45話目 敗北と冷めた紅茶
自分が思ってたより長く書いてる事にびっくりしてます。
評価やブックマークもこんなに頂けるしPVも伸びている現実に嬉しく思います。
それでは夜食にどうぞ。^^) _旦~~
三対ゼロで圧勝。
しかも相手のエルフたちが審査したにも関わらず、完全勝利となった。
正直に言えば予想通りだ。
何せ先のエルフも言ってた通り、油を使った菓子は腹に溜まる。その考慮もなく出したのだからパルサの敗北は目に見えていた。
「本当に美味しいよぉ」
「ちょっと私の分も残しなさいよ」
「俺の分もだぜ。って、おいおいマルア取り過ぎだろそれ」
一つの皿に載るパンケーキを取り合う三人にまだ自信を喪失させているパルサ。
涙を流さんばかりにパンケーキを頬張るアルマさんと自分の取り分に対して抗議する二人はパルサをそっちのけである。本当に良いのか?
パンケーキを食べられている間にもドーナッツは減って行かない。
勝負の結果は歴然と言えた。
「…ご主人様」
「ん、どうした?」
食べ終わったレンが空になった皿を台所に持って行ってから俺を見上げて来る。
「…どうしてマイランの味まで落としたの?」
「バレてたか」
「「「え?」」」
驚愕の思いを浮かべる三人。
無理もないか。加減してこの味に仕上がっているのだから。
「え?じゃあこれは本気で作ってないの!?」
「それよりもマイランもこの味が出せんのかよ!?」
「ふえぇ、これよりも美味しくなるのぉ!?」
俺が本気を出せば俺が作ったパンケーキ以外食えなくなる。
それを考慮してマイランさんと作った日々から、この程度までなら普通の人でも虜にならない加減を覚えた。
レンが食べる分は俺の味に仕上げても良かったが生地が同じだと万が一があっては困る。
だからレンが食べた分と四人のエルフが食べた味は同じに仕上がってる。
そこに感嘆としたのは皇さんだった。
「ほう、そこまで出来る様になったか。完全な物を作らなくとも虜になる可能性があったのではないか?」
「まあな。でも上手く行くとは思ってたぞ?マイランさんと同じ味にしたからな」
「見事ですね。模倣まで完璧にやられるとは思いませんでした」
「伊達に料理してないからな」
どれだけ調理を外せば良いか理解すれば他の料理に反映させるのは難しくない。
狙う場所さえ意識出来れば偶然呪いを解いた時と同じ様に料理にその意思を反映させられる。
皿は俺の手のひらの上と同じだ。
匙加減はその文字通り分かっていて当然だった。
「………手加減、したのか」
「そうしないと色々厄介だからな」
エルフはマイランさんだけで十分です。
ここで三人に四人にと増えられても俺のキャパシティーを超えるだけで辛いだけだ。
「俺は一人で勝手に盛り上がっていただけか。子供がはしゃいでいたのを微笑ましい目で眺められてただけなのか」
自らを貶める言い方をするパルサに俺は何かを言う資格はない。
だが、それでも俺は出された品を評価したい。
確かにお題から外れ、出て来た品も俺が作ったマイランさんの味には及ばない。
しかし―――
「昔のマイランさんもこんな感じだったね」
―――昔、俺の教えを受ける前のマイランさんの出したクッキーもこれくらいの味だった。
パルサの作ったドーナッツを手に取り、一口食べて確信する。
悪くはないのだ。
修正点はそれなりにあれどアビガラス王国やモルド帝国の王族が食べる料理の味を超えている。
それだけは誇って良い。
「私はこの程度ではありませんでした」
「俺からすれば似たり寄ったりだよ」
「むぅ、確かにその通りですが」
少し不満げなマイランさんだが実際あの時の拙さを考えれば同じくらいだと言えた。
ドーナッツも使う油から生地の練り方に至るまで調整を上手くすれば更に良い品になっていた。
だから向上心さえあればもっと美味い物が作れる。それだけの力を感じた。
「だから今より美味い物が作れるだろ」
「褒められた気がしないな。お前はどれだけの高みにいるんだ?」
多少立ち直ったパルサが俺の技量を聞いて来る。
どれだけ高みにいるのか?そんなものは決まってる。
「もちろん頂点だ。これでも『天災』だからな」
自慢ではなく事実。国さえも滅ぼせる力を持っているのは確かだからな。
「………はっ、敵わないわけだ」
これで納得したのかパルサはこれ以上突っ掛かって来る事は無かった。
「じゃあマルアをお前に…」
「いりません。無かった事にして下さい」
「えぇぇ!貰って下さいよぉ」
「マルアはどれだけ食い意地張ってるのよ」
「気持ちは分からんでも無いがな」
どう見ても世話の掛かる子供が増えるだけであった。
俺にこれ以上エルフも巨乳もいらない。なのに食い下がって来るのは他でもないマルアさんだった。
「私お買い得ですよぉ?マイランには無いもの持ってますし」
「今から切り落とすので、そこに立っていなさい」
「止めなさい」
黒い大剣を担ぎ始めるマイランさんを宥める。
「とにかくいらないから。マジで」
「嫌です。差し上げますぅ」
「あ、ついでに俺も」
「なら私も」
「………今日は珍しいエルフの刺身が食べられそうですよ師匠」
「だから大剣はダメ…って、食うの!?」
「私は要らんぞ。生臭そうだ」
俺も要らん。
ただこのままだとエルフたちをみじん切りにでもしてしまいそうで危うい。
本当に友人なのか疑う行動に出ようとするマイランさんを押し留めるのに、この後かなりの時間を要した。
「先程は失礼しました」
「もう気にしなくて良いよ。で、いつまで居座ってるんだよあんたら」
もう敬語も使う気にならない。
まるで我が家の様に寛ぐ様は図々しいにも程がある。
最初はマイランさんをどうにかしようとしていたが、その必要性も無いと分かってから武装も外して客として居座る姿は図々しい以外無いだろう。
当初の目的からかなりズレた行動をする四人はソファに座って待っていた。
「おいおいもう終わった事だろ?目くじら立ててると可愛くないぜ」
「男に可愛さを求めるな。そもそも俺は帰れと言ってる筈だが?」
チャラ男エルフが我が物顔で足を組んでマイランさんが紅茶を入れ終わるのを待っている。
「取り合えず私たちがここにいる状況をマイランに伝えたいのよ。伝えたらちゃんと出て行くから」
「そう言う事でしたら。えっと…」
三つ編みのエルフの名前を言おうとして自己紹介もまだだったと気付く。
向こうもそれに気付いたのか俺の困った様子に微笑みながら自己紹介を始める。
「ミネリアよ。ミネリア・ウーナ。あっちのチャラいのはルデルフ・ボーンで、貴方に負けたのがパルサ・ルーデン。そして頭の緩いのはエロフよ」
「ミネリア?!私にはマルア・サイレーンって名前がありますよぅ」
「だってマルアだし。エロフで良いじゃない」
「そうそう。顔より乳に視線の行くアルマならエロフって紹介がピッタリだろ」
「お前らが漫才をしていると話が進まない。俺が仕切るから黙っていてくれ」
「「「一番最初に話を停滞させた元凶じゃん(よね)?」」」
「ぐはっ!」
すっかりしおらしくなったパルサに追い打ちを掛ける三人に俺は頭が痛くなる。
「どっちにしろ話が進んでないんだが?」
対面のソファに座る俺たちだが、もう付き合わなくても良い様に思えた。
彼らがマイランさんの知り合いであっても話を聞くだけのメリットが無い。
ミネリアさんがここにいる状況とやらが気になって待っているものの、コントを度々見させられて話がまるで進まないのだ。
「相変わらずふざけてますね。師匠採点を」
「ああ」
コトッ、と置かれたカップを手に取り口に含む。
香り良し、味良し、ただこれは……。
「マイランさんも何だかんだで旧友に会えて嬉しいみたいだな」
「っな、そんな事は…」
「何時もより香りが強くて雑味もある。大分乱れてるよ」
「うぅ…」
浮かれた事で心が表に出ている。
だけど俺はこの味が好きだった。
「マイランさんの嬉しいって、気持ちが伝わって来て良いと思うけどな」
「それ以上言わないで下さい」
顔を赤くするマイランさんは新鮮でもっと言ってあげたくなるが、俺よりも先に彼らの方が反応した。
「へー、マイランが俺たちと会って嬉しいって思ったんだなー」
「マイランって堅物だから気持ちが読めないもんね」
「ふえぇ、とっても意外だよねぇ」
「そうか。マイランも再開を喜んでくれるか」
私の大剣が輝き唸る!
そんな構えで大剣を持ち上げ始めるマイランさんを手で制する。
「照れなくても良いだろ。嬉しいならさ」
「し、師匠まで…」
ぐぐっと我慢してマイランさんは大剣を下ろす。
取り敢えずこれは危ないので『界の裏側』に没収する。
これで話し合いの場が整った。
ここに行き着くまでに無駄な事をかなりしていた気がするが落ち着けたのならそれで良い。
マイランさんは彼らにカップをそれぞれ配るとソファに座り向かい合った。
「それで私に話があるのでしょう?さっさと話して下さい」
「そう焦らないでよマイラン。とにかくエルフにとってヤバい状況なんだから」
ヤバい状況。それが黒い悪魔の事であるのはよく分かる。
ただその話は既に長老から聞いている。黒い悪魔によってエルフだけでなく他の種族も襲われているのを。
だからこそ俺は彼らの言いたい事が予想出来た。
「マイラン、単刀直入に言う。里に戻って来てくれないか」
「私たちじゃ黒い悪魔に対抗出来るかも怪しいのよ」
彼らは強力な人材、それも黒い悪魔に対抗出来るだけの力を持った助っ人が欲しい。それが彼らの願いだった。
マイランさんは何も言わず静かに彼らの言葉に耳を傾ける。
「俺たちは黒い悪魔がどんな奴らか知ってんだよ。遠くからだが俺たちの里が襲われたのを目撃したんだわ」
「あの悪魔たち私たちの里を適当に暴れるだけ暴れて目ぼしいエルフを手に入れたら去ってたのぉ」
「そして生き残った者たちでこの里まで来た。俺たちだけじゃあいつらに対抗出来ない。けどマイランなら」
その瞳に恐怖を映し込んだ彼らの懇願。
「お断りします」
そんな彼らの願いをマイランさんは一刀両断に切り捨てた。頼みなど聞く価値さえないと言わんばかりの無表情で。
「な、なんでだマイラン?俺たちが奴隷になっても良いのか?」
「奴隷になるのは弱いからです。諦めなさい」
「それが友達に言う事なの!?」
ミネリアさんが立ち上がって悲鳴にも似た声を上げる。
「なら聞きますが黒い悪魔とやらは何時来るので?明日ですか?明後日ですか?それとも一週間後?一月後?もしかしたら十年後になるかも知れませんね」
胸元をゴソゴソと漁るマイランさんは一枚のカードを取り出した。
それは冒険者ギルドで貰えるギルドカード。そこにはランクSの表記。冒険者の中でも一握りの最強の存在だと記された証。
「私を里の防衛に雇えば三日もあればこの里の財源は消えます。それを友達だから?私がいない間に随分と温い考えをするようになりましたねミネリア」
「うっ…」
まるで教師が聞き分けのない生徒に説教をするかの如く口調でマイランさんは友達を叱る。
気押されたミネリアさんが見えない力で押された様にソファに戻った。
「それに私は師匠に着いて行く身。仮に友達だからと無償で引き受けたとして師匠がいなければこの里に滞在する価値は、私にはありません」
「確かにここは故郷じゃないが」
「故郷だったとしても同じ、いや、故郷であれば尚更居続ける価値がここよりもありません」
「マイラン…」
マルアさんが悲しそうに名前を呼ぶも、マイランさんの心に響きはしなかった。
「対価を払えないのならば帰りなさい。紅茶くらいはサービスしますが」
彼らの為に用意された紅茶は僅かな時間であったが冷めてしまっていた。
この冷めた紅茶がまるで彼らの関係は元に戻る事は無いと告げているようであった。