46話目 対価はタダではいけない
冷めた紅茶を口に含む彼らに味は感じられないだろう。それだけ重い空気が流れていた。
しかしこの中で一人、まるで理解出来ないとばかりに首を傾げている者がいた。
「おい陸斗。何でこいつらは沈んでいるんだ?」
皇さんである。その空気の読めなささはパネェっす。
「簡単に言えば情で何とかマイランさんを引き留めようとして失敗したから落ち込んでるって所か」
「ふむ、その程度で落ち込めるのか。実につまらん奴らだな」
「つまらないだと!?」
パルサが激昂して立ち上がったが皇さんは気にも留めずに紅茶のおかわりをカップに注ぐ。
目の前で発せられる怒気をまるでそよ風の様に流しながら皇さんは紅茶を一口含んだ。
「お前たちの視野の狭さには呆れを通り越して感心してしまったよ。何故マイランを説得する?」
「そんなのマイラン以外に頼れる人がいないからよ…」
「だからその前提が間違っていると言ってるのだ寸胴よ」
「………今物凄くバカにされた気がするわ」
歯に衣着せぬ暴言を垂れ流す皇さんは止まらない。
「ヒントを態々拾いやすい形でマイランが転がしていたのに何故気付かない?四人とも頭は飾りかね?今なら幸運の壺売りますと言っても騙せる気がするな」
「え、そんなんあんの?」
「……おい、マイラン。このチャラ男の頭にはトコロテンでも詰まっているのか?」
「ルデルフですから否定が出来ません」
「否定してくれよ!」
俺もそれは否定出来なかった。
彼らは気付けていない。視野が狭まってしまう程に追い詰められていたのもあるが、これは少し視点を変えるだけで良い。これはそう言った話だ。
もっとも俺は皇さんに言われて始めて気付いたのだけど。
これは落ち込む事では無かった。何せ鍵を握っていたのはマイランさんじゃなかったのだから。
「いい加減気付きたまえ。マイランはいる必要もない里にいる理由をな」
「里にいる理由ぅ?」
「君には無理だろう。乳に栄養が行き過ぎている」
「「確かに」」
「ミネリアもマイランも酷くないかなぁ?!」
たゆん、と動くマルアさんが嘆くも同意する者の方が多かった。
可哀想な子となったマルアさんを無視し、皇さんは尚もヒントをばら蒔く。
「同族としての情では動かない。理由はどうあれ故郷にさえも思い入れの無いマイランでは無理な話だ」
マイランさんはこう言っている。対価を払えと。
その対価を誰に払うかで全ての物事は変わるのだから、それに気付ければ何も悩む必要は無い。
「友人の情でも動かない。弱いのが悪いとは当たり前であるがその通りだ。鍛錬を怠ったお前たちが悪い」
第一にマイランさんは明言もしている。
私は師匠に着いて行くと。つまりはそう言う事なのだ。
「情で無理なら必要なのは対価だが、そこは支払う窓口について考えを回してみたまえ。お前たちは支払うべき窓口を間違えている」
「支払う窓口?」
そこで、はっ、と気付いたのかパルサは俺を見る。
マイランさんはあくまでも着いて行く身。そんな彼女に俺たちを止める事は難しく、エルフの里を今日出ると言えば友人たちを見捨ててでも着いて来る。
掛け金をどれだけ上乗せされた所でマイランさんには頷けるものでは無かったのだ。
しかしそれもマイランさんの師匠である俺を足止め出来れば話は別だ。それが皇さんの言う支払う窓口の間違いだ。
「ただその対価も難しいぞ?陸斗に払っても構わんし私に払っても構わん。ただどちらが安いか賢明に吟味したまえ」
骨の髄までしゃぶらんと目を光らせる皇さんは捕食者の獰猛さを見せる。
対して俺は欲らしき欲を見せず、その瞳の輝きは草食獣のそれ。自分で言っててどうかと思うが自分でも思ってしまうのだから仕方ない。
どちらが賢い選択かなどエルフたちは直ぐに気付いた。
「よし、やっぱりここはマルアを進呈して」
「要らないと何度も言ってるだろうが」
「なん、だと………?巨乳だぞ。これだけの巨乳のエルフ、略してキョルフは滅多にいないんだぞ?」
「なんだよその造語」
ありなのかよ。それに俺は別にエルフは要らないと再三に渡って言っている。
驚愕するパルサを余所に俺の反応と周りにいる者たち、マイランさん、皇さん、レンを見たルデルフが分かった様な顔になってミネリアさんの肩に手を置いた。
「ならこっちか?最初は同志かと思ったがどう見てもお前は貧乳派だったよな。わりぃわりぃ、ミネリアの方はちゃんと貧にゅ、ベバッ!!」
「死ね。このチャラ男」
ルデルフのあごを躊躇なく穿ったミネリアさんの右拳は世界を狙える拳だった。
「ルデルフ君ダメだよぉ、女の子はその手の話題に敏感なんだからぁ」
「「お前が言うな」」
「ふぇぇええっ!?」
ゆさゆさと弾ませるだけの果実を持つマルアさんに貧乳たちが捥いでやろうかと何かを掴む動作をしていた。この二人完全に刈り取る気である。
「どうでも良いが早くしたまえ。陸斗も陸斗だ。貰えるものは貰ってしまえ」
「そうしたら俺の負担が増すだけなんだが」
人が増えるに比例して料理をする量が増えるのは自明の理。
それにこれは元々奴隷にならない為の話し合いだろ。何で俺の元ならオッケーになるんだよ。
「なら何か欲しい物はないのか?」
「欲しい物か…」
ズバリ聞いて来るパルサに俺は悩む。
ぶっちゃけない。調理器具の類は皇さんに作ってもらった物があるし、食材も調味料も自分で探す。
人も間に合っている。護衛にはノドカがいるし、武内さんも何だかんだで着いて来る。レンは癒しを与えてくれるし、マイランさんが家事が万能。皇さんが大抵の困った事は処理してしまうから他に人が増える必要が無い。
そう考えると自分がつくづく無欲なんだと思わさせられる。あれ?俺交渉の相手に向いてないんじゃないか?
「ないな。交渉するならこっちにしてくれ」
「……気付いた時には全て毟り取られてそうな奴相手にか?」
その気持ちは分かるが基本俺は流されてるだけだからな。皇さんたちが里を出ると言えば気にせず出てくだろうし。
「安心したまえ。その長い耳くらいは残してやる」
「他はどうなるんだ!?」
「ちょっと、本当にどうするのよ」
「パルサお前の骨は拾ってやるからな」
「俺を犠牲にする気か!?」
きっと跡形も無くなるだろうな。
間違いなく全てを毟り取られる。そう思えばやってる事が黒い悪魔と大差無かった。
悩むエルフたちはどうするべきか話し合っていると、武内さんとノドカが姿を現した。
「あー、お腹空いたー。陸人くん何か作っ、ん?」
「主、私にもお願い出来ま、……エルフが何故?」
訝しむ二人は揃って首を傾げ、目の前の来訪者に目を白黒させる。
「何でエルフとエロフがいるの?」
「ちょっと私だけ区別しないで下さいよぉ」
エロフな胸を保有するマルアを見て区別する武内さんは、来訪者に少し戸惑ってからテーブルに置いてあるドーナッツに向かった。
「あ、作ってくれてたんだ。………これ陸人くんが作ったのじゃないね。作ったのそこのエルフ?」
「よく分かったな」
「大分未熟だって分かるのは陸人くんの料理で鍛えられてるからね」
「天華の場合は食い意地が張っているとも言うがな」
「ちょっと皇ちゃん酷くない?」
心外だと言いたげな武内さんだが見ただけで分かるのは相当だぞ。
「ボクは陸人くんとマイランさんの料理が一緒に出されたら分からないよ?でもこれ明らかに失敗作だよね」
「ぐっ…」
渾身の作品を失敗作扱いされて凹むパルサは地味にショックを受けていた。
俺も自信満々に作った物をあれだけ虚仮にされれば凹むな。
ただパルサも先の勝負で自分の料理の未熟さを知ったからか反論は特に無かった。
「で、この状況は何なの?」
「マイランの友人エルフたちの勘違いした後に、助けてくれと懇願しに来ただけに過ぎんよ」
「ふーん。助けるくらい良いんじゃない?」
興味なさ気でありながら武内さんはエルフの頼みをあっさりと了承する。
「だってボクたちしばらくここにいるし。いる間くらいなら助けても良いけどね」
「ホントか!」
喜んでいるパルサだが、俺からすればこれは明らかに罠だぞ?
しかも天然で純粋に言っているからそこに悪意がまるで無い。
タダより高い物は無いのだ。それを彼らは実感する事になるのだろう。
「で、何を助けて欲しいの?」
事情をまるで知らない武内さんが内容を確認する。
「俺たちの里を守る手伝いをして欲しい」
「んー、良いよ。協力して上げる」
かなり気軽に承諾するが本当に大丈夫だろうか。嫌な予感しかしない。
「じゃあ、今からやろっか」
「「「「え?」」」」
呆ける彼らに拳を握る武内さんはさも当然の様に言い切った。
「里を守る手伝いだよね?なら自分たちが強くならないと」
やっぱりタダより高い物は無かった。
犠牲にしたのは肉体と精神。これより始まる武内式強制組手が彼らを襲うのだ。合掌。
今回は俺じゃなくてホッとしたぞ。
「じゃあ行こっか。まずは軽い乱取りからだね」
「では外に出なさい」
「お連れしましょう」
「え、あの?」
「ふぇえ?」
「お、おいまだやるなんて」
「あ、俺腹痛いから休むわ」
「やだなー、全員強制参加だよー」
残像を残して動くのが軽いで済むのが武内さんだ。きっと彼らは文字通り身動き一つ取れなくなるな。
マイランさんとノドカの手により強制的に外へと放り出され、ルンルン気分で武内さんは後に続いた。
「あ、陸斗くん。直ぐに終わると思うからオヤツよろしくねー」
「はいはい。手加減してやれよ」
「気が向いたらね」
バタンと閉じられた外の扉は地獄の門だ。彼らの事は忘れない。
『『『『ぎゃぁぁあああああああああああああああああああっ!!!』』』』
『まだジャブだよー』
再度合掌。耳は残っているといいな。
マルア「よーし、このまま活躍してメインヒロインの座をゲットですよぉ!」
作者 「出来ると思っているんですか?」
マルア「私はマイランとノドカさんを足して割ったキャラですから昇格間違いないですぅ」
作者 「どこが?」
マルア「エルフでオッパイ持ってますからぁ」
作者 「それ逆に要らないんですけど」
マルア「必要ですぅ。全てのヒロインを押さえて私が活躍しまくりますよぉ!」
作者 「なら奴隷にして売って良いですか?」
マルア「………ごめんなさい。調子に乗りましたぁ」
こんな感じで頭の中で葛藤がありました。