57話目 シングルベットとレンの様子
「これより緊急会議を行いたいと思います」
朝食後、俺は皆が揃っている中でしっかり告げた。
この会議は俺の命が掛かっていると言っても過言ではない大変重要で緊急性を要する大切な会議だ。もう重要と大切の意味が被って言ってても仕方ないくらい重要だ。
「いきなりどうした?」
「そうだよ陸斗くん」
会議の重要性が分かっていない二人は机に肘を着いて気軽に言ってくれる。
しかしこれは本当にマズイ事態なんだ。もうとにかくこのまま放置してたら俺死んじゃう。
「主がそのように言われるなど。一体何があったと言うのですか?」
ノドカは背筋をしっかりと聞く耳を持ってくれている。その忠誠心は大好きだ。
「師匠。まさか食料に問題が?」
「違うから安心してくれ」
俺イコール食材だと思ってくれるマイランさんのその精神は嫌いじゃない。
そっちの方面の管理は自分でも惚れ惚れするくらい完璧にやっているので、誰かが食中毒を起こす確率は雷に打たれるよりも低いと自負していた。
それに皇さんの発明もあって保管がしやすい。
現に大分前に武内さんが倒した巨大猪の肉もまだ残っている。結構多くて使い切れないからな。
「……(こくり、こくり)」
まだ朝早いからな。レンが眠たげなのは仕方ない。後でホットミルクでも飲ませて上げよう。
さて、俺が珍しく声を張ったのには多大なる訳がある。
「ベットが狭い」
「「「はい?」」」
疑問符を浮かべる面々に反省の色はない。
俺としてはそれなりに分かって欲しい所であったが、いきなりベットが狭いなんて言われて難しいか。
しかしこの大事な話をして置かないと今日なんて死にかけてたのは確かなんだ。
「各部屋に置かれてるベットって一人用だよな?」
「うん、そうだね」
|オッパイで窒息させる者《武内さん》は頷いた。
分かっているなら気付いて欲しい。
「いつも俺が寝る時は誰もいない状態で寝てるんだよ」
「後から潜り込むからな」
股間を枕にした者は何を当たり前な事をと笑う。
鍵をしておいてもマスターキーを保有する皇さんには無駄か。そもそも無くても武内さんは入って来るし。
「で、朝起きたら殆んどいて身動き一つ取れない訳だ」
「一人用では仕方がないかと」
「師匠を合わせて最高で五人入ってた事もありましたか。あれはかなり苦しかったですね」
足に絡み付く者たちは確かに狭いと感じていた。
感じていたなら止めてくれ。
呼吸をするのも不可能な押し潰され方をした俺はタップしようにも身動ぎしようにも全く動かせずに死ぬ所だった。
だからここでしっかりと言って置かないといけない。俺の命を守る為に。
「ぶっちゃけ死ぬから。正直言って死ぬから入って来ないで」
「え、やだー」
やだー、じゃない。俺は真剣に言ってるんだよ。
「百歩譲っても一人だ。プライバシーは大切だぞ」
「ならベットは大きくしてやる。それで解決だな」
「プライバシーの配慮がまるで無い、…だと?」
そうだね。ベットを大きくすれば解決だね。アホか。
そう言う意味で俺は言ったんじゃない。寝る時は一人でぐっすり寝たいって言ってるんだ。
「本来なら主の側に常にいたいのですが」
「そこに主に対する配慮はないのか?」
「主は私たちに自由に生きるよう言われましたので」
「確かに言ったな。言ったが自由過ぎないか?普通は潜り込まんだろ」
「忠誠心の結果です」
「どんな忠誠心だ」
ストーカー級の忠誠心。ある意味ホラーだ。
「とにかく俺は一人で寝たいんだよ。自分たちのベットがあるだろうが」
「あるけど使ってないね」
「最近では処分も検討している」
「するな。使えよ」
気軽に入られてるこっちの身にもなってくれ。呼吸も儘ならないのでは日々の疲れも取れない。
そこまで慕ってくれるのは嬉しいが物事には限度があるんだ。
この中で唯一潜り込まないのがレンだけなんだぞ。もう少し見習ってくれ。
しかし皇さんたちの意志は強かった。
「なら部屋をぶち抜いてキングサイズのベットに変えてしまうか」
「あ、いいねそれ」
「良くない。俺の部屋と隣の部屋のどっちかが無くなるだろうが」
「では抜く部屋は私の部屋で構いません。主と一緒でいられるのは最高ですので」
「はい却下。着替えはどうする」
「私は主に見られる分には構いませんが」
「俺が構うわ」
「なら私の部屋を。師匠と一緒なのは「天丼は良いから」最後まで言わさせて欲しいものですね」
「っく、何でボクの部屋は隣りじゃないんだ」
「別に構わんだろ?部屋を広くしてベットは大きくするのだからな」
「しないからな?自分たちの部屋で寝れば良いだけだからな?」
何で俺の案はスルーされてしまうのか。
このままでは本当にキングサイズのベットが入れられてプライバシーが皆無になってしまう。
「…あ」
ガシャンッ―――、っと突如聞こえて来た食器の割れる音。
その先を見れば呆然としたレンが紅茶のカップを落としていた。
「…ごめんなさい」
「レン怪我はないか?」
席を立つと俺はレンの後ろに立つ。
床には零れた紅茶と破損したカップが散らばっていた。
中身がそれなりに入っていた為にレンの服も紅茶でべったり濡れてしまっていた。
「大丈夫か?熱かっただろ」
「…平気」
無理しているようには見えないが熱めに入れていたから湯気も立っている。
レンが火傷してないか確認をしないとな。
「ノドカ、レンを風呂に入れてやってくれ。火傷してないかの確認も」
「分かりました」
「…うん」
だからノドカにレンを任せる。
俺が見る訳にはいかないし、それに人手は沢山あるからな。そっちよりも割れたカップの方を片付けてしまおう。
俺は大きな破片を一個一個手で拾って行く。
「師匠、ほうきを持ってきましたので後は私が」
細かい破片はマイランさんにお願いする。
しかしレンは本当にどうしたんだろうか。
「レンちゃんあまり寝れてないのかな?」
「やっぱりそうか?」
あれだけ眠たそうにしていたからそれで落としたのか。
それにしても起床時間なんて決まっている訳じゃないし、仕事や学校がある訳でもないんだから調子が悪いなら寝てても良いと思うが。
だけどそれを自制してしまうのは奴隷としての価値観か?
レンはワガママを言わない。下手をすれば武内さんや皇さんの方がワガママを言うくらいだ。
奴隷であると言うのもあるだろうが、それでも俺は一度だって奴隷として扱ってはいなかった。
だから年相応のワガママを言っても良い。
もしもそのワガママが癇癪にも似た理不尽なものなら叱るが、子供らしい甘えであるなら俺はちゃんと聞いて上げるつもりだった。
しかしそんなワガママを俺は一度も聞いた事がない。
「心配だな」
「ならば本人に直接聞けば良いだろう。今日の授業はなしだ」
「そうか」
ならゆっくり安静にしてやれる。
もしも悩んでいる事があるのなら聞いてやらないとな。
「キングサイズのベットを作らねばならないのでな」
「おいこら。まだ諦めてないのかよ」
折角良い感じにまとまりかけたのに皇さんの行動力に感嘆とするわ。
あの後、結局レンは倒れてしまった。
風呂に入れていたノドカも唐突に倒れてしまったと言っていたので一緒に入らせて正解だった。
今はレンを部屋のベットに寝かせている。
俺はそのベットの横の椅子に座ってレンの様子を見ていた。
「主、レンについて少しお話が」
「ノドカ?」
レンと身近にいたノドカからの話と言うだけに俺は少し固まった。
レンのこの状態について何か知っているのか?
俺は椅子から立ち上がろうとしてノドカに止められる。
「いえ、そのままで構いません。主が側にいた方がレンも安心するでしょう」
ノドカは立ったままレンの様子とエルフの里で起きた出来事について話をしてくれる。
「武内様の使われた閻魔法【裁】の力によって死者が主の旧友に襲い掛かっていたのですが、その時レンの周りにも死者がいたのです」
「色々気になるがレンの周りにいた死者?」
閻魔法【裁】と言うのが一体どんな能力なのか分からないが、とりあえず死んだ人と会う力とでも思っておこう。
それよりもレンの近くにもその死者がいたのか。
「はい。ただこの死者たちはレンに襲い掛かる事はありませんでしたがレンをずっと見つめていました」
なるほど。それは気になるな。
レンには記憶がない。そこに対して言及した事はないし、記憶がないからと言って困る事でもなかった。
だからこそレン自身も現れた死者に戸惑いを覚えたのだろう。
「その死者はどんな人だった?」
「姿がはっきりと見えなかったので何とも。数人はいましたがそれ以上の事はイマイチ分かりません」
「そうなると何とも言えないな」
これがレンの倒れた原因と思うのも早計か。
だが、このエルフの里の件からあまり日は経っていない。逆に原因と思わないのも難しいか。
「よし。レンが起きたら話を聞く事にしよう。もし悩んでるなら相談に乗ってやらないとな」
「ありがとうございます」
ノドカは水を持ってきます、と言って部屋を出て行く。
一人になった俺がベットに目を向ければ死んだように眠るレンがいた。
お前は一体どんな過去を歩んで来たんだ?
どのようにして奴隷になったかも分からないがステータスを持たないレンでは普通には生きられなかった筈だ。
幼いレンが奴隷になる過程を失う程の経験をしたのか。
考えれば考えるだけの可能性が頭を過ぎってしまう。
レンは両親に捨てられたのか。
それとも盗賊に襲われた末に抵抗も無意味に奴隷になったのか。
はたまた役に立たないと村から追い出されたのか。
良くないとは思っても浮かんでしまう可能性に頭を横に振る。
「…ん」
「起きたか?」
薄っすら目を開けたレンに声を掛ける。
「…ご主人様?」
「ああ、俺だ。まだ寝ていろ」
身体を起こそうとするレンの肩を押さえてベットに戻す。
「調子はどうだ?」
「…大丈夫」
気丈に振る舞っているようには見えない。
もしかしたら疲れていただけか?
「レン、最近寝れてないのか?」
「………」
それは心配を掛けまいとしてか、口を閉ざしたままだった。
「寝れてないんだな」
「………………うん」
「やっぱりか」
俺はレンの額に手を置いた。
熱は無いな。
「…あ」
手を離そうとするとレンが切なそうな声を出す。
………このままで良いか。
俺は再度レンの額に手を当てるとそのまま撫でた。
「辛くは無いか?」
「…うん」
今はそっとしておこう。
レンが再度眠りに着くまで俺はこのまま一緒にいて上げた。