32話目 気分はすっかり観戦モード
「さてクライマックスだ。いい加減この国にも飽きていた所なのでな。終わらせに行くとしようか」
上機嫌な皇さんの目には、私企んでますと言いたげで、ぶっちゃけこの国終わったと認識させられた。
椅子から降りた皇さんは白衣の皺を伸ばして、さながら遠足気分で暴動の行方を追う気だった。
「ねえねえ皇ちゃん。結局皇ちゃんは全部分かってるの?」
武内さんは椅子の背もたれに腕を乗っけて頭をその上に乗せる。
暴動が起きたと聞いたわりに、じゃあ殲滅しちゃおー、とか言って飛び出さないのはどうしてか。
どちらかと言えば武内さんの今の興味は皇さんの考えの方にあるのか。俺も皇さんがどういった脚本を頭に作り上げたのか気になっていた。
「無論だ。どの道ここまでこれば誤魔化しを重ねるのも意味は無いが私は死んだシェフの記憶を本分程読んだ。科学的にも肉体に残った遺物が全部を物語っていたので誰が真犯人かも当然知っている」
「うはー、それで放置とか鬼畜だねー」
「何故放って置かれたのですか?」
マイランさんの言う通り、それなら捕まえて終わりだろ。
愉快そうに笑う皇さんは白衣のポケットに両手を入れると首だけ動かして俺を見る。
「そうしたらツマラナイだろ?真犯人がもう少しで上手く行くのを邪魔してやるのが楽しいんじゃないか」
「ほんと鬼畜だな」
可哀想な真犯人だ。既に己が皇さんの手の中なのを知らないで密かに機を狙っているのだから。
「それに今回はいい機会だ。お前にもっと自分の才能を自覚して貰うとしようか。なあ陸斗」
「俺か?」
何をする気だ?
別の意味で怖くなるな。
これでも最近は自分の異常性を理解しているつもりだったんだが。
「お前にはまだ足りていないのさ。自身の重要性をな」
重要と言うのなら俺が玩具にされているのを止めようと思わないのだろうか。
うーむ、それに重要と言うなら皇さんも武内さんも同じだと思うがな。どちらが欠けても俺はこの世界で生きられる気がしないぞ。
「では王女の元に行こうじゃないか」
「怒ってるだろうねー」
「…怒られるの?」
「私たちがこれを招いた様なものなのだ。主は私から離れないで下さい」
「分かってるよ」
「でしたら私が師匠を守りますのでノドカさんは前線で暴れては?直に解決しましょう」
マイランさんの提案に首を振ったのは皇さんだった。
「残念ながら今回は無しだ。私たちは観客として背景の一部となろうじゃないか。その前に取って来る物があるのだがね」
何をだ?
皇さんの思惑がさっぱり分からないままに俺たちは部屋を出て行く皇さんの後を着いて行くのだった。
「それ必要なのか?」
「寧ろ今回のメインで使う為に持って来たのだよ」
俺たちはとある所に寄った後、王女のいるであろう謁見の間まで来ていた。
「うーん、中々良い殺気を放ってるねー」
部屋の前まで来ると武内さんはまるでワインのテイスティングでもするソムリエの様な評価をする。
「息災かね王女」
殺気の満ちた部屋に気にもせず入って行く皇さんは入院の見舞いにでも来たかのように軽く言い放つ。
中には第三騎士団の面々が勢ぞろいしており、ここで第一騎士団と事を構える気であった。
「ええ、おかげ様で」
やや毒のある言い方をする王女は案の定怒っていたが、それでも冷静に状況を理解していた。
「なら結構。では私たちは隅にいるので存分にやりたまえ」
「お膳立てありがとうございます」
「構わんよ。これは貸しなのでな」
今は王女も怒っている場合ではない。
しばらくしたら来る第一騎士団と王子に第三騎士団と王女は立ち向かわなければならないのだ。
だけどこっちは正直観客気分。テーブルとイスを並べてお菓子を置いて眺めていたい。
俺たちは部屋の隅の壁際まで移動する。
「来ました」
ルミナスさんの言う通り、第一騎士団はやって来た。
数にして二十。他は城の周りの制圧に勤しんでいるのか人数は少ないが少数精鋭。大人数で動いても成果は得られないと理解しての行動だろう。
第一騎士団も殺気を隠しもせずに王女の前へと赴いた。
「陛下。理由を聞かせて頂いても?」
第一騎士団長は自分がやった事を無視して王女を糾弾し始める。
「理由とは?」
「惚けないで頂きたい!」
第一騎士団長の怒気に剣を握る力を込める第三騎士団の面々。
一触即発の空気が流れる。
「陛下が行った改革!あれは我が国を脅かす愚策!モルド帝国と敵対している中でやるべきではない改革だった!」
物静かな印象しかなかった騎士団長。しかしその胸の内には溜まりに溜まった負の感情は遂に吐露され、王女は責められる。
「あの改革によって死んだ騎士や貴族を知っているか?!」
「当然だ」
「ならば何故そうも平然としていられる!」
強い怒りを顕にし続ける第一騎士団長は一歩王女へと踏み込んだ。
「幾人もの貴族を殺せば、反乱が起きるのは目に見えていた筈だ。陛下程の者が何故それに気付かない!」
「気付いてはいました。それも踏まえた上で私は改革を行いました」
第一騎士団長の怒気にも涼やかな顔をする王女は怯みもしなかった。
「そこにいるランドマフィアを使い、証拠を無理矢理奪取する非道。陛下自らが規律を乱す行いが許されるとでも?」
「規律に縛られ、悪を見逃すのであれば私はいくらでも非道と罵られましょう」
王女が自身の行いの罪を認めた。
出来れば違っていて欲しいと望んだ第一騎士団長に苦悶の色が見える。
「貴方は暗君だ」
「ですね。それでも私は止めません。これが国の未来の為に必要な事なのですから」
「否、国を脅かし規律を乱す貴方はもう必要ない。この国は王子によって正しい在り方を取り戻すのだ!!」
「それが貴方の意志ですか」
交渉など無かった。
ただお互いの意見は平行線で噛み合わない。
主張したかったのだろう。第一騎士団長は規律の遵守を望み、進言を聞いて欲しかった。
にも関わらず、王女は強行の姿勢を取り続けて幾つもの貴族を潰した。
だから反乱は必然だと告げたかったのだ。
「これが終われば私は国の反逆者として処刑される。王女には共に逝って貰うぞ」
「ならばますます負けられませんね。私には貴方も必要なのですから」
顔を歪める第一騎士団長はこれ以上の問答は不要だと剣を構える。
それに対してルミナスさんも前に出て相対するが他の騎士は前には出なかった。
まるで決闘。
全ての勝敗は騎士団長同士に託されたと言わんばかりの光景。
「うんうん、命のやり取りはこうだよね」
「天華。君はもっと空気を読みたまえ」
「えー、だってこうした命のやり取りが武の発展に繋がるんだよ。楽しくない方が可笑しいよ」
「とりあえず見守ってようか」
そんな光景を台無しにするエキストラな俺たちはすっかり観戦モードとなり、今からでもポップコーン片手に野次が飛ばせそうな状態で場違い感が半端ない。
武内さんやマイランさんにノドカがいる事で安心感が生まれ、第一騎士団長の放つ殺気もここまで届いて来なかったのも理由の一つだ。
どの道彼らが戦っても武内さんには敵わない。そんな確信から緊張感を今一つ持てなかった。
「武内さんはどっちが勝つと思う?」
「うーんどっちもどっちかな。気迫の勝った方が勝つんじゃない?」
俺たちが黙り始めるとまるで時が動き出したかの如く戦いは始まる。
「モルド帝国第一騎士神聖黄金序列一位ガイエス・ムッド・マクスウェル。国の為貴様を倒す!」
「モルド帝国第三騎士神聖炎卓序列一位ルミナス・ディ・ロード。我が王の為に!」
二人は同時に二つのスキルを使用する。
「「【騎士の栄光】【騎士の誉れ】!!」」
見た目に目立った変化は無いが場の空気が更に張り詰めたものに変わる。
二人が何をしたのか分からない俺にマイランさんは丁寧に説明をし始める。
「あれは騎士系の方々の持つスキルですね。【騎士の栄光】は速度上昇と攻撃力向上。それに周囲の騎士の能力値を増やします。【騎士の誉れ】は体力上昇、防御力向上。王族への忠誠心でその能力値が変わります」
「武内さんとの時は使っていなかったのか?」
あの時は確かこんな風に叫んでいなかったが。
「いえ、既にスキルを使用した状態でいたのかと。私たちの様な面妖な者を何のスキルの使用もなく王と面会させる方が変ですし」
「それもそうか」
スキルを使用し準備万端となった二人は一気にゼロ距離まで近付き、剣を重ね合わせた。
ギィンッ!!と打ち合った剣が折れてしまいそうな勢いでぶつけられた剣は鋼の音色を広間全体に響かせる。
第一騎士団長の重く力強い斬撃をルミナスさんは流し弾く。
しかしそこまでが手一杯なのか動きは鈍く、防戦一方の様子だった。
上段から斬り込まれるのをルミナスさんは大きく回避して距離を取る。
「どうした。逃げてばかりが第三騎士団のやり方か?」
「実力を測っていたまでの事。ここからだ!」
ルミナスさんは突進すると同時に胸元目掛けて斬り込んだ。
しかしそれもしっかりとガードされ、大樹の如く揺るがない。
フェイントを混ぜた突きにも動じない第一騎士団長は小手先の技術は不要とばかりに横なぎに剣を振る。
「ぐっ!」
女性のルミナスさんと第一騎士団長の体格差は大きく、一回の攻撃を受ける度にルミナスさんは第一騎士団長の勢いに振り回される。
「はあっ!」
体勢を崩し掛けたルミナスさんに好機とばかりに連撃を浴びせる。
その連撃の速さは鉄の塊を振っているとは思えない速さでルミナスさんを追い詰めていた。
「まだだ!【戦乙女】!!」
「何?!」
しかしここでルミナスさんの動きが変わる。
「ほう、あのスキルを持ってましたか」
「…あれ何?」
マイランさんの袖を引くレンはルミナスさんの変化に驚きを見せる。
ルミナスさんは遠くから見ているこちらからでも見失いそうな速さで第一騎士団長に迫ると先程のお返しとばかりに剣を振るう。
「はぁあああああーーーーっ!!!」
「おおおおおおおーーーーっ!!!」
削岩機で岩を削る様なけたたましい打ち合いに耳を塞ぎたくなる。
「急に鋭くなったな」
「師匠の言う通りです。【戦乙女】の能力は五感の高め、全ステータスを底上げします」
「確か女騎士の持つスキルでも滅多に習得出来ない上位に位置するスキルでしたか」
「ノドカさんの言う通りですね」
「二人ともよく知ってるな」
俺には急に強くなったようにしか見えない。もしくは今まで手を抜いていたかのどちらかだ。
と、ここで妙な違和感を覚える。
はて、何か変なのは分かるが何が変なのか上手く言葉に出来ない。
歴戦の猛者が見せる死闘にも関わらず俺の目にはこの光景が少し変に思えた。
「なあ、武内さ…」
ゾッとした。
強いて言うならウサギである自分の横を蛇が横切った様な恐怖。
ただ俺は武内さんに話し掛けようとしただけなんだが、腹の底から冷えた何かが溢れて来る。
見た目笑みを浮かべる武内さんが何を思ってこれを見ているのか分からない。
しかしこの後で絶対に取り返しのつかない事が起きる。そんな確信が俺を支配した。
「ねえ陸斗くん」
「………何だ?」
話し掛けなければ良かった。
そう強く思う俺に武内さんは手を差し出す。
「お菓子頂戴。お腹が空いちゃった」
「あ、ああ…」
今朝焼いたばかりのクッキーを渡すと武内さんは口に含んでポリポリと小刻みに食べる。
普通だ。
正直俺は大魔王に供物を捧げる心持ちでクッキーを渡したのだが、武内さんは思いのほか落ち着いていた。
だからこそ怖いとも言える。
災害とは古来より唐突に訪れるものだ。
今日は晴れていても次の日には雷が鳴り嵐は起こる。
小雨であっても地盤は緩んで土砂を撒き散らす。
寝ている時に家具を押し倒すだけの地震も予測は出来ない。
今はまだ普通にしている武内さんだが、これは嵐の前の静けさと言えるのではないか。
彼女は『天災』。この国に災害を撒き散らすカウントダウンが俺には始まっている気がした。
自分の執筆速度に限界を感じてしまう( ̄д ̄)