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37話目 ボク今凄い幸せなんだ

 パァンッ!!


 強烈な破裂音が城中に響く。

 二匹の獣が消え去り、薄氷が砕けた様に空間にガラス片が散らばる。

 俺はもう指先一つ動かせなかった。

 身体中の『氣』は根こそぎ無くなり、意識を保つにも全身を襲っている激痛が容赦なく苦しめて来るので目を閉じてしまいたくなる。

 息をするのも本当にしんどかった。

 ただ、それでも俺はこれだけは武内さんに確認を取りたかった。


「満足したか?」


 ………武内さんの顔を見れば聞かなくても分かる事だったな。

 あれだけ戦う相手を渇望して世界の果てまで走った武内さんは世界に絶望して、この異世界に来てもまともな相手を得られない。

 ノドカやマイランさんの様な可能性のある強者もいたが、ステータス頼りの情けない者もいて武内さんのストレスは溜まる一方だった。

 今そのストレスを爆発させて城をあちこち穴だらけにして滅茶苦茶にしてしまい、一時はこの国が本当に終わると思っていた。

 それが何とか治まったのははっきり言ってしまえば偶然だ。


 何せ彼女が本当に欲しかったのは()()()だったのだから。


 武内さんの使う死技。

 これはお蔵入りしたから死技なんじゃない。

 誰にも理解されず、誰にも修得する事が不可能だった技。それこそが武内さんの死技であり、このまま継承もされずに死ぬしか無かった技だ。

 何せ誰にも理解出来ないから。

 『氣』なんてものを修得するにも普通に修行しても会得は不可能だし、師事を受けたとしてもノドカの様な才能のある者でなければ理解は出来ない。

 そして死技は『氣』を修得したその先にあるものだ。

 『氣』を完全に己のものに出来なければ死技は完成しないし理解も出来ない。


 荒唐無稽だと笑われた時もあっただろう。

 何かのトリックだとバカにされた事もあっただろう。

 それら全てをねじ伏せて一人で泣いた夜もあっただろう。


 俺は武内さんの『氣』を食い、死技を会得した事で彼女を理解した。

 こんな結果になるとは誰もが思わなかったろうが俺も思わなかった。

 だけど、だからこそ武内さんは止められた。

 今まではただの『天災』としての仲間であったが、今は『武』の共有者。この違いは武内さんにとって何よりも大きいはずだ。

 『天災』同士の孤独の慰め合いが終わり、同じ世界に立てた奇跡。

 待ち望んでいた奇跡が起きた。


「うん、満足したよ」


 それだけで武内さんの心は満たされた。この国を壊す気も無くなる程に。

 俺は武内さんの笑顔に満足して前のめりに倒れていった。




 ・・・




 ボクが神様に感謝したのは三回だ。

 一回目は皇ちゃんと出会った時。『天災』はボク一人だけじゃないと知ったから。

 二回目は陸斗くんが同じ『天災』だと知った時。仲間が増える喜びを知ったから。

 三回目はたった今。ボクの『武』を理解してくれる人がいると知ったから。

 これを奇跡と言わないで何て言えば良いんだろうか。

 ノドカちゃんもいるけどボクの『武』を完全に理解するのは不可能だと半ば諦めていたし、鍛える事でボクを苦戦させてくれる程度には成長してくれるんじゃないかと期待していた程度だった。


「それでも良かったのに」


 目の前で倒れている陸斗くんを持ち上げて、腕を枕に抱え込む。

 本当に有り得ない奇跡だ。

 ただの料理人、はちょっと表現として可笑しいけど『天災』のベクトルが料理でしかない陸斗くんがボクの『武』を理解するなんて思いも寄らなかった。

 『氣』を修得した時は流石にびっくりしたし、自分を食材だと思えとか我ながら無茶な事を言ったと思う。

 あれは半分冗談だった。

 そんなんで『氣』を得られれば苦労しないし、『天災』として料理に関連付けた事柄を認識しやすいのは知っていても出来るまでは無理だと思った。


 なのにあっさり成し遂げた。


 ボクと同じ『武の天災』なんじゃないかと疑うくらいにあっさりだ。

 でも体捌きは完全に素人で『氣』の扱いも全然だった。

 だけど期待した。もしかしたら陸斗くんなら、と期待してしまった。

 そしたら今度はボクの死技を会得した。

 獣闘法【大蛇オロチ】を捌いて食べるなんてとんでもない理解方法で会得してしまった。


「陸斗くん…」


 可愛い寝顔だ。

 ぶっちゃけると今までオカンだと思って接していた。ご飯が美味しいし何だかんだ言って甘やかしてくれるし。

 なのに今はそんな感情が湧いて来ない。

 ボクの胸中にあるのは何て表現すれば良いんだろうか。

 オトン?は違うよね。そもそもオトンって、どんな感じか知らないし。

 弟?も変だ。確かに親愛の情は湧くけどそれとは違う。


 ジー、と眺めていると愛しくて頬擦りしたくなる。

 もうボクは陸斗くん無しじゃ生きて行けない。

 まあ、それは前からも思ってたんだけど、今はそれ以上に目の前からいなくなったら泣いちゃいそうな感じだ。

 薄い唇だなー。さっきまで粗かった呼吸も大人しくて半開きな口元も可愛らしい。

 もっと近くでも良いよね。

 ぐっ、と身体を引き寄せると益々愛しさが込み上げて来る。

 もどかしいこの気分を何て表現したら良いのか。

 ボクにとって初めて湧いた感情に自分でもよく分からない。

 

「天華はもう国を壊さないのか?」

「皇ちゃんか。うん、どうでも良くなっちゃった」


 陸斗くんを眺めてたボクに後ろから皇ちゃんが声を掛けて来る。

 意外と言うべきなのか、皇ちゃんは手出しをして来なかった。ボクを止めるとしたら真っ先に皇ちゃんだと思ってたんだけどなー。


「まったく天華のせいで私のシナリオは滅茶苦茶になったよ」

「そのわりにボクを止めなかったよね。何で?」


 横に来てしゃがむ皇ちゃんは陸斗くんのほっぺを何故か突き始める。


「お前が私の立場なら止めなかっただろ?そう言う事だ」


 あー、なるほど。確かにボクと同じ様に『科学』をバカにされて暴れ始めたら止めない。寧ろ率先して手助けしちゃうだろうなー。

 皇ちゃんはボクの事をよく分かってるよ。それはいいんだけどさ。


「いつまで突いてるの?」

「いや、こいつが面白くてな。料理人が武の頂きに手を掛けたんだぞ?それもあらゆる過程をすっ飛ばしてな。お前からしたら未熟も良い所なのだろうが」


 手を引っ込めると皇ちゃんは人体実験をする時の目で陸斗くんを見下ろした。あれ?何か陸斗くんが呻いてるよ?


「うーん、未熟と言えば未熟なんだろうけどさ。ボクがもし陸斗くんの立場でも『氣』で編んだ大蛇を食うのは無理なんだよね」

「ほう、つまりこいつ特有か」


 多分ボクが大蛇をぶつけられたら消滅はさせられても吸収は出来ない。

 人の『氣』を受け入れるだけの皿がボクには無いのだ。

 なのに陸斗くんは出来た。改めて思うと本当に凄い事をしたよ。

 これが料理人としてボクの大蛇を調理したからなのか。それは正直陸斗くんに聞いて見ないと分からないけど、陸斗くんなら美味しそうだったからやったとか言いそうだ。

 でも、それだけでボクの死技を理解したんだ。こんな驚きは今まで味わった事が無い。

 

「皇ちゃん、ボク今凄い幸せなんだ」


 こんな気持ちになれたのは生まれて初めてだよ。

 一気に世界が広がった様な感覚。空ってこんなにも青かったんだ、って初めて気付かされた様な感覚は恐らく二度と味わえない。

 

「正直、私はお前が羨ましいよ。天華」

「えへへ、皇ちゃんの事も陸斗くんなら理解してくれるよ」

「だと、良いんだがな」


 だってボクを理解したんだもん。

 皇ちゃんの『科学』だって陸斗くんならきっと出来る。そんな確信がボクにはあった。


「武内様は人騒がせな方です」

「あ、ノドカちゃん。もう起きたの?」


 まだ寝てても良かったのに。


「はい。あばらが逝ってますが問題ありません。正直死ぬのを覚悟していました」

「う~、酷いなー。ボクは仲間を殺さないよ。ちゃんと加減したじゃん」

「修行時の数倍は強かったと思いますが」

「それでもまだ本気じゃないですー。本気出したらこの城なんて一撃で天井全部無くなるからね」

「まだ先があるのですか…」


 当然だよ。ボクは『武の天災』。『天災』に相応しいだけの力は持ってるもん。

 一度だけ元の世界で本気を出した時は街が一つ消えたっけ。ニュースにもなって焦ったんだよね。

 あ、マイランさんも起きた。みんな思っていたより回復早いなー。


「まさか私が早々に気絶させられてしまうとは思いませんでした。つくづく人なのか疑いますね」

「人ですー、ホモサピエンスですー、紛うことなく女の子ですー」


 失礼しちゃうなー、ボクのこの巨乳が目に入らないのかな?


「次は魔法で城ごと消し炭に変える勢いで止めに入ります」

「…それ息の根も止まると思う」

「それくらいでなければ止められないと分かりましたので」


 まあ城ごと燃やされても問題ないけどね。燃やされた程度で死ぬならミサイル打ち込まれた時に死んでるし。

 今度は魔法も味わってみたいかな。でも次は無いかも。

 だってボクにはもう暴れる理由が無くなっちゃったから。

 陸斗くんがボクの理解者。死技さえ理解するボクのたった一人の大切な人。

 あれ?そう思うと………、ああ、うん分かった。

 陸斗くんはオカンでもオトンでも弟でも無かった。


「ねぇ陸斗くん。次にこんな事があっても止めてくれる?」


 陸斗くんの顔を覗き込む。瞼はしっかりと閉じられ規則的な呼吸が聞こえる。

 すっかり深い眠りについて返事は返って来ない。

 それでもきっと陸斗くんなら『何度でも止めてやる』と言ってくれる気がした。

 だからこそボクは愛しさが更に湧いて来てこの行動を止められなかった。


「「「あっ…」」」


 ちゅっ、と浅い口づけ。

 外国の挨拶並みに短いが、唇同士のキスは親愛を超えた証。

 ボクは陸斗くんが大好きだ!!


「ふふ、私は祝福するぞ天華」

「えへへ、これがボクの初恋みたい」


 陸斗くんもボクを好きだって言って欲しいな。

 あれ?それはそうと妙に殺気が強くなってる気がする。


「武内様、寝ている主の唇を奪うとは感心しませんな」

「未婚の女性がして良い事ではありませんね。少し教育をして差し上げましょう」

「…ズルい」


 うはー、モテモテだね陸斗くん。まあ分かってた事だけどさ。

 この先陸斗くんは誰を選ぶだろうか。

 同じおっぱい属性のノドカちゃん?

 ロリ系ネコミミ獣人のレンちゃん?

 エルフでメイドなマイランさん?

 それともS系ロリの皇ちゃん?

 ああ、ボクも候補に入ってて欲しいな。

 陸斗くんって優柔不断な所あるし皆囲っちゃうのかな。でも、うん、それなら寂しくないよね。

 

「みんなもしちゃう?」


 今なら寝てるしバレないよ。


「そ、それは」

「師匠の許可も無くなんて」

「…む」


 あ、たじろいだ。

 陸斗くんのハーレムも当分先かな。でもボクが一番乗りだ!

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