60話目 起きた出来事と今後の決断
老人とその家族に起きた悲劇。
それを語られる前に俺は喉を潤したかった。
「マイランさんお茶を貰えるか?」
「分かりました」
準備して貰っていた紅茶を貰う俺はカップに一口付けて香りを楽しむ。
ふう、少し緊張するな。こんな風に誰かの前に立つなんてした事ないし。
それでも表に出さない様に柔和に努める。
「もう教える事はなさそうだな」
「いえ、まだまだですね。師匠の技をしっかり盗ませて頂きます」
俺とマイランさんのやり取りに目を白黒させる老人は自分の短い髭を撫でながら呟く。
「あの【剣魔の達人】が奉仕人など世も末ですな」
「マイランさんをご存じで?」
「それはもう。生きる災害として存じております」
「随分と嫌な事を思い出させますね」
お前もかい。
元の世界で『天災』として名を馳せた武内さんと皇さん。
しかし二人とは別に『天災』としてマイランさんの名が広がっていたなんてな。
「魔物の群れに突撃して敵味方問わず吹き飛ばした怪物。あれには現地にいた私も身を震わせましたもので」
「なにそれ聞きたい」
「若気の至りです。まさか生き残りがいたとは」
「竜人種は頑丈でしてな。さて話が逸れて申し訳ありませぬ」
少しばかりマイランさんの昔話を聞きたかったが、今はそっちに注視している時ではない。
頑丈で強い竜人種がこうして酷い状態で助けを求めたのだから相応の理由があっての事だ。
ただ俺の中で結論は出ていた。
彼らの言動と反応を見れば嫌でも分かる。
「単刀直入に言えば我らは黒い悪魔にやられた敗残兵ですな。いや兵と呼ぶのもおこがましい。我らは戦ってすらいないのですから」
老人の話をまとめるとこうだ。
彼らは大人数で暮らす種族ではない。それでも数十人の竜人種が寄り添って生活をしていたと。
しかしそんな彼らを襲ったのが名は分からないが若くて髪が黒く、自分たちでアビガラス王国の手の者であると高らかに宣言した。
そんな奴らは俺の元クラスメートたちで間違いないだろう。
自身の力の全てを見せつけ悦に浸るのはエルフの里でも聞いていた手口だ。
あれから思うに何故彼らは自分の力でもないものまで自慢したがるのか。ステータスの強さまでは確かに自分たちで得た力だろう。自由に振る舞う分には構いはしない。
しかし国の名を出す辺りが彼らの意志の弱さを露呈させていた。
己の意志でやっていると誇示するのではなく、国の為に仕方なくやっていると責任を押し付けて罪悪感から逃れている。
子供が好き勝手暴れて全ての責任は国だと言っているようだ。
聞いててとても気分の良いものではない。
少なくとも俺たちは自分たちがやった事は自分たちでやったと認める気概はある。
モルド帝国の城を破壊した事もエルフの里で崖を作った事も俺たちがやった。
それが罪だと言うなら全力で償うし抗う。
しかし彼らからはそんな気構えを感じなかった。
「勝てる。そんな根拠は相対して霧散しました。どうすれば勝てるかなど想像も出来ず、ただ逃げたわけです」
男たちは妻と子供を守る為に戦った。
しかし一人、また一人と倒れ、その魔の手は守るべき妻と子供にも向けられた。
「残ったの我らだけ。彼らは他の種族も奴隷として持っていた為か、持ち帰れないと思い見逃されたのか、それとも単に狩った数に満足したのか分かりませんが我らを追う事を止めました」
追手が無くなった。
しかし黒い悪魔が追わなくなったからと言って老人と女性に子供が僅かに残されては生活など難しい。
だから今まで生活していた場所を捨てて他の竜人種がいる場所を目指した訳か。
しかしその道中は苦難を極めた。その一番の難関がここ、岩場しかない辺境の地か。
「水を得るのも苦労させられ、食料など夢もまた夢。ここに家屋があるなどそれこそ夢幻かと錯覚させられた程です」
「普通はこんな所に家なんて建てないもんねー」
いるとしたら余程の世捨て人だろう。
俺たちの感覚から言えばこれはキャンピングカーにも似てるからな。どこにでも置けて収納できる家なんて本来この世に無いわな。
「家を訪ねて出迎えられた時、正直に言わせて貰えれば私は落胆しました。ここまで逃げたのに捕まえられるのかと。しかしそれも勘違いでありましたな。物乞いとして現れた我らを助けて頂ける懐の深さ。我ら一同感謝の念しか有りませぬ」
そう言うと老人は頭を下げる。それにならって女性もまだ幼い子供も頭を下げた。
「頭を上げて下さい」
さて問題はここからだ。
俺は正直言って竜人種のいる所に彼らを一緒に連れて行っても良いと思っている。
このまま放り出すのは心苦しいし、何よりこれは俺たちにとっても都合が良い。
「皇さん、武内さん別に良いよな?」
ただしこれを俺の一存でやるべきではない。
何処にいるかも分からない竜人種を探すのに他人を連れて回るのが何日も続く。
それを果たして許容出来るか。特に皇さんだ。彼女が良いと言わなければ薄情と言われてもするべきではない。
それでも俺が何を言いたいか分かった二人は揃って頷いた。
「ボクは良いよー」
「私も構わん。陸斗がそうしたいのだろう?」
「ああ。ありがとな」
俺は老人に向き直る。
「俺たちも竜人種には用がありまして一緒に行きませんか?」
「それは本当ですか。しかしこれ以上迷惑になるなど…」
老人の表情は芳しくない。
既に返し切れない恩を受けている。それなのに厄介になる続けるのは気が引けるのだろう。
だからその不安を取り除くために俺ははっきりと目的を告げた。
「ここにいる武内さんが強い竜人種と戦いたいと言ってまして。言うなれば俺たちは武者修行の旅の途中です」
「なるほど。そう言う事でしたら頷けます。彼女はここにいる誰よりも強いと歴戦の勘が告げてますので」
「分かりますか」
「はい。【剣魔の達人】以上に死を覚悟させられる相手がいようとは思いませぬでしたが」
この老人もまた強いんだろうな。
ただ見ただけで相手の力量を感じ取るのだから下手をすれば前に一度会った竜人種の奴隷の男よりも強いのかも知れない。
「出来れば全盛期に会っておきたかったですな」
「そう言って貰えるとボクも嬉しいねー」
戦えないのが残念だよ、と嘆く武内さんだが竜人種の強さの一端に触れたからか言葉とは裏腹に上機嫌だった。
「それでハガクレさんはこれからどうしますか?俺たちと一緒に行きますか?それともまた空腹を耐え凌ぎながらさ迷いますか?」
自分でも意地の悪い言い方だと思う。
それでも現実を突き付けて上げるのがこの人たちの為だ。
老人一人と女性三人に子供が五人。これだけの人数がこんな辺境で食料も無く、さ迷い歩けば確実に死ぬ。
ここでさよならして食料を少しも与えないなんて事はしないが、それでも一人か二人は他の竜人種に会う前に死んでしまうだろう。
それに今回の話は俺たちにもメリットがある。
ただ俺たちが竜人種に会いに行っても門前払いされる可能性がある。
更にこっちにはレンもそうだが同族であるノドカを奴隷として所持してしまっている。
下手をすれば争いは避けられない。
まあ、武内さんはそれを望んでいるが、なるべく穏便に行きたいのでその方向では勘弁して欲しい。
たから餓死し掛けている竜人種たちを助けて連れて来ました、と大義名分が立てば多少なり穏便に行けると思ったのだ。
「どうしますか?ハガクレさん」
俺が問い掛けるも既に答えは出ている筈だ。
何より聡明なこの老人が考えた末に俺たちに助けを求めたのだ。今更差し伸べられた手を跳ね除けて同族のいる住処まで行くべきではない。
しかし老人は聡明であるが故に最後の確認を返す。
「我らには払えるものが有りませぬが、それでも助けて頂けるので?」
「助ける気が無ければ最初から恵んだりしません。それに貴方たちを送り届けた方が他の竜人種に好印象を与えるとはっきり言った方が良いですか?」
俺は静かに右手を差し出す。
「メリットはあると。ならばよろしくお願いいたします」
老人は俺の右手をしっかりと握った。
「契約成立ですね」
これを偽善と言われればそれまでだろう。でも俺は端から見捨てられなかった。
空腹の辛さはレン達と同じで俺も全てを奪われたから知っている。
だから助けたくなった。竜人種たちに好印象を与えるなんて口実も良い所だ。
「ありがとう。おにいちゃん」
気付けば俺の足元に来ていた子供に感謝されていた。
その子の頭を撫でる。
こんなにもやせ細って辛かっただろうな。
特にこの子たちには昔の俺を重ねてしまったのだから助けない理由が無かった。
「気にするな。明日はもっと美味い物食わせてやるからな」
「うん!」
無邪気に笑ってくれてるくらいが丁度いい。
子供なんてそんなものだろ?
「話は終わったな?ならば休め。どうせ禄に寝れていないだろう。部屋に案内してやる」
「何でもお見通しですな」
「それだけ隈を作っていれば誰でも分かる」
確かに来た時から凄かったからな。
今にも倒れそうな見た目をしても背負うものの為に必死に話し合いを続けたのだから凄い精神力だ。
彼らには二部屋使って貰う事になった。
部屋に関しては一部屋しか空きは無かったが、ぶっちゃけ人の部屋に侵入して来る者たちがいるので貸して上げた所で問題は無かった。
「あー、部屋貸しちゃったから寝る所が無いよー。陸斗くん良いよねー?」
「無駄な棒読みしないでくれ。それと武内さんの部屋は貸してないだろうが」
貸した部屋はマイランさんの部屋だ。
ノドカはレンが心配だからと一緒にいるし、部屋だけを見れば人数の割りには空いていた。
「そうだぞ天華。お前は自分の部屋で寝ろ」
「ブーメランって知ってるか?皇さんや」
「結局いつもと変わりませんね」
なのに彼らを口実に人のベットの中に入って来るのはどうなんだろうか。
部屋を貸したマイランさんも一緒に居るのは仕方ない、いや普通に考えて俺の部屋じゃなくて二人のどっちかの部屋にいれば良いよな?
なのにほぼ全員集合状態になっており、いつも通り寝るには狭かった。
「狭いし苦しいから自分の部屋に戻らないか?」
「やだー」
「やはりキングサイズのベットを検討すべきだな」
「では私の部屋を繋げる前提でお願いいたします」
「しないからな」
こんな狭いベットに四人が川の字に寝るのは無理があり、いつもの様に皆がそれぞれ抱き着き張り付いた状態を余儀なくされた。まさに『皮』の字。一枚ずつ剥がせる意味合いではぴったりな言い方だろう。
正直これは呼吸も儘ならないので、もうキングサイズのベットを入れてしまった方が良いような。
だがそうなれば寝ている隙に潜り込むのではなく確実に朝から晩まで皆の顔を見る生活になる。
どっちが正解なのか。
その答えを出せずに俺は落ちるように眠るのだった。