55話目 科学者VS料理人
最近こんなんで良いのだろうかと悩む気持ちが止まりません。
評価してくださって頂けると言う事は大丈夫と思って良いんですよね?((((;゜Д゜))))
落ちる。
どこまでも俺は落ちていた。
「ーーーーーーーーーーーッ!!!」
強い衝撃を受けた俺は地面に向かってただ落ちて行くも、そこは皇さんの発明品。【両足の領域】の効果によって自動で俺は体勢が立て直される。
「あっ、ぶなかった…」
地面までレンの背丈程もない高さまで落ちて来た俺は自分が死ぬ手前であった事に肝を冷やす。
何で皇さんがここまでしてくるんだ。
そう思う反面おかしな要素が幾つかあった。
「もしかして手加減したのか?」
俺はまだ生きている。それも骨の一つも折れてはいない。
身体に傷を多々あれど、致命傷になるだけの深い傷は一つもなかった。
それに最初に放った【型無しの刀】の地を壊す斬撃も、【決意の鉄槌】による精神攻撃も、最後の俺を地に落とした攻撃も全ての威力や精度が落ちていたように思う。
そうでなければ【型無しの刀】は本来粒子状で出来た刀で逃げ場はない筈だし、【決意の鉄槌】の精神干渉も弱かった。
そして最後のよく分からない全身に受けた衝撃も骨を一つも折れなかったのも有り得ない。何故なら『武の天災』である武内さんが皇さんと戦った時に全身の骨が折れたと言っていたから。
これがその時に使ったものであったのなら俺は動けないで地に這いつくばっている。
だからこれは手加減されている。
それも皇さんの無意識で。
「勝機があるとしたらそこか」
正気を戻す勝機。
これを利用しなければ勝ち目はない。
「行くぞ」
俺は再度空に浮上した。
イカロスは天に向かい過ぎて羽を焼かれて落ちたと言う。だけど俺にはそんな柔な羽は付いていない。これは俺の知る最高の科学者が作った羽だ。
お前も助けたいと思ってるだろ?だったら力を出してみせろ【両足の領域】っ!!
ゴウッ、と一際大きな音を立てて飛び上がる俺は出力を最大限にして皇さんに迫った。
「まだ、生きているだと?なんて不合理な」
「不合理は皇さんの方だろうがっ!!」
純粋に驚きを露わにする皇さんに全力で差し迫る。
殺す気もないくせして死ねだの何だのとふざけるなよ。
こっからは俺も死ぬ気で行くぞ!俺を殺さない様にちゃんと手加減しろよ!!
「【有現の右腕】再展開」
皇さんの右腕がまたも黒く染まり標準が俺に向けられる。
「喰らえ」
ギュゴッ、と指先から放たれた幾千の黒い光は全てが俺に差し迫る。
それを俺は敢えて正面から全て受け止めた。
「おおっ!!」
「バカなっ!?」
バカで結構。
無茶苦茶。他力本願。俺に襲い掛かる一切を全て皇さんの無意識に賭ける無謀さ。
それだけ自暴自棄になって初めて皇さんを捕えられるんだから正直怖い。
左腕の骨も少し逝った。だけど俺は生きている。
「くっ…」
皇さんを捕えようとするものの、【六翼の欲望】の機動力に負けてしまい触れる事も儘ならずに通り過ぎてしまう。
やっぱり【両足の領域】は俺の判断力頼りになる上に、元々が何処でも歩けるのが前提で作られた物である以上出せる速度も【六翼の欲望】に負けてしまう。
どうすればいいんだ。
「なぜだ。私はお前を知っている。いや、ありえない。私の記憶にお前はいない」
更なる混乱を示す皇さんは俺自身、ではなく俺の足に着目し始める。
「その靴は…」
「そうだ。この靴は皇さんが…」
思い出してくれたか。
そう思い声を掛けようとして、その声は彼女自身に遮られた。
「そうかお前はあの有象無象と同じ。私の発明を欲しがる盗人か」
「なっ!?」
憎悪。憤怒。嫌悪の入り混じった苦々しい顔つきで俺を睨む。
何でそうなるんだ!?
「違う!これは皇さんが俺にくれたものだろうが!!」
どんな心境がそうさせるのか。
人に押し付けておいて盗人扱いとか皇さんも枝豆の刑にしてやるぞ。
肝心の皇さんは睨むのを止めずに否定する。
「それはない。私はもう誰にも私の物は渡さん。そう自身で誓ったのだからな」
皇さんは『界の裏側』から一匹の魚を、って魚!?しかもあれってダツだろ。口先の尖った魚で有名な。
その魚を皇さんは躊躇なくぶん投げた。
「【駄津の強奪】」
「何でもありか!?」
だが、相手が魚介類なら俺の本業だ。
俺もまた『界の裏側』から一本の包丁を取り出して飛んで来るダツを見定める。
………大丈夫だ。あれは捌ける。
投げられたダツが俺に高速で回転しながら迫り、互いがぶつかり合う瞬間に俺はダツを刺身に変えた。
「『界の裏側』は生物を入れられないんじゃなかったのか?」
「これは生物ではない。ホムンクルスと系統は同じだ」
「いや違いが分からん」
あれ普通に生きていたよな?
刺身に変えたダツを俺は皿に盛り付けてから『界の裏側』に包丁と一緒に収納する。
「ちっ、当たれば肉と一緒に削ぎ落して奪ってやったものを」
「怖いな!」
あれ?手加減してくれてるんですよね皇さん?
俺の勘違いだったらどうしようかと思いつつ、この状況をどうにか出来ないか模索する。
こうなったら『氣』を使うか?
いや、使えば倒れる諸刃の剣を何の策もなく使えば返り討ちに合う。
武内さんの全身の骨を折った実績がある以上『氣』に対しても反応出来ない筈がない。
こっちが持っているのは『氣』と【両足の領域】に料理人としての『天災』性。
………………………これ詰んでないか?
い、いや、諦めたら終わりだとバスケの先生も言っている。
「捕まえるぞ」
「させると思うか?」
「歯を食いしばれよ!」
策は無い。
だからって止まっている理由も無かった。
ぶつかる前提での突撃。
さっきから俺が出来るのは特攻だけだった。
「ふん、当たるか」
「くそっ」
二度、三度と突撃を繰り返すも皇さんの【六翼の欲望】の回避力には届かない。
もうエルフの里からは大分遠ざかった。
これでは武内さんの助けも期待は出来ない。
恐らく皇さんも手勢が増えたとなれば潔く逃げる選択をするだろう。
だから逆に武内さんが来る前に勝負を決めないといけなかった。
「【駄津の強奪】はまだあるぞ」
時折投げられるダツも高性能な追尾機能に飛行能力の付いた悪質さで本人の性格を体言していた。
「あーー、もう!性格悪いだろ!!」
「ふはは、誉め言葉だな。良く言われるよ」
ダツを再度出した包丁で急所を仕留めて『界の裏側』に納めて行く。
ただどうしても手が間に合わず数十匹からなる猛攻を避けきるのは難しかった。
「がっ!」
何とか避わすも左足に裂傷が走る。
皇さんは確実に俺の判断力と体力、それに機動力である【両足の領域】そのものを奪いに来ていた。
「【駄津の強奪】とはよく言ったもんだな」
あらゆるものがこの間に強奪されている。
シャレで作ったとしか思えないダツのフォルムもバカにならない。
自然のダツで命を落とした者もいる危険な魚だ。
それをよくもまあ、こんな空中泳いで特定の物を奪う様に作ったよ。
まさにダツに奪られる。
それこそ命も奪ってしまう危険な魚を回避に力を注ぎながら次々と仕留めて行く。
「ここまで私の科学を退けられる者はいないぞ。それだけ私の科学を扱えていると言えるか。一体何時から私の物を使っている?」
「昨日からだってぇの!」
最後の一匹を捌き終わった俺は包丁を布で拭いて納める。
「昨日から………?待て、昨日?私は何を?」
正気に戻ったのか?
ふらつく皇さんを今なら捕まえられる。
全力で俺は皇さんに差し迫った。
「皇さんっ!!」
手を伸ばす俺は後一歩で皇さんを捕まえられる。
白衣が俺の指先に掛かる。
その瞬間に俺の手は空を切った。
「触るな。私は盗人に用は無い」
やっぱり【六翼の欲望】をどうにかして潰さないとダメか。
もしくは【六翼の欲望】を越えるだけの速度を俺が出せる事が出来れば…。
「【型無しの刀】多刀領域展開」
しかしその考えも覚束無い。
皇さんが【型無しの刀】の柄を持てばそこから粒子状の粉が枝分かれして刀の形となる。
あの崖を生み出した強力な切断能力を持つ武器が数を増やして目の前に現れた。
これを避けられるのか?
冷や汗も引いてしまう絶句する光景に奥歯を噛み締める。
「これは捌けまい」
死神の鎌は振り下ろされた。
俺は目を見開く。
「逃げ場が無い」
刀の形状をしているだけに隙間はある。
しかしその隙間に入れば最低でも腕を落とされる。下手をすれば避けた先の形状を変えられて頭から斬られて死ぬ。
「くっ、はぁああーーーーッ!!」
出し惜しみは出来ない。
赤い『氣』を放出して包丁を作り出す。
あれは魚の鱗と同じだ。一粒か一鱗の違いであって、削ぎ方はいつもと変わらない。
それならこの包丁で剥ぎ落せる。
「………これも破るか」
俺は振り落された【型無しの刀】の枝分かれした刀身を一本だけ削ぎ落とした。
そこから俺が躱せるだけの隙間を確保出来、何とかなったが俺はもう『氣』を使えない。
もう一度『氣』を使えば倒れる自信があった。
「俺はどこまでも追い縋るぞ」
『氣』で出来た包丁は弾けて空に消える。
諦める訳にはいかない。
俺の為にも、そして皇さんを救う為に俺は足掻く。
「どれだけでも攻撃して来いよ。それで気が済むのなら何度だって受け止める!」
「ぐっ…」
そこで皇さんは更に困惑を浮かべる。
「私は知っている。この感覚を。何だこれは。何なんだ………」
そこで皇さんは背を向けた。
「ここにいてはダメだ…。逃げなければ」
「させるか!」
逃がさない。俺は絶対に逃がさないぞ。
武内さんとも約束したんだ。絶対に皇さんを救うと。
【両足の領域】に力を込める。
全力で飛び出そうとする皇さんの手を俺は ――
「ちっ!」
―― また掴めなかった。
俺の【両足の領域】じゃ【六翼の欲望】の速度に追い付けない。
「だからって諦められるか!!」
世界で一番物騒な鬼ごっこはまだ終わらない。
空を舞う皇さんの背中を俺はまたしても追い掛けるのであった。