27話目 う、動けない。だからって遊ぶなよ
「休憩しよっか。お腹も減って来たしさ」
「確かに小腹が空いたな」
「…オヤツの時間」
ぐ~、と可愛らしい音を立てた武内さんに俺たちは賛同する。
なら、と俺は作り置きしていたカップケーキでも出すか。
「マイランさんお願いします」
「分かりました」
『界の裏側』に保存していたカップケーキとオーブントースターを取り出してマイランさんに温めるように指示する。
「これはマイランさんと作ったし大丈夫だろ」
「おい、当たりを引いたら責任は取れんぞ」
「逆にボクは見たいかなー。当たりを引いた王女が舌を出して服従する様」
「私に何を期待しているのですか?」
当たりは無い筈。なんせ色々とミスをしたから二人で処理する予定だった物。
俺としては俺が作ったのを出しても問題無いと思うが皇さんや武内さんが言うのだから従って置く。
「師匠、紅茶の確認をお願い致します」
「了か………」
う、動けない。まだダメなのかよ。
「悪いノドカ。起こしてくれ」
「悪いなんてそんな。主に尽くせるだけで私は幸せです」
満ち足りた笑顔を向けて背中に腕を回すノドカは先までの青ざめた表情とは打って変わって晴れやかだった。
「むしろずっとこうしていたい…」
「今何て言った?」
俺の耳が幻聴をキャッチした。最近のノドカは少しヤンデレだ。
「ノドカちゃんはそっちの才能があるよね」
「そんな才能いらんわ」
もしそうなったらノドカは監禁ルートに走る気がする。
俺、別の意味でピンチです。ちょっと武内さんに『氣』の使い方でも教えて貰おうかな。
「師匠、どうぞ」
マイランさんは腕の動かない俺にカップを口元に持って来ようとする。
「私が主に飲ませます」
「いえ、私が用意いたしましたので責任持って私がやりましょう」
しかしそこに待ったを掛けたノドカは胸に俺の頭を置いて片手で支え、カップを奪おうとするもマイランさんに阻止される。
俺としてはこの頭にある低反発枕がとんでもなく沈むので色々と不味かった。
「…レンもやる」
「いや増えなくて良いんだが」
「これがハーレムだよ陸斗くん。気分はどう?面白いからボクも参戦しよっかなー」
「遊ばないで助けてくれ」
カップの中身が零れていないのが不思議なくらい俺はもみくちゃにされた。
「お前も何だかんだ生理現象があったんだな。女に囲まれて生活するのに手を出さないから不能かと思ったぞ?」
「そこは見るなよ!」
助ける気も参戦する気もない皇さんは一人温まったカップケーキを食べ、セルフで紅茶をカップに注いで飲んでいた。
ただしその視線が俺の大事な所に行っているので慌てて隠そうとするも、未だに指先か首くらいしか動かないので見られ放題だった。
「ふむ、『天災』から『天災』が生まれるのか興味深いな」
「皇さんやい。冷静に変な事言ってないで助けてくれよ」
「断る。お前が今から子作りに励もうと一向に構わんのでな。むしろ推奨する」
「するなよ!」
だいたい女の子が子作りとか言うなよ。
「主が望むのであれば」
「望まないから脱ごうとしない。今はオヤツだろ」
「私先程から空気なんですが。王女なのに」
あ、忘れてたわ。
王女なのに空気扱いしてしまったのは仕方ない。これは俺としても困った状況なのだ。
「取り合えずレンと武内さんは椅子に戻る。ノドカは大人しくしてマイランさんは飲ませてくれたら皆にも配ってくれ」
言えばちゃんと言う事を聞いてくれる。何か犬が構って欲しいと、じゃれて来た気分だ。
レンと武内さんは椅子に座ると温められたカップケーキを各々が取り出して食べ始め、ノドカは椅子の様に背もたれの役割を果たしてマイランさんは紅茶を飲ませてくれる。
「おい、見ろ天華。題名を付けるなら『王族の爛れた日常』でどうだ?」
「えー、それなら『家畜』で良いでしょ?」
「…レンはどっちも酷いと思う」
俺は自分が客寄せパンダにでもなった気分だ。
見世物じゃないのにオヤツを食べながらこっちを指差して笑うとか酷くないだろうか。
「今度は僅かに濃いな。茶葉は湯に対して正しい黄金比になってたか?」
「うっ、多過ぎましたか。目測が誤差範囲には収まらなかったようですね」
「量を妥協すると味が変わるからな」
薄めるのも濃くするのも水が頼りになる分、調整にミスをすれば味に大きく影響が出る。
今回はお湯に対して茶葉が多かった。最高を目指すなら目分量でもきっちり測定出来るようにならないとな。
俺の採点に反省したマイランさんは王女に紅茶とカップケーキを渡したのだった。
「これ、とても美味しいのですが」
「最高峰を知る者からすればまだまだと言う事さ」
びっくりしたまま紅茶を飲む王女には俺たちが可笑しく映っている。
俺もマイランさんの料理は美味しいと思っているが最高までは上げられない。
マイランさんも味の頂点を知るが故に妥協は出来ないのだ。たとえ茶葉が数枚の誤差であっても。
「私はまだ調整する技術が拙いので調理ミスの誤差範囲から外れるのです」
「外れてこれですか…」
見つめる紅茶はきっと王女にとって味わった事の無い甘露な飲み物となっているのだろう。
俺たちに出された料理の拙さは毒を除いても王様の為の料理にしては落第点だった。
それを考えれば王女のあまり美味しい物は食べていない。だから尋常に美味く思うのだろう。
「このカップケーキも素晴らしくて」
王女は二つ目となるカップケーキを手に取る。
「王女樣先程は申し訳ありませんでした」
しずしずと頭を下げている毒味役のメイドは己が仕出かした事に深く反省し、一向に頭を上げようとしなかった。
「構いません。これ程美味しいのですから、つい食べ切ってしまうのも頷けます」
「申し訳ありません」
毒味役のメイドはカップケーキを一口食べた瞬間に、貪る様に食べ切った。
毒味なのだから毒が入っているかの確認をするだけにも関わらず、両頬を膨らませて食べた事には王女もポカンと口を開けた。
そして食べ切って余韻に浸った後に我に返ったメイドが全力の謝罪をしたのだ。
それには武内さんと皇さんは大爆笑して楽しかったと絶賛したが、笑い過ぎるのはダメだろ。
「まさかこんな事をしてしまうなんて」
「私も食べたらあっという間に食べてしまいましたから」
王女も反応としては似たような物だった。
両頬を膨らませはしなかったものの、ずっとカップケーキから目を離さずに食べ続けたのだ。こちらが話し掛けても上の空。もしこれが会食なら致命的なミスになるのにな。
上品さは損なわず、しかし他の何も見ない様は王女として大丈夫か不安を覚える。
「しかしこれで失敗作などとは考えられません。国の最高峰のシェフが束になってもこの味は出せないでしょうね」
ほぅ、と色っぽくカップケーキを見詰める王女。
喜んで貰えるのは嬉しい限りだが、失敗作で喜ばれると微妙な気分になる。
それはマイランさんも同じなのか隣りで苦笑いを浮かべていた。
「やっぱり満足しないな」
「昔の私でしたらこの味を出せただけで満足したでしょうが、師匠と出会い己の志の低さを知りましたから」
「マイランさんなら何時か俺と同じ様になれるから」
「はい。頑張ります」
努力は報われる為にある。
俺は着実に力を付けているマイランさんなら出来ると信じているし、俺を師として慕う以上はその手を差し伸べ続けたいと強く思った。
「さて、和やかに小腹を満たしたので本題に戻ろうじゃないか」
「本題って何だっけ?ボクは満足したから寝てるねー」
「だからってここで寝るなよ」
大きいベットだから楽に数人が川の字になって寝られるが自分が女の子だと自覚しているのか?
ベットに入って来る武内さんは、スルっと腕をノドカと俺の間に入れるとスリの如く俺を抜き取った。
「わーい、等身大抱き枕ー」
「武内様それは反則にございます」
「抱き枕ー、じゃなくて当たってるからな?」
「当ててるんだよー、なーんて言ってしまったお約束なヒロイン台詞。ボクの攻略待った無しだね」
「天華の胃袋は既に攻略されているだろうに」
「あ、そうだった」
いいから離してくれませんかね。本当に胸が顔に当たってマズイんだが?!
「っく、これは負けられません」
「…楽しそう」
人が動けないのを良い事に好き放題する武内さんに追従する様にもう片方から挟み込む形でノドカが引っ付き始め、レンまでも足にくっ付いて来るので気分はさながら昆虫の群がる木の幹だった。
「お前たち暑いぞ」
「またまたー、嬉しいくせに。男の子なんだから興奮してるんじゃないのー?」
男だからこんな状況に興奮しない訳でもない。
しかし衆人環視の中でのこれは興奮よりも恥ずかしさの方が上回る。
「題名は『巨乳の檻』でどうだ?」
「ある意味そうですが。私には『密漁船に乗る人々』に思えますけどね」
昔は奴隷を運ぶ際に船の底に敷き詰める様にして運んだそうな。
俺は身体中を押し潰されて苦しむ姿が王女にとって運搬される奴隷と同じ様に見えたのか。ってか苦しそうに思うなら助けてくれよ。
「マイランさん助けてくれ」
「男ならこれに喜ばない奴はいないとギルマスが言っておりましたが」
「それは変態だからだ」
多分冒険者ギルドでギルマスがくしゃみをしているだろうが関係ない。
ここで弁解しなければ変態と同じになってしまう。それだけは嫌だ。変態だけは嫌だ。
「へっくし!!」
「風邪ですか?そんな薄着だからですよ」
「うるせぇ。この筋肉がお前には見えないのか」
「筋肉は服じゃありませんから」
新しく雇った秘書にも冷たくあしらわれる。これがギルマスの宿命か。
遠い冒険者ギルドで起きた出来事は誰にも知られないのであった。
もう一度言うが変態扱いなどされれば、男が俺一人しかいないから旅が辛くなる。
ぶっちゃけ気にしない面子ばかりなので問題にはならないだろうが俺の気分の問題だ。
料理を教えている最中に『師匠は変態ですね』とか、護衛されている間に『主が変態だったとは』とか思われていると思うと心が折れそうになる。
だからそれだけは断固として阻止しなければならない事案なのだ。
「しかし天華も随分となついているじゃないか。そんなに嬉しかったか?」
今度は自分の顔を俺の胸に沈め始める武内さん。それに対抗してノドカも胸を押し付けて抱き締めて来て、レンも特等席だと言わんばかりに腹の上から動こうとしなかった。
「もうね、嬉しいなんてものじゃないよ。ボクと同じ存在になれると思っただけで抱き締めたくなるもん。今までオカンだと思ってたのに」
「言いたい事はあるがせめてオトンにしてくれ」
同級生なのにオカン扱いされるとは。似たような事してたから仕方ないが複雑な気分だ。
「やー、今度から一緒に鍛えて遊べるなんてオカンからオモチャに昇格だよ」
「それは降格だ」
「武内さんがやり過ぎると私が師匠に師事が乞えなくなるので止めて頂きたいのですが」
「やだー、せめてノドカちゃんとガチで戦えるまで毎日やるのー」
うへへー、と笑う声が怖い。俺、死ぬんじゃないだろうか。
「ほら、陸斗くんも強くなれるのは嬉しいでしょ?強くなったらボクを抱いても良いんだよー」
「女の子が抱くとか言わない」
「嬉しいくせにー」
猫の如く懐いて来る武内さんに俺は戸惑いを覚える。
似たようなスキンシップは今までもあったが、ここまで親しみを顕にする事は無かった。
「察してやれ陸斗。こいつは理解者が増えて嬉しいんだよ。私だって私の科学を理解出来るなら抱かれても良いぞ?」
「皇さんの科学と俺の料理が噛み合うかね」
お前ならもしかしたら、と寂しそうに笑う皇さんに俺は理解なんて無理だとは言えなかった。
彼女もまた理解者を求めている。
今まで互いに寂しさの傷を舐め合ってただけに、理解する可能性を提示されたとあっては期待せざるを得ない。
こればかりは感情の問題だから彼女たちに無理だと弱音を吐けば心の底から落胆される。
それが分かるだけに俺は強く否定は出来なかった。