閑話 他の元クラスメートと救われた竜人種ヨザキ
「陸斗がエルフの里にいたって本当か!?」
あー、拙者の服掴んでガクガク揺すらないで欲しいでひゅよ。人より太ってると首が締まるのですぞ?
物凄い形相をしたクラスメート、安藤久人氏ですな。ぶっちゃけ中肉中背で印象の薄い平均的な人ですぞ。
その安藤君がこうして拙者に詰め寄って来るとは思わなかったでひゅが、一体どんな思惑があるのか分かりませんな。
「聞いているのか?!本当に陸斗の奴がエルフの里にいたんだな!!」
「そうでひゅよ。そうでひゅから落ち着くでひゅよ」
ひゅーひゅー、と鼻息荒くしている安藤君はかなり危ない人ですぞ。
まさか安藤君も山崎君と同じでソッチ系ですかな?しかし奴隷は普通のお姉さんな獣人奴隷だった筈でひゅが。
「そうか。いたのかあいつは。絶対に捕まえて地獄を見せてやる」
「捕まえるのは良いでひゅが加賀氏君はもうエルフの里にはいないと思うでひゅよ」
拙者たちが暴れた以上いるとは思えないですな。
それに捕まえるとなると厄介でひゅよ。
相手をした竜人種は中々に強かったでひゅからな。もしもスキルがなければ何度死んでいたか分からない力量でひゅ。
持久戦に持ち込んでみたものの結局押し切れないで終わったでひゅし。
「探すとなると厄介でひゅし周りにいる者も強さも別格ですぞ?」
エルフを相手にしていたビッチ二人も倒せずにいたでひゅし。
あのエルフも何であんなに近接戦に長けたエルフがいるんでひゅかね。あれは反則ですな。
ビッチ二人も強力なチート持ちでひゅからエルフが五人程度で苦戦する事はないでひゅのに一人も奴隷に出来なかったでひゅよ。
「山崎と鈴木もかなり悔しそうにしてたが。そんなに強かったのか?」
「チート持ちの拙者たちが尻尾を巻いて逃げたくらいですぞ?あれは異常ですな」
一番のチートは武内さんですな。
ステータスを持たない筈の彼女がどう言う訳かスキルを使っていたでひゅよ。武内さんがいかに『武』に優れているからと言ってもあんな事が出来る筈がないでひゅし。
あの閻魔法【裁】でひゅかな?
あれは空間系のスキルでしか起こり得ない事象でひゅよ。まさか死んだ者を利用するスキルなんて反則も良い所でひゅな。
逃げたくても逃げられない。相手が死人だから倒そうとしても倒れない。あのスキルを使われるとどうにもならないでひゅな。
「土屋と加藤が寝込んでたがそのせいか?」
「そのせいでひゅよ。死人が生き返って襲って来るなど反則過ぎる恐ろしさですな」
「その割にはお前は大丈夫なんだな」
「異世界転移にゾンビは付き物ですぞ」
お陰でその手の類に耐性のないビッチ二人はすっかりダウンしてしまい、こっちの戦力ダウンも良い所でひゅよ。
「それでも拙者もしばらくは城でゆっくりしたいですな」
あれは肉体的にもキツイですが精神的にも堪えますな。
ビジュアルがグロ一色、そうやって殺したのは拙者たちでありますが遊びで殺したままの姿で襲って来るは想像以上に辛いですぞ。
あんなものを見させられてもやる気なのは鈴木君と山崎君だけで、拙者と同士もゲームでグロに慣れていてもリアルで体感すると心に来ますな。
しばらくはリルたん、フェイたん、ミイたんとキャッキャウフフで遊んでいたいですぞ。
「なら俺たちだけで陸斗の奴を探しに行く。あいつらの持ち物は奪って来てないか?それさえあれば探すスキルはあるんだ」
いや、流石に無いでひゅよ。
あんな切羽詰まった状況下で奪える物なんて一つも無いでひゅし。
「そんなものは…」
「あるでござるよ」
同士!いつからそこに!?
振り向けば誰もいなかった場所から同士が現れたでひゅよ。
「某は暗殺者。気付けば某はいるでござるよ」
流石は同士ですな。
しかし同士よ。いったいいつの間に所持品を奪っていたのでひゅか?
拙者の疑問に同士はポケットから一本の髪の毛を取り出した。
「この髪は加賀氏の奴隷にしている幼女から拝借した髪にござる」
「お、おう」
同士のファインプレーに何を引いてるでひゅかね。髪の毛程度なら普通にありだと思いますぞ。
しかしスキルで探すようでひゅが普通にやって勝てる相手じゃないですぞ?
「と、とにかくこれで陸人を探せる」
「陸人氏を連れ戻すでござるか?」
世の中の狭さを実感するでひゅよ。
まさかクラスメートにホモが二人もいるとは色々間違っていますぞ。
「当たり前だ。あいつが俺たちをどんな目に合わせたか。その身を持って思い知らせてやる」
はて?加賀君は人に恨まれるタイプじゃないでひゅが。
強いて上げるであれば弱いですな。ステータスが全部ゼロの最弱でひゅし。近くにいてイライラさせていたのかも知れないでひゅが何処にいるかも分からない相手を捜す程の恨みは無い筈ですな。
山崎君の様に加賀君を愛してしまったのなら分からなくは無いでひゅがあの目は恨んでる者がする目でひゅよ。殺そうとした相手に大抵そんな目で睨まれますからな。
逆に興味深いですぞ。
ホモはジャンル的に受け付けないでひゅが事情が違うとなると面白そうでひゅからな。
「そこまで捜す理由は何ですかな?」
「某も気になるでござるよ」
やはり同士も拙者と同じですな。面白い展開になっているでひゅし、期待は膨らみますぞ。
拙者たちの期待を余所に安藤君は質問に対して苦い顔をしてますな。
「………奴は俺の大切な物を奪った」
そして一拍置いて呟いた一言は拙者としても予想外な呟きでしたぞ。
それだけを言うと安藤君は立ち去ったでひゅ。
うーむ、大切な物でひゅか。何を奪ったのか気になりますな。
「中々に気になるでござるよ」
「同士も同じ考えのようですな」
「無論でござる。しかし今は休息したいでござるから某の『目』を安藤氏に付けたでござる」
「流石でひゅな。結果報告を楽しみにしていますぞ」
「任せるでござるよ」
安藤君は早々に旅立っていったでひゅ。
男子五人が怒りと興奮を隠さずに一緒に行ったでひゅから相応の訳があるんでひゅな。
・・・
我らは死を覚悟していた。
奴ら、竜人種を狩る者たちより逃げて、逃げて逃げて、ただ逃げて。他の竜人種に助けを求める為に逃げ続けた。
「おなかすいたよ……」
「すまぬ。今は何も無いのだ」
そう、私は一心不乱に逃げたが故に食料から寝具、果ては一枚の銅貨に至るまで何も持ち出す事が叶わなかった。
それは他の者も同様で、必要な物を持ち出せた者はいない。
お陰で着のみ着のまま、自身が放つ悪臭も落とす水さえなく汚泥に濡れたままであった。
「………」
疲弊しているのは皆が同じ。されど死ぬのは体力の無い子供からか。
そんな事に目は瞑れん。逝くのは老いぼれからが先だと相場で決まっておる。
しかし私の食う分を削り、何とかここまで生き延びたが限界も近い。
こうなると逃げたのは間違いであった様にも思えて来る。いっそのことあの時捕まっていれば良かったのではないかと自問自答を繰り返す。
捕まっていれば最低限の衣食住は貰えただろう。
しかし老いた私はどうなっても構いはしないが、彼女たちはまだ若い。奴隷として当然と言うべき酷使をされ続ける未来が簡単に頭を過ぎる。
竜人種と言う希少価値も相まって捕まれば家族で一緒にいる事は困難であろう。
それは限りなく不幸だ。
子供たちの利用価値も計り知れない。
幼いだけに洗脳もしやすく、奴隷として生きる事に疑問も抱かなくなり自由の無い人生を許容させられる。
それだけは何としても避けなければならない。
しかし今、私は彼女たちを命の危機に落としてしまっている。
他の竜人種に頼ろうと持ち掛けたのも私だ。獣人種や別の部族に頼るのも考えたが長期的に長続きはしない上に無償で助けてくれるとは思えなかったからだ。
対価として子供を一人差し出せと言われても私たちに抵抗は出来ぬ。少なくとも私ならそうする。それだけの価値が竜人種にあると認識しているからだ。
竜人種以外は敵だと。弱みを見せてはならないと教えられたし教えて来た。
そんな教えを守ろうとするプライドが今度は自身の命を脅かす羽目になっているのだから救えぬ。
彼女たちも私の判断に頷いてくれたが年長者を立てる習慣から反対意見を言い出せなかったのかも知れぬ。
だから彼女たちが死ねばそれは私の咎だ。
先に死んで楽になろうなど微塵も思わぬし、彼女たちをどうにか安全の地に運ぶまで死んでも生きよう。
「………あれは」
そう決心した私が見たのは明かりの薄っすらと漏れる一軒の家だった。
何故こんな場所に民家があるのだ?
ここは最も何もない場所。岩ばかりで水もない。お陰で渇きに常に苦しめられる有様だ。
そんな水を得るのも苦労する場所に一軒だけ民家がある不可思議。私は極度に溜まった疲労が幻覚を見せたのかと疑った。
「ヨザキ様。あれは家、ですよね……?」
「やはりそう見えるか」
木で作られた頑丈な家が見えたのは私だけではないようだ。
ならばあれは幻覚ではない。
――― ぎゅるるるぅぅ~~~……
一際大きく聞こえる腹の虫が誰から鳴ったのかは分からぬ。
しかし家があるのならば水もあろう。食料もあろう。何も無い不毛な地をこれ以上進むならそれらは必須。
ここに来るまで何度も聞いた腹の虫を今になって意識するのだ。期待をしない方がおかしい。
「私はあの家を訪ねようと思う。お前たちはどう思う?」
これは判断を誤り続けた私の責任だ。
今更その責任を擦り付ける様でみっともなかったが、あの家を訪ねるとは中にいる者に伺いを立てると言う事。
弱った我らでは竜人種と言えど簡単に捕まってしまう。
そんなもしもがある状況下だ。空腹で倒れそうであっても慎重にいかねばならぬ。
「私は行きます。これ以上娘に何も食べさせて上げられないのは嫌です」
「私もです」
「私もヨザキ様に賛同します」
「そうか」
皆が同じ意見だ。
しかしそれもこうなってはあの家だけが我らの救いとなり得るのだ。それしか選択肢が無いとも言える。
「だが私が先陣を切る。もし私に何かあれば全力で逃げろ。こんな老いぼれでもお前たちを逃がす時間は作って見せる」
「ヨザキ様…」
お前たちを危険な目に合わせたのは私なのだ。竜人種としての誇りを賭して守って見せる。
我らが民家に近付くに連れ、そこが本当に存在する家であると確信した。
中から感じる人の気配は本物であった。
ならば後は一体どんな者がそこに住んでいるか。
良心的な者であれば良いが期待は出来まい。それでも何とか交渉して水だけでも獲得しよう。
半分の期待を載せて扉を叩く。すると中の気配が変わった。
当然か。こんな辺境に訪ねて来る者だ。怪しまないのならそれはとんでもないお人好しだ。
『はーい、今開けますよー』
聞こえて来たのは女の声。一体どんな人物がこんな場所に、…っ!!
扉を開けられた瞬間に私は首筋に嫌なものを感じた。
一見ただの女子でしかない風体であるが、かの【剣魔の達人】を遥かに凌ぐ強者だと理解した。それと同時にこんな辺境に住むだけはあると逆に納得もさせられた。
だから私は下手に出る。そうでなければ生き残れないと判断した。
「夜分遅くに申し訳ありませぬ。私はハガグレ・ヨザキと申します」
そして更に驚愕させられたのはその【剣魔の達人】であるエルフがいた事。そして同族である者が奴隷としてそこにいた事だった。
私はまた判断を誤ったのか。落胆せずには居られない。
しかし私の言一つで結果が大きく変わるとあってはそんな感傷も横に置くしかなかった。
「こんな辺境ですから警戒されるのも無理はありませぬが、その警戒を解いて頂ければと」
あくまでも穏便に。全盛期の私ならともかく、老体で、しかも録に食べてもいないこの身体ではこの者たちと対峙出来ぬ。
一瞬の足止めさえ儘ならぬのは明白であった。
神経を集中させる私の鼻腔を擽る良い匂いに自分が空腹である事を再度実感させられ、腹の虫がそれを寄越せと鳴り響く。
これでは交渉も何もあったものではない。
弱みを見せてはならぬと腹に言い聞かせても、今までに嗅いだ事のない、されどこの世で最も美味いと断言出来る匂いに私の腹の虫は鳴り止むのを忘れて唸り続ける。
「これは申し訳ありませぬ。されど我らも限界でしてな」
腹を擦れど、意味は無く、もはや弱みを曝す他なかった。
「なら入ってくれ。敵じゃないなら客として持て成しても構わないよな?」
そんな私に福音の如く誘いの言葉がもたらされる。
これは罠では無いのか?
こんな辺境で食料も手に入れるのが難しい中で施しを迷い無く与えようなど。若い男子の至極あっさりとした答えに戸惑いを隠せない。
何よりこの男子の腕には奴隷証があった。それはつまりこの者が我らの同族を奴隷にした者。
だが、同族は非道に酷使されている様子はなかった。
ならばもし奴隷になったとしても私はともかく、まだ若い者たちならば問題はあるまい。
私は肩の荷が少し降りた気がした。それでもまだ気を引き締めねばならぬ。
身体に染み付いた臭いが気になると文字通り浴びるだけの湯を頂いた。
「この様な辺境で水をこんなにも宜しいので?」
「お前らが臭い方が問題だ。水ならいくらでもある。気にせず汚れを落とせ」
命令口調の小さき女子から飲み水だけでも頂ければ良いと思っておったのに何処から出したのか分からぬが浴槽一杯の熱い湯が用意された。
これだけでも感謝してもしきれぬのだ。
「おい、汚れた水を飲もうとするな。喉が渇いてるならこっちを飲め」
子供たちが浴槽から手で掬って湯を飲もうとしたが小さき女子に制された。
確かに私たちの手はドロドロに汚れている。子供たちが手で湯を掬った事でその手のひらには茶色と言って過言ではない色合いの水となっていた。
これを飲むのは身体に悪い。しかし今まで私たちはそれを気にする余裕も無かった。
このような事は私が注意すべき事であったのにそんな当たり前さえ枯渇してしまっていたのか。
小さき女子から人数分のコップを渡され、中には少し白く濁った液体が入っていた。
「これは?」
普通の透明な水であれば飲むのに躊躇しなかったが、これでは何かが入っていると疑ってしまう。
そんな液体を小さき女子は心配は無用だと見せつける様に先に飲んだ。
「ただ科学に基づいたスポーツドリンクだ。お前たちは圧倒的に栄養が不足している。これで少しは体調を戻せ」
小さき女子が同じ物を飲んだのを見て、子供たちが一息で飲み干した。
「「「あまーーい!」」」
その様子にこの液体は毒の類では無いと証明される。
またしても先導を切らねばならぬ私が遅れてしまった。私も一口飲むと確かに甘く美味い代物だ。
「当然だ。飲みやすくなければ薬と変わらん。望みなら苦いのでも用意するが?」
「こっちがいい!」
「おいしいよ。おねぇちゃん!」
子供たちはすっかりスポーツドリンクに夢中になった。
「これで腹を膨らますなよ。飯は用意している所なのだからな」
「「「はーーい」」」
子供たちの笑顔を見るのは何時振りだろうか。必死に生きたが故に顔を見る事も久しく忘れていたのではないだろうか。
身体を綺麗にし終わると部屋へと招かれ、次は食事を頂けた。
「はい、豚骨ラーメン。さっきまで食ってたのを温め直しただけだけどな」
これは何だろうか?
器に入った色とりどりの具材に麺と思わしき物がスープの中に入っていた。
「胃が受け付けないなら言ってくれ。他の物を用意するから」
「いえ、出して頂けただけでも感謝しかありませぬ」
スープから頂こう。
………っ!!
何たる美味さ!!平穏に暮らしていた時でさえ食べた事の無い美味さに目を見開いた。
「口に合わなかったか?」
我らの反応に不安そうな顔をした男子であったが、どうしてこれだけの品を作って不安な顔が出来るのか。
「そんな。とても美味しいです」
「はい。これだけ美味しい物を食べた事がありません」
「おかーさんの作るご飯よりもうまーーい!」
「おにいちゃんすごーーい!」
欠点など見つけるのが不可能な究極の完成された品に皆が称賛した。
かく言う私も頬が緩むのが止められない。
「いっぱいあるからな。好きなだけ食えよ」
「「「わーーい!」」」
これで一体どうして疑い続ける事が出来るか。
このハガクレ・ヨザキ。残り短い命であるが、この者たちに出来得る限りの感謝をせねばと心に誓った。