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ステータスを持たない天災たちは異世界を蹂躙するようですよ?  作者: 雪野マサロン
第三章 狙われたエルフたちは藁にも縋る
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48話目 違和感のカウントダウン

 ここ最近の皇さんは多忙を極めていた。

 皇さんの『科学』には魔法の力をもってしても敵わず、痒い所に手が届くどころか患部を直ちに治してしまう力にエルフたちから多数の相談を寄せられる様になっていた。


「うちで育てている植物の調子が悪く、貴重な物なので枯らしたくないのだが………」

「ならば治ったら半分寄越せ。それで手を打ってやる」


 取り敢えず多数とは言ったものの、エルフの人口からすると少ない方で、まだ最初のインパクトが抜けてないからか相談自体は皇さんだけでも普通に捌ける程度だった。


「うちの子が魔法の治療でも効果が無くて………」

「ふむ、どうせウィルスの類いだ。魔法での除去はあまり効果的でないのは証明済みだからな」


 しかし心なしか、皇さんの機嫌が日に日に悪くなっている気がする。

 いつも通りの仏頂面でも、身に纏う雰囲気と言えば良いのか。とても機嫌が良いとは言えなかった。


「全くどいつもこいつも魔法が万能だとでも思っているのか。二言目にはどんな魔法をだの、スキルをだの、誰一人人の脳の持つ可能性を信じていない」

「エルフは昔から魔法一辺倒でしたから」

「これを機に少しは考え方も変わるんじゃないか?」

「そうだと良いがね。熱っ…」


 皇さんは苛立ちを抑えずに紅茶を飲む。

 少しばかり熱かったのか、舌をチョロッと出して熱を冷ます。

 冷やしたマフィンがあるから丁度良いな。

 俺は皇さんの前にマフィンを置くと、一緒のソファに座った。


「これで舌を冷やせば良いぞ」

「では頂こう」

「頂きますぅ」

「「おい」」

「何をしれっといるんですかマルア」


 気が付けば目の前にはマルアさんがいた。

 どうにも俺の作った料理の味が忘れられないらしく、度々姿を現してはご相伴に預かろうとする。

 しかしこのマフィンは加減抜きで作ったマフィンの為、食べられてしまうとそれこそ味に溺れてモルド帝国の城にいた毒味のメイドの様に普通の食事で満足出来なくなる。

 マイランさんもそれを忌避してか、マルアさんがマフィンを取ろうとした手を跳ね除けて皿を回収する。


「ああ、マイラン酷いですぅ。私も食べたいのにぃ」

「ダメに決まっています。これは友人としての忠告ですが、食べたら遠からず死にますよ」

「ふええぇ!?」


 まあ、死ぬだろうな。

 少なくともお菓子の類はもう口に出来なくなる。

 今のマイランさんの実力でさえ、皆からすれば味のランクが許容範囲内でも中の下なのだ。

 それを最高に美味いと言って食べている時点で口にしてはいけない。

 したら最後、俺が子守りをする面子が増えてしまう。

 個人的に要らないので強引に着いて来られない様に牽制し合う事になっている。


「マルアさんにはこっちで」


 俺は『界の裏側』から小皿に入れたクッキーを取り出してマルアさんの前に置く。

 

「わー、ありがとうございますぅ」

「ごめんなさいね。この子欲望に忠実で」

「気にしてませんから」


 マルアさんの後ろにはミネリアさんが立っており、その額から多量の汗を流していた。

 ミネリアさんは武内さんの訓練から小休止で抜けて来たようだ。休みと言うよりも勝手に抜け出したマルアさんを捕獲しに来たが正しい気もするが。


「それよりミネリアさんもどうですか?」


 俺はミネリアさんにもクッキーを渡した。ついでに大量の汗も掻かれているので紅茶も差し出す。


「ありがとう。ホントに不思議よね。これだけ美味しいのに手を抜いてるなんて」


 パキッ、とクッキーを半分咀嚼するミネリアさんは審査の時から何度も食べたにも関わらず感嘆の意を示す。

 俺からすれば不出来な品が世の中に溢れているに過ぎない。

 適切な温度、適切な量、適切なタイミングを見極めればこの程度は誰でも出来る。現にマイランさんはこの領域までのお菓子は作れるようになった。

 後は試行錯誤の問題だ。こうなってくると感覚がものを言うのでマイランさんも見て盗むのは難しいだろう。


「はぁ、貴方たちって化物揃いね。『料理』に『科学』、それに今パルサとルデルフを片手で相手にしている彼女も何者よ?全力でこっちはやってるのに汗一つ掻かないなんて理不尽も良い所だわ」


 ただの『天災』だと言った所で通じるだろうか。

 俺も理不尽とは思っている。神様がいるとしたらどうして俺たちにこんな力をくれたのか。

 魔法もスキルも凌駕する奇跡。

 一度力を使えばそれは『天災』となって人を脅かすだけの脅威となってしまう。

 それはもはや人間ではない。事実彼らは俺たちを化物と呼んだ。


 ただ俺たち同士でその感覚は無い。

 確かに凄い事をしている自覚はあるが、それも所詮人のやる事。『天災』などと誇張表現されていても、人の身で行える事が大自然の起こす『天災』と同じである筈が無い。


「まあ、普通の人間ですよ」

「こんな可笑しな普通の人間いないわよ」


 これは感性の問題だ。

 単に人よりも凄い事が出来る。ただそれだけなんだからな。


「ねー、ここでサボってる二人持ってても良い?」

「「うぇっ!」」

「良いぞ。別に話をしてる訳じゃないしな。でも少しは紅茶でも飲んでゆっくりしろよ」


 武内さんが男エルフたちの扱きを終えて戻って来ていた。

 俺は本当に汗の一つも掻いてない武内さんに紅茶を手渡す。


「マフィンも貰うね」

「どうぞ。好きに食べてくれ」

「わーい」

「い、今の内ですぅ」

「あ、じゃあマルアさんだけ先やっててよ」

「ふぇっ!」


 ビクンッ、と逃げようとしていたマルアさんの身体が自ら跳ね上がる様に玄関から飛んで行った。

 

「逃げたけど良いのか?」

「ああ、あれ殺気を塊にして飛ばしたから必死に逃げてるだけだよ。外見れば分かるけどマルアさんがグルグルとその場を回ってる筈だから」


 外を見れば確かにマルアさんが必死な形相でグルグルと同じ場所を走り回っている。まるで犬が自分の尻尾を追いかけてるようだ。

 ただしそこにほのぼの感は一切無い。先の訓練で地面に横たわっていたパルサとルデルフが踏まれ放題になっている。あっちは流石に助けないとマズイ気がするが。

 チラッ、と武内さんを見ればマフィンを気にせず頬張っていた。

 

「死なないし放って置いて良いよ」

「………私が助けて来るわ」


 ミネリアさんがあれはヤバいと判断して玄関から出て行った。

 確かにここからでもゴキッ、と嫌な音が聞こえたしな。どっちの骨か知らないが可哀想に。


「ふむ、ではそろそろ私も行くとするか。今日はマイランが来い。魔法の関連はサポートがいる」

「分かりました。では師匠行ってきますね」

「気を付けてな」


 皇さんは一連の流れに興味を持たず、紅茶とマフィンを味わい終えると早々に家を後にした。


「うーーん?」

「どうした?」


 皇さんがマイランさんと共に家を出たのを見送ると、武内さんがしっくり来ない顔をして首を傾げていた。

 何かが変だと分かっているのに言葉にして出すのが難しいと、眉を歪める武内さんに俺は自分で作ったマフィンを一口食べる。

 いつも通りの味だ。ほのかな甘みと口当たりのしっとりした感触はいくつも食べられると思わせられる一品に仕上がっていた。


「美味しくなかったか?」


 だから俺は武内さんに尋ねる。


「え?マフィンと紅茶は美味しいよ。ボクが考えてたのは皇ちゃんの方」

「皇さん?」


 慌てて訂正する武内さんに今度は俺も眉をひそめた。

 何故ここで皇さんが出て来るのか。彼女は()()()()()エルフたちの問題を解決しに行っただけだ。

 もちろんタダではなく、それなりの対価を頂いて来ている。

 この前は長老秘蔵の酒を貰って来て「料理酒にでも使え」と渡して来た。多分これを聞いたら長老は泣くな。

 しかしそこが引っ掛かるのか武内さんはマフィンを一口齧りながら自分の考えを吐露して行く。


「皇ちゃんの目がね。なーんか暗く見えたんだよね。昔あんな感じの目になってた時があったと思うんだけどなー。あれ、いつだったかなー?」

「暗い?」


 俺には同じ仏頂面で出掛けた様にしか思えなかったが。もしかして疲れているのか?

 連日と働く皇さんの負担は確かに大きい。

 皇さんの代わりは俺では出来ないし、それは武内さんも同じだ。


 しかしだからと言って無理をしてやる理由は無い。


 魔法や食材は確かに教えて貰ったり手に入れたりしておるものの、そこまで必要な物じゃない。

 魔法に関しては皇さんの思う所があるだろうが、食材に関しては森に入って調達する事くらい俺たちでも出来てしまう。

 エルフたちの作る特有の調味料や加工された食材はもう()()()()()()()()()()()のだから今更森の果実とかを渡されても労働と釣り合っていないのだ。


「それは心配だな」


 今夜辺りにでも皇さんと話をして見るか。

 もしも杞憂ならそれで良い。

 ただ、もしこれが杞憂でないとするならエルフの里を出てでも皇さんを止めないとな。


「皇ちゃんだから自己管理はバッチリだと思うけどねー」

「俺か栄養管理もしてるからそこは問題無いと思うぞ。それよりもワーカホリックか?そっちの方が怖いな」

「そんなに働いて無いと思うけどね」

「一日五時間くらいか?まあその程度なら普通にあるか」


 その密度は桁外れに高いが、皇さんが自身のオーバーワークになる事を進んでやるタイプでない。

 気にし過ぎかと思う反面、武内さんの言う皇さんの暗い顔も気になり不安が拭えなかった。

 今日は皇さんの好物で揃えてみるか。それで少しでもその陰が無くなれば良いんだけどな。


「ところであっちは大変な事になってないか?」


 放って置かれたエルフたち。

 殺気に振り回されているマルアさんに踏まれていたパルサとルデルフ。彼らを助けに行ったミネリアさんがマルアさんと同じ様に殺気に翻弄され、男たちの上で盛大なタップダンスを踊っていた。

 事情を知らない者が見れば気絶した男たちに容赦なく暴行を加える女たちの図。完全に事案である。


「あーあ、あれでも弱めに放ったのになー」

「強いとどうなるんだ?」

「気の弱い人なら発狂するよ。感覚的には死神に追いかけられ続けてる気分だね」

「………早く止めてやれよ」

パ&ル 「「アバババ」」

マルア 「来ないで下さぁいっ!!(ベキグシャベキ)」

ミネリア「もうマルアそこから退き、きゃあああっ、何よこれぇえええっ!!?(ベキベキベキグシャ)」

パ&ル 「「アバババババ」」


憐れな男たちに合掌

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