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34話目 『武の天災』武内天華

 『天災』が動いた。

 この事実に皇さんはあっさりとこの国の末路を言い伝える。

 しかし王女はそれを容認出来る筈もなかった。


「なっ!?止めて下さい!あの方は仲間なのでしょ?!」


 戸惑いを全面に押し出して皇さんに懇願する。

 だが、皇さんは首を横に振るだけだった。


「ああなった天華を私では止められんよ。少なくとも…」


 皇さんは自身の右腕を掴む。

 カシュッ、と軽い音を立てて外れる義手に王女の目は丸くなった。


「こうなる覚悟が無ければ止められんさ」


 皇さんが義手を外した姿を初めて見た。

 義手とは思えない完成度に今の今まですっかり忘れていたくらいだ。


「本当の右腕はあいつに食い千切られてな。まあ、本気を出した天華を止めるのはリスクが高いのだよ」

「それは…」


 義手であった事に驚いているのか。ぷらぷらと揺らす右腕を見て驚きを示した。

 それはそうと武内さんの本気があれか。

 結局俺は旅の中で一度も武内さんの本気を見ていなかった。


「武内さんの本気に皇さんは対抗出来ないのか?」


 同じ『天災』の皇さんならきっと…。

 しかしそんな希望は絶たれる。


「私はあいつと戦って負けているからな」


 『武の天災』武内さんの力は皇さんを凌駕していたのか。

 そんな俺の思考を読んだ皇さんはムッ、とした顔をして俺を睨む。


「言っておくが過去の私が、だ。今の私は更に強いので次は負けんよ」

「見栄っ張りだな」


 二人が戦うとどうなったのか気になるが、ただではすまないのは間違いない。


「見栄ではなく事実だよ。私が何の対策もしないと思っているのかね?」

「そうは思わないけどな。ってかそれなら止めないか?」

「生憎と今はそんな気分ではない」

「気分かよ」


 しかしそうなると武内さんを止める者がいない。

 武内さんは蛇を完全な姿で造り出すと笑みを深めながら騎士たちの前を歩く。


「ボクのこれは本来お蔵入りになっていた技だよ」


 それは誰の為の説明か。

 『氣』による大蛇がチロチロと舌を動かし、武内さんの周りをウネリ動く。


「死技。数多くの技をボクは作って来たけど、普通に身体を鍛えた程度の人じゃ一撃も耐えられなくて死蔵してたんだ」


 武内さんが使えない技を使った。

 それは技が強くないからではなく、強過ぎるが故に不使用を決めていたもの。

 それが今解禁された。

 ただし騎士団長たちが強いからではない。不快だったからさっさと処分しようと目論んでだ。


「君たち相手でも使うべきじゃないんだけどさ。見てたら鬱憤うっぷんが溜まったから」


 何ら変わらない武内さんの笑みだが、心臓まで凍り付かせる瞳の奥から憎悪に似た嫉妬に火が燃えている。


「国と一緒に滅んでよ。存在してるだけで凄くウザいや」


 二大勢力の中に突如現れた第三勢力。

 それが武内天華であり、自尊心、自国愛、自意識、その他全てをドン底へと叩き落とす化物。

 今、その化物が暴力の限りを尽くす。


「バイバイ」


 一匹の大蛇がウネリながら天を走ると、そのまま落下する様に第一騎士団へ襲い掛かる。


「お前たち逃げろ!!」


 第一騎士団長が全力で叫ぶ。

 あれが何であるか分からない筈だが、危険なものと判断したらしい。

 散り散りに逃げる第一騎士団の足元を大蛇の(あぎと)が抉る。


「………」


 俺はその光景に言葉を失う。

 石畳で出来た分厚い床を大蛇の頭が綺麗に割り食った。

 ただの『氣』があれだけの事をするなんて、人が受ければ確実に死ぬ。

 俺は武内さんを何処か舐めていたのかも知れない。

 『武の天災』その意味を正しく理解せず接していた俺は改めて武内さんに恐怖を覚える。


「下だ!!」


 床を食い破った大蛇は戻る時も更に違う箇所から食い出て来る。

 今はまだ犠牲者は出ていないが、あれだけ大蛇が暴れればいつかは犠牲者が出る。そうなる前に止めないと。


「ノドカ、マイランさん。あれを止められるか?」


 俺は無謀と思いつつも二人に聞いた。


「私の全霊を賭しても死ぬだけでしょうが、主が望むのであれば」

「不可能ですね。邪神を殺せと言われた方がまだ実現出来そうです」


 つまり武内さんは俺たちじゃ止められない。


「そう言う事だ陸斗。私の思っていたシナリオからも大幅にズレてしまった。どの道消える国ならさっさと逃げるに限る。天華なら料理の匂いに釣られて戻って来るだろう」


 国を見捨てるのが最善だと皇さんは言う。

 しかしそれで本当に良いのだろうか。

 迷う俺に現実を叩きつける様に皇さんは指を差す。


「キレた天華をお前が止められるのなら構わんよ。しかしその行為を秤に乗せた時、私たちが被る被害とこの国を守って得られるメリットを正しく認識出来ているかね?言って置くが私は手出しはしない。存分にこの国が壊れるのを眺めているだけだよ」


 武内さんの大蛇に対抗しようと第一騎士団長が胴体を切ろうと剣を振るが、どれだけ大蛇が頑丈なのか、鱗の一つも剥ぐことは出来ずに弾かれてしまう。

 本体を叩けば良いとルミナスさんは武内さんを狙うが、肝心の武内さんには剣を掠らせる事も叶わず、逆にじわじわと苦しめる様な打撃を浴びせられていた。

 まるで不快にさせられた恨みを一瞬では晴らさないと拳が語っている様だ。

 どう見ても彼らには勝ち目が無い。

 せめて何か武内さんの気を治められれば良いんだが。


「ちなみに君がここで料理をしてもあいつは食わんぞ?あの頭に今は戦う事しか考えが無い。骨を折ろうが皮膚を焼こうが、傷など知らないと言わんばかりに襲って来る。先に襲った私の方が先に参って逃げようとしたくらいだ」

「どうにもならないのかよ」


 搦め手は無理か。

 なのに『武の天災』を正面から抑えなければ国が滅ぶ。

 これは確かに手詰まりだった。


「ねぇ、ねぇ、ねぇっ!ほらほらほらほら!!早く本気にならないと死んじゃうよ!!」

「くっ、がぁっ!!」


 大量の血がルミナスさんの口から吐き出されて宙を舞う。

 べっこりと凹んだ鎧は役目を果たせず、逆に自身を圧迫する枷となってルミナスさんを苦しめる。

 武内さんなら一撃で鎧を破壊する事も出来ただろうに、敢えて鎧を残した。

 それは明らかに遊んでいる証拠でもあるが、だからと言ってルミナスさんに倒せる相手ではない。

 

「ぐぁっ!!」


 大蛇も武内さんと同じ様に苦しめる為に胴体で第一騎士団長にぶつかり、壁際まで吹き飛ばす。

 その勢いを殺せなかった第一騎士団長は背中から壁に激突してルミナスさんと同じ様に口から血を吐き出した。

 互いに瀕死とも言える状態でもルミナスさんと第一騎士団長の目は諦めていなかった。

 

「「っく、【死地奮迅】!!」」


 ルミナスさんと第一騎士団長が新しく今まで使わなかったスキルを使う。

 ノドカがそのスキルの使用に驚きを見せる。


「主、【死地奮迅】は体力が一割まで落ちた時でなければ使えないスキルです。その分ステータスを尋常ではない程に高めますが、使い終われば反動として数日は動けない諸刃の剣です」

「そんなスキルを隠し持ってたのか」


 だから武内さんは全力じゃないと分かったのか。

 いや、それだけじゃない。先の二人の戦いに比べて今の方が殺意が剣に乗っている。

 今まで剣にしか攻撃をしなかった二人が相手を殺すのを前提に戦っているのだ。もし、最初からこうしていればこんな結果にはならなかったのだが全ては後の祭りだ。


「「はぁああああああああっーーーーーー!!!」」


 ―― ザンッ ――

 第一騎士団長は鱗を一枚、ルミナスさんは頬に傷を付ける。が、それだけで終わった。

 二人にはそれ以上の傷を負わせるだけの技量を持っていない。

 いくらステータスを底上げした所で『武の天災』を押さえ込むには剣技が圧倒的に足りていなかった。


「「がぁっ!!」」

「「「「団長!!」」」」


 大蛇の尻尾が第一騎士団長の腹を叩き、武内さんの拳がルミナスさんの頬に当たり二人揃って床を転がる。

 騎士団長たちによって守られていた騎士たちは、なす術もなく倒された事に愕然とする。こんな化物には勝てないと剣を落とした者もいた。

 力の差は歴然。どうにもならない事態だ。そうであるにも関わらず、騎士団長たちは起き上がる。


「へぇ、手加減したけどやるね。まだやるの?」

「「当たり前だ!!」」


 剣を支えに立った彼らは正に命懸けで、国を守ろうと奮闘していた。


「ふふ、そうだよね。そうじゃないと国が滅んじゃうもんね。ほら頑張って。ルミナスちゃんは『氣』だって使って良いよ。ほらほら」


 煽る武内さんにルミナスさんは顔をしかめる。


「あれ?まだ使えないの?才能無いねー。いいよ陸斗くんにやってもらって『氣』を使えるようにしても」

「不要だ!貴様の仲間の力は借りん!!私の力で貴様を倒す!!」

「意固地だなー」


 大蛇は武内さんの元へと戻る。

 大蛇が武内さんの身体を締め付ける様に纏わると、大蛇は形を変えて武内さんの体型にフィットしていく。

 強硬な鱗はそのままに、身体に密着した鱗がまるで鎧の如く変成して武内さんを守っていた。


「ならボクに一発入れて見なよ。君の言う私の力で倒してよ」

「言われなくともっ!!」


 両手を広げて待つ武内さんに自身の最大限の力を持ってルミナスさんは走る。


「ああああああああっ!!!」


 頭上に振り降ろされた剣は武内さんのひたいに接触した。

 ギィンッ!


「ばか、な…。私の最高の剣が……」


 しかし大蛇の鱗を纏った武内さんには通じない。

 鱗のあまりの頑強さに剣の方が先に根を上げて真ん中から折れてしまった。


「ハイ終了ー。どう私の力とやらで倒せる?無理だよね?ねぇ今どんな気分?ねぇねぇどんな気分なの?」


 近くにいるのに触れられない。

 そんな理不尽にルミナスさんは剣を持っていた手が震え始める。


「あれ?もうギブなの?でも分かった?君たちって凄く弱いの。物凄く弱いくせして互いに手加減して国の為―、とか本当に笑っちゃうのを通り越して不愉快なんだよね」


 顔をギリギリまで近付ける武内さんはまさに蛇の如く執念深かった。

 一方ルミナスさんは蛇に睨まれた蛙も同然で身動き一つ取れはしない。


「おままごとに『武』を使わないでくれるかな?こっちは真剣に待ち望んでんの。ボクに届く武道家を、ねっ!」

「がぁあああっ!!」

「ぐぁあああっ!!」


 ドンっ!!と激しい地鳴りと共に吹き飛ばされたルミナスさんは第一騎士団長を巻き込んで壁に叩きつけられる。


「さーて、おままごとの後はお片付けだよね。ボクが徹底的に掃除してあげるよ」


 もう時間に猶予は無かった。

 壁に叩き付けられた二人が既に虫の息だ。あの衝撃だってダンプに引かれた並みの凄まじい攻撃で生きているのも不思議なくらいだ。

 このままでは確実に死人が出る。

 別に騎士団や国がどうなろうと構わないが、武内さんが人を手に掛ける姿を見たくは無かった。


「武内さん、もう止めないか?」


 だから気付けば前に出ていた。

 腕を失う覚悟も何も無いままに、俺は武内天華と対峙してしまった。

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