閑話 残された者たち
短いですがどうぞ。
勝てない。
私はこの者には勝てない。
「ヌフフッ、まだ短剣は増やせますぞ!」
レンは痩せ細った男が何故か害そうとはせず、安全を確保しており問題は無かった。
マイランさんも私に比べて魔法を主とする相手で戦いやすいからか苦戦の色は見えない。
だから問題は私だ。
私はこの太った男に苦戦を強いられていた。
「死技が一つ。閻魔法【裁】」
そんな折りに現れた奇妙な門が四つ。
様子からして武内様が出したもので、初めて見た技は本当にあれが『武』なのか疑うものでした。
その門から現れる二人の御仁。
一人は身体に密着したスリットの深く入った赤い服を着た女性。
もう一人は物乞いに近いが身なりの綺麗なお爺さん。
彼らは一体誰なのですか?
その答えを聞く前に武内様は戦線から離脱されます。
やはり先程の崖を作った一撃と関係がありそうです。
あのような事を出来るとなればその人物はただ一人。皇様があの崖を作り出した。そしてその一撃は主に向かって放たれたと考えて良いでしょう。
私は奥歯を強く噛み締めます。
私は何故こんなにも弱いのだ…。
女としての魅力も無く、盾としても剣としても役に立てなかった私を買って下さり、更にはそんな私のワガママを聞き入れてレンまで買って頂けました。
慈悲深く尊敬せずにはいられません。この方に私は誠意を持って尽くそうと誓った程でした。
そんな主の手により私は自身に巣食っていた呪いを解いて頂けます。
誠意では最早足りない。
最弱から解き放たれた私は生涯を持って尽くし続けようと誓いました。
だと言うのに目の前にいる者を倒せず苦戦し、主の危機に駆け付ける事が出来ない。
私はいつもそうだ。
アビガラス王国では主に価値を見出した者に攫われて捕らわれてしまった。
モルド帝国では武内様が暴れた時も主を守り通せず、怪我を負わせてしまった。
そしてまたこのエルフの里で主が傷つこうとしている。
己の無力が憎い。
強くなったと思い込んでいたに過ぎない私の傲慢さが憎い。
「かぁあああああっ!!」
赤い『氣』を纏って最大限まで力を高める。
武内様が死技を使ってまで離脱した事を考えれば事態は一刻を争います。
「なんとっ!?これは知らないスキルですぞ!!さらにレア度が増しておりますぞ!!」
喜びに満ちた笑みを浮かべる太った男に己の無力さも合わせて怒りを拳に込めます。
「はぁっ!」
私の出来る最大限の速度で空中に浮いていた短剣を全て叩き落して破壊します。
『中々やるのう』
『天華ちゃんと同じ『氣』が使えるなんて凄いじゃん、あの角っ娘』
ミシッ、と肉体に僅かな痛みを覚える。
この赤い『氣』は長時間の運用には向いてません。
それを気軽に使える武内様は次元が違う。
「はぁ…はぁ……」
練度が足りていないと否応なしに実感します。
先までの戦闘と合わせて訪れる疲労に膝を着いてしまった。
「これで終いですかな?」
「まだに決まっています」
力を入れて立ち上がるも、前に現れて制したのは赤い服を着た女性でした。
『まあまあ。少し休みなって。私たちがやっておくから』
『そうじゃのう。後は死んだ者の役目じゃよ』
「何を言って」
そこで初めて気付きます。
武内様と相対していた二人の男がこの四つの門の外に出ようとして戻される姿を。
「これは一体何だってぇんだよ!!」
「俺の陸斗きゅんを捕まえに行けない!!」
あ、この男は殺しますか。主の危機に対処するのが良き従者ですので。
しかしこの門は一体何ですか?
『これは閻魔法【裁】じゃよ。お主らが無作為に殺した怨念によって必ずここに戻る』
『閻魔は日本で死後の裁判を務める人みたいじゃん。君たちみたいに礼も欠けた者にはぴったりだね』
武内様と似た雰囲気を持つ女性はパンッ、と両手を合わせます。そしてそれはお爺さんも同じ。
何をする気ですか?
それは聞く前に実行に移される。
『『『『ヴァァァァアアアアッ………』』』』
「「「っ!?」」」
まるで初めからそこにいたかの様に現れた半透明の老若男女問わない亡霊たち。
彼らの姿が視認出来たと思えば、彼らは各々が戸惑いを見せながらもその瞳の全てが主に仇なそうとした者たちに向けられます。
これは一体……。
『武器を取れ!お主らを殺した者たちに復讐する時じゃぞ!!』
『遠慮は要らない!!痛みはもう無い!!自分たちを殺した者たちに裁きを与えろ!!』
『『『『ァァァァアアアアーーーーッ!!!』』』』
半透明の男が斧を持って太った男に襲い掛かる。
「その程度無駄ですぞ!」
投げられた短剣が的確に斧を持った男の胸に刺さった。
しかし斧は止まらず太った男の頭に振り下ろされた。
「な、何で効かないでひゅか!?」
それは私もお前に問いたかった。【ピエロの手癖】の効果で逃れたとは言え、頭から斬られて生きているなど反則的な力だ。
ただ、攻撃をしているのは斧を持った男だけではない。
短剣を持った女性もいた。
弓を構える老人もいた。
槍で刺そうとする少年もいた。
ただどの者たちも恨みを晴らそうと憎悪の目を向けています。この閻魔法【裁】とはまさか……。
『そうじゃ。これはワシらが奴らに憑りついた霊たちに力を与えておる』
『本来は私たちが天華ちゃんと戦う為の技なんだけどね。こっちはサブかな』
両手を合わせたまま話し掛けて来る二人に私はこの光景をただ眺めているだけでした。
「何なのよこれは!?」
「光黄なんとかして!?」
「俺にも無理だ!!斬ってもスキルも効かない!!」
「ふっざけんな!この死人どもがっ!!」
「これは撤退した方が良いでござるよ!!」
「この鳥居から出られないですぞ!!拙者の【笑タイム】と似ているでひゅ!!」
阿鼻叫喚な姿は因果応報とでも言えば良いのか。
おそらくこの亡霊たちが満足するか、武内様の閻魔法【裁】の効果が切れるまで続く力。
これが『武』であり武内様のいる領域。
「私は弱い…」
本人はここにはいないのに、その爪痕だけで人を殺せる領域にいるなんて私は本当にそこまでたどり着けるのか。
『いや、お主ならいけるじゃろ』
そこに私の悩みを見抜いたお爺さんが声を掛けて来ます。
『私たちじゃ無理だったけどね。でもそれって修羅の道だよ。途中で死ぬかもよ?』
「それは困ります。私は主に生涯仕えると決めているのですから」
『ならそうする事じゃ。焦っても結果は付いて来んわい』
どうやら私は少し自分を見失っていたようです。
しかし力が無ければ主を守れない。主に仕え続ける為に私は力を求める。
このジレンマはしばらく続きそうです。