40話目 オールラウンダーなエルフ
風邪引いたのか少し頭痛が…。皆さんは体調管理にはお気を付けを
朝飯も食べ終わり、後片付けはマイランさんに任せてソファでのんびりする。
朝起きたばかりと言うのもあってか少し眠気を感じてしまう。
うっかり寝てしまわないように皇さんに話し掛けた。
「エルフの里までどれくらいだ?」
「そこまで遠くは無い。私たちは車での移動だ。それを考えれば後一日も掛からずに着くさ」
「結構早いな」
俺たちがモルド帝国を出てからまだ数日。もっと遠いのかと思われたエルフの里は意外と近かった。
それだけ皇さんの『科学』が凄いのもあるが今回は殆ど寄り道をしていない。
前回はアビガラス王国からモルド帝国まで道中ぶらり旅な感じで、素材やら食材を入手していた。
今回は魔法目的もあり、欲しい素材や食材も無かった分、早いのだろう。
「そう言えばエルフってどんな種族なんだ?」
エルフ自体がイメージとして魔法に長けている印象が強い。
ゲームとかでは同じみだし、小説でも出て来る為にそんな印象で固まっていた。
ただ、マイランさんを見ていると実際は違う気がする。
何せ基本的に戦っている姿を見ていると魔法よりも剣を使っているスタイルの方が多い。
意外とエルフはイメージ通りじゃないのか?
「魔法バカですね」
「辛辣過ぎないか?」
魔法バカって、マイランさんもエルフだろうに。
「魔力の総量が他の種族に比べて多いので魔法に傾倒する者が多く、何でも一芸だけ極めていれば良い訳じゃないだろ、とツッコミたくなります」
「おい同種だろ」
「私はオールラウンダーの万能エルフにございますので」
「あまり魔法使ってる所見ないよねー」
「私は身体を動かす方が好みですから」
「そう言う問題だったんだ」
そこは人それぞれの戦闘スタイルがあるだろうから口を挟む事でも無いな。
大剣ばかり振り回す彼女だが、一度魔法が見たいと言った皇さんの為に使った事がある。
その時は全力を出して欲しいと頼まれやった結果。
炭が生まれた。
とんでもない轟音と遠くからでも視認出来る火柱を高々と上げて牛の魔物を焼き殺したが、とてもじゃないが食べられる所は残っていなかった。
少し蹴れば崩壊してしまう威力にどうしていつも魔法は使わないのかを聞けば、「これだけ強いと魔法に頼り過ぎてしまいますので」と己を戒めていた。
「後は美食家な面があります。何分長く生きるもので食事に対する情熱はありますね」
「マイランさんがそうだもんな」
「オールラウンダーですから」
「それが言いたいだけではないですか?」
「…レンもそう思う」
「万能とは響きが良いと思いませんか?」
「何でも出来るに越したことは無いがね。まあ頑張りたまえ」
しかしエルフは全員が美食家か。
それならエルフの里に行っても面白い食材や調味料に巡り合えるかも知れない。
モルド帝国よりも先にそっちに行けば良かったなー、と思いつつ楽しみにした。
「でもそれなら陸斗くんの独壇場だよね。マイランさんの見解をどうぞ」
「師匠に勝てる者はおりません」
「良かったね陸斗くん」
「俺としては教えてもらえる事が多い方が良いけどな」
そっちの方が面白い。
美食家と名が通っているなら俺の知らない調理法とかありそうだしな。
料理も日進月歩。停滞した料理は面白くないし作っていても気分が萎える。
だったら出来る全てを取り込んで新しい料理を作る方が食べる方も刺激になって良いよな。
「やったね陸斗くん料理無双の始まりだよ」
「全てのエルフが奴隷の様に舌を出して懇願するのだな」
「やらないからな」
エルフはマイランさんだけで良い。
それにもしそんな事をしたらエルフが全員着いて来るんじゃないのか?
「ちなみにそのエルフの里ってマイランさんもいたのー?」
「いえ、ここから一日も掛からない所であれば違いますね。エルフが住む場所を総じてエルフの里と呼びますので。ですからエルフの里は各地にいくつも存在します」
「へー、そうなんだー」
これから行くところはマイランさんの故郷ではないらしい。
「ですが近いですね。案外顔見知りと会うかも知れません」
「そっかー、それじゃあ行こっか。エルフの里に」
俺たちは家を出ると車に乗ってエルフの里を目指して走った。
「よし、ここからは歩きだ」
皇さんの運転によって爆走し、着いた場所は森を一望出来る山の入り口だった。
「ここにエルフがいるのか?」
「基本的に自然と生活してますので」
車を降りるとそこは見事な緑で生い茂った大自然。
空気が一段と澄んでいて美味しいな。ここなら水も良質だろう。
見渡す限り緑で染め上げられた大地は絶景と称して何ら不思議でもなかった。
しかしこんだけ自然に囲まれ過ぎていると逆に生活し辛くないのか。
他の国からは大分離れている。
それこそ皇さんの車が無ければ何か月も掛かってしまうくらい大変な立地だ。
その分襲われにくいメリットがあるが、そこの所どうなんだろう。
「こんな田舎ですが不便はありませんね。魔法バカの集まりですので助け合えば衣食住に困る事はありませんから」
「………さっきから思ってたけど同族に恨みでもあるのか?」
「いえ、さしてありませんが?強いて言えば剣を振る私に対して『無駄な努力は止めろ』と言われたのを覚えているくらいでしょうか」
「私も同じ事をいわれましたが、それは恨んでいると言えるのでは?」
「この程度なら恨みの内にも入りません。ただ遺憾に感じてた名残です」
「…恨みと大差ないと思う」
レンの言う通りだ。そこに違いを見出せない。
実はマイランさんはエルフの里に行きたくないのかと思えるが、その表情は億劫としたものは感じられず、寧ろ見返してやる、みたいな強い意気込みの様なものを感じた。
本人が恨んでいないと言うなら気にしないが、昔のいざこざで問題が起きるなんて事は勘弁して欲しいな。
俺たちはピクニック気分で山へと入って行く。
「山って歩きにくいよな」
「確かに整備された道でないのは面倒だ」
今歩いている道は獣道に近い。
完全に開けた場所では無いので一人一人が足元を気にしなければ歩けない。
しかしそんな中でも武内さんは動じない。
「道が無いなら木の上を歩けば良いんだよ」
「それ哲学みたいに言われても困るんだが」
ターザンばりに木の枝を伝って歩く武内さんには全てが道に見えるのか。まあ、空も歩く人だからな。
「ちなみにどのくらい距離があるんだ?」
ぶっちゃけあまり歩きたくない。
枝葉で皮膚を擦るから長時間歩くには向かない道だ。
「さあな。取り敢えず人が簡単に入れる所にはいないだろう」
「マジか」
まさかの住所不定。お手紙だってここには届かないな。ってか、そんな所に徒歩で移動とか無理じゃないのか?
「自然破壊してもいいなら車を出すが?」
「徒歩にするか」
「師匠を私が、武内さんが皇さんを。ノドカさんがレンさんを運べばあっという間に行けますね」
ここでかなりいい案が浮上した。
どう見てもこのままでは日が暮れてしまう。
それなら運んでもらった方が遥かに良かった。
「異議あり!ボクが陸斗くんを運びたいよ」
「それなら私が主を運びましょう」
「どうでも良いが私は自力で何とかなる。好きにしたまえ」
「…レンは運べない」
「気にするな。人一人抱えてこの森を疾走出来る方がおかしいからな」
これだけ生い茂っていると自分のいる位置さえ怪しくなる。元の世界で行けば富士の樹海か。
自殺の名所と同じと考えてしまうとゾッとするが、この面子なら迷った所で楽に突破出来る。
結局誰が運ぶかじゃんけんが行われ、勝ったノドカが俺を、武内さんがレンを運び、皇さんは【六翼の欲望】を使ってエルフの里を目指した。
「うわーん、負けたよー」
「…レンじゃダメ?」
「っく、可愛いは正義だ!」
「主はしっかり捕まっていて下さい」
「………変だな。少しニュアンスが違う気がしたが」
「気のせいでは?」
「そうか。所で何でお姫様抱っこなんだ?」
「運びやすいので」
「顔が凄く近いんだが」
「気のせいでは?」
「絶対気のせいじゃないんだが!?」
吐息を感じる距離とか絶対に気のせいじゃない。
時折潤んだ目でこちらを見るので気分は正に『捕まった』だ。
このまま捕食されてしまう。そう思ってしまうのは仕方なかった。
それでもこの速度では振り落されてしまう。
振り落されない様にしっかりと抱きしめていると、思いが通じ合った恋人の様に抱き締め返される。
「あーーっ、それ反則だよ」
「何の事ですか?私はただ運んでいるだけなのですが」
「ぶーー、絶対にワザとだ。今度の鍛錬の時は覚悟してよー」
「今なら私は空も飛べそうです」
「言ったなー。絶対に飛行までマスターさせてやる!」
「前も飛んでたよな?」
「あれは武内様に飛ばされてたので」
そっかー、バトル漫画みたいに殴った反動で浮いて行くみたいなのを体現してたのかー。
もう武内さんの『武』に関してはそう言うものだと理解した。
ただ運ばれる俺は景色が流れるのをのんびりと眺めた。
やっぱりこう言う時は自分が『天災』として同格だと思えなくなるな。
武内さんはレンを運びながら目の前に障害物など無いと言わんばかりに軽々と枝木を避けて木の上を走る。
皇さんはいつも使っている【六翼の欲望】で軽々と木々の間を避けて飛んでいた。
二人が楽にこの程度の事をやっているだけに俺がこうしているとダメだよなー。
でもどうにもならない。
それはちゃんと理解しているし、俺は別の所で才能を発揮出来るから良いんだけどな。
そもそも『料理』が本領の俺がモルド帝国での出来事の様に『武』の領域に足を突っ込める方がどうかしていたんだ。
獣闘法【大蛇】だってあれからやっていない。
やろうとした事はあるが『氣』の量が足りないのだ。
思いの外繊細な技で、分量を正しく入れないと美味しいお菓子にならない感覚があって武内さんの『氣』を取り込んだ様に外から上乗せでもしない限りは再現は不可能だ。
だからこそ『氣』を少しでも増やそうとしてはいるつもり ―― 死ぬ程キツイ修行ではない ―― の鍛え方はしているがまだまだ足りない。
こんな世界で生きるんだからもしもの為に必要だよな。
「ふむ、さきに開けた場所があるな。恐らくそこがエルフの里だろう」
あれこれと考えていると気が付けばもう到着するらしい。
あっという間の一時だった。
それだけ俺が悩んでいたのか、それとも彼女たちが凄いのか。恐らく両方だろう。
「あ、思ったより早かったね」
「普通に歩いていたら日が暮れていました。おや?これは……」
森を抜けるとそこはエルフの里だった。
「放てぇぇえええええええっ!!」
そして森であるにも関わらず、俺たちは謎の号令と共に津波に飲まれたのだった。