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ステータスを持たない天災たちは異世界を蹂躙するようですよ?  作者: 雪野マサロン
第三章 狙われたエルフたちは藁にも縋る
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44話目 ドーナッツとパンケーキ

 まだあるんかい。俺としてはもう関わる気が無かったんだが。


「そこのお前!」


 ビシッ、指を差されたのは俺だった。

 何の用だ?もういい加減にして欲しいんだが。


「マ、マイランとはどう言う関係だ?」


 ちょっと声が上擦ったのは聞きたくない現実と戦う心構えが出来ていないからか。

 ただそんな心構えは必要無い。なんせ何も無いしな。

 俺は変な誤解を解こうとして、またも俺は制される。今度はマイランさんによって。


「貴方には関係無い事ですよ」


 するっ、と何故か後ろから俺の首に両腕を回す。

 これどう見ても恋人みたいなスタンスになってるだろ。

 

「なっ、ななっ!」


 ほら動揺してるし。

 他の三人はもうマイランさんがしたい事を理解しているのか動揺なんて無い。

 可哀想みたいな視線を俺に注いで来るのだから間違いないだろう。

 一方でまるで自分が騙されている、いや、自分で勝手にバグっているエルフはひたすらに壊れて行く。


「まさかお前はマイランを!?」

「気安く私の名前を呼ばないで頂けますか?私の名を呼んで良いのは…」


 すり、と顔を寄せて来て頬を合わせて来るマイランに俺はされるがままだった。


「~~~~~~っ!!?」


 声に成らない声が木霊する。

 もう誰も彼の妄想を止める事は出来ないのだ。


「師匠だけですので」


 誰か止めてくれませんかね。

 止める気が無いのはここまで続いたやり取りで分かっているが、それでも俺は観客となっていたエルフたちを見る。

 チャラ男はダメだ。完全に楽しんでる。

 エロフは祝福モードでこっちも騙されてる。

 右耳の横だけを三つ編みにした、一番常識人っぽいのは諦めなさい、と顔が言っていた。


「し、師匠っ!?何の師匠だ!はっ、まさか夜の…~~っ!!」


 一人で自己完結しないでくれるか?

 それに何だ夜の、って。聞きたくないし妄想垂れ流されても困るだけだが何を考えてるんだこいつは。

 勝手に妄想して頭を抱えて悶えるパルサに気持ち悪さを覚える。


「お前はどれだけマイランを(もてあそ)んでいるんだ」


 遊ばれているのは俺の方だ。しかも現在進行形でな。


「はっ、まさか一緒に風呂や寝る時も!」

「普通にありますが?」

「ぐはっ!!」


 全部強制だったろうに。

 まるで俺が強要したみたいな目を向けるのは止めて貰いたい。

 面倒なのでいい加減ネタバレでもしようかと思えば、横に来たレンが袖を引っ張っていた。


「どうした?」

「…お腹、空いた」

「何か作るか」


 妄想する残念な男よりもレンが優先されて当然。

 お菓子でも作ってやるかとマイランさんの手を外して席を立てば、パルサがまたも指を突き付けて来る。


「お前、俺と勝負だ!」

「………はい?」


 俺にはレンのお菓子を作る用事があるんだが。

 しかしそんな予定は却下だとパルサは捲し立てる。


「俺と勝負して負けたらマイランを解放しろ!」

「………あれを見ても自由じゃないと?」


 この男の目は腐ってるんじゃないか?

 ご都合主義の頭は何時だってお花畑か。もしくは単に現実を受け入れられない故の八つ当たりか。

 とにかく俺にとってメリットが一切無く、やるだけムダな勝負を吹っ掛けられた。


「俺が勝ったらどうするんだ?」

「そ、それは…」


 と、目を泳がせるパルサはどう見てもその場の勢いで言っていた。

 キョロキョロと視線を動かした後、隣りにいた丁度良い()()の肩に手を置く。


「このマルアを進呈しよう」

「「えええええええええええっ!!?」」


 景品となったマルアさんと俺は同時に絶叫した。

 なんて奴だ。意味の無い勝負に他人を巻き込むなんて。しかもこいつ最初同族を奴隷にやれるかとか言わなかったか?どんだけ無茶苦茶なんだよ。

 完全に被害者となったマルアさんは目を見開いて抗議する。


「なぁんで私が景品なんですか?!パルサ君酷いですよう」

「他になかったんだ。ミネリアだとマイランと同じ体型で胸が無い」

「殺すわよ」

「お前のそうやって本音をズガズガ言う所はある意味尊敬するよな」

「私が取られたらどうするんですかぁ!?」

「勝てば良いんだ。俺は必ず勝てるからな」


 その自信は何処から来るのか。

 アホ臭いので相手にする気にもなれず、レンの為にお菓子を作る事にした。

 台所に立とうとする俺にパルサはニヤリと笑った。


「お前は料理をするようだな。ならその料理で勝負だ!」


 あ、勝ったわ。

 でもこれ以上人いらないんだよな。


「料理なら勝算があると?」


 一応どうして料理勝負をしたがるか聞いてみた。


「もちろんだ。俺たちエルフは食にうるさい。自分たちで作る物も王族の食事並みに美味い物が作れる」


 完全勝利だな。

 俺の作る料理は王族の食べる食事に劣る事が無い。

 アビガラス王国でもモルド帝国でもあれ以上の料理が作れる自信はあった。


「王族に振る舞う程度なら止めた方が良いぞ?」

「俺はそれ以上の物が作れる」


 言ったな?少しだけ相手をしてやるか。

 

「なら受けてやる。お題はレンのお菓子でな」


 皆でキッチンに移動すると俺とパルサが並び、他の面子が前に立つ。

 これ勝っちゃうとアルマさんが付いて来る。ぶっちゃけいらない。

 それにあっちのマルアさんも了承はしていないし、マイランさんもしていない。

 なのに始まった料理勝負。


「エルフの美食家ぶりを見せてやる」


 やる気なパルサだけども俺はどうすれば良いのか。

 本気で悩む。まあ、手を抜いておくか。これでパルサが勝ってもマイランさんが自由に俺に付いて来るのは目に見えている。

 だったら悩む必要もないか。


「勝負だ!」


 一人勝手に盛り上がるパルサに気にも止めずにレンの為にお菓子を作る。

 審査はレンがすれば良いし、いつも通り作るか。

 作るのはパンケーキ。

 小さく作れば夕飯にも影響は無いしな。


「ふ、手際は良いな。だが、俺の方が上だ」


 しっとりとした口当たりの良いパンケーキ。

 今回は口どけの良さを重視した物を作るから生地には、強力粉、薄力粉にベーキングパウダーを使う。

 特にこのベーキングパウダーがパンケーキと合う様に配合を調整してあるので、見た目はただの白い粉でもそれなりの苦労が隠れている。

 生地を混ぜ、卵と牛乳を溶いた液を少しづつ混ぜる。

 そして意外と思われるかもしれないが、お酢も少量加える。そうする事でよりフワッとしたパンケーキが作れるからな。

 後はバニラエッセンスで香り付けして焼くだけだ。

 本来ならハチミツを使ったりチーズを加えてコクを出したりするが、今回は手を抜くからこんなものだろう。


「ふっ、出来たぞ。これが俺の最高の菓子だ!」


 さて向こうは完成したな。

 けどな、俺としては我慢したくない事が一つある。


「おい、こら。こんな時間に油で揚げたドーナッツとか舐めてんのか?うちの子が夕飯食えなくなったらどうする気だボケ」


 熱々のドーナッツは美味しそうではあるが、この夕飯の近いこの時間帯に食わせたい物じゃない。

 

「…大丈夫ご主人様。レンはあれ食べたくない」

「ならいっか」

「良くないぞ!?審査はどうする気だ!!」


 文句を言っている間に俺も完成。

 今回はブルーベリーのジャムを使い、クリーム系は(はぶ)いた。そうしないと腹に来るからな。栄養管理も料理人には必須のスキルだ。

 二つの菓子が出揃ったので審査をしてもらいたい。

 しかし肝心のレンにはもう俺のパンケーキを食べさせており、審査をさせる気は無かった。

 だから妥協案として一つ案を提示する。


「そっちのエルフが審査すれば良いだろ。景品扱いされてるならマルアさん、ですよね?その人に食べて貰えば良いし」

「陸斗。お前はあれを食わせて良いのか?」

「大丈夫だろ。加減はしたし」


 若干手は抜いた。

 あのモルド帝国の城で起きたクッキーを拒絶し続けるメイドの様にはならんだろう。

 それにレンの為の菓子ってお題ではあったが誰が食べても良いわけで。ただしこっちの陣にはあのドーナッツに手を付けようとする者がいないのは確実。

 だから審査は自然と向こうの料理していないエルフの誰かになってしまう。

 なった所で負けても勝っても俺にまるで旨味が無い。早く終わらせて帰ってもらうのがベストだった。


「言ったな?後悔するなよ」

「後悔しないから早く審査して帰ってくれ」

「じゃあ、頂きますね」


 席に着いたマルアさんが先にパルサの作ったドーナッツから手に取って試食する。


「うん、美味しいですよ」

「当然だ。俺が作ったんだからな」


 その自信は本当に何なのだろうか。

 しかしドーナッツ一個を完食されてるだけに美味しいのは間違いない。ただ何個も食べられる物じゃないからか一個食べて終わった。

 マルアさんが油で汚れた口と手をナプキンで拭いてからパンケーキを前に持って来る。


「そ、それじゃあ頂きます」


 ゴクッ、と喉が唾を嚥下しパンケーキを欲しているのがよく分かった。

 フォークとナイフを持ち、パンケーキにナイフを沈み込ませる。


「っ!」


 パンケーキの軽い感触にマルアさんが驚きを感じながらフォークで刺して口に運ぶ。


「~~~~~っ!!」


 二度の驚きとでも言えば良いのか。

 天井を見上げて咀嚼するマルアさんは尋常じゃない程口角が持ち上がっていた。


「ど、どうしたマルア!?まさか毒か?!」


 この表情を見てよくも人の料理を毒だと言ったな。

 カタン、とフォークとナイフを置いたマルアさんが席を立つと俺の所にフラっと歩いた。


「こ……」

「ん?」


 まだ一口しか食べてないのにどうしたんだ?


「この子のものになるぅぅぅううううううううっ!!!!」

「むぎゅっ!?」

「はぁああああっ!!?」


 とてつもない質量と圧迫感が俺を襲う。振り回さんばかりに抱きしめられて暴れられるので息が出来ず、強烈な抱き締め具合に背骨も参った。

 あまりの痛みに声を出したくとも口を胸元で塞がれているので必死に背中を叩くしか出来ない。


「師匠を殺す気ですか」


 マイランさんの手により引き離される俺は背中を押さえながら残る痛みに悶絶した。


「な、何を言ってるんだマルア!?お前はマイランがどうなっても良いのか!?」

「そんなの食べれば分かるよぉ!こんな美味しいの食べた事ない!!」

「へぇ、じゃあ私も食べようかしら」

「あ、俺も」


 二人のエルフの口にドーナッツとパンケーキがそれぞれ運ばれる。


「「っ!!」」


 反応は劇的だった。

 パンケーキを咀嚼した瞬間に目を見開いて味の違いを悟ったようだ。

 二人がパルサに近付くと、その肩をポンと叩く。


「「お前(貴方)の負けだ(よ)」」

「お前らもか!?」


 驚愕の声を上げるパルサだが、二人はどうにもならない現実だと言わんばかりに感想を述べる。


「お前のドーナッツはちーっとばかし油がクドイんだわ。それに比べてパンケーキの方は格段に美味い。甘みを抑えて、しかも味が単調にならない様に添えてあるジャムが別格だ。比べるまでもないな」


「しかもこのパンケーキは子供が食べるのにちゃんと配慮されてるのよ。夕飯前の少し小腹を満たす分には丁度良いわ。それに比べて貴方の方は全然お題に合って無い。こんな油の強いの食べさせたらそれ以外食べられなくなるわ」


「バカな…」


 完全にアウェイになったパルサがどうしても納得出来ずに俺のパンケーキに手を出す。


「っ…」


 カラン、と落とされたフォークと膝から崩れるパルサは机に手を掛けて身体を支える。

 両者の違いをはっきりと認識した為か、呆然と地を見つめていた。

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