61話目 ほのぼの行きましょうか
俺たちは竜人種の住処を探しながらハガクレさんたちと旅を続けた。
その結果、生活にある偏りが出来るようになった。
まず恒例の朝の鍛錬。
拳を打ち出したノドカの背後に回る武内さんがその背中を指差してドヤ顔を決める。
「ノドカちゃん。君には圧倒的に速さが足りない」
「「「はやさがたりなーーい」」」
「武内様、その妙なポーズはお止め下さい。子供たちが真似をします」
武内さんとノドカは移動時以外は基本的に鍛練をしているが、その様子を竜人種の子供たちが見るようになった。
子供と言えど竜人種。強さへの憧れがあるのか武内さんとノドカの鍛錬は見ていたくなるのだろう。
そこに武内さんが悪ふざけを交えるので子供たちが真似をしたがる。
この中でも一番の強者のやる事に子供たちが反応してしまうのは無理もない。
そして武内さんも真似されて面白がっているので止める気はないようだ。
「はっはっは、止めたかったから捕まえてごらん」
「武内様覚悟して下さい」
「「「わーーーー」」」
あれはあれで子供たちが強くなる見本になるからハガクレさんとしては放置を決め込むらしい。
実際聞いたら「強さを学ぶには良い機会ですな」とあっさりしていた。
俺としては変な悪影響が出そうでどうかと思っているが。まあ、楽しそうだしいっか。
それでこっちはこっちで遊んでいた。
「王手」
「ふむ、中々奥深いですな。では私はこちらを」
「…回避した」
将棋盤を睨みながら皇さんとハガクレさんが勝負をしており、それをレンが眺めていた。
この世界に将棋は無いが適当に出来そうな物を漁っていたら出て来たらしい。
ルールもハガクレさんは何度かやって理解したらしく、皇さんから飛車角落ちのハンデを貰って対抗していた。
「次はハンデ無しにするか?」
「まだそれだけの技量を持てているとは思いませぬが」
「…レンより強い」
「長く生きておると戦略も知るようになるに過ぎませぬ」
存外楽しんでるし最初会った時の様な険しさは取れていた。
ハガクレさんが一番大変だっただろうな。
こんな辺境を渡り続けて水も食料もない。そんな皆の命を預かるプレッシャーから解放されたのだから穏やかな顔つきにもなるか。
余生を過ごしているみたいで俺の爺さんを思い出すな。
「詰みだ」
「参りました」
「…次レンと」
見た目は完全に孫に慕われるおじいちゃんにしか見えないな。
ハガクレさんは駒をじゃらじゃら動かしながら基本の位置に戻してレンと対戦を始めた。
そんで俺たちなんだが…。
「陸斗と」
台所に立つ俺は馴染みのエプロンを着用していた。
まだ朝なので簡単な物を作る予定だ。
「マイランの」
マイランさんはいつものように俺の隣に立っており助手を兼ねてくれる。
そしていつもと違うのは竜人種のお姉さん方に囲まれている事だった。
「「主婦力向上クッキングー」」
パチパチパチパチ、と竜人種のお姉さん方に拍手を頂く俺たちは今日作る物の紹介をしながらこうなった経緯を思い出す。
『え?料理を教えて欲しいって?』
何でまた?と思っているとお姉さん方は悲しそうな顔で呟く。
『うちの息子が『にいちゃんの料理と母さんの料理ってなんでこんなに差があるの?』って真顔で聞いて来るんです』
『私の娘も『おにいちゃんの料理じゃないと食べたくない』なんて言い出す始末で』
『私の方もです。でも私自身も私が作った方は何でこんなに美味しくないのか自問自答してしまう程で』
最初は俺とマイランさんで全員分を作ろうとしていた。
しかし世話になってばかりでは申し訳ないとお姉さん方は協力を申し出てくれた。
とりあえず自分たちで食べる分を作って貰う形でやって貰ったが味に対する差が凄かったらしい。
特に子供たちの反応が顕著に現れたのだ。
最初は気にせず食べられる事に喜んでいた子供たちだが、数日も経つとどうしても心にゆとりが出て来て文句が出るようになったと。
『私たちはいつも通り作っています』
『ここの設備は性能が良くて食材も素晴らしいのでいつもより美味しい物を作れていると思うのですけど』
『それでも子供たちには美味しいと言って貰えなくて』
しかも凄いのが子供たちの好きな物をお姉さん方が作り、嫌がる物を俺が作っても子供たちは嫌がる方に群がってしまう始末だ。
俺はてっきりピーマンとかニンジンは子供が嫌いになる物だけど竜人種だから違うのかな、くらいにしか思っていなかったがそうでもないらしい。
『それがちょっと心にきまして』
『私たちに料理を教えて欲しいのです』
そんな訳でお姉さん方の為に料理教室を開設した訳だ。
俺はハガクレさんたちが食べる分のクオリティは落としていたんだがな。
そうじゃないと別かれた時に何も食べられなくなるか好き嫌いが多くなってしまうと懸念していたのに。
「師匠、この最初に名前を言うのは意味があるのですか?」
「ただの様式美だから気にしないでくれ」
つまりここで俺はお姉さん方の料理の腕を上げないと子供たちは自然とよろしくない成長をしてしまうのだ。
責任は重大。頑張ってお姉さん方には主婦力を上げて貰いたい。
「それじゃあ今日は手軽に作れるサンドイッチにしようか」
「「「はい先生」」」
お姉さん方から俺は先生と呼ばれるようになっていた。
先生って本来は先に生まれた人に対する敬称であって呼び方としては間違っているような。
マイランさんの師匠呼びもあるし呼び方にどうこう言う気は無いが、俺が誰かを教える日が来るなんてこの世界に来る事も含めて夢にも思わなんだ。
こうして皆が思い思いの生活をしながら旅を続けている。
ハガクレさんたちにとって過酷な生活からほのぼのとしたもの変わって戸惑いもあるだろうが俺たちはいつもこんな感じだ。
さて、今日も頑張って教えるとしますかね。
・・・
「おい爺。背負ったものが軽くなった気分はどうだ?」
パチ、とレンが盤上に駒を打った音が小さく響く。
私はこの竜人種たちがどうなろうと知った事では無かったが、目の前の爺の生き方に少しだけ興味が湧いた。
「そうですな。楽になった、と同時に新しく別のモノを背負いたくもなりましたな」
盤上を支配する爺の手腕は見事なものだ。
もしも本当の戦場であれば名軍師として名を馳せるだけの力を持っている。
だが、この盤上を見る限り、この爺は私と同類の匂いがした。
「止めて置け。背負い続ける事に慣れているから言えるのだろうが、それで正気を保てるか」
「それこそ私の性分ですので。それに貴方こそ止めた方が良い。先人の者として言わせて貰うのであれば貴方は向いておらぬ」
「そんなもの百も承知だ」
それで私は陸斗に世話を掛けた。
私は背負い過ぎた。自身の問題も解決しないままに他人と触れ合い、結局押し潰されてしまった。
多くの者が私を頼る。それが当たり前になるが故に見落としたのか。
バカと天才は紙一重。はっ、よく言ったものだよ。
私は総じて天才であったが同時にバカでもあった。
気が付けば凡人どもに埋め込まれていたトラウマに気付きもせんのだから始末が悪い。
一度天華で発散したし問題はないだろうと思えばこの様だ。
私が何かを背負う事に向いていないなど言われなくても気付いていなければならないのにな。
「貴方はまだ若い。私の様に生きるのも良し。逆に背負われる立場となるのも良し。それで良いでは有りませぬか」
背負われる立場か。そんなもの考えた事も無かった。
私が欲しいのはあくまでも対等だった。対等であれば一方的に搾取される事もない。
そう思い、ふと陸人の顔が浮かんでしまう。
私はあいつに私自身を背負わせてしまったのだろうか。
対等だなんだと言いながら私はあいつにすがってばかりではないか?
呑気に台所で料理をする陸人に顔を向ける。
何故私はあいつの側に居たいと思うのか。竜人種どもに囲まれるあいつに少しムカムカするのが実に不思議だ。
「ふっ」
「何が可笑しい?」
突然笑う爺に苛立ちを覚えながら顔を見れば、私は知っていますと言わんばかりの表情に余計に苛立った。
「若いのう。やはり背伸びはするものではないぞ?」
「ちっ、何が言いたい」
爺は盤に目を向けると自分で気付きなされと笑って誤魔化した。
やはり爺は爺だ。理解しかねる。
何を気付けと言うのだ。押し付けた責任をか?それとも私はまた知らない内に何かを背負ったのか?
他人の戯言だと決めつけるにも感情がそれを否定する。
胸の奥に出来たしこりは陸斗に助けて貰ってからだ。
あれ以来、私は陸人の事が無視出来なくなっていた。
たった一人で暴走した私を止めに来た時からずっとその影を追ってしまう。
私は一体何がしたいのか。
答えの出ない問いを考えるも、釈然としない答えが出て来るばかり。
ちら、と横目で見れば陸人は竜人種の女の手を取りながら指導して……………、潰すか。
「よしなされ」
「何がだ爺」
「老いぼれにも分かる殺気など出されては行けませぬ。………それにそれが答えだと何故気付かないので?(ぼそっ)」
あ?後半がよく聞き取れなかったが、まあいい。私が自身を理解出来ないのは今に始まった事ではない。
じっくり理解して行けば良いのだ。時間はあるのだからな。
だから自分の好きなように動くと決めた。
今までも散々好き勝手やって来た気もするが、あれは私に責任が帰結する生き方でしかなかった。
これからは何もしない。正確には誰かに寄り添う生き方が良い。その相手がただ陸斗であったに過ぎんのだからな。
「おーい、そろそろ出来るぞ。外にいる全員を呼んでくれ」
お玉を片手に陸斗が私たちに声を掛ける。
「…一端止め」
「そうですな」
食欲には勝てないレンと爺が盤をそのままに立ち上がる。
当然私も席に着こうと立ち上がった。
盤上では爺の飛車がレンの陣地に食い込み、龍となって単騎で攻めていた。
後続を無視した強引な攻め。たった一人で生き足掻こうとした私たちを表した縮図のようだった。