閑話 近寄る黒い悪魔たち
色々注意をお願い致します。
若干のショタ、BL、グロ表現によるアレな感じになってますので「あー、悪魔たちが暴れたんだなー」って解釈でスキップ可です。
たった一言。
たった一言だけでそいつらを表すとしたら。
―― 悪魔 ――
そう形容するしかないだろう。
俺たちはそんな悪魔たちと対峙するまでごく普通に生活をして来たごく普通の農民だ。
朝になれば畑を耕し、昼になれば猟をして肉を得る。夜には家で家族と共に食事をして僅かな幸せに浸る普通の人間だ。
俺たちは貧しく、その日の食事も腹一杯に食えない。酒が飲めるのも何かの祭りや祝いの席でのみ。
それでも俺たちは幸せに暮らしていた。
妻に愛され、息子に愛され、親友に愛され、村に愛され、そして俺もその愛に応えて愛で返した。
妻は生活が苦しくても一緒に支え合っていた。
息子は生活が苦しくても無垢に笑っていてくれた。
それなのに…。それなのに奴らはその全てをぶち壊しにしやがった。
「良い男がいないわね」
「しょうがないよ。単に目に付いたから立ち寄っただけの村だし」
目に付いたから立ち寄っただけ?
そんな理由でここはこんな惨状にされたのか?
「こっちも外れですぞ。ケモ耳のいない村では拙者に価値は無いですな」
価値が無い?
お前たちに価値が無くともこっちにはあったんだ。それもかけがえのない大切なものだったのに。
「某もでござる。ここの村の者は育ち過ぎてて守備範囲から外れていたのでござるよ」
「てめぇは相変わらずのロリコンだな」
「そっちは立派な巨乳マニアでござるよ。鈴木殿も当たり無しでござるな」
「ああ、貧相なのしかいねぇ。奴隷にしても一秒で捨てるぜ」
捨てるだと?
だったらほっといてくれて良かったじゃないか。
「そっちはどうだ山崎」
っ!!?
山崎と呼ばれた悪魔が片手に引き摺っていたのは………………俺の息子だった。
「やっぱり陸斗きゅんじゃないとダメだ。俺の心は今、陸斗きゅんの事で頭が一杯なんだよ」
「………その割には随分と楽しんだじゃねぇか」
俺の息子は半死半生。瞳には生気の欠片も無く、身体中の至る所が刃物による裂傷と炎による火傷を負っていた。
元々ボロかった衣服は全て剥ぎ取られ、強引に何かを押し入れられた事でアソコが裂けてしまい足を伝って血が地面に点々と流れている。
それだけに飽き足らず息子の右腕は肩から一本無くなっており、その出血も無理矢理焼き塞いだ痕が惨たらしく残っていた。
「あ、ああ…、リオォォオオオオオオーーーーーーーッ!!!」
俺はあまりの惨状に叫ぶ。
「ん?この椅子結構五月蠅いでひゅな」
「まだ元気じゃねぇか。田中お前手加減したのかよ」
「あんまりに弱いので片手間でやってたでひゅから加減を間違えたようですな」
「某たちが本気を出すと肉片も残るか怪しいしでござるからな」
「それもそうか」
あははははは、と爆笑する悪魔たちに俺は涙を流す事しか出来なかった。
この悪魔たちが村を訪れた時、最初の犠牲となった親友を皮切りに俺たちは必死になって戦った。
だが、こいつらの異常な強さになす術もなく敗北した。
剣は振っても打ち合いもさせてもらえず斬られ、矢を放っても飛んで来る虫をあしらう様に弾かれる。
一人に多人数で掛かっても霞を相手にしている様で手ごたえも無く、逆にこちらがやられてしまう。
何をされてるかも分からない。だからせめて妻や息子が逃げる時間を稼いでいたのに、それさえも無駄に終わってしまった。
「う、ううっ…リオ、リオ……」
すまない俺は何も守れなかった。
息子への詫びの言葉も出せず嗚咽を漏らす。
「ひょっとしてこの息子のお父さんか」
「あー、だからいきなり騒いだんでひゅね」
もはや用済みとばかりに地面に放り出されるリオに手を伸ばそうと必死に足掻くも、その手は虚しく空を切る。
そんな俺を嘲笑う様に茶色の髪の悪魔が俺に近寄った。
「オッサン。ゲームしようぜ」
「………ゲーム、だと?」
この期に及んで何を言っている?早くこの村から出てってくれ。
そんな俺の願いを知ってか知らずか茶色の悪魔は一つの提案を出した。
「あんたがその横綱級に重い田中を背中に載っけたまま腕立てをして、そうだな…、十回。十回腕立てが出来たら息子を解放してやるよ」
「なっ!」
何とも厳しい提案だ。しかし出来なくはない。
「鈴木氏酷いですぞ。拙者はまだ小結級だと自覚しているのでひゅから」
「十分重いだろ。で、どうすんだオッサン。やるのか?やらないのか?」
「やるに決まってるだろ!」
それだけでリオが助かる。
これがこの男よりも重い奴が乗っていた所で俺は意地でもやり遂げるだろう。
「じゃあスタートだ。ほら、上がれよ」
「ぐっ、うぅ」
なんて重いんだ。
何より先の戦闘で俺の身体は十分酷使されている。そんな状況下でのこの腕立ては辛い。
零れる血液が鏡の如く俺の顔を映し出す。
ドロドロに汚れて酷い様だ。目を閉じて眠ればこれは全部夢だったんじゃないかと思える程に最悪だ。
でも今はそんな泣き言を言っている場合ではない。
「では、いーーち、でござる」
曲げる。
この動作一つが堪らなく辛い。
メキメキと僅か一回腕を曲げただけなのに悲鳴を上げている。
しかし俺はそれでもやらないといけない。
「はい、にーーー、でひゅよ」
持ち上げてすぐに下す。
休みなくやらされる腕立てに俺の額からは血だけじゃなく大量の汗まで噴き出して来る。
「さーーん。ほれ息子が期待してるぞ」
なんて酷い煽り方だ。
これで諦めるなんて出来やしない。
そもそも俺に諦めるなんて選択は残されていない。
一刻でも早く息子を助けたい。その一心で俺は重いのも痛いのも無視して腕立てを続ける。
「結構頑張るねおじさん。よーーん」
なんて奴らだ。
ゲーム。奴らはゲームと言った。
だから奴らが遊び半分でしかないのは明白だ。
だけどこれはあんまりだ。
「こっちまで暑くなるよ。ごーー」
奴らが遊び半分でもこっちは命懸け。
それも自分の息子が今まさに死に掛けている時にこんなくだらない事をやらせる所業。
悪魔としか言えないじゃないか!!
「ろーーく。良い顔だ。俺としてはちょっと年を過ぎてるが、その顔もそそられる」
「ストライクゾーン広過ぎだろ」
暑い。そして熱い。
焼かれた家屋の熱気が俺を襲う。
皆で作った理想の家。その全てを壊され、禄に残った建物は一つも無い。
ちくしょう、ちくしょう…。
「なーーな。粘るなオッサン」
「凄いでひゅね。拙者でここまで粘った人はいないでひゅよ」
「確かにそうでござるな」
こいつらにとってこのゲームをするのは一度や二度じゃない。
それだけ村が襲われている事実に憤りと絶望を覚える。
「はーーち、でひゅよ」
目から血が流れる。
これは額から垂れたものが目の付近から零れたのか、それとも怒りのあまり力み過ぎた事で本当に目から血が出たのか。
どっちでも良いがこの悪夢よ早く終われ。
「きゅーーう。あとちょっとだよ」
くっそ、くっそ、くっそっ!!
「じゅーーう。おお、スゲーな。このゲームの初めてのクリアー者だぜ」
「はぁ、はぁ、はぁ……。なら、早く、息子を、……ぐっ、助けろ………」
終わった。
永遠にも似た時間を俺はやり遂げた。
これで息子は救われる。
そんな淡い期待は悪魔の声が砕きに掛かる。
「助ける?何言ってんだ?解放してやるって言っただろうが。この苦しみからな」
…………………は?
それはどう言う意味だと言う前に茶色の男が剣に手を掛ける。
「そんじゃ、お疲れー」
「やめっ」
ザン、その無慈悲な一撃が息子の首を断った。
「お、レベルアップしたぜ。長かったなー」
「おお、おめ。でござるよ」
「草生えるでひゅ」
「良かったね。今度は私がそろそろ上がらないかな」
「まだじゃない?前上がったばっかだし」
そんな……。
こんなの、あんまりじゃないか……。
「あああああああああああああああああああああああああっ!!!」
耐えた。俺は耐えたんだ。
なのにこいつらは約束を反故にしやがった!!
叫びを上げる俺に茶髪の悪魔は今気付いた様に俺を見た。
「オッサン、何か勘違いしてね?」
「何がだ!!お前が言ったんだぞ!!ゲームをクリアーすればリオは助けると!!!」
絶叫に近い俺の叫びにうんうん、と頷く茶髪の悪魔はじっくり一言一句聞き終えるとあっさり告げた。
「それ勘違いだからな」
勘違いだと!?
「俺はちゃんと解放してやるって言ったんだ。別に助けてやるとは言ってないぜ」
「そ、そんなのは屁理屈だろうが!!」
血と涙に濡れる顔を振って睨み付けるも涼しい顔で笑われる。
「痛みからはちゃんと解放したぜ?それにオッサンがクリアー出来なかったら息子の足から順番に刻んでやってたんだ。息子とオッサンの顔を向かい合わせてな」
ククク、と笑う悪魔は何が楽しいのかニヤケ面を止めようとはしない。
「これやると大抵の奴はもう殺してくれと懇願するんだぜ?オッサンはこれをしなくて済んだんだからクリアーした意味はちゃんとあったろ」
「この、悪魔め……」
悪魔だ。同じ人間なのも疑う悪魔だ。
「運が無いのを恨めよオッサン。ここがアビガラス王国なら俺たちは何もしなかったぜ?」
アビガラス王国。悪評ばかり聞くあの国か。
そんな国の者が、こんな辺境まで来るなんて不幸としか言えない。
村人は殆ど死んだ。
こいつらの手によって逃げれて者もいるかも知れないが大抵の者は死んだだろう。
人を人とも思わない奴らに一体どんな目に遭わされて死んだのか。想像さえもしたくない。
しかしだ。
しかしどうしても俺にはこいつらに聞かなければならない。
息子と一緒にいた妻はどうしたんだ?
もしかしたら逃げている最中に息子と離れ離れになってしまったかも知れない。
僅か過ぎる希望的考え。
それでも今の俺にはそれにすがる事しか出来なかった。
「お前、俺の妻は、ミリュエルはどうした……」
せめて妻だけでも生きていて欲しい。
そんな淡い期待を込めながら息子を最悪な目に遭わせた男に聞いた。
「何の事だ?」
疑問を浮かべる男に俺は再度答えを求める。
「ミリュエルは!息子と一緒にいた妻はどうしたと聞いているんだ!!」
そのまま知らないでいて欲しい。
息子は妻とうっかり離れてしまい、一人でいる所を見付かった。そうであって欲しかった。
「ああ、あの女か」
そんな俺の淡い期待は弾けて消えた。
「息子を必死に庇ってたから背中から一撃で斬り殺したさ。俺は女に興味が無いんだよ」
「─────────────っ」
目の前が今度こそ真っ白になる。
俺は一夜にして何もかもを失った。
息子を凌辱され嬲り殺され。
妻をばっさり斬り殺され。
親友は出会い頭に邪魔だと殺され。
村人の殆どをこいつらに殺された。
逃げられた者はいるのだろうか。一人でも多く逃げていて欲しいが、それも叶わない望みだろう。
そして俺も今から死ぬ。
それでも最後に俺はこいつらにこの胸の内で暴れる恨み辛みをぶちまけたかった。
「死ねっ!この悪魔ども!!笑いながら人の事を弄びやがって!!何が立ち寄っただけだ!何が価値が無いだ!ふざけるな!!お前たちに価値が無くても俺たちにはあったんだ!!それを全部ぶち壊しにしやがって!!死ねよ悪魔どもがっ!!!」
俺の怨嗟の声もまともに届いてはいない。
どいつもこいつも笑ってやがる。負け犬の遠吠えだと蔑む声ばかり浴びせられる。
だけど俺は信じている。誰かこの恨みを必ず晴らしてくれると。
神よこいつらに災いを与えたまえ。
神よこいつらに天罰を下したまえ。
「あーー、最後に面白かったから一撃で殺してやるよ。良かったな楽に死ねてよ」
「それなら拙者がやるでひゅよ。そろそろ拙者もレベルアップするですしな」
俺の上に載っている太った悪魔がやたらと柄のカラフルな短刀を一本取り出した。
「オッサンがどんだけ俺たちを恨んだ所でどうにもならねぇ。俺たちは最強だ。誰も俺たちを止められねぇよ」
茶髪の悪魔がどれだけ強いかなど身をもって知っている。
それでもこの世界に必ずお前たちは罰する奴は現れる。
死ぬのはお前らもだ。その時は絶対に地獄まで引きずり込んで呪い続けてやる。
「じゃあ、オッサンもお疲れー」
振り下ろされた短刀が俺の首に突き刺さるその時まで、俺はこいつらを恨み続ける事を止めなかった。
これを書いて見て復讐ものは自分には無理だなーって実感しました。
悪魔にしては生温い感じに仕上がった気もしますがいかがでしょうか。