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33話目 あいつらの戦いはまだ始まったばかり

 削岩機の如く鳴り響いていた剣戟は唐突に終わる。

 互いに距離を取り、己の剣の状態や自身の損傷具合を確かめていた。


「まさかここまで第三騎士団の長がやるとは思わなかった」


 それは純粋な称賛。

 第一騎士団長は殺し合っているのを忘れたかの様にルミナスさんを褒め称える。


「それは私も同じだガイエス殿。この国の者で私以上の使い手がいて嬉しい。この様な形で剣を交えたくは無かったが」


 互いに国を思えばこそ出る言葉だ。

 そうなると反乱など起こす前に和解の道でも探ればよかったものを。

 しかし戦いの火蓋は切られた。

 どちらも既に譲れない所まで来てしまっている。

 ならば後は生き残っている方が勝ち、国の全てを持って行くのだ。


「どっちが勝つと思う?」


 力量差など分からない俺はノドカに聞く。


「今のところルミナスの方が有利でしょう。しかし第一騎士団長もまだ奥の手を切っていないと考えれば【戦乙女(ヴァルキリー)】を使い、手の内を晒したルミナスがやや不利かと」

「なるほど」


 勝てる戦いではないらしい。

 一応俺たちは王女側の人間だからルミナスさんの勝利を思うしかない。

 今回は皇さんの言った通り、介入は無しとなれば自然とルミナスさんの動きに期待してしまう。


「行くぞ!」


 ルミナスさんの【戦乙女(ヴァルキリー)】は強力なスキルである分、デメリットが無いとは思わない。

 決着を焦ったルミナスさんが騎士団長の体格差を無視して突撃する。


「ああああああっ!!」


 城が震える程に声を荒げながら突き進む彼女は己の余力を全て出し尽くすつもりか。

 まだ始まったばかりと言うのに凄い気迫だ。

 

「おおおっ!!」


 それに応えんと剣を振り下ろす第一騎士団長も力強い雄叫びを上げて対抗した。

 ガァンッ!!

 一段と強い剣同士の打ち合いが勝者を選び出す事はなかった。

 彼らは最高の一撃を出したものの、未だに互いが無傷。疲労はあれどまだまだ戦える彼らに俺は凄いと思うと同時にやはり違和感を覚えて止まなかった。


 何かこう、今の打ち合いを見てから一段と増す違和感。

 俺は戦うのは素人なだけにその違いがよく分からないが、この二人から感じる闘争心は本物だ。一瞬でも気を抜けば死んでしまう一撃を互いに繰り広げている。

 だと言うのに俺はガラス越しの食品を見ている気分にさせられるのは何故だろう。

 俺の深まる疑問を余所に二人は尚も剣をぶつけ合う。


「国の為に!!」

「我が王の為に!!」


 立ち代わりの激しい攻防は勢いを更に増して行く。

 受けた衝撃を吸収し切れなかったルミナスさんが地面を転がり跳ねながら立ち上がると反対の壁を蹴った反動で第一騎士団長へと斬り掛かる。

 しかし第一騎士団長は冷静に受け止めて飛び退くと、一回転して着地する。

 映画さながらのアクションは見応えがあった。

 

「ならば行くぞ!【獣王アニマリズム】!!」


 第一騎士団長は新たなスキルを行使する。

 これも見た目に変化は無いが、一体何をしたんだ?

 分からない俺にマイランさんが解説をくれる。


「あれは本能による野生のカン、第六感を高めて全ステータスをこちらも底上げします。【戦乙女ヴァルキリー】の男版だと思えばいいかと」


 ん?


「それって今二人の使ってるスキルで同じ状態って事か?」

「その通りですね」


 二人が使っている三つのスキル【騎士の栄光】【騎士の誉れ】にそれぞれ【戦乙女ヴァルキリー】と【獣王アニマリズム】。追加されるステータスが同じならものを言うのは自力になるが、体格差からしてルミナスさんが不利だ。

 しかし不安感は不思議と無い。ルミナスさんがやってくれると信じているからか。

 ただどうしても気になるのは武内さんが今何を思ってこれを見ているのか。


「陸斗くん」

「はい」


 武内さんは笑顔でお菓子を要求するが、この笑みがただ決闘を楽しく観戦しているものとは思えない。

 それなりに付き合いの長い関係だからこそ、この笑みが表面上のものだと分かる。

 何が彼女をそんな風にするのか。

 やはりその原因は彼らから発せられる言い様の無い違和感からか。

 彼女の横にいると少しだけ胃薬が欲しくなる。これがさっさと終わらないものか祈ってしまう。


「これで互いに条件は同じだ」

「それが貴方の全力ですか第一騎士団長」


 俺の心配の中でも事態は動き続ける。

 騎士団長同士互いに睨み合うと剣を再度構え直す。


「女の騎士などと侮れないな」


 饒舌となった第一騎士団長は戦いの最中でも敬意を忘れない。

 これが彼の本当の素顔なのか。


「それはこちらも同じだ。自分は貴族だと血に驕っている者ばかりだと思っていた」


 まるで旧来の友人と挨拶を交わすが如くスキンシップの一環の様に剣を受け、また剣で応戦する。

 命がけであるのを忘れてしまいそうになる二人のやり取りは、まるで恋人同士が逢瀬を重ねる甘い蜜月関係を彷彿させられた。

 

 パキリッ


 バッ、と音をする方を振り向けば、それはただ武内さんがクッキーを噛み締めただけの音であった。

 立ったその程度。なのにまた俺は武内さんに()()した。


「ん?どうしたの陸斗くん」

「いいや、何でもない…」


 尻すぼみに言葉を切る俺は胸を締め付けられる思いに駆られる。

 どうしてこんなに不安が募るのか。

 美味しそうにクッキーを食べているだけ。それだけの動作に恐怖を覚えるなんて今の俺はどうかしていた。

 

「な、なあ武内さん」

「なーに?」


 恐怖心を払拭したい思いから俺は今から蛇の口に頭を入れる。


「この戦いどうなるとおも…、っ!?」


 ザシュッ…

 明確に喰われてしまうイメージが頭に過り、咄嗟に首を抑えた。


「どうしたの陸斗くん?らしくないね」

「あ、いや、何でもない」


 バクバクと唸る心臓がここから逃げろと悲鳴を上げている。

 武内さんから俺はどうしてこんな気持ちが生まれるのか。それはこの戦いの中に隠されているのだが、やはり分かる気がしない。


「大丈夫ですか主」

「ノドカか」


 冷や汗で濡れる俺に不快感の一つも見せず心配してくれるノドカに少しもたれ掛かる。


「俺は大丈夫だ。それよりも変じゃないか?」


 小声になって武内さんには聞こえないよう静かに話す。


「この戦いの様子なんだが」

「確かに本当に()()()()()()()()()()疑問には思いますが、それが何か?まだ様子見ではないでしょうか」


 全力じゃない?

 ぶわっ、とそう考えれば辻褄が合うと同時に恐ろしく冷や汗が溢れて来る。


「あ、主、大丈夫ですか?」


 余程俺は青い顔になっているのだろう。

 スッキリと筋の通った状態になった事でより明確な不安を叩き付けられた気分なのだから。

 この違和感に気付けている者はどれだけいるのか。

 少なくともマイランさんやノドカの様な純粋に強い者や、皇さんや俺の様に物事の本質を自分なりの形で見てしまう者は違和感に気付けているだろう。

 

 俺はこれをガラス越しの食品と考えたが、それは限りなくこの戦いが嘘臭いからだ。

 やっている本人たちは真面目なのだろうが何処か嘘が混ざっている気がする。これは王女毒殺未遂と関係しているからか。

 そして武内さんは誰よりも早くそれを感じ取ったから警戒しているのだろう。そうでなければここまで恐怖を撒き散らす理由にはならない筈だ。


「…ご主人様?」

「師匠どうされたのでしょう?」


 そう思いたいのに心が否定する。

 何せ彼女は明らかに怒っている。

 笑みを絶やさなくとも圧縮を続ける怒気は近くにいるだけで否応なく感じてしまう。

 まるでクッキーを精神安定剤の如く食べる武内さんに眩暈を覚える。

 

 このままじゃダメだ。

 どうにかして流れを変えなければ武内さんの圧縮された怒気がいつか爆発してしまう。

 しかし全力を出していないから頑張れと野次を飛ばしても逆効果だ。場は白けて戦うどころじゃなくなる。

 ならどうする?どうすれば…。


「はぁあああっ!!」

「うぉおおおっ!!」


 俺の思いとは裏腹に彼らはぶつかり合う。お互いが全力を出さないままに。

 剣と剣はぶつかり、火花が散る。

 飛び散った鉄粉が彼らの起こした熱に呼応して燃え上がるのだが、その激しさをもってしても本物の闘争には届いていない。

 偽りに満ちた闘争を眺める武内さんはモグモグとクッキーを咀嚼し、最後の一欠片を飲み込んだ。


「うん、もういいや」


 切っ掛けは何だったのか。

 散った火花が武内さんの爆弾の導火線に火を着けてしまったのか。

 俺は止めるのもままならず、ふらりと動く武内さんの腕を掴めないまま立ち尽くした。


「まだだっ!」

「これでっ!」


 戦う二人の死角に入る武内さんは笑っているのに笑っていない。

 二人の振り下ろした剣は互いの剣に当たる事はなく、両刃の先を武内さんが掴み止めた。


「「っ!?」」


 ようやく事態に気付いた二人は驚きの表情を見せる。

 それは有り得ないとする衝撃からか、それとも何故割り込んで来たのかとする驚愕からか。

 親指と人差し指の間に挟んで止めた武内さんは二人の驚きにどうでも良さそうな笑みを見せる。


「おい、王女」

「な、なんですか?」


 決闘に割って入った事に驚く王女を尻目に皇さんは嘆息混じりの溜め息を吐く。


「貸し借りの件は無しで構わんぞ」

「え?」


 皇さんが何を言っているのか、そこにどんな意図があるのか読み切れなかった王女は困惑の声を出す。

 王女の困惑を余所に武内さんは淡々と喋り出す。


「あのさー。別に好き勝手戦うのは良いんだよ」

「くっ、何を言っているのだ…」


 ギチギチと剣を外そうと足掻く二人であったが万力で固定された様に動かない。

 武内さんのイタズラをした子供に叱る様な口調なのが逆に怖かった。


「でも今は反乱でしょ?革命なんでしょ?どうして手を抜くのさ。何で互いが傷つけあわない様にしてるわけ?剣を狙って斬り合ってるしさ」


 あ、言われて始めて気付いた。

 そう言われてみれば二人はまだ怪我の一つもしていない。

 剣はやたらと摩耗しているのに鎧さえも傷がない二人が本気で戦っているとするのは無理がある。


「不愉快なんだよ。どっちもさ。まるで恋人同士がイチャイチャイチャイチャしてキャッキャウフフと浜辺のきわを走って楽しくしてるみたいで何見せつけてんの?こっちは相手になる人がいなくてイライラするのに武を利用して婚活でも始めちゃったわけ?口から砂が出そうだよ。重みの無い剣振り回して主張ばかり一人前で両方が甘ったるい告白してるカップルかってぇの。騎士団の頂点にいる二人がそんなんだから下もヘボいのしか育たなくてボクが戦える相手がいないんだよ。それならアビガラス王国の方がまだ強くなるよ。で、結局何が言いたいかって言うとね」


 剣先を捻って二人の身体をぶつけ合うとそのまま投げ飛ばす。

 


「爆発しろよリア充ども」



 赤いオーラが武内さんから噴き出した。

 『氣』を全開で解放した武内さんの怒りをそのまま主張する赤いオーラは徐々にその姿を変えて行く。


「王女に言って置こう。貸し借り無しで良いと言ったのはな」


 まるで蛇だ。

 大蛇が武内さんの身体を纏わり、まるで生きている様に柔軟に動き始める。


「死技が一つ。獣闘法【大蛇オロチ】」


 右手を顔の前に、左手を胸の辺りに持って行き、指の関節をそれぞれ曲げている独自の構え。

 まるでその手にも蛇が宿っている様な強烈な恐怖心が本能から呼び出される。


「今から天華がこの国を滅ぼしてしまうからだよ」

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