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36話目 料理人の意地

調子良く書けました。ブックマークも徐々に増えて嬉しいです!

「は、はは……。ズルいよ、それ」


 乾いた笑みを浮かべる武内さんは喜びにも悲しみにも似つかない表情で俺を見た。


「本当にズルいよ。ボクにとって『天災』なんて疎ましいだけだったのに。仲間とかライバルとかいなくて寂しくて『(これ)』しかボクにはなかったのに」


 大蛇の頭を撫でる武内さんは今までの自身の道のりを思い返していた。


「だから漫画やゲームの世界が羨ましかった。突出した力を持った主人公にも対等か自分を超えたライバルや敵が必ず現れる。だけど現実なんてそう上手くいかない」


 誰もがボクの前にはひれ伏した。

 どれだけ強敵を探せど現れない世界は武内さんにとって価値は無かった。

 

「敵がいない。超える壁がない。ライバルなんて現れない。ボクより強い人なんて何処にもいない」


 武内さんはまるで捨てられた雛鳥の様だった。

 空の飛び方も分からず、餌の取り方も雨風を凌ぐ行為でさえ分からず、ただ死を待つばかりの一匹の雛鳥。

 孤独に震える彼女には大樹となって傍らに寄り添い続けた『武』だけが己を生かすみなもとでもあった。


「でも、だからこそボクはボクと共に生き続けた『武』を弄ぶ奴らが大っ嫌いだ!ボクと戦う力もないくせに生半可な覚悟しかない!そんな奴らが生きているのも嫌なんだ!!」


 武内さんの瞳に涙が浮かぶ。

 僅かな時間を共に過ごしただけの俺たちと、長年自分を支え続けた『武』。

 どちらを取るかと言われ『武』を選んでしまうのは仕方ないのか。

 『武の天災』としてでなく、『武』の伴侶として彼女は今猛烈に激怒している。その怒りを鎮めるには『武』を蔑ろにした元凶を打つしか道は残っていない。


「だから退いてよ陸斗くん!そいつら殺して全てを終わらせるから!!」

「嫌に決まってるだろ!そんな顔してる奴の言う事なんて聞いてやるか!!」


 バカみたいに笑っていて欲しい。

 そんな怒りに身を任せて泣き続ける奴を残して去るなんて後味が悪いんだよ!!


「止めてやるよ。武内さんの気が晴れるまで付き合ってやる」

「ボクはもう手加減しないよ」

「それでも止める」


 これは意地だ。

 俺の料理を食って幸せそうな顔になってくれる彼女の笑顔を曇らせ続けたくない俺の意地。

 言葉をどれだけ盛ってもダメなら俺は身体で止める。


「獣闘法【大蛇オロチ】を生身では受けられないのは知ってるよね」


 武内さんには俺のコンディションなど丸分かりなのだろう。

 残っている『氣』は三秒もあれば使い切ってしまう。

 それに武内さんの獣闘法【大蛇オロチ】は生身どころか石畳で出来た床さえ抉る。

 下手をすれば俺の身体は大蛇に貫かれて死ぬ。

 だからどうした。蛇なんて昔よく山に入って沢山取って食ってやったよ。


「かば焼きにしてやるから掛かって来い」


 その時使ったタレはここに無いけどな。


「上等っ!!」


 大蛇は投げる様に放たれる。

 手加減はしないと言ったくせに俺が見える速度でしか放っていない。

 おそらく気絶させるだけに留める気なのだろう。


「主っ!」

「ノドカっ?!」


 殆ど重傷で動けないと思っていたノドカが前に出た。

 きらめく青いオーラを纏うも【竜人解放】はしていない。いや、出来ない程に重傷なのか。


「はぁあああああーーーーっ!!!」


 え?

 メラッ、と燃える青いオーラが赤く染まる。

 ノドカも『氣』の強化が出来たのか。

 一瞬惚けている間にノドカと大蛇は接触した。

 

「ぐぅっ、あああああっ!!」


 気合を込めるとノドカは大蛇を殴り返す。

 

「はぁ、はぁ……」

「ノドカ大丈夫か?」


 殴り返した右腕をダラン、と下ろして粗い呼吸を繰り返すノドカに俺は近付く。

 その腕からは皮膚が裂けて血を垂れ流しているも深い傷は無かった。


「ノドカちゃん、それいつ出来る様になったのさ」

「今ですよ。主の危機に身体が反応したまでです」

「やるね。死闘でしか得られない『氣』の極致に陸斗くんの助けも無しで至るなんてノドカちゃんは才能の塊だよ」

「武内様の言う台詞ではありませんねっ!」


 前に出た!?

 ノドカは重傷でありながらも武内さんに向かって行った。

 しかし武内さんも想定内なのか向かって来たノドカの腕を絡め取って自身の背中から密着する。


「だってボクは『天災』だから!」

「ぐぁああっ!!」


 ドンっ!と強烈な踏込とノドカの突進力を利用した衝撃が全てノドカの身体を駆け巡る。

 ノドカは衝撃に耐え切れずに意識を落として倒れた。

 充足感のある笑みを浮かべた武内さんだが、その目はまだ愚かな戦いをした騎士たちを捉えていた。


「さあ、もう盾はないよ陸斗くん」

「元から盾にする気は無かったよ。ノドカは合格なんだろ?まだ満足しないのか」

「ダメだって言ったじゃん。ボクにはあいつらを殺す義務があるんだ」

「そんな義務があってたまるかよ」


 近くに落ちていた剣を拾う。思っていたよりも重くて滑り落とし掛けるも何とか掴んで構えた。

 俺の行動に疑問視する武内さんが首を傾げる。

 

「この大蛇の硬さを知ってるよね?それじゃ斬れないよ」

「包丁取り出すよりはマシだと思ってくれ」


 こんな大蛇を捌くだけの包丁を俺は持っていない。

 だが、剣を掴んだ瞬間に分かってしまう。この調()()()()ではダメだと。

 大蛇を料理すると意識を切り替えたからか捌き方が頭から出て来る。

 それだけにこの剣は使えない。


「行くよ!」


 再度投げられた大蛇は確実に俺を睨んでいた。

 迫る武内さんの大蛇に対して俺は咄嗟に剣の腹でガードする。

 しかしそれは無情にも無駄に終わる。

 

「がぁっ!!」


 剣は根元から折られ、俺の身体は壁に叩きつけられる。骨は折れていないが、まだ意識があるのが奇跡と思える状況だ。

 ノドカはこんな強烈なものを何度も受けていたのか。

 全身を苦痛が支配し、今にも意識のブレーカーは落ちてしまいそうだった。

 大言壮語にも止めるだ何だと言っていたがこんな様だ。

 よろよろと起き上がるもこの身体の痛みは生半可なものではなく、悶絶して呻きたくなる痛みであった。


「うわ、まだ起き上がるの?」

「あ…、たりまえだ。俺が止めるって言っただろ…」

「満身創痍なくせに」


 その通りだよ、まったく。

 素直に気絶出来たらどれだけ楽か。

 けど俺は倒れたくなかった。

 ここで倒れれば全ては無駄に終わる。

 マイランさんの献身も。ノドカの努力も。俺の頑張りも。全てが一切合切無駄となって、気付いた頃にはこの世界からモルド帝国は消えている。

 そんなふざけた話を許容してたまるか。

 だから立つ。策も無いままに立ち上がってしまう。


「でも、それももう終わりだよ!!」


 理不尽な暴力(大蛇)がまた投げられた。

 もう俺を守ってくれる者はいない。『氣』を使っても大蛇を倒せないし、これは無駄な足掻きだ。


 『今日も立派な蛇が手に入ったな』


 こんな時だからか途切れかけの意識が山に入って狩りをしていた記憶を呼び起こす。

 ああ、普通の蛇ならお金が無い時に沢山食ったな。

 頭を落として腹から捌く。いつもやってた行為もここでは無力か。

 調理する為の道具が何も無い。包丁どころか剣でも鱗一枚剥がすのがやっとで本当にあれが『氣』の塊なのか疑うぞ。

 まったく残念だ。この大蛇は本当に()()()()なのにな。

 鼻の先まで迫った大蛇は凄く綺麗で頭から切断してやりたい。こんな風に。


 ――― ザンッ


「え?」


 落ちた大蛇の胴体を腹から捌く。

 気が付けば俺は一本の包丁を握っていた。

 その包丁は全体が赤く、まるで武内さんの扱う大蛇と同じ『氣』の塊そのものだった。

 しかし今はそんな事はどうでも良い。



「いただきます」



 がぶりと豪快に食らい付けば思った通り、蛇特有の生臭さのないササミに近い旨味が口に広がる。

 スウッ、とまるで全身が口にでもなった様に大蛇を身体が吸収し始める。

 

「り、陸斗くん…?なに、やってるの………?」


 驚愕で目を開く武内さんだが俺はいつも通り捌いて食べただけだ。今回はちょっとそれが特殊だっただけ。

 サッパリとしているのに後味はしっかりとしていてスープにしても美味しいだろうな。

 大蛇の全ての食った俺はある違和感を覚える。


「そ、それって…」


 まるでこの動作をしなければならない強迫観念に捕らわれてしまった感覚。

 右手を顔の前に、左手を胸の辺りに持って行き、指の関節をそれぞれ曲げている独自の構え。

 これは武内さんが大蛇を生み出す時にやっていた所作。

 なるほど。やってみて初めて理解する。この形には意味があったんだと。


「獣闘法【大蛇オロチ】。ボクの死技………」


 涙をポロポロと流す武内さんは歓喜の笑みを浮かべていた。

 俺の周りには一匹の大蛇が姿を現した。

 武内さんが生んだ蛇よりもやや小ぶりだが、これはまさしく大蛇だった。


「中国拳法には獣の動作をマネする拳法があるって聞いた事があるが、それを『氣』で再現していたんだな」


 この構えは最初に『氣』に獣の形を創り出す為の重要な儀式だったんだな。

 大蛇を食べて自然とそれが頭の中に入って来た。

 俺が出した包丁もそれだ。

 料理したいと願い、大蛇の首を落とすイメージを固めたからこそ生まれた一刀。

 俺にこんな事が出来るなんて俺自身もびっくりした。


「そう。そうだよ、陸斗くん!ああ、凄い、凄いよ。こんな奇跡があるなんて!!」


 神はいた。

 それだけの喜びが武内さんを支配する。

 一人じゃない。この頂きに届くのは一人じゃなかったんだと涙を流して訪れた幸運に狂喜した。


「ハレルヤ!喝采だ!胸キュンだよ!もう、何でも良い!!国とかもうどうでも良いよ!!ああ、今日はなんて最高の日だ!!」

「喜んでる所悪いが、俺の『氣』の量だとこれを次も造るの無理だからな」


 武内さんの大蛇を糧に生まれたに過ぎない俺の獣闘法【大蛇(オロチ)】。

 本来の俺では『氣』の量が足りずに実寸大の青蛇が精々だ。

 それでも武内さんは幸せそうな笑みを止めなかった。


「そんなのこれから何とでもなるよ!さあ、ぶつけ合おう!お互いの全力を!!」


 武内さんは腰を落として爪を立てる。右腕と右足を少し後ろに引くと『氣』がまたも獣の形に組まれた。


「獣闘法【獅子王(バロン)】」


 現れたのは一体の赤い獅子。

 思っていた通り、獣闘法は武内さんの思うがままに形状を変えられるのか。

 でも、今の俺にはこれしか出来ない。

 蛇を構える俺に対して、獅子を携える武内さん。

 俺には蛇が獅子に敵うイメージが湧いて来なかった。

 だけど止める気は無い。

 そもそも武内さんが止めさせてくれない上に、あんな涙を流して喜んでいる人の前で、やっぱゴメン無理、なんて言えないしな。


「行くぞ!!」

「来て!全力で!!」


 大蛇は獅子に向かって丸飲みする勢いで向かった。

 だけど結果は見えている。

 何せこの大蛇は想像以上に扱いが難しい。

 武内さんは生きているかの如く操っていたけれど、俺にそこまでの操作は出来ない。

 だから出来るとしたら真正面からあの獅子を食い破る事だけ。


「ああああああっーーー!!」

「やぁあああああっーーー!!」


 武内さんは小手先の技術で、何て事はしなかった。

 俺の真正面からのただの突進に対して、武内さんも獅子をそのままぶつけ合う愚策。

 あれだけ生き生きと大蛇を動かせた武内さんが俺の大蛇を捕まえられない筈がない。

 しかし敢えてそれをせず互いの獣を衝突させた。

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