42話目 黒い悪魔
全ての元凶はそいつらにあった。
エルフたちは、いやエルフだけでなく多種族が黒髪の少年少女たちに捕らわれ、幾人も奴隷にされているらしい。
そのやり方は卑劣極まりなく、住んでいる町を片っ端から破壊して選択を迫るのだと言う。
服従か死を。
もちろん抵抗した者は多く、しかし無駄な努力だと力で屈服させられたと。
妻の前で必死に戦い殺された夫がいた。
子供を奪われて殺された母がいた。
美しくないと顔に傷を持っていたが故に殺された兄弟たちがいた。
老いて使えないからと殺された老婆がいた。
美しければ捕えられ、醜ければ殺される。
その残虐ぶりは人の所業では無いと彼らの容姿から『黒い悪魔』としてエルフや獣人種に伝わっている。
俺たちがこの山に入った時から探知の魔法で『黒い悪魔』と容姿が該当し、村は一致団結して事に及んだ。
その有様は俺たちが作った通りだ。
奇襲ならば防げないと使われた大規模魔法もマイランさんの手により掻き消され、個々の力であっても暴力の淵に沈められた。
そんな彼らが今何を思って身体を寄り添い合わせながら震えているのか。
事実を聞いてしまった俺は何だか申し訳なくなる。
「何故そんな顔をする?弱いから淘汰される。自然の摂理だぞ陸斗」
しかしそんな事実を聞いても動じない皇さんは指同士を絡めながら足を組む。
「暴風に泣く者がいるから暴風が弱まるか?否。雷に身を貫かれて死に別れた者がいたから雷が避けるか?否。火山のマグマに飲まれて死んだ者がいるからマグマは避けて通るか?否だ」
憎々しそうな目を向け始める長老を前に微動だにしない彼女は続ける。
「死ぬ方が悪いのだよ」
「だったらどうしろと言うのだ!!」
バンッ、と揺れる勢いで叩かれた机に置かれていた小物が床に落ちる。
長老を残念そうに見る皇さんは欠伸一つ漏らして言った。
「何の為にここがある?貴様らのそれは長い耳を置く為のオブジェかね?」
トントン、と絡めた指を解いて頭を叩く。
「人の進歩の側にはいつだって悲劇がある。頑張りたまえ。これはお前たちが進化する為に用意された試練に過ぎん」
助ける気はない。
暗にそう言う皇さんだが、ならば何故彼女はこのまま話を聞いていたのか。
何らかの思いがあってここに残っている。俺にはそう取れた。
「考えた!私たちは幾度となく話し合い、完成させた魔法もあったが全てを貴様らは破ったのだぞ!!」
「今日の事は予行演習だと思いたまえ。次があればこうでは済まないと分かって良かったではないか」
「これ以上の備えをしろと言うのか?!」
「でなければ死ぬだけだ。それが命か尊厳かは知らんがね」
「一体どうしろと…」
俯いて黄昏る長老は悔しそうに両拳を握り締める。
ふむ、ここまでか。と皇さんは顎に手を添えた。
「気付かん程に老いたか?今この目の前にいる者と交渉する気も無いのであれば長としては無能だ。引退をオススメしよう」
はっ、と顔を上げた長老が俺たちを見る。
結局救う気なのか。皇さんは優しくないな。本当に。
それでも俺は微笑まずにはいられない。理屈にあったやり方でしか動けないのは彼女なりの照れなのか。
それともそうして誤魔化す必要性があったのか。
どのみちエルフたちを救う気なのは確かだった。
「何が、目的だ?」
「魔法の知識と食材だな。それ以外に期待は無理だろう」
長老の疑問を即座に返す。
最早皇さんの規定路線に乗っていた。
「………良いだろう。少なくとも同胞たちを一人も手に掛けていないのは事実。信じよう」
「交渉がスムーズで結構。引退はまだ先かね」
「気分としては引退したいんじゃがのう」
話はまとまったらしい。
「それならこの煩わしい殺気消してくんない?ボクが消しに行っても良いんだけどさ」
「そちらもバレておったか」
「こんだけ荒々しく浴びせられればね」
どう言う事だ?
不思議に思った俺の前から若いエルフたちが数人姿を現した。
どうやら最悪の場合はここで始末を着ける気だったようだ。
全然気付かない隠密であるにも関わらず、それに気付けた武内さんの力は凄いな。
「ここまで来るとお前さんらも黒い悪魔と関係があるのであろう?」
「ふむ、そこに知恵が回るのであれば及第点だな。自然には還り切っていないらしい」
「やかましいわ。片足が棺桶に入っとるジジィであっても思考は出来るわい」
「どう言う事だ?」
黒い髪の少年少女。そこに何も思わないでも無い。
ただ彼らがそんな非道に走るのか?
人柄を多少知るだけに別の者が関わっているのではと思えてしまう。
しまうが、俺を城で追い詰めた彼らの姿が浮かぶのも事実。
あのまま彼らが成長すれば異世界に来て特別な力を得て喜び、傍若無人な振舞いをしているとも考えてしまった。
「陸斗も薄々気付いているのだろう?一番の可能性は彼らだと」
言い辛い事をはっきりと口にする皇さんに俺は口を噤んでしまう。
「最も十年に一度は元の世界から召喚が出来る様なので全く違う赤の他人の可能性が無い訳でもないがね」
僅かに作った逃げ道。
それに飛びつかないでも無いが現実的に考えて彼ら一択だろう。
何せ獣人種やエルフを襲うのは黒髪の少年少女。
十年前に召喚されたのが五、六才の子供ならまだ考えないでも無いが、そんな子供が果たして力を持ったからと言ってこの世界で生きていられるか。
余程根気のある者ならば期待して育てるかも知れないが、即戦力が欲しくて行う召喚においてはどう見ても外れ。
使い潰されていると考えるのが妥当だ。
そんな薄い選択肢よりも確実に召喚されており、城にいた時からその残虐性を見え隠れさせていた彼らがやったと思う方が筋道は通る。
「今は可能性の話よりも襲って来る相手がいるって事で良いんじゃないか?別に元クラスメートでもそうでなくても結局は敵がいるって事なんだからな」
「順応しているな。では建設的に進めよう」
トン、っと机を弾く皇さんはこちらの持つ手札を広げる。
「こちらは『黒い悪魔』に対抗する術がある。オマケとして『黒い悪魔』の情報を、これに関してはあまり参考にならんだろうが。何せ持っている情報が古いのでな」
「こちらは魔法知識の公開と食材で構わんのだな?」
「長っ!?」
こちらの言う通りにしようとする長老に若いエルフの一人が驚きの声と共に止めに入る。
「こんな訳分からずの者たちを信頼するのですか?!」
「逆に問うが我らに選択権があると?戦力となる者たちは軒並み倒された。残っているのがここにいる数名だ。しかも魔法の類がまるで効かない相手とその魔法を熟知した同胞が一人向こうにはいるのだぞ?お前はこれで逆転する目があると言うのか?」
「それは…」
「そうだ。逆転の目は無い。交渉として場が用意されているだけでも我らは幸運なのだ」
突き付けた現実は確かにその通りだ。
俺たちには選択肢が幾つも用意されている。
このまま里を去る。
魔法の知識となる書物を奪う。
目ぼしいエルフを攫って奴隷にする。
全てを無に還す。
やろうと思えば出来てしまう選択だけでもこれだけある。
だがそれをしないのは俺たちが略奪者じゃないからだ。
攻撃されたから反撃しただけ。
友好的に接しられていれば最初から会話と言う形を取って交渉をしていただろう。
しかし今回は出方を誤った向こうのミスだ。
自分たちで選択肢を潰してしまい、結果としてこちらの要望に全て答えなければならない形となった。
まあ、皇さんも一方的に搾取するでなく、ちゃんと対価を払おうとしているのでエルフ側としても損にはならない筈だ。
「運が無かったと諦めたまえ。寧ろ私たちは『黒い悪魔』と違って略奪者になる気は毛頭無い。そう言った意味では運があって良かったな」
ランドマフィアじゃなくて皇マフィアで良かったんじゃなかろうか。
語呂は悪いがどう見ても皇さんがボスの風体となり、とても似合っていた。
「誰も死んでおらんのと、交渉と言う体を取り付けて貰える話の通じる相手でまだ良かったわい」
「はっはっはっ、皮肉に聞こえるな」
「事実じゃろうが。それでどうやって『黒い悪魔』に対抗するんじゃ?」
あいつら相手にどうするのか。
皇さんが対抗する術があると断言するなら何かしら考えがあっての事だろうしな。
皇さんの頭の中は誰にも分からない。
それでもこうして人を救おうとしているのだから心配は要らないか。
「まずは防衛システムの見直しから始めようじゃないか」
それは単純でありながらも確実性のある考えだった。
エルフたちの使う探知の魔法。
まずはこれの着手を始める。
「せっかく探知するのだ罠も仕掛けた方が合理的だろう?」
探知魔法に併用して外敵を追い払う為の罠。それがあれば確かに合理的だ。
だが長老は首、縦には降らなかった。
「それは既に考えた。しかしそれをするには圧倒的に魔力が足りん。ならばこちらで迎撃した方が良いんじゃよ」
「ふむ、エネルギー問題が厄介か。では魔力効率を良くしてみようじゃないか。マイラン」
「これが探知の魔法になります」
とっくに解析を終えていたマイランさんによって出される魔法の設計図。
それは光を放ち空中に浮かべられた。
俺にはこれが幾何学模様を円形に書かれた程度にしか見えない。これが魔法陣ってやつなのか?
長老が勝手に解析されていた事に何か言いたげだったが、文句を言える立場には無い。
「この辺り余分ではないか?」
「これでは魔力溜まりが起きますね。変えましょうか」
「バカな!そこを弄っては黄金比が」
「「無駄だ(です)」」
魔法バカと呼ばれているエルフたちが作った魔法に手を加える。
その行為がどれだけエルフたちのプライドに傷を付けるか。
しかしそれでも彼女たちは止まらない。
「随分と無駄の多い作りですね」
「余計な美意識が動いた結果だろう」
「余計では無い!魔法を如何に美しく作るかなど常識であろうが!」
「そんな常識捨てろ。命が掛かっているのだろ」
躊躇なく組み替えて行くマイランさんと皇さんに四つん這いになって落ち込むエルフたち。
そもそも皇さんは魔法を使えるようになったのか?
「何で魔法が使えるんだ?」
「別に使える様になったわけではない。これ自体は理解してしまえばプログラミングとさして変わらんのでな。魔力を持たない私では弄れんが、そこはマイランがいるからな。私は指示を出しているに過ぎんよ」
俺と会話しながらもサクサク組み換えがなされる魔法陣は先とはまるで図形が変わっていた。俺が見ても分かる程スッキリした内容になった。
「こんなものでしょうね」
「そうだな。これでコストは半分に抑えられたな」
「我らが苦心して作った物を…」
「苦心してこれなら無能と呼びますが」
無能扱いされた長老は睨みながらマイランさんに叫ぶ。
「お主もエルフであろうが!何故こうも単調な魔法を組み上げる!?我らエルフは魔法を至高としてそこに美を持つべきだろう?こんな造形美の無いものを配置したいと思うのか!?」
「思いますが?不思議に思うのですが何故合理を求めないので?一々小難しくして性能を失っては里を危険に晒すと長である貴方が真っ先に思い付かねばならない事です。反省しなさい」
秘書モード全開だな。
こうやってギルマスも罵倒れていたなー、と懐かしくなる。
しかしこうなると俺たちはやる事がない。
それなら観光しても特に問題はないか。
「皇さん、マイランさん。そっちが終わったら合流で良いか?」
「構わん。存分に楽しみたまえ」
俺たちは二人を置いて屋敷を後にした。