29話目 第一騎士団長と王子に第三騎士団長
ルミナスさんと手合わせをした武内さん戻って来たので一緒に朝食を済ませた俺たちは、またも王女と会談する事になった。
俺たちは今、毒殺未遂のあった長いテーブルの並ぶ食堂に王女たちと座っていた。
「王女って暇なのか?」
「ひ、暇って…。やる事はありますが、まずは城内の膿を取り除くのが優先です。そうした手間暇を惜しめば何処で足元を掬われるか分かりませんので」
俺はつい、よく顔を見せる王女に本音をぶつけてしまったが肝心の王女は苦笑いをして済ませてくれた。
「別に暇でも構わんだろ。現に私たちに顔を見せる余裕がある。こんな所を誰かに見られでもすれば…」
バンッ、と皇さんの台詞を潰す形で唐突に食堂の扉が開かれる。
扉の前にいたのは大柄な騎士の男と、その男の腰よりも背の低い身なりの整った男の子だった。
「姉上!何をなさっておいでですか!!」
甲高く変声前の少年の声が部屋中に響き渡り、皇さんは子供が嫌いなのか顔を歪める。
「ファーバル。お前は私の客人の前で無礼であろう。それに私は王女。いつまでも姉上と呼ぶのは止めよ」
「いいえ姉上!貴方がその様な態度だから王として扱えないのです!」
ビシッ、と俺たちに向かって指を差したファーバルと呼ばれた少年は甲高い声をより甲高くさせて怒りを顕にする。
「何故このような余所者と会談を行っているのですか!聞いた話ではただの冒険者であり他国の使者でもない!そんな者たちに時間を割く暇など無い!」
「随分な言い種をするな」
「事実でしょう!」
要約すると公務怠けて遊んでんじゃねぇ、でおk?
そうだねー、だろうな、と武内さんと皇さんは俺の確認に相づちを打つ。
「………はぁ、ファーバル。貴方は何も分かっていないわ。これは王女としてでなく、姉として貴方に言うのだけれど、彼らの真価も知らないで罵倒するのは止めなさい。少なくとも今の貴方に人を見る目は無いわ」
「妄想癖の酷い姉上に言われたくありません!」
「そのせいでボクたちを捕らえようとしてたんだよねー」
「今は黙っていて貰えると。弟を叱ってますので」
体面があるので武内さんにはお菓子を上げて黙っていて貰おう。
王女はキリッ、と引き締まった顔で無礼な弟を叱責する。
「貴方は次期国王になる身。私が退位した後に清濁併せ呑み柔軟に対応していかなければならない貴方が今ここで身分の概念に捕らわれてはいけないのは分かるでしょう?」
「姉上は柔軟ではなく大雑把なのです。奇抜が過ぎます」
しかし王女は何故か逆に反撃にあっていた。
まあ、奇想天外な行動に移るのは最初に会った段階で良く分かったけども。
「身分に捕らわれてはいけない?逆です姉上。何故身分があるかを考えた事はありますか?」
小柄な身体で精一杯大股で歩く姿は威風堂々、と言うよりも背伸びをした子供にしか見えない。
「身分とは社会を治める為の枠組みであり、規律を重視する為の手段です。王である姉上がそれを蔑ろにしては他国に示しもつきません。それに姉上が行った改革でどれ程に被害が出た事か」
「お前は改革の必要性を分かっていないだけだ」
「いいえ、姉上の改革はやり過ぎています。身分や地位を脅かすやり方にどれほどの貴族が反発しているか分かっているのですか?」
「………なるほど。ファーバルに入れ知恵をしたのはお前か。第一騎士団長ガイエス・ムッド・マクスウェル。マクスウェル家はさぞ私の改革を嫌っていると見えるな」
大柄の騎士に目を向ける王女に俺もその男を見る。
眩い黄金の甲冑を着たその男は武張った鬼にも似た怖い顔を無表情にしたまま立っていた。
まるで自分が話題に上がった事など耳に届いていないのではないかと見紛うばかりに往々しく王子の傍らにいる。
第一印象は何も見えない、何を考えているか分からない人物。
皇さんや武内さんもこっちの部類に入るが、まだ二人の方が感情で動き、良くも悪くも欲望に忠実だ。
しかしこの目の前にいる男は人としての欲が欠落しているかの様に機械的。感情がまるで表に出ていなかった。
「私は王子に国の現状を理解して頂いたまでです。それを入れ知恵と言うのであればそうなのでしょう」
淡々とした男の無機質な声はとてもこの大柄な身体から発せられていると感じない。
貴族として自らの感情を操作するでなく、端から不要だと感情を捨て去る。ある意味恐ろしいと思えた。
「まあ良い。それよりも今は客人の前だ。控えて貰おうか」
「あねっ、分かりました…」
第一騎士団長に肩を叩かれた王子はまだまだ言い足りない感情を抑えて渋々ながら納得した。
「ですが姉上。これだけは言わせて貰います」
踵を返して立ち去ろうとする王子は第一騎士団長とは真逆に怒りを込めた感情を叩き付ける。
「姉上が今のまま変わらなければ暴動が起きます。覚悟して下さい」
それだけ言うと王子は第一騎士団長と共に部屋から去った。
「良かったんですか?一応不敬とか反逆罪とかあると思いますが」
「それを貴女方が言うのですか?」
いや、俺は元々反逆する気は無かったが自由人たちに振り回された結果こうなった訳で。
困った顔をする王女はゆったりと紅茶を口に含む。
「手を焼くと言った意味ではそうですね。特にあの子を旗印に私を落とされては国の未来は危ういでしょう」
ですが、と続ける王女は国に起こりうる全てを想定しているのか。反乱は何がなんでも叩き潰す、そう目が語っていた。
「止めます全て。私はその為に王女になったのですから」
「へー、強いんだねー」
「皮肉に聞こえますね」
「えー、純粋に褒めてるよー」
「…褒めてる?」
確かにレンの疑問の通り、武内さんが王女を強いと言うのは変に聞こえる。
しかし俺には武内さんが言いたい事もよく分かった。
この王女も普通とはかなり逸脱している。
俺はともかく皇さんや武内さんを利用したり相対したりする胆力など普通の者ではとても持てない剛胆さだ。
「ところで確認だが第一騎士団長の男と王子の関係性は何だね?随分とお前の弟は毒されているように思えるが」
俺も第一騎士団長と王子はまるで腹話術士のそれに感じた。
王子はまるで自分の言いたい事を言う代弁者。
己が何も言わなくとも全て王子が語ってくれる。何より王子が語る事で己に非は生まれず、また王族の発言であるが故にその力も強くなる。ある意味理想の操り人形だ。
姉は『人形王』で弟は『操り人形』。もはやこれは皮肉だと笑ってしまう。
「第一騎士団は貴族中心で構成された騎士団です。元々第一騎士団の目的は王の護衛にあるので市民の者はなれない由緒ある伝統的な騎士団になっています」
つまりはこうだ。
王様を守るのが第一騎士団の役目である以上、そこに平民の者がなってしまえば他国のスパイを紛れ込ませてしまう可能性がある。
もしそうなれば王様を守るフリをして近付いて殺す事も容易くなり、危険度は増すのだろう。
まあ、それは除いたとしても王を守るのが平民では体裁が悪い。
甲冑や礼法を身に付けたとしても中身が平民だと知れ渡れば外聞は悪くなる。
それを避ける為に第一騎士団の全員を貴族で構成しているそうだ。
「しかし能ある者を弾いて、僅かしかいない者たちで競わせて出来た団など脆いと思いませんか?私はそれを嫌い、第三騎士団の団長にルミナスを選びました」
しかし第三騎士団はそうでないようだ。
「ルミナスは元は平民の出。そこに私は爵位を与え一代限りの貴族として側に置きました」
「光栄です我が王」
ルミナスさんは深々と頭を下げる。
「第二騎士団は元より平民の者でもなれますが、第三騎士団ははっきり言ってしまえば行き遅れの貴族の娘がなる程度の職だったのです」
何せお姫様を守る為だけの職務でしたから、と苦笑いを浮かべる。
「そもそも脅威が降り掛かる可能性が極めて低い城内にいれば第二騎士団はもとより第一騎士団も守ってくれる。しかし男ばかり周囲に置いては姫の成長に悪いと第三騎士団は作られて女騎士が生まれました」
だから第一騎士団は第三騎士団が王を守るのが許せないと。そこは俺たちの場所だから。
「第一騎士団は返り咲きたいのでしょうね。王子を利用して第一騎士団が正式な王の守護者だと」
「しかしそれだけではまだ足りんだろ?貴族に反発を受けるだけの事をお前は仕出かしたと王子が言っていたな。この国に何をした?」
皇さんの問い掛けに王女は慈愛に満ちた顔になった。
「大貴族である公爵と連なる貴族たちが悪政をしていると知ってましたので軒並み首を差し出して貰いました」
「「こわっ」」
ギロチンの落ちない日は無いと言わんばかりに首を切ったそうな。
「反発も当然か。それでは国内も国外も生き難かろう」
「私は王ですから」
休まる暇もない生き方など俺には無理だ。
国に全てを捧げて背負う彼女は必要とあらば処刑を行い、徹底して国を叩き直す姿は狂気の沙汰でしかない。
しかし王女は自らを顧みないで気にせず続ける。十分に化物だった。
「ふん、それでメイドの遺体が増えても知らんぞ」
「心配は不要です。特に彼女はステータスに毒耐性(弱)を持っているので余程の毒でない限り殺せませんから」
毒味役のメイドを見れば会釈をした。
「それ毒味の意味無いよね。黙って置けば終わりでしょ?」
「私の毒耐性は所詮は毒耐性(弱)なので毒を摂取すれば苦しいのできちんと王女様へ伝えられます」
「それもどうなんだ?」
身体が痺れるー、って言いながら倒れているのだろうか。しかも数分してからケロリと起き上がる?一種のホラーだな。
「まあ、そんな事はどうでも良い。毒殺の一件はこのまま見れば内乱の可能性が高まった。それで王女はどうする?貸しをまだ作る気はあるかね?」
鬼の如く選択を迫る皇さんに王女は初めから決断していた様に涼やかな表情だった。
「もちろんです」
「そうか。私としてはここで出て行った方が私の望む未来になるのだがね」
「借りは大きいと?」
「そう取れるのであれば有能だ。存分に借りを意識したまえ」
この二人が絡むと途端に場の空気が黒くなるのは気のせいか。
一瞬だけ混ぜるな危険の洗剤たちが頭を過るが、この二人はそれ以上に面倒になりそうな空気を醸し出していた。
「では王女。次に私たちに依頼する内容を教えて貰おうか」
その内容を分かっている癖に敢えて自ら言葉にしないのは皇さんの言う借りをより意識する為か。
「…ご主人様?」
「気にするな。撫でたいだけだから」
あー、レンの頭を撫でてると落ち着くわー。現実逃避しても良いよな。
俺の現実逃避に皇さんは横目で見てから鼻で笑い王女に微笑む。
悪魔が白紙の契約書にサインをしろと言っている様だった。
「願うのは不穏分子の排除。もう全てをお分かりなのでしょう?」
しかしサインをするのもまた悪魔。
そのくらい出来て当然ですよね、と暗に言っているのが聞こえて来るのは幻聴じゃないと確信してしまった。
こんな雑な作品でも読んで頂けて幸いです。
しかし遂に私の限界に達してきました。これを含めて後二つで連続更新が途切れてしまいますが頑張って更新しますので見て頂けると嬉しいです(*´ω`*)