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4話目 歪み出した彼らと動き出した二人 

 宴を終えて就寝し、一日の非日常を終えた。

 苦学生の身である俺が一日バイトを休めばお金が足りず生活に影響も出るもの。しかし異世界から帰れるのは十年後。こうなるとそんな考えは無駄と言って良かったが、つい考えてしまうのは習慣なのだから仕方ない。

 そして今日は新しい非日常の幕開け。別の意味で心が高まる。あー、逃げたい。


「今日はお前たちにスキルや魔法の使い方を教えたい」


 コロッセオをイメージさせる鍛練場に集合させられた俺たちは騎士団長に開口一番で告げられた。

 でも俺には何もない。だから教えられても意味はないんだが。


「まずはステータスを表示させろ」


 嫌がらせかよ。皆が次々とステータスを開く中で俺だけが何も出来ずに立っていた。


「どうした早く…、ああ無能はやるだけ無駄だったな」

 

 クスクスとそこらで笑う声が聞こえる。

 クラスメートとは付き合いは浅いが、こんな誹謗中傷に晒される者を嘲笑い楽しむ奴らでは無いと思っていたが環境が彼らを変えたのか。それともこれが本性なのか。


「ぷひゃー草が生えますぞ。チェリー氏にステータスなど不可能ですな」

「ボウヤだから、でござるな」


 一番変わったのはこの2人か?大人の階段を上ったアピールをって、いや、待て青山君よ。お前はそれただの犯罪じゃなかろうか。どう見てもあのメイドは十さ…。


「十八才を超えてるでござるよ!」

「誰に向かって言ってるのですかな青山氏」

「いやなんでもないでござる。何故か叫びたくなったのでござるよ」


 敢えて聞かないでおこう。

 そうやって誤魔化す事で平静を保つ必要があるのだからな。うん。

 

「じゃあすみません。見学していて良いですか?」

「ふん、役立たずだから仕方あるまい。教えた所で時間の無駄だからな」


 そんな事承知の上だろうに。

 俺は皆の和から外れるとコロッセオの隅に座る。あいつらの声を聞いても疲れるだけだ。どうせ嘲笑うネタしか聞こえないのに近くにいる意味もない。

 遠くで説明を受ける彼らを尻目に空を見る。

 元の世界より綺麗な空なのに薄汚れて見えるのは何故だろうか。

 ドラゴンの様に自由に飛びたくても空っぽの俺では地を這う事さえ一苦労だ。

 自由を目指して冒険者になったとしても一度ひとたび何かに襲われれば生きて帰るのも難しい。きっとこの身体ではウサギにさえ負けてしまう。

 

 無力を実感するのも久々だ。

 親戚から何もかも取られて放り出されたあの日以来か?

 流石に二度目となっては今度こそ死ぬんだろうな。死ぬなら潔く死にたいものだ。冬空の凍える空の下でゆっくりと撫でまわす様に死が近づいて来る感覚はもう味わいたくない。

 

「そう言った意味では処刑はあっさりとしてるのか」


 スパっ、コロン。お終い。でも生きたくてここまで頑張ったのにそれはないな。

 結局俺には彼らの成長して行く様を見続けるしか出来なかった。




 その次の日。またその次の日も同じ繰り返し。

 ただ日を追う毎に彼らの醜悪さが表面によく出る様になって来た。

 

「いつっ」


 これが魔法か。肌で感じるとはまさにこの事だろう。水浸しになりながら地面を転がる。

 俺はクラスの連中から動く標的として扱われる様になった。


「おいおいこんな遅い【ウォーターボール】に当たってるじゃねぇよ」

「次私ね」

「えー、さっきやったじゃん」

「次は某にござるよ」

「いいや、僕さ」

「俺だ」


 結論。処刑もあっさりしていない。

 この魔法をぶつけられるのも騎士団長が発言の発端だったが、当然最初は皆が躊躇した。

 だけど一番最初に打ち始めたのは予想外にもイケメンの山崎君であった。彼にSな趣味があるとは思わなかったが、よくよく考えれば宴の時に連れていたショタの持ち主じゃなかったか?それも日を追う毎にそのショタに艶めかしい傷が服の下から見え隠れしてたし。

 山崎君は攻撃した後に俺を見て舌なめずりをしたので思わずお尻がキュッ、と絞まった。もちろんあの後掘られてはいない。

 

「【ヒール】」


 身体の傷が癒えて行く。ただしこれは善意ではない。


「うーんまだ上手く回復させられませんね」

「今度怪我したら僕がやるから」


 回復の魔法だって実験に過ぎない。

 どのくらいの魔力を込めれば治療出来るかを探っているのだ。

 怪我をしない彼らよりも怪我のしやすい俺の方が向いている。それも安全地帯での治療が出来るのだから実戦前に使えてさぞ練習となるだろう。くそっ。


「じゃあ行くよ。【ウォーターボール】!」




 今日一日が終わる。

 このままでは本当に死んでしまう。

 フラフラな足取りで自室に戻り、ベットに横たわると今後の俺の有り方をひたすら考える。どうにかしてこの窮地を乗り越えないと。

 

 どうにか。

 

 どうにか…。


 どうにか……………。


 ……………………………………………。


「どうにかなると思っているなら君はバカだ」


 っ!!?

 誰もいない部屋で自分以外の声がした。

 慌てて起きるとベットの脇には皇さんと武内さんが立っていた。


「え、どうやって?」

「鍵くらい閉めた方がいいよ」

「まあこの程度の鍵なら閉まっていても開けるがね」


 どうやら自分でも気付かない程弱っていたらしい。

 いつもなら鍵を掛け忘れるなんてミスをしないのに。


「ん?そもそも二人は何して過ごしてたの?」

 

 この数日俺は彼女たちを見ていない。

 彼女たちについては捜索が行われていたが相手がステータスゼロと言うのもあり、危険性がない以上半ば放置されていた。

 だから俺は彼女たちが何をしていたか知らない。俺の前に現れたのは理由があるのだろうが一体何の為に?

 

「はい」

「ん?」


 その答えが出る前に武内さんから渡された鉄製品の丸い板状の物。それはフライパンだった。


「お腹減ったから何か作って」

「ええーーーー!?」


 このタイミングで?

 

「機材なら出して置いてやった。存分に使い私の分も用意しろ」


 わおっ、ハイテク感満載のシステムキッチンが目の前に、って本当に待って!!?

 

「何であるんだよ!?」

「作ったからに決まってるだろ?どうでも良いから作りたまえ」

「食材もちゃんと確保したよ」


 寝る前まで見てないんだけど。どうしてあるんだと問いたい。

 でも、食べないと何も話してくれなさそうだから作るけどな。


「食べたら教えてくれよ」

「ああ、ちゃんと話してやる。ちゃんとな」


 妙な含み持たせないでくれませんかね。実に怖いんだが。

 もう夜なのでサッと作ってしまう。

 

「リゾットで良いか?」

「いいよー」

「構わん」


 リゾットなら炊く手間が要らない。個人的にもあまり時間を掛けたくないのもあったからそうした。

 そもそもこのシステムキッチンはガスや水道は何で賄っているのか。使い勝手も家で使ってるのより使いやすいし。

 あー、久々に料理してると日常って感じがしていいな。最近全く包丁にも触れてないから気分が落ち着く。

 しばらくしてあっという間にリゾットは出来上がる。

 

「ほい、ベーコンとチーズのリゾット」

「わーい」

「頂こう」


 犬に餌付けしている気分だ。

 彼女たちを犬で例えるなら武内さんが柴犬で、皇さんがパピヨンか。武内さんが純粋に喜んでいて皇さんが仕方なくな顔をしながらも頬は笑みが浮かんでいる。


「おおー、出来立てだとまた美味いねー」

「…………」


 武内さんが一口食べて感想を述べ、皇さんは一心不乱に食べていた。


「いやあはあ、へいほうなはへほのえふまひえはんはへほね」

「飲み込んでから喋ってくれ」


 武内さんよ何が言いたいか分からん。おそらく今まで適当に飯を食べていたと言いたいんだろうか。

 皿の中身は即行で空になる。


「おかわり要るか?」

「もらう!」

「頂こうか」


 本当にどれだけお腹空いてたんだか。

 俺も少し食べよう。ここ最近は美味い食事にあり付けていなかった。


「まあ、こんなもんか」


 自分の味にホッとする。

 今までの非日常が消えて行く様に自分の日常に一瞬でも戻れた気がした。

 ただ、調味料が乏しいのが難点か。あ、カバンに胡椒を死蔵してたな。出そう。


「二人もいるか?」

「いる!」

「………」


 武内さんは元気よく、皇さんは静かに皿を出して掛ける様に要求する。

 ミルで引いて胡椒を掛ける。掛け過ぎても辛いだけなのでこんなもんか。


「「っ!!」」


 食べた二人の顔が劇的に変わる。でもそんなに違いはないんだが。


「うん、いつもの味になった」


 食べてみて少し納得する。本来ならまだ足りないが概ね日常で作っていた料理になった。

 ああ、ようやく安心した。美味くない食事に無意味な訓練、不気味に変わって行くクラスメートたち。そんな非日常からようやく解放された思いだった。


「あーーー、美味しかった!!」

「ふむ、満足した」

「皇さん。顔に付け過ぎだから」


 布巾で顔を綺麗に拭う。どれだけ必死に食べたのやら。

 

「それでようやく本題に入ってくれるんだよな」

「ああ、腹も満たせたしな」


 満足気な皇さんは机に肘を着けて微笑む。

 

「さて加賀陸斗。採点の時間だ」


 その台詞をさっきの顔で言われたら噴いてたぞ。


「調味料が少なくてアレだが、それなりの物は出来たぞ」

「そっちではないバカめ」

「酷いな」


 そもそも料理を採点しなくて何を採点するのやら。

 机の上にある皿を片してから席に着く。


「加賀陸斗。貴様の今日までの行動を観察させてもらった」

「は?」


 気付かなかったんだが。何処にいたのかさっぱり分からないが見ていたと本人が言うのだからそうなんだろう。しかし何の為に?


「同級生には嬲られ、バカにされて、そうそう貞操の危機にも陥っていたな」

「本当に見てたんだな」


 皇さんは山崎君に魔法で攻撃された日の事を知っている。

 でなければそんな発言はしないだろう。

 

「ちなみに余談だけど陸斗くんが明日も訓練に顔を出したらボコボコにされた後に山崎にお持ち帰りされる計画が立てられてるよ」

「マジか」


 本気でピンチじゃないか。俺にそんな気はないのに、あーーーーー、されるのは御免だ。

 山崎君に見られる度に尻に悪寒が走るのは正しかったのか。


「まあ貴様の貞操問題はどうでも良い」

「いや良くないんだが」

「それよりも質問だ。お前は何故あの中に居続けようとする?どう見ても益がないが?」


 あの中にいる理由。

 そんな分かり切った事を聞かれるとは思わなかった。

 俺には力がない。攻撃力ゼロ。防御力ゼロ、体力、魔力、回避からスキルに称号、果ては今後の成長見込みまでない。

 そんな俺があの中から弾き出されれば否応なく生きていく自信がない。

 魔法のある世界で魔法も使えず、ステータスが反映されないから人並の働きだって出来はしない。

 無いものだらけの俺では奴隷の様に生きる以外に道を見出せないのだ。


「………」


 しかしそれを口に出すのは憚られた。言えばより惨めになる。

 だから口を噤んでいると悪魔のささやきに似た甘言が耳へと滑り込んで来た。


「なあ、お前は復讐したいと思わないか?加賀陸斗」 

一部紹介


 ―――――――――――――――――――――――

 

 名前:山崎 光黄

 Lv:1

 職業:聖騎士

 体力:103

 魔力:87

 攻撃力:119

 防御力:102

 回避:91

 

 スキル

 【折れない聖剣】

 称号

 【ホモサピエンス】【忍び寄る者】【捕食者】


 ―――――――――――――――――――――――


とんでもないのがクラスに紛れていたようです。

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