39話目 奉仕の心、それは母のようなもの
朝起きるとそこにはオッパイがあった。って言うか最近は毎日こんな感じだ。はぁ…。
当の本人は俺の顔面に当たっているのを気にもしないで爆睡中である。
「武内さん。自分の部屋で寝てくれよ」
武内さんが起きない様に腕を退かして起き上がれば腰にはノドカが引っ付いていた。
「お前もか」
ブルータスと呼びたくなるぞ。
最近恒例になりつつある朝の風景に頭が痛くなって来る。ノドカとマイランさんの入れ替わりはあるが基本的にこうだ。
二人とも大きめの白いTシャツに短パン姿なので目のやり場に困ってしまう。どちらも脇から胸が見えていた。
俺だって思春期の男子でこうされると色々思ってしまうし危険だ。手を出したらどうするつもりなんだ?
「あ、おはよー」
武内さんが目を覚ました。
邪念でも見抜かれたか?と思っていると武内さんは自分の胸元に視線を落とす。
「味見くらいしても良いのに」
「しません。それよりも自分の部屋で寝てくれないか?」
「やだー。有言実行だよ。ボクの身体に溺れさせてやるんだから」
そう言えば色気で悩殺がどうとか言ってたな。
だけど俺は手を出さない。旅の仲間で親友だと思っている相手とギクシャクした関係になりそうだし。
「主、おはようございます」
「おはようノドカ。騒がしかったか?」
「いえ、元々この時間には起きて武内様と修行していますので」
「そうか」
相変わらず鍛えるのが好きだな。
俺には無理だ。
城での騒動を気に少しずつ身体を鍛えているが、動けなくなる程やりたくない。
『氣』に関しても総量は変わらずで、そっちも鍛えようと武内さんに諭されるが一度やって後悔した。
『それじゃあ、やってみよっかー』
『どうするんだ?』
『死の縁まで追い込む』
『………は?』
『それじゃあ行くよー』
『え?あっ、ちょっ、待て待て待て待て待てっ!!お願い待って、って、ぎゃぁあああああーーーーーッ!!!』
ああ、その日も俺は動けなくなってご奉仕隊と武内さんの手によって身体中を綺麗に洗われた。
『うはー、これ結構恥ずかしいねー』
『主に全てを捧げたしたので見られる程度であれば特に気にならなくなります』
『それこそ奉仕の心ですね』
もはやこっちが狙いじゃないかと思えるくらいだ。
尽くしたがりが既に二人もいるのに更に増えるとか勘弁して下さい。
「それじゃあ今日も頑張ろっかー」
「はい、よろしくお願いいたします武内様」
二人は着替える為に自分の部屋へと戻る。
毎日そうするなら本当に自分の部屋で寝てればいいのに。まあいいや。朝食の支度でもするか。
起きて服を着替えると部屋を出る。
「おはようございます師匠」
「うん、おはよう。今日も早いな」
「師より先に起きているのは当然ですから」
台所には既にマイランさんが立って待っていた。
座っていれば良いのに律儀な事だ。
俺が黒いエプロンを付けているとマイランさんが確認をしてくる。
「今日は何を作られるのですか?」
「そうだな。何が食べたい?」
逆に聞き返すのもどうかと思ったが、毎日早起きをして部屋を綺麗にしてくれるマイランさんにはご褒美が必要だろう。
「師匠が作られるものは全てが美味しいですので特には。ただスクランブルエッグですか。あれを完璧に修得したいですね」
「食いたい物じゃなくて作りたい物なんだな」
まあ問題ないけどな。
向上心の高いマイランさんに毎日教えるのは苦じゃない。
思わず手が出そうになるが弟子の成長を見守るのも師匠の役目。そう思うと本当にマイランさんを弟子にしているみたいだ。
俺としては料理教室の先生と生徒的な気分だったが、マイランさんは刀鍛冶の師匠と弟子みたいな真剣さがあって凄い。
こんなに全力で取り組んでいるのだからそれに答えないとマイランさんに失礼だ。
「なら始めようか」
「お願い致します」
俺たちは料理を始める。
そして外からは激しい轟音が響く。武内さんたちも鍛練を始めたようだ。
ある意味あれが目覚まし時計の代わりになるな。
「…おはようございます」
「レンもおはよう。顔洗っておいで」
「…うん」
素直に聞いてくれる分、レンは手が掛からなくて楽だ。
こうしていると本当に子育てをする主夫って、気分になってしまう。
ノドカもレンも奴隷であるが、自由にさせているので彼女たちも自分が奴隷だなんて思ってもいない筈だ。
「そうそう、焼く時は熱が均一になっているか確認してからな」
「もちろんです。教えは全て覚えておりますから」
優秀な弟子だ。
しかし弟子が優秀でも師匠がポンコツなんだよな。
どうしても感覚でやってしまっている所があって、そこの表現が大変に難しい。
例えば肉を切るにしても、どの角度で刃を入れるのがその肉に合っているかを非常に伝え辛い。
何せ全ては感覚だ。俺が「これは角度が二度足りない。こっちの肉はだいたい七十三度の角度から切って」なんて言われ、それをマスター出来る人間がいるだろうか。
うん、絶対いない。
しかしマイランさんは毎日根気良く俺の指示を聞いて食材を見極めようとしてくれる。
傍からは同じ様に見えるブロック肉を「こちらはこのくらいの角度でよろしいでしょうか?」と聞いてくれるのだ。
普通であればそれさえ諦めるのに恐れ入る。まだ見極めは甘いがマスターする日もくると思った。
「ふぁ~あ、朝から精が出るね。まったく」
「皇さんもおはよう」
「おはよう。天華があの調子なので寝ていられないさ」
ドォンッ、と一際大きな音がして赤い旋光が窓から入って来る。
「今日もまた派手にやってるな」
「これで寝ていられる程無神経では無いのでね」
また一つ大きな欠伸をする皇さん。
その目には何処か疲れが出ており、僅かだが隈が見え隠れしていた。
「ちゃんと寝れてるのか?」
「無論だ。良質な睡眠にこそ科学の発展に必要な栄養だからな」
「その割に顔がいつもより青い気がするが」
俺は料理を中断して皇さんの額に手を当てる。
「熱は無いな」
「お前は女の許可もなく触れるのか。セクハラだぞ」
「それだけ悪態つければいいな」
額から手を離す。一応熱は無いみたいだし少し体調を崩しただけだろ。
追加で温かいスープも付けるとして必要なのは鉄分か?貧血っぽいし。
朝からレバーは重いので乾燥させてたキクラゲらしきものでも入れるか。異世界だから同じ様な物はあるけど完全に同じなのか分からん。
「顔でも洗って来るよ」
「そうしてろ。ゆっくりしている内に朝飯用意しておくからな」
「頼んだ」
フラフラと去って行く皇さんが微妙に心配になる。
「マイランさん、皇さんの事お願い出来るか?」
「お任せ下さい。あの様な状態では倒れてしまうかも知れませんので」
寧ろ奉仕をしたがっていた。マイランさんは皇さんの後を追って出て行く。
なら問題無いな。俺は皇さんをマイランさんに任せて料理を進める事にした。
ドアの向こうに耳を傾ければ二人の会話が漏れ聞こえた。
『おいこら。何故私の服を脱がそうとする』
『もちろんお風呂に入れる為ですが?』
『何がもちろんだ。私に朝風呂の習慣はない』
『湯に浸かれば目も覚めるでしょう』
『人の話を聞けこのエロフ』
『それは聞き捨てなりませんね。胸の無い私にその台詞は嫌味です。さあご奉仕いたしましょう』
『っく、なんて面倒なエルフだ』
うん、聞こえる声からしても問題なさそうだ。
マイランさんは本当によく働いてくれる。
皇さんは物臭な所もあるしちょうど良いだろう。
「…ご主人様」
「料理中だから危ないぞ」
顔を洗ったレンが台所に戻って来ると、まだ眠いのか俺の足を抱きしめて来る。
注意する俺だがレンは気にせず上目遣いでこっちを見る。
「…何作ってるの?」
「今日はサンドイッチだな。スクランブルエッグの味見するか?」
「…やった」
「ほら、あーん」
「…あーん」
パンと合わせる為に甘さを控えてバターの香りを強くしたが、普通に食べても美味しい。
その証拠にレンの尻尾はパタパタと揺れている。分かりやすいな。
「…おいし」
「もう少しで出来るから待っててな」
「…うん」
頭を撫でるとネコミミがピクピク動いて可愛かった。
料理するのに危ないのでレンを剥がすとソファに置く。
少しすると轟音が止み、相変わらずボロボロになったノドカと無傷だが薄汚れている武内さんが戻って来た。
「あー、お腹すいたー。朝ごはんは何ー?」
「サンドイッチだ。武内さん、風呂は沸いてるから入って来な」
「はーい。ノドカちゃんも行こっか」
「分かりました」
風呂に行く二人が上がって来たら食べられるようにするかね。
どのみち鍛練の後はシャワーだけで長風呂はしないから準備しておいて問題無い。
俺は皿に盛り付けて行くとレンがまたやって来た。
「…運ぶ」
「よろしくな」
「…(ふんすー)」
手早く盛り付けて行くと出来た先から机に運んでくれる。
熱々のスープを器に入れてお盆に乗っける。
「熱いから火傷しないように」
「…うん」
慎重に運んで行くレンの背中を眺めつつ、後片付けを済ませてしまう。
マイランさんが私の役目ですと言いそうだが出来る時にやった方が効率が良い。
それに自分の使う道具だから自分で綺麗にしたいと言う愛着もある。
まあ、個人的なものだから任せても良いと言えば良いんだけどな。
「まったく、酷い目にあったよ」
「綺麗になったのですから良いじゃありませんか」
「節度の問題だ。お前はやり過ぎているのだよ」
「それは結構ですね。奉仕は足りないよりは足りてる方が良いでしょう」
「加減しろバカもの」
風呂から出た皇さんはマイランさんに文句を言いながらやって来る。
マイランさんの奉仕の力には皇さんも疲労を感じたのか。
俺がやられている時の気分の万分の一でも味わったなら今度俺がやられている時はフォローして欲しい。
「気分はどうだ?」
「オモチャにされた気分の事を聞きたいのかね?それとも体調かね?どっちにしても最悪だよ」
「なら胃に優しいスープから飲んでくれ。少しは気分が落ち着くだろ」
「ふむ、まあ良いだろう」
朝食の匂いに吊られて席に座る皇さんはスープのカップを手に取る。
「レンも先に食べていいぞ。マイランさんも」
「…うん」
「師匠はどうされるので?」
「洗い終わったら食べるよ」
「分かりました」
レンとマイランさんは席に着いて各々食べ始める。
ざっと綺麗にし終えたし、俺も食べるか。
エプロンを外して席に着く。
「いただきます」
今日も良い出来だ。
自家製のパンもスクランブルエッグとハムがよく合う。
「あー、皆もう食べてるよ」
「ちゃんとあるから気にするな」
「はーい」
ノドカと武内さんも風呂から上がり、全員で食卓を囲む。
やっぱり皆で食べるのが一番だな。