49話目 武内による考察と皇さんの心情
消えたのが少しで良かった……。けど思い出せない箇所がorz
休憩を終えてエルフたちを鍛えて上げている間、ボクは皇ちゃんの事をぼんやりと考えていた。
え?遊んでるの間違いじゃないかって?やだなー、ボクは『武の天災』だよ?片手間でもちゃんと鍛えて上げられるって。
「もう嫌ですぅぅううううっ!!」
「勘弁してこれは無理よ!!」
「無理無理手加減してくれよ!!」
ほら、バッチリでしょ?
エルフたちは魔法も使い放題で武器も使い放題。
一方ボクは片手しか使ってないんだよ?文字通りの片手間ってね。
ただ、ボクも反撃はちゃんとやるから魔法を『氣』で掴んで返したり、殺気で心臓を刺したりして気絶させてるんだ。
温い手を使おうものなら相応の罰を与えて上げないと育たないし?ボクだってちゃんと考えてるんだから。えっへん。
「これが『武』の極致か…」
ほら、一人はちゃんと悟りを開いたよ。目は死んでるけど身体は動いてるから大丈夫だよね。えーと、パンダ?そんな名前だったかな。
まあ、そんなどうでも良い方よりも皇ちゃんだよね。
あの目をボクは何処かで見たんだよねー。何処だろう?
とっても重要な気がするんだけど思い出せない。
暗くて、こっちまで底に沈んでしまいそうな気分になるあの目を何処で見たのかな。
「とにかく全力で打つわ!聖樹の友として命ず、水弾よ穿て【ウォーターバレット】!!」
悟りを開いたエルフみたいな死んだ目と違って、何て言えば良いのかな?このモヤっとする感じ。
一瞬だけしか見えなかったけどエルフの長老に呼ばれて出掛けようとした時にあの目になった。
気のせいかも知れないけどボクや陸斗くんがいる時には見せなかった目なんだよね。
「まるで泥かな、っと」
この余分なものが付着した感じはそうとしか言いようがない。落としたくても落ちない汚れみたいな?
白の布地に汚れが付着したら目立つけど、黒の布地だとよく見ないと目立たないのと同じで皇ちゃんは感情をはっきり表に出すタイプじゃないから分かんないんだよ。
でも、ボクがそう思うんだから正しいと思う。
相手の表情から次の手を読むのも『武』では出来て当たり前。一挙手一投足から相手が何を思い拳を握るかも察せて一流だし。
だけど皇ちゃんは武人じゃない。
だから手合わせをしようって訳にも行かないし、皇ちゃん程感情が読みにくい人は今までいなかった。
うーーーん、モヤモヤする。
どうすればこのモヤモヤを解消出来るんだろう。
「だから何で魔法を素手で投げ返せるのぉおおっ!!」
「しかも倍速で、ぼぎょらぁっ!!」
「ルデルフくぅぅんっ!!」
ボクならある程度暴れればスッキリするし、陸人くんの料理を食べたら幸せになれる。
でも、皇ちゃんはボクじゃない。
もしかしたら皇ちゃんなりのイライラを解消する為にエルフたちの悩みを解決してるのかも知れないから手を出すのも違うよね。
「悩ましいなー」
「………それは俺たちの処遇か?」
「もっと穏便にお願いしますぅ」
「せめて魔法を返す速度を倍にしないで貰いたいわ」
「………(気絶中)」
エルフたちがボクの悩みを自分たちの教育方法について考えてると思ったみたい。
全くボクが何も成長に繋がらない鍛練なんてさせる訳ないじゃないか。
「もう、まだまだウォーミングアップだよ?ノドカちゃんなんて倍速で返しても反応するんだから」
「竜人種と一緒にしないでよ!」
「あんな戦闘民族と同レベルの事やろうとしたんですかぁ?!」
文句ばかりだなー。ノドカちゃんが弱音を吐く時なんてボクと同じ死技を使わせようとした時くらいなのに。
死技を教えた時は流石のノドカちゃんも「不可能です。人に翼はありません」なんて酷い事言ったんだよ?
そしたらボクは何なのって話だよね。レッ〇ブルでも飲んだら誰でも死技が出来るようになるのかな?
「反応出来るまでは全部倍速で返すからどっからでも掛かって来てねー。加減してるって分かったら問答無用で気絶させるから」
あーー、どうしたら良いんだろう。
取り敢えず陸人くんにお願いして皇ちゃんの好きな物でも作って貰えば良いかな?
ナポリタンにハンバーグにエビフライにオムライス。これだけ言ってると何だかお子様ランチみたいだけどそれは絶対に口に出来ないや。
・・・
私は一体何をしているのだろうか。
これは全部私がやりたくてやっている事。そうだと言い聞かせていないと頭がおかしくなる様な不思議な気分になる。
「大丈夫ですか?」
「問題無い。マイランは目の前の事に集中しろ」
私達は索敵魔法に余った魔力で作った防衛システムに改良を加えている最中だ。
魔法陣の運用に魔力の循環力が弱いのでそこを修復している。
何でもマイラン曰く、この循環構造は画期的で彼らエルフが百年経ってもこの魔法陣は完成出来なかったとな。
アホか。と私は思ってしまう。
この程度プログラミングに携わった者であれば余裕で改良を施せる。
魔法はC言語と似たようなものだ。人工知能に感情表現を可能とさせられる私には欠伸の出る作業でしかない。
「マイラン、そこの魔法陣を三度手前に傾けろ。そこから次の魔法陣に繋げる」
「分かりました」
空中に浮かぶ多数の魔法陣を眺めながら、この世界の程度の低さに涙が出る。
どうしたら魔法の無い世界から来た私の方が魔法に精通してしまうのか。
魔力が無いので改良にはマイランの手がいるものの、もし私が魔法を使える様になれば神様にでもなれるのではないか?
「しかし良かったのですか?」
「何がだ?」
「この作業を野うさぎ五羽で済ませても、ですよ」
「そんな事か。別に構わんだろ。こんな作業にアホみたいな請求をしても奴らに払えるとは思え――」
── 対価は秤と釣り合ってなければならないのだよ ──
ズキッ、とそこで私の頭に痛みが走る。
私の異変に違和感を覚えたマイランが魔法陣から目を離して私の方に振り向いた。
「皇さん?」
「いや、何でも無い。とにかくこの程度の事に大金を用意させるなど私の沽券に関わる」
「それで満足しているのであれば構いませんが」
マイランは再び作業に集中し始める。
しかし何だ、今の感覚は。
まるで自分がもう一人いた様だった。
忘れてしまった何が私に呼び掛けて来た様な。
いや、それは有り得ん。
私は皇だ。記憶力には自信があるし、そうでなければ『科学の天災』など名乗れんのだからな。
二重人格などは本人の自覚を抜きにして訪れるらしいが、そうであるならば天華か陸人が私の異変に気付いている筈だ。
もし発症したのなら私の『科学』で除去すれば事足りる。問題はない。問題はない筈なのに………。
「………何だこの胸を抉る感情は」
「? どうされましたか?」
私はマイランの疑問に答えを出せなかった。
全ての可能性、病気や精神疾患の類を模索してもこの感情に合う病を検索出来ない。
これは私でも知らない病なのか。もしくは私が意図的に省いてしまっているか。
とても不愉快だ。
治せないのなら消してしまえば良い。それが出来ないのだから心とは実に厄介だ。
「マイラン、お前は先程報酬に見合った労働をしていないと言ったな?」
「そうですね。事実、ここまでの魔法陣の改良で使った時間があれば、野うさぎ五羽程度なら既に狩り終えていておかしくないですから」
「確かにな…」
それが心が訴えて来る原因なのか?
使った時間を考慮すれば確かに見合っていないと言える。
ただ、私はこの時間で更に魔法への造けいが深まった。
知識を得るのに使った時間を労働として換算するのは些か違うだろう。
ならば私の中で叫んだ対価の秤は釣り合っていると認識して間違いない。そう思い込まねば私は、私は………。
「…さん?どうされましたか皇さん?」
「あ…、いや気にするな続けろ」
乱れた水面を整える様に私は大きく呼吸をする。
………うむ、問題はない。
これは私にとって必要な事だ。マイランが行う魔法を観測して科学に魔法を取り込む。
全ては私の『科学』の発展の為に必要なのだよ。