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5話目 我ら天災児、荒野を造る(駆ける気も目指す気もない)① 

「はい?」

「何だ分からないのか?」


 皇さんは机から身を乗り出して俺の頭にしっかり刻むように囁く。


「お前をバカにしてゴミくずの様に扱ったクラスメートとやらに鉄槌を下さないかと言っている」


 それはズシリと脳に響く強い言葉だった。

 ここに来てから散々な目に遭った。

 ステータスがない。それをきっかけに行われたリンチが身体中に傷を作るも、そんな痕さえ消してしまう彼らに罪悪感はないのだろう。

 国の扱いもそうだ。一度も掃除されない部屋に付き人もいない。食事だってさして良い物も出ず…。


「それは単に陸斗君の料理の方が美味いからじゃないかな」

「あれ言葉にしてたか?」

「ううん。何かそんな感じの事思っていそうだったから」

「凄いな」


 頭で考えてる事を見通されるとは思わなかった。

 それは置いておいて。まあこの世界に来て酷い目に遭った。しかも帰れるのは十年後のおまけ付き。

 そんな不遇な目に遭った俺に復讐を持ちかける二人。

 武内さんは何も言っていないが言外にやるなら手伝うよ、と表情が語っている。

 皇さんは直接俺に言った。ならば彼女にも算段があっての事。システムキッチンを用意出来るのだからそんなものは朝飯前なのかも知れない。


「さあどうする?人間の叡知。科学の到達点。『天災の科学者』皇がお前に力を貸してやると言ってるのだぞ?」

「ついでに歩く爆撃機。武の到達点。『天災の武闘家』武内天華も付いてきまーす」


 頼もしい二人だ。だからこそ恐ろしい。

 きっと二人は成すだろう。下手をすれば国さえ傾け荒野に変えてしまえる力がある。

 

「目的は何だ?」

「ほう、ただお前は差し出された手を取るだけで良いのだが?」

「冗談だろ?後で渡される請求書の方が怖い」


 その手を取るのは空の小切手を渡すのと同じだ。気付けばどれだけの桁をゼロで書き殴られているか。もうゼロにはウンザリなんだがな。

 

「では質問を変えよう。仮に私たちが関与しなくとも自身の力で奴らに復讐出来るとしたらどうする?」


 なんとも都合の良い話だ。そんな上手い話がある訳ない。


「あくまでもこの話は仮だ。復讐出来るとしたら、するかしないかを聞いているだけだ」


 仮。あくまでも仮。

 空想話を述べた所で意味はない。

 意味はないが皇さんにとって問いかけるだけの意味はあるのだろう。

 俺をボロボロに扱ったあいつらを思い浮かべる。

 田中君や青山君には小馬鹿にされた。山崎君には尻を狙われた。鈴木君には魔法を浴びせられた。他の皆も同じだ。人をバカにして攻撃してそれでそれで………。



「って、そもそも何で俺はあいつらに関心を持たないといけないんだ?」

 

 

 アホらしい。一瞬であいつらの顔が消えたわ。

 そもそもあいつらとは友人でも何でもない。言い換えればただ電車で通勤が一緒になったサラリーマンと同じ程度の間柄。

 毎日顔を合わせてお互いの事は知るが関心は持たない。話し掛けられれば返すがそれだけ。俺にとってあいつらは路傍の石以上の価値は持ち合わせていない。

 偶然石が足元にあってつまずいたからって石に怒りは持ち合わせない。つまずいた自分が悪いのだから仕方ない。

 だが俺の結論に皇さんたちは笑みを溢す。


「ふっ、及第点をやろう加賀陸斗。お前もやはり私たちの同類だな」


 同類?俺と皇さんたちが?


「そうだねー。一瞬で脳内でゴミがチリに変わって消えたんだから普通じゃないね」

 

 納得顔されても困るんだが。


「普通だろ?俺はあいつらに興味がないんだからな」

「そこだ」

「普通なら今までやられた恨みを、ってなると思うよ」


 そんなもんか?


「普通の凡人であれば復讐に手を貸すと言えば舌を垂らして服従するものをお前は気にもしないと言った。お前は気付いていないだけで私たちと同じだ。凡人を人とは思っていない」


 いや、ちゃんと人とは思ってるぞ。ただ関心が湧かないだけで。

 皇さんの言い分は半分正解で半分不正解だ。俺はこの世界で生きる為に無駄なものに心血注ぎたくないだけの凡人でしかない。

 そんな俺に過分な評価をしてくれるのは良いが何を考えているんだ?


「さて、なら現実的な話をしよう」


 皇さんは悪魔が笑う方が何倍も優しい狂気の笑みを浮かべながら告げた。


「私たちと来い『天災の料理人』加賀陸斗」

「え?」

 

 誰が『天災』だって?


「「ん?」」


 いや、そっちまで疑問符付けられても困るんだが。

 俺も困惑したが二人も困惑したまま話し合いを始める。


「おい天華。これはどう言う事だ?」

「さあ?本人に自覚がないだけじゃない?」

「有り得んだろ。普通に生きていれば自分の異常に気付いておかしくない筈だが」

「そう言われてもね。ただ納得は出来たんじゃない?」

「ああ。垢抜けない凡人臭の正体が無自覚だったとは恐れ入る」

「お陰でボクも怒りが抜けちゃった。拍子抜けもいいとこだね」

「いや、二人だけで納得しないでくれるか?」


 少しはこっちにも分かる説明が欲しい。

 俺が『天災』なんて間違いだ。人より少し料理を嗜む程度でプロじゃない。

 そんな戸惑う俺に二人は言いたい放題言って来る。


「いやー、陸斗くんの料理って舌に残るんだよねー。もっと食べたいって胃を刺激されるし、とにかく美味しい」

「美食と呼ばれる類いは食って来たが、私をここまで魅了したのはお前だけだ。誇れ」

「いやいや、誇れって言われてもな」


 プロが作ったみたいで美味しいと言われて悪い気分ではないがそれだけで『天災』は言い過ぎだ。

 俺には彼女たちの様な人の常識を超える程のスキルは持っていない。空も散歩出来なければシステムキッチンを気軽に用意する事も出来ない。

 なのに二人は俺を『天災』だと言う。理解が出来なかった。


「…………………あ、分かった」


 武内さんが胸の前で唐突に両手を叩いた。その衝撃で揺れる胸を凝視してしまう。きっと俺にも隠れた称号があるのだろう。【おっぱいには勝てなかったよ】と。

 武内さんは胸を見られているのもお構いなしに自身の至った考えを述べる。


「陸斗くんって外食しないでしょ?」

「ん?金がないしな」


 金があったら苦学生などしていない。

 身の回りは全て自分でやるし、外食など高くて行った試しが一度も無かった。

 思い返せば人生で記憶している中でも他人の料理を食べたのはこの世界に来てが初だな。あれ?


「………なあ、出て来た食事があまり・・・美味く無かったんだが。それって…」


 口に手を当てこの世界の料理を反芻する様に思い出す。

 固く処理の甘い肉。無駄に調味料をぶち込んで繊細さも欠片の無い魚介類。甘ければ良いのかと突っ込まずには居られないデザートの数々。

 今考えて見るとあんな最低な料理をクラスメートたちは美味い美味いと絶賛していなかったか?


「陸斗くんの料理と比べるとねー?」

「一応言って置くが元の世界の一流シェフでもあんなものだ」

「なん、だと…?」


 この世界に来たストレスで味覚が変になってたんじゃなかったのか。

 

「嘘だよな?」

「それがお前を『天災』だと言わしめる一端だ」

「陸斗くんの料理を食べたら二度と他の料理なんて食べる気起きないよ。二人であの料理つまみ食いしたけど素材のまま食べた方がマシなくらい」


 知らぬは本人ばかりとはこの事か。

 自分の異常さを気付けなかった理由が自分の作った物以外食わなかったからだなんて誰が思うか。

 

「それにお前は人よりも不味いと美味いの境界線が広いようだ。私はお前の料理を食べた後にこの世界の料理を一口食べた時は、これは生ゴミかと錯覚させられたものだ」

「あー、吐いたねー。死ぬかと思った」

「そんなにか」


 俺は自分の両手をマジマジと見つめる。

 ただ気が向くままに包丁を動かし、目分量で調味料を入れているに過ぎない俺の料理が異常。

 ある意味常識を打ちのめされた気分だが実感はさっぱり湧いて来なかった。


「まあいい。とにかく私たちはお前を手放す気も有象無象になぶり者にされるのを良しとする気はない」

「旅に出ようよ。三人なら観光気分で世界を楽しめそうだし」


 二人の笑みを見て俺は思った。それ召使いが欲しいだけじゃね?

 ただクラスメートに実験台にさせられ、美味くも無い飯を食べ続ける億劫な毎日から解放される。

 それに新しい世界に来たなら珍しい食材やらに出会えるだろうし、少なくとも退屈はしなさそうだ。


「二人は元の世界に未練は無いのか?」


 しかしこれだけは聞かないといけなかった。

 俺は十年後に生きて帰る為にここにいた。だがこの城を出るのなら、それは帰還を諦めるのと道理。

 もしかしたら他の国に帰還する方法があるかも知れないが確実ではない。

 だから二人の真意を今一度聞きたかった。


「「ないぞ(よ)」」


 だが二人の答えは至極あっさりしていた。


「だってさー。武術の到達点なんて言われてるけど、相手になる人いなくて面白くなかったんだよねー。この世界ならステータスで上乗せされてるし多少は楽しめるかなー、と」

「私も似たようなものだ。もっともここの文明は向こう以上に遅れているので天華程に楽しめなさそうだがな。精々向こうに無かった魔法や素材でも集めて新しい科学でも生み出すくらいか」


 それに、と皇さんは続けざまに核級の爆弾を落とす。


「どのみち向こうの世界は絶賛滅びかけてるだろうしな」

「「はい?」」


 恐ろしい事をさらりと放つ。

 どうしてそんな断言が出来るのか。そこで頭に過るのは彼女が『天災の科学者』だとする事実。

 

「私も色々狙われてな。面倒なので脅しに『私がこの世から消えた時に世界が滅ぶようにしておこう』とせっかくなので作った訳だがまさか本当に使う日が来るとは」

「「はぁぁああああーーーーっ!!?」」


 驚天動地の出来事に目を丸くして叫ぶ。


「発動条件を私が死んだ時にしていたので機械が異世界まで私の存在を認識していなければ十中八九滅んでいるな」

「ちなみにそれはどんな風に滅ぼしちゃったの?」


 恐る恐ると武内さんは皇さんに世界がどのようにして滅ぶか聞いた。

 俺としては聞きたくもない。世界中にミサイルが飛び回って滅ぶか、もう地球ごと爆発して滅んでいるのか。


「ウィルスだ。どうせ殺すなら遺伝子を組み換えて新しい『天災』を造ろうと思ってな。運が良ければ生き残れるが大半死ぬ。一厘も生きていれば多いだろう」

「なんつーもんを世界にばら蒔いたんだよ」


 地球ごと無くなるよりはマシだろうがほぼ死んでしまうものを世界にばら蒔くなんてな。


「不可抗力だ。仕方あるまい。人以外に影響はないから環境には優しい筈だ」

「どんなエコだ」

「まあ、あっちに未練は無いからいいんだけどさー」


 普通の人が言えばそれは夢物語となるが皇さんの科学の片鱗を垣間見ているだけに話は現実身を帯びていた。

 俺にも帰りを待つ人なんていないから構いはしないが気軽にそんな真似が出来るとなると関わり合う方が厄介だったのか。

 しかし二人は俺を手放す気は無いと言った。ならこの二人からは結局逃げられなかったのだ。


「そう言えば天華は何故こいつに怒っていたんだ?」


 さっき言ってたな。俺に怒っているニュアンスだったがなんでだ?


「ああ、あれ?単に私に似た人を捜して旅してたのにこんな近くにいた事を教えてくんなかったから。もうどんだけ世界を周ったか分かんないのに。徒労になったなーと」

「本人に自覚が無かったんだ。許してやれ」

「だから怒りが抜けたって言ったじゃん」


 武内さんがあまり授業には出ないと思っていたがそうした理由があったとは。

 

「まあ、知ってたら知ってたで皇ちゃんには会えなかったかな」

「なんだ。あそこにいたのは偶然か。お陰で私は右腕を食い千切られたわけだが」

「いや、それ言ったらボクも全身骨折してるんだけど」

「どんな出会い方したんだよ」 

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