52話目 陸斗きゅん…
空へと飛び立った皇さんを呆然と見ている事しか出来なかった。
なんでそんな顔をしてるんだ。
逃げたいなら逃げろって言ったのに。辛いなら辛いと言えば良いのに。
我慢に我慢を重ねてこれか。
「マイランさん、俺は皇さんを追い掛け…」
「陸人、きゅん………?」
「っ!?」
俺は皇さんを追い掛けようとして、ゾワッ、と全身を舐められた様な不快感に襲われる。
「やっぱり陸人きゅんじゃないか!こんな所で会えるなんて運命だよ」
こいつが黒い悪魔か。
山崎光黄。軽装な鎧と装飾過度な細身の剣を右手に携え、今にもこちらに迫って来そうな獰猛な笑みを見せている。ってか、陸人きゅん?きゅん、って何だ?!
「陸人くんお待たせ」
と、そこで武内さんがパルサたちを引き連れてやって来た。
「これどんな状況なの?」
「武内さん実は──」
パルサたちを蘇生させて来た武内さんにここで起きた事情を簡潔に説明した。
「皇ちゃんが泣き顔を?泣き顔……」
思案し始める武内さんは目を見開き出した。
「おいおいおい!何でここに武内!てめぇがいるんだよ!!エルフなんて乗り気がしなかったが最高じゃねぇか!!」
と、そこで別の黒い悪魔、鈴木が山崎と合流した。
「ヤバい」
ポツリと呟いた武内さんには皇さんのあの表情に思い当たりがあったのか、それともこの目の前に現れた二人が純粋に危険なのか。もしくは両方か。
いつもの爛漫な笑みを消して深刻そうな顔になる。
「いやー、さっきの魔法は危なかったでござるな」
「でもあの程度なら私一人で十分ね」
そこに次々と合流する元クラスメートたち。
「でひゅ、でひゅ、四人とも速いですぞ。急がなくともエルフは逃げな、おや?」
「逃げるに決まってるじゃないの!このデブ!さっさと、って、何で加賀君と武内さんがいるのよ?」
その六人が俺たちの前に姿を現した。
おそらくそうだとは思っていた。
でも黒い悪魔が元クラスメートたちだとはっきりすると何とも言い様の無いものを感じる。
しかし今は皇さんだ。
「陸斗くん、今すぐ皇ちゃんを追って」
深刻な顔を崩さず武内さんは元クラスメートとの邂逅も無視して皇さんの飛んだ方角を見つめる。
「泣きそうな顔で思い出したよ。その顔はボクを殺そうとした時の顔だ」
「それって皇さんが世界を滅ぼそうとした時だったか?」
「うん、だから追って。今の状態の皇ちゃんを止められるのはボクか陸斗くんだけど、目の前にはあいつらがいる。ここはボクが食い止めるから」
いつもならここでネタに走る武内さんもその余裕を無くし、元クラスメートと向き合った。
それほどまでに事態は重い。
あのまま放って置けばそれこそ世界を壊す。
皇さんを止められそうなのは武内さんだと思うが、元クラスメートたちが来てしまった以上は俺では彼らを止められず、そしてノドカやマイランさんがいてもどうなるかも分からない未知数な存在となっている。
「分かった」
だから俺は武内さんにこの場を任せて皇さんが飛んで行った方向へと【両足の領域】を使って空へと走った。
「陸斗きゅんが空を飛んだ?ふふ、イカせないよ」
っく、ニュアンスの違う言い方に眩暈がしそうだ。
それでも俺は走る。【両足の領域】の力場を高めてスピードを上げた。
「これが俺の聖剣の力だ!」
後ろを振り返ってみれば趣味の悪い装飾の付いた聖剣が桃色に輝き出しており、それと同時に何故か山崎の股間まで桃色の輝きを放ち始める。
意味の分からん光景に全力で【両足の領域】を使用する。ここにいると色々と大変な事になりそうだ。
「【真・聖剣ゲイルダスト】っ!!」
振り抜いた聖剣から桃色の光線が空を埋め尽くさんばかりに溢れ出して俺に迫る。
ヤバい、これは避けられ…。
「うりゃっ!」
拳一発。武内さんが桃色の光線を殴り飛ばして強引に軌道を変えた。
お陰であの謎の光線に触れる事なく、俺は空を駆ける事が出来た。
「行って陸斗くん。皇ちゃんをボクと同じ様に助けて」
「ああ、絶対に助ける!」
俺は救う。やせ我慢の過ぎるあの賢い科学者様を。
・・・
陸斗くんは無事に行った。
これで皇ちゃんが助かると良いんだけどな。
ボクは何であんな重要な事を忘れてしまっていたのかを今になって後悔している。
あの暗い顔は泣く一歩前の顔だったんだね。
ボクを殺そうとした時は既に泣いていたから、あの暗い顔が危険信号だって分からなかったよ。皇ちゃんいつも無愛想な顔してるし。
「お、俺の陸斗きゅんを逃がしたな武内さん」
まあ、皇ちゃんは絶対陸斗くんが助けてくれる。だってボクを『武』の孤独から救ってくれたんだから。
だからそっちは陸斗くんの仕事。ボクはこっちのとっても不愉快な方を処理してやる。
「俺の?陸斗きゅん?冗談を言うのは止めてよね。陸斗くんは、ボ・ク・のなんだから」
大体陸斗きゅん、って昔はそんな風に呼んでなかったじゃん。山寺くんも随分と変になったね。あれ?山口だっけ?ま、いっか。
「武内さんの?冗談も休み休み言ってくれ。俺のに決まってるじゃないか。あの未成熟な尻も、身体に残る数々の傷も、そこそこ筋肉の付いた胸板も、薄く透明性のある唇も全部俺のものだ」
「残念でしたー。何から何まで全部ボクのだよーだ。柔らかかったなー、陸斗くんの唇。ボクたちのファストキスだよ」
「「な、んだと…?」」
陸斗くんはあの時気絶してたけどカウントしちゃう。
あれ?でも何で山寺くんと一緒に鈴木くんも驚いてるんだろ?
「お風呂にも一緒に入って隅々まで洗ったもんねー」
「「バカな…」」
動けないのを良い事にやり放題してただけだけど。
「同じベットで朝チュンまで迎えたんだから」
「「………」」
寝てる隙に潜り込んだだけだけど。
もう陸斗くんはもっと手を出しても良いと思うんだよね。ボクがオッケーしてるんだしさ。
でもこれで陸人くんがボクのものだって証明出来たもんね。山寺になんか渡すもんか。
「こ…」
「ん?」
なんかプルプルしてるや。
「この売女がぁああっ!!何を俺の陸人きゅんに色目を使ってやがる!!」
うん、ここに陸人くんがいたら「誰がお前のだ!武内さんのものに決まってるだろ!」って言ってたね。どやっ。
「武内っ!」
「あれ?鈴木くんもなの?」
二人で似たリアクション取ってたけどまさか鈴木くんまで陸人くんを狙ってたなんてなー。モテる男は辛いね陸人くん。
でもボクの予想は違った。
「てめぇ何俺が倒す前に加賀と付き合ってんだ!お前は俺のもんだろうが!」
「え?ボクなの?」
………あー、そう言えば鈴木くんって昔じゃれて来た事あったなー。
告白して来たから鈴木くんのやってる空手で倒せたら付き合っても良いよー、って言った気がする。
当然ボコボコにしたけど可能性が一切無いから忘れてたや。だってじゃれてる時もボクの胸ばっかり見てたし。
「俺は強くなった!この力でてめぇを倒して俺のものにしてやるよ!」
「まー、確かに強くなっただろうね」
こいつら揃いも揃って血生臭い。
十や二十じゃ足りないくらい沢山の人を殺した臭いがする。
これは洗って落ちるものじゃないんだよね。何て言うのかな?魂に着いた汚れみたいな?とにかく臭い。
特に弱い者イジメばっかりして来た奴らが着ける臭いに鼻が曲がりそうになるよ。
「そうだ!ステータスを持たないてめぇに圧勝するだけの力を俺は得た!」
圧勝?
あの時は加減って言うのもバカバカしくなるくらいに手加減したのにあれをボクの本気だと思っちゃってるのかな?
大体ボクは元の世界で本気を出した事なんて皇ちゃんと戦った時しかない。
元クラスメートたちの前で本気を出したくても相手がいないんだからボクの本気なんて見た事ない筈なのになー。
まあ、ステータスなんて外側からの上乗せに自分は強くなったって酔っちゃったのかな?
「ふーん、まあ良いけどね」
どうせ勝てない。
魔法を使おうとボクに本気を出させた人はこの世界にはいないんだ。
あ、モルド帝国はノーカンね。あれは本気じゃなくて死技を使っただけでちゃんと手加減してたし。
「俺の陸人きゅんを盗んだ売女に聖騎士の力を見せてやる」
聖騎士?これ性騎士の間違いじゃないかな?
「今からてめぇを倒すぜ武内!この格闘家の職業舐めんなよ!」
格闘家だったんだ。オッパイマイスターだと思ってたよ。
彼らのボルテージが上がって行く中でボクはどう動くべきか考えた。
負ける気はしないんだけど、彼らを一瞬では倒せない。
その証拠にあの変な桃色光線を殴った手がまだ痺れてるんだよね。
仮にあれくらいの攻撃を全員が出来るのなら倒すのは面倒だな。
前のボクならこの状況を喜べたと思うけど、今のボクは皇ちゃんも気に掛かるし、それに紛い物の力を行使する姿は見てて面白くない。
それって与えられた力を子供が振り回してる姿を見てるみたいで滑稽だよね。
「あんたたちが武内さん狙うならこっちはエルフを頂いても良いよね」
「では某はそちらの幼女を。中々に某好みのネコミミ幼女にござる」
お巡りさんこっちです。
うわー、レンちゃん見てる変態ヤバいよ。あれ犯罪者の目だよ。名前は出ないけどロリコンで十分だね。
「ならば拙者は竜人種の巨乳にしますぞ。レア感が高いですからな」
類友だね。こっちも変態だ。
知らなかったけどボクがいたクラスって変態ばっかりだったんだなー。
「ねぇ綾っち、あっちの真面目そうなの私で良いよね?」
「なら私は美っちゃんが取らなかったチャラそうな方で」
あー、あの二人は修行して上げたエルフたちを取りに行ったや。まあ性癖的には普通だけどバーゲンじゃないんだから人を取るってどうなんだろうね?
「その他大勢は捕まえた時にでも考えるとして。さぁ、武内!俺の奴隷になる覚悟は出来たかよ!」
「ないわー」
本音が漏れた。
そもそもボクはボクのものだし、鈴木くんの奴隷なんて自由が無さそうで嫌だね。
「ボクを奴隷にしたかったら『天災』級の料理でも持って来い!」
なるとしたらボクは陸人くんの奴隷だもんね。三食昼寝付きのオヤツありの束縛無しな奴隷だ!
これより好条件が出せるなら考えた後に断って上げるんだから。
ボクが構えを取ると彼らは警戒して武器を構える。
里にいたエルフたちは既に散り散りに逃げていて、残っているエルフはマイランさんと鍛えた四人のエルフだけ。
「このまま逃げられると探すのが面倒ですな。ここは拙者のスキルが唸る時ですぞ!」
太った方の変態が声を高らかに上げて自信満々に叫びを上げる。
「イッツ、【笑タァアアアーーーーーーーーイム】ッ!!」
空が暗くなる。
上を見上げれば布で出来た天幕が里一帯を覆っており、空中ブランコからライオンが潜る類の燃えた輪っかが現れた。何で?
「これは空間干渉スキルですか。随分と珍しいスキルをお持ちのようですね」
「知ってるの?」
マイランさんがこの奇怪な状況の正体を知っているのか解説をしてくれる。
「はい。これは端的に言えば相手を強制的に自分の都合の良いフィールドに誘うスキルです」
「流石エルフは博識ですな。補足するのであれば、加賀君が飛んでしまい天幕の天井を超えていたので【笑タイム】を発動しても捕まえられなかったのでひゅよ。ぶっちゃけこのスキルは空を飛ぶ相手に不向きですな」
態々(わざわざ)敵に情報を送って来るのは舐めてる証拠なんだろうなー。別に良いけど。
しかしそうなるとあれだね。エルフたちは何処に逃げても天幕内からは逃げられないって事か。
まあボクを相手にしている間にエルフたちに逃げられてたらここに来た意味ないもんね。
「こう言う時だけ便利よね。田中って」
「拙者を褒めても何も出ませんぞ?」
「出されても要らないわよ」
「って、事で舞台は整ったんだ。武内は俺がやる」
あ、鈴木が前に出て来た。
「いや、俺だ。陸斗きゅんを汚した罪を償って貰う」
ホモまで相手か。微妙にヤダなー。戦力的じゃなくて精神的にだけど。
「二人同時に掛かって来なよ。変態ども」
皇ちゃんは任せたよ陸斗くん。ボクが必ず後を追うからね。