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35話目 死闘

「主!?」


 驚きの声を上げるノドカだが、俺も驚いている。

 あんな武内さんの前に出るなんて本当に自殺と同じ行為だ。


「ふーん、どうしたの?まさか止めようなんて思ってないよね?」

「思ってるが?」


 プレッシャーが増した。

 この圧だけで俺は屈しそうになる。


「誰が誰を止めるって?」


 大蛇の舌で舐められている様な圧力は相対して初めて分かる。

 こんな人によく立ち向かったと騎士団長たちを褒めたいくらいだ。

 しかし俺も負けていられない。


「夕飯抜きにするぞ?」


 プレッシャーが弱まった。

 この圧なら俺は行ける気がする。


「べ、別に良いもん」


 涙目な武内さんにこれなら行けそうと畳み掛ける。


「これからの食事を全部皇さんに頼んでカロリー〇イトにするぞ」

「盗み食いする!」


 開き直った、だと…。


「と、とにかくこれは譲れないんだよ。ボクにも意地があるんだ」


 緩みかけてた圧力が元に戻る。


「そこを退いてよ陸斗くん、そいつら殺せない。って、ボクがこのセリフを言うなんてメインヒロイン昇格かな」

「どちらかと言えば魔王だろ。今まで自分のやって来た事振り返って見ろよ」

「む、酷いなー。主人公ならもっとヒロインを甘やかすべきだよ」

「悪いが主人公なんて面倒なものやってる気はない」


 俺は普通に生活したいだけだ。

 マフィアっぽい服着たり、王族に貸し作ったり、ケンカ売ったりして生活する波乱万丈なのは御免なのだ。

 だと言うのに皇さんも武内さんも俺を振り回し過ぎだ。

 もっと穏やかに暮らしたいと願う俺の意志を尊重してくれ。


「良いから帰るぞ。今止めたら武内さんの好きな物作ってやるから」

「うっ…」


 ムチがダメなら飴で勝負だ。

 現に効いているのか身もだえしている武内さんがいる。


「デザートはホイップ増し増しのイチゴパフェだ」

「うっ、うっ~…」


 さあ抗うな。誘惑に屈しろ。


「もしこのまま暴れたら食えないぞ?」

「う…」


 これは屈したか?

 だが、武内さんの決意は思いのほか固かった。


「うるさい!うるさい!うるさーーい!!陸斗くんそんなに誘惑しないでよ!ボクだって譲れないものがあるんだ!絶対にこの国を破壊して見せる!!」

「くそっ、いらん所で意地になるなよ!!」


 武内さんは大蛇の鎧を解除して大蛇の顔をこちらに向ける。

 完全に俺を敵対者として捉えていた。


「主っ!」

「師匠っ!」


 ノドカとマイランさんは同時に俺の前に出る。

 これ以上は二人とも見ていられなかったのか、俺を守る形、ノドカは【竜人解放】をして、マイランさんは黒い大剣を両手で構え、それぞれが全力を出せる状態で武内さんの前に立った。


「ふーん、二人もボクの邪魔をするんだ」


 二人が前に出た事で逆に武内さんは喜びをあらわにする。


「主に危害を加えるのでしたら武内様でも私は止めます」

「師匠には手出しをさせません」


 だが二人はセリフとは裏腹に冷や汗を流しながら顔を強張らせている。

 あの武内さんを止められないと二人は言っていた。

 死を覚悟しての事だろう。でも、俺は二人が死ぬくらいなら国が死ぬ方を選ぶ。


「二人ともダメだ。武内さんには勝てないんだろ?」


 自分の事は棚に上げて二人を諭す。


「この命は主に捧げたものです。主の為になるなら私はそれ以上に嬉しい事はありません」

「師匠がいなければ私は何を目標にすれば良いのですか。私は師匠の為に戦います」


 ああ、酷い。

 俺は今とても嬉しくて喜んでいる。

 二人が俺に命を預けてくれるのに喜んでしまう俺はなんて酷いんだろうか。

 

「ノドカちゃんとマイランさんはボクの本気を知らないでしょ。いっつもボクは手加減してるんだよ?それでもやるの?」


 その最終確認は武内さんなりの気遣いか。でも彼女自身は本気で戦いたいと叫んでいる。

 ありありと伝わる殺気は素人の俺でも感じ取れる程に強大だった。


「主は下がっていて下さい」


 巻き込まない自信はないとノドカの背中が語っていた。

 俺はノドカの言う通りに二人から離れる。


「武内さんのオヤツだけ枝豆に変わるからな」


 苦し紛れに捨て台詞を吐いてみる。


「絶対に盗み食いしてやるぅーーーーーーっ!!!」


 締まらない戦いが始まった。




「おらゃぁっ!!」


 やけっぱちな武内さんの殴打。

 まだ大蛇は使っておらず、手加減の域を逸脱していなかった。

 しかしそんな殴打であっても『武の天災』である彼女の拳にノドカとマイランさんは対応し切れずにいた。


「くっ」

「相変わらず強いですね!」


 俺には三人がバカみたいな数に増えて見える。

 見える様になっただけマシなんだろうが残像の残る戦いに俺は口が挟めない。


「だから言っただろ?今のあいつは止められんと」


 まあ、揺らいではいたがね、と、いつの間かに俺の横に来ていた皇さんがぼやく。

 

「…ご主人様惜しかった」


 皇さんの脇にいたレンが俺を慰めてくれる。

 この間にも騎士たちは倒れた騎士団長たちを介抱していた。二人が作ってくれたチャンスを生かさねばと彼らも必死なのだろう。

 王女の側にも騎士たちがいるが、かなり手薄だ。

 もしこのタイミングでアビガラス王国に襲われれば、この国は終わってしまうだろうな。


「武内さんがあんなにも融通が利かなくなるなんてな」


 しかしそんな事よりも俺は武内さんがここまで強い執着心を見せる事に驚きを禁じ得なかった。

 国を出て行ってしまえば不快な思いをし続けなくても良いのに、仲間である俺たちにまで手を出して国を潰そうとするのだから理解が出来なかった。

 そんな俺の疑問に対して、皇さんは既に答えを持っていた。


「天華は武人だからな。それも生半可ではない頂点に立つ者だ。言い換えればそれだけ『武』を愛している、いや、私もそうだがそれにしか()()()()()()()()身だ。『武』を馬鹿にされるのは親しき者を凌辱されるのに等しいのだろう」


 そうか。皇さんの答えで何となく分かった。

 武内さんにとって騎士団長同士の戦いは命を懸けると豪語した割に薄っぺらく虚しいものだった。

 全力でない彼らがどれ程綺麗な言葉を並び立てても、武内さんには『武』を侮辱ぶじょくしている行為でしかなく。

 全力でない彼らが逆に言葉を無駄に並べる事で、武内さんには『武』を侮蔑ぶべつしている他なかったのだろう。

 だから彼女は怒った。

 寧ろ我慢して見守っていた方でもある。

 俺で例えるなら料理道具を疎かにして、食材を碌に吟味もしないで、よそ見をしながら料理を目の前でされていた様なものか。

 間違いなくその場を代われと蹴り飛ばしている。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「俺はこの国がどうなっても構いはしないが、武内さんが手を汚す姿を見たくはない」

「ふっ、ワガママだな陸斗」


 微笑む皇さんは俺の言う事など見透かしていた。

 

「ならば行け。お前が止める以外に手段はないぞ」


 善戦をするノドカとマイランさんだが、あくまでも武内さんの手加減の範囲での事。

 ジリジリとギアを上げ、遂には大蛇まで動かす武内さんの猛攻にノドカとマイランさんの手が追い付かなくなったのか二人から血飛沫が舞い始める。


「ぐっ!」


 ボキッ、と嫌な音が聞こえ、ノドカから呻き声が耳に届く。

 何処かの骨が折れたのか。それでも戦い続けるノドカから青いオーラが走る。


「ノドカちゃんの『氣』の操作がどこまで出来る様になったかテストだよ!」


 耐久試験と言わんばかりに強く殴る武内さんはノドカを騎士団たちのいる壁まで飛ばす。

 石の壁が豆腐の如く脆く崩れてノドカは城外まで吹き飛ばされた。


「あ、やり過ぎちゃった」

「隙ありです」


 一瞬だけ止まった武内さんの背後を取ったマイランさんが大剣を振り下ろす。

 しかし武内さんに隙は無かった。


「なっ?!」


 大蛇がマイランさんの大剣を口で掴んで止める。

 こんなでたらめな力に対抗する術を俺は知らない。

 ………いや、一つある。

 この瞬間だけは、武内さんの『氣』をマイランさんに止められている間だけは、俺が武内さんを抑えられる!


「はぁあっ!」


 胸元を親指で抉る事で赤いオーラが俺を包む。

 俺が『氣』を扱えるのは、ほんの数秒。

 それでも俺が参戦すると思っていない武内さんになら正面からは無理でも奇襲で行ける。


「お?」


 武内さんが俺の方に振り向いた時には既に俺の間合いの内だ。


「うっらぁあああっ!!」


 殴るのは気が引けるが躊躇している暇はない。

 ノドカとマイランさんが作った隙を無駄にはしない!


「うーん、惜しいな」

「いっ!?」


 パシッ、と簡単に掴まれると同時に空中に跳ね上げられた俺はじたばたと足掻くも武内さんの様に空は歩けない。

 

「『氣』は万能じゃないんだよ?まだ使い方を知らない陸斗くんが相手ならボクが『氣』を使わなくても十分対処出来るんだ。『武の天災』にテレフォンパンチなんか効かないよ」


 ストン、と柔らかく床に落とされた俺は『氣』を抑える。

 俺では戦いにすらならない。

 

「ぐぁあああーーーっ!!」


 マイランさんが大蛇に振り回されて壁に叩き付けられる。

 もう武内さんを止められないのか。

 武内さんの足元に転がる俺は『氣』を使ったせいで完全に動けない訳ではないが鉛を身体中に張り付けたみたいに重い。


「くっそ…」


 強引に立ち上がるも、歩くのもやっとな力しか残っていない。

 

「でも、良かったよ。女だから、仲間だから躊躇しないって気がちゃんと伝わって来たから」

「倒せてないのに褒められてもな」

「ボクを倒すなら陸斗くんが何千人か集まらないと無理だよ」

「スケールが違うぞ、おい」


 だが、実際にそうだ。

 俺は『氣』を使えるようになったと言ってもそれは『武』の入口に立っただけの話。

 武内さんは『氣』を蛇の形に具現化して正に生きているかの如く操っている。

 それに対して俺は『氣』をただ闇雲に消費しているだけで、武内さんの『武』を理解するどころか、人を殴った事さえ無い俺は素人以下でしかない。


 ポテンシャルだって違う。

 武内さんがオリンピック選手なら、俺は中学生。身体能力の差はそれだけ大きく離れていた。

 いったいこれでどうやって勝てと言うのか。

 勝利条件が武内さんを止める事で、倒す必要は無いとしても三人で隙を見出してこの様だ。とても勝利条件を満たせるものではない。


「これで諦める気になったよね?」


 相手は余裕。体力だって全然有り余っている。


「ぐぅっ、主。また無茶をされたのですか…」

「………」

「ノドカも無事か」


 なのにこっちはボロボロ。

 ノドカは城の外から戻って来たが【竜人解放】のスキルは消えているし、マイランさんは大蛇の攻撃で気絶。俺はあと一回『氣』を使えば一日動けなくなる。

 皇さんもこんな状況下でも傍観を決め込んでおり、レンは自分が戦力にならないのを知っているからか邪魔にならない様にジッとしている。

 僅かな時間でこうもやられては俺に打てる手は残っていない。ポーカーなら手札がブタで勝負しろと言われている気分だ。それも相手に手札を見せた状態で。

 絶対に勝てない。

 それを分かってか、武内さんもトドメを刺そうとはせずにこっちが諦めるのを待ってくれている。


「ほら、抵抗するだけ無駄なんだよ。ボクには勝てない。だから大人しくしていてよ」


 これが最後の忠告だと、武内さんはもう抗わないでくれと唸る。

 でも俺はやっぱり嫌だった。

 ふらふらな状態で俺はまだ武内さんの前に立っていた。


「………何で諦めようとしてくれないかな。あの王女でも気に入った?形の良いおっぱいしてたもんね」

「そっちはどうでも良い」


 私王女なのに…、と呟く声が聞こえた気がした。

 だけど俺は本当にこの国や王女がどうなっても興味はない。


「俺は武内さんがこんなどうでもいい事で手を汚すのが嫌なだけだ」


 何度だって言ってやる。

 俺は俺の平穏を乱されたくない。もしも武内さんが誰かを手に掛けたら俺はいつもと同じ様に接する自信が無いんだ。

 いつも笑って俺が作った料理を美味いと絶賛してくれていればそれでいい。


「ワガママなのは承知の上だ。俺は武内さんが人を殺そうとするなら何度だって止めてやる」


 俺の人生(料理)の味を変えようとするなら誰が相手でも止める。


「友達だからな」


 クラスメートとしてのよしみじゃない。この世界に来て出来た絆は共に生活する中で家族にも似た深いものだ。

 それに何より。俺を初めて認めてくれたのは武内さんだったから。

 誰にも必要とされず、上辺だけ繕って生きて来た中で武内さんが初めて俺の可能性を見出してくれた。

 もし武内さんが俺を気にも留めていなければ、きっとこの異世界でクラスメートたちになぶり者にされて死んでいた。

 だから俺は止める。

 間違った道に進もうとするなら友達として、恩人として、その行く手を阻んで見せる!

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