30話目 逃げてモルド帝国の皆さん!
「自分が何を、誰に、言っているのか分かっているのか?」
「寧ろ貴女方でなければ頼みませんが?」
「ふふ、良いだろう。どうせやる事のない身だ」
悪魔たちはサインを交わし合った。
元より彼女たちに妥協の文字は無かったのだ。
王女は思考にあったが実行に移せず、皇さんは実行する手立てがあるが行動に移す理由は無かった。
そんな二人が出会えばこの結論は当然であり、仮に毒殺未遂が無くとも二人が出会えば必ずこの帰結へと至っただろう。
「いつ始めても構わないかね?」
「ええ、お願いいたします」
こうして悪魔たちによる会合は終わった。
「ところでまたあのケーキを頂いても?」
「気に入ったのか。まあこれなら食べても問題ないしな」
失敗作を要求されると言うのも変な気分だ。
俺は皿の上に昨日と同じケーキを一つ取り出す。
すると毒味役のメイドが焦る様に前に出た。
「お、王女様。毒味は必須です」
「………素直に食べたいと言えば良いものを。申し訳ありませんが後二つ頂いても?」
「ああ、ルミナスさんの分ね」
そう言えば王女が最初に食べた時は側に立ってはいたが食べはしなかった。
「私には不要です。王に献上された物を横からなど」
「これは私が貴方の友として一緒に食べたいだけですよ」
「勿体ないお言葉です」
うーむ、それならちゃんとしたのを食べて貰いたいが。
チラッと横を見れば皇さんは首を横に振る。
「今後の王女たちの人生に責任を持てるのであれば出すと良いが、その気はあるまい?」
「陸斗くんのその感性も大事だけど『天災』としてしっかり自覚しないと被害が増えるよ?案外あっちの世界も滅んでいなかったら陸斗くんの作った爪痕だけでとんでもない事が起こってるかもね」
「んなバカな」
別に何処かの料理屋で働いた事もないし、多少の事はしたが騒ぎにもなってないのに何かある訳がない。
「仮定の話はともかく。こちらでの話は終わったので行動に移らさせて貰うぞ王女。後悔するなよ?」
「お願いします。私が後悔するのは国が潰れた時だけですので」
カップケーキを手に取る王女の期待の眼差しにプレッシャーが伸し掛かるも、俺では何も出来ないので気負うだけ無駄だと諦めた。
「では行くぞ。蹂躙の始まりだ」
席を立つ皇さんの後を俺は着いて行く。
俺はまだ皇さんの言う蹂躙の意味をこの時はまだよく理解していなかった。
そう気付かされたのは候爵家が二つ、伯爵家が一つ潰れた時だった。
・・・
「はは、順調じゃないか」
「いや、やり過ぎだろ」
その間僅か一週間。
王女との契約から僅か一週間で潰した貴族が三つもあるのだから国からしたら前代未聞、貴族の後ろ暗い者たちからすれば悪夢以外何物でも無かった。
城内の客室で皇さんの読む新聞には『恐怖!!ランドマフィア襲来!?』の文字が謳われていた。
ってか、武内さんが適当に言った名前を通す羽目になるなんて…。
俺たちがやっていたのは国を脅かす貴族の家に押し入って金品と一緒に物的証拠を持ち出して金品と一緒に証拠もばら撒く義賊として活躍していた。
そしてその証拠を偶然見つけた騎士によって貴族は瞬く間に潰れて行くのだ。
どれだけ無法な行為をしているんだと思えるが一応密かに屋敷に入って確実な証拠があるかを裏を取ってから行っているので逆に潰れた貴族は三つで済んでいる。
「だけど一々名乗る必要も無いだろ。止めないか?」
「えー、こうした名乗りをするのが良いんじゃない。美学だよ美学。ノドカちゃんもそう思うよね?」
「私は何とも言えません。主が不要と言うのであれば止めるのが的確かと」
「ぶー、裏切者め」
まさにモルド帝国の貴族たちには逃げて!っと叫びたいがやっている当の本人なので何も言えない。
罪悪感は半端ないが向こうも誠実でいたのなら受けない被害でもあったので仕方ない。
「認識阻害はしっかりやっている。文句はあるまい」
「あるからな。俺の名前が使われてるだけに文句あるからな」
「…カッコいい」
「レンちゃん分かってるー。ほらほら必要だよ口上は」
カッコいいのか?
俺は何となく武内さんの言っていた口上を思い出してみる。
『やあやあ、我らランドマフィアなり!ジード伯爵の横領並びに他国との癒着を知る者ぞ!神妙に白状させてくれよーー!!あっはっはっ!!』
これ義賊ってか、江戸時代にいた火付盗賊改方だろ。証拠品だけじゃなくて金品も奪ってるから違うけどさ。
だけどこれを態々真昼のしかも今から押し入る貴族の門の前でやるんだぞ。騒ぎになるのも当然だ。
その後は無理矢理押し入ってからは警備も何のその。魔法や剣って美味しいの?と言いたくなるくらい科学と武術の腕が光る。
その後ろを歩く俺の気分は水戸黄門。ただし印籠を突き付けるまでもなく終わるがな。
「天華の悪ふざけも役に立つ。ああして口上を述べると名が伝わるだろ?その名を聞いて震え上がらせれば悪事など働く気もなくなるわけさ」
「俺たちは黒いサンタかナマハゲか?」
「似たようなものさ」
この国で悪い事をするとランドマフィアに襲われえちゃうぞ、と噂が流れるのか。何か嫌だなおい。
自分の名前が入っているだけに良い気分ではない。
「まあ、たかが一週間とは言えこれだけ暴れたんだ。そろそろ成果も見られるだろう」
「これをずっとやって行くんじゃないのか?」
てっきりそのつもりとばかり思っていたが皇さんには別の目的があったようだ。
「まさか。それに悪事など必要悪も当然ある。今まで潰したのは精々こそこそと私腹のみを肥やし続けた愚か者だけだよ」
「そうなのか」
なら皇さんの目的は何なのだろうか。
俺の頭で思いつくのは悪人の殲滅だった。そうすれば国の不穏分子はいなくなる。単純にそうだと決めつけて一週間マフィアな恰好で襲撃していたんだがな。
それと違うのであればこの行為の裏に隠れた理由は何なのかね。
「それよりもいい匂いがするな」
「クッキー焼いてるからな。どうせこの国も出るだろうし作りたい物は先に作って置いておこうかと」
「ボクにもちょうだーい」
「主、私も頂けますか?」
「…レンも」
「全部はダメだぞ?」
「分かってるって」
今回はマイランさんは見学だ。
どうにも自分に足りないものを見つけるらしく、ジッと俺の手の動きを見続けている。
「何か掴めた?」
「いえ、今はまだ。しかし技術一つ取っても勉強になります」
「んな大げさな」
使っている技術も元の世界の料理人が知っている技を使っているだけの事。
それでもマイランさんには知らない技術があるのか逐一メモを取っているのが面白かった。本当に勉強熱心だ。
「じゃあ、焼けたし一つな」
焼き上がった出来立てのクッキーを少し冷ましてマイランさんの口に運ぶ。
「あー、この味です。求める理想の味」
「なら良かった」
お菓子は分量が大切だから俺でも難しく思う。だから焼けた後はいつも心配しているがマイランさんの好悦とした表情なら問題ないな。
「主」
「…ご主人様」
「陸斗くーん」
餌を待つヒナの如く並ぶ面々に俺は静かにクッキーを放り込む。
「「「ん~~~~っ」」」
喜びに満ちた顔はいつ見ても良いものだ。
「はい、皇さんも」
「うむ」
素直に口を開ける皇さんにクッキーを食べさせる。
「………」
彼女らしく無言だが、顔は美味いと言っていた。
俺はのんびりお菓子なり料理なり出来れば良いのだ。外に駆り出されて目の前で魔法が唸って倒れた者から呻き声の聞こえる世界は遠慮したい。
今はこうして午後のティータイムを楽しむに限る。幸せだ。
俺が作った物を皆が喜んで食べてくれる。
元の世界では一人で食べる事が多いから作る喜びなんて無くて日常の作業でしかなかったけど、この世界に来て食べる人が増えて喜びをのんびり分かち合える。それがどれ程嬉しいか。
幸せだー、平和だー。
「大変です!」
平和返せ。
突如入って来た女騎士によって異世界名物であるトラブルは届けられた。
「この城は第一騎士団と王子の手引きによって暴動が起きています!!」
慌てる女騎士に動じず、皇さんはクッキーを飲み込むと紅茶の入ったカップを取ってゆったりと飲んでから呟いた。
「やっと行動に移したか。王子のあの様子からして暴動の準備はしていた筈だが随分と重い腰だな」
「狙いはこれだったんだー」
皇さんの思惑を理解した武内さんも慌てる事なく聞き返す。
しかし俺には予想していない事態だ。
確かに王子が反乱は起きるかもと警告していたが、警告の僅か一週間でこれが起きるものだろうか。
あまりの事態に俺の思考は真っ白になる。
「おいおい陸斗。これぐらい読んで置かなくてどうする。何のためにこの一週間城と貴族の家を行き来したと思っているのかをな」
「へ?」
潰す貴族と城を往復するのに理由があったのか?
そもそも皇さんの科学による認識阻害がされているのだから意味も何も無いんじゃ。
「言って置くが認識阻害は顔だけだ。恰好に関しては特に何もしとらんよ」
つまり世間には中身が誰かは分からなくても王女の手の者なのが分かる訳で。
そしてこの反乱。貴族が王女に矛先を向けるのは当然なのか。って、それならさっき落とした証拠を偶然と強調してたけど絶対に違うよな。
「なら暴動そのものを引き起こすのが皇さんの狙いか?」
「正解だ。掃除をするなら一か所にまとめるに限るからな」
何でもして良いとは王女が言っていたけどこれを許可した覚えは無いんじゃなかろうか。
「さてクライマックスだ。いい加減この国にも飽きていた所なのでな。終わらせに行くとしようか」
ここからは不定期更新で書き終えたら出したいと思います。
うーん、しかしそうなると前以上に修正が増えそうで怖いのよな。;つД`)