で奴隷の証だ。
もしかしたらノドカは俺に対する忠誠とは別に、売られた時の恨みを忘れない為に残しているのかも知れない。
同胞を恨んでいるのかを聞いた事は無いが、俺が同じ立場なら許せはしないだろう。
「スイレン殿は、同胞に売られたのですか」
「はい。私を売ると決断したのは族長であり、売る事に抵抗もしなかったのが私の両親だ。直々に会いに行ってまで恨みを晴らしたいとは思いませんが、彼らを許す事もまた無いでしょう」
呪われた身で竜人種と名乗るのは相応しくないと否定の連続だったノドカが彼らと会って復讐に走るならそれでも良い。
俺に止める権利は無い。何せ俺も俺から全てを奪った奴らに会えば復讐しない自信は無かった。
この『天災』としての力を最大まで利用して復讐を果たす。それだけの恨みを持っているからな。
「なるほど。スイレン殿の言い分しかと受け止めました。私自身も盲目になっていたと反省し、何より彼女たちを安全に暮らせるまでこの荷を背負い続けましょう」
俺たちがその後で何かを言い合う事は無かった。
ただノドカは危惧しているのだろう。
心の何処かでは信じていた仲間に裏切られたのだ。同胞だからと簡単に信頼など出来るものではなく、ハガクレさんたちを思うが故に自分と同じ様に売られないか不安になるのだ。
住処の側まで歩いた俺たちは門を守る竜人種二人と接触した。
「何奴だ」
槍を持って警戒する二人にハガクレさんは前に出ると己の意を告げる。
「私はハガクレ・ヨザキ。訳あって住処を追われこの地に参った。ここの族長と話がしたい」
「では、その後ろの者は何だ?竜人種ではないが」
門番が怪しむのも仕方ないか。
俺たちを客観的に見ればハガクレさんを脅してここまで来たと言われても可笑しくはない。
しかし門番の不躾な目線にハガクレさんは鋭い眼光を顕にする。
「この方たちは我らを助けてくれた恩人だ。危害を加えるのなら相手になるが?」
「わ、分かった。しばし待て」
門番の一人が里の中に入って行く。
その後ろ姿を見ながら俺はハガクレさんに聞いた。
「あんな風に脅して今後の生活に支障は無いんですか?」
「あるでしょうな。しかし入れなければどうにもなりませぬ。強気で行くのが大事なのですよ」
あの程度の門番であれば勝てますからな、って戦うのを前提にしないで欲しいんだが。
ハガクレさんのバトルジャンキー説が浮上しながら待つこと数分。
現れたのは一人の竜人種の強面の中年と護衛らしき五人の若い男たちだった。
「お前たちか。避難して来た竜人種とは」
ドスの効いた声に怯みそうになる。
全てを威圧し、踏み潰さんとする姿は正に最強と名高い竜人種に相応しい出で立ちだった。
「そしてその竜人種を助けたのがお前たちだと。ふん、それがホントかどうかも疑わしいわ」
「なっ!」
それが族長の示す態度なのかと驚きを隠せずハガクレさんが声を漏らすも、その族長の言い分は止まらない。
「そこにいるのは老いぼれと女子供のみ。大方お前たちに奴隷としての価値が低く、都合の良い戦闘奴隷が欲しくて利用しているのだろう」
いや、要らんがな。
思わず呟きそうになるが、目の前の中年のしょうもない発想に言葉が出ない。
これは本当に竜人種なのか?
強さの面で行けば確かに強者として君臨する覇気を感じる。だが、それだけだ。
人としての器は族長を任されるには小物と部類してしまえる器の脆弱さを見せる。まるでガキ大将。お山で騒ぐサルの様で程度が知れていた。
俺に最低の評価をされているのを知らずに、まだこの男は騒ぎ続ける。
「残念だったな貴様ら。そんな老いぼれどもでは人質にはならん。我が里の者など誰一人としてやらんわ。その使えん奴らを持って立ち去れ劣等種」
「言いたい事はそれだけか。イスルギ・ケンシン」
そこで初めてノドカが口を開く。
声には怒気が籠っており、目には殺意で満ち満ちていた。
名前を知っているし、知り合いなのか?
「お前は誰だ?何故俺の名前を知っている?」
しかしイスルギと呼ばれた中年の方はまるでノドカを知らないようだった。
ノドカは前に出ると首に巻いていたバンダナを外し、自ら奴隷証を見せるとノドカははっきり自分の名前を告げる。
「私はスイレン・ノドカだ。お前の手によって売られた竜人種を忘れたか」
「何?お前があの役立たずだと?」
中年の方も覚えはあったようだ。
しかしその表情は半信半疑であり、後ろの護衛でさえ訝し気な顔をしている。
思えばノドカが呪いから解かれる前までは角が灰色でやせ細った体躯をしていた。
そこからの完全な姿は正に別人。張り詰めた武人としての闘気に関係のない武内さんがうずうずしていた。
「武内さんステイ。今割り込んだらダメだからな」
「分かってるってそれくらい。でも封印された左手が疼く」
「されてないだろ。天華は黙って見ていろ」
悪いけどこの展開で武内さんが間に入って行ったらギャグにしかならない。
皇さんと二人で挟み込むようにしているとノドカは威風堂々とした姿で中年を鋭く睨み付けた。
「ああそうだ。この身を蝕んでいた呪いによって侮蔑と中傷を受けていた役立たずだ」
「その役立たずが何故ここに、いや、それ以前にあの強固な呪いを一体どうしたと言うのだ!」
強固な呪い?飯食ったら治ったけど。
ある意味では失礼な言い方だが、そう言うしかない。
「我が主の手により私は呪いから解放された。お前のように役に立たないからと見捨てずにな」
半ば押し売りだったが俺はノドカの生き様に心惹かれた。
だから買ったし、呪われているからと杜撰な扱いをする気も無かった。
今となっては呪いも解けているが、仮に呪いが解けなかったとしても何処かに捨てる気も売る気も無かっただろう。
「お前は弱者を切り捨てるやり方でどれだけの同胞を売り払った?それにここはお前の住処では無かった筈だ」
「ちっ、それがどうした」
怒りに燃えるノドカの後ろ姿に一触即発な雰囲気が辺りを支配する。
中年の苦虫を噛み潰した様な顔。それが答えか。
ノドカの言った通り彼らは売ったのだ。同胞を使えぬ者や歯向かう者を売り、自分たちにとって都合の良い城を造り上げたのだろう。
でなければこの男が族長として現れる筈がない。彼らの本当の住処はここじゃないのだから。
「それがどうした?それがどうした、…だと?」
ノドカの強く握り締めた拳が白くなり、無意識の内に使ったのか【竜人解放】のスキルにより青い髪が金色に染まる。
「ふざけるな!お前に竜人種としての誇りはないのか!!お前に同胞を思う気持ちはないのか!!」
怒りに染まった瞳が中年を睨み、自身を売られた恨みも合わさりノドカの内に溜まった心情が発露される。
「お前の仁義は何処に行った!他人を陥れて何が竜人種だ!お前に竜人種を名乗る資格はない!!」
ノドカにとって竜人種とは強い以上に、誇り高く利己主義ではない高潔なものだったのだろう。
なのに中年の行動は真逆と言って良かった。同胞を蔑ろにし弱者を貶める。それがノドカの逆鱗に触れた。誇りも何もあったものではない中年に怒りを覚えると同時に落胆さずにはいられないのだ。
昔のノドカは呪われており弱かった。だから売られるのも仕方ないと心の何処かで妥協があったのかも知れない。
だが、こうして対峙して中年の浅ましさに気付かされ、同じ過ちを繰り返し続ける中年をノドカは竜人種と認める訳にはいかないのだ。
そんな強く信念を貫こうとする姿や弱い己を変えようとしたノドカの姿はまるで武士を彷彿させる。今思えば俺はそんなノドカに惹かれたんだな。
「小娘がぁぁっ、言わせて置けば偉そうにっ!!やるぞお前らっ!!」
居合わせた竜人種の男たちの髪が金色に染まる。
全員が【竜人解放】のスキルを使って俺たちを潰そうとしている。
「愚かな。力量差も気付けぬ者が長をやっているとは。この住処もダメかも知れませぬな」
ハガクレさんもノドカ以上に落胆した。
当然だろう。ハガクレさんは自身の命だけでなく女子供の命さえ危ぶませながらこの地を目指した。
にもかかわらず、その族長は竜人種としての誇りも欠け、相手の強さも何も気付けないのだから溜め息の一つも出てしまうだろう。
「それじゃあ暴れて良いね。いやー本当に残念だよ、うん」
「残念だと言うなら喜ぶな天華」
「戦う事が生き甲斐ですから仕方ありませんね」
こっちはもう戦う気が満々だ。
武内さんは腕を回して。皇さんは【有現の右腕】を起動して。マイランさんは大剣用意する。
ああ、これは竜人種終わったな。