26話目 全員集合。情報と説教
「君たちはバカか?」
用意された部屋のベットでぐったりする俺とソファで横になる武内さんに向かって皇さんは説教をする。
俺としては巻き込まれた側何だが皇さんからすればご立腹の様だ。
まあ勝手に暴れて第三騎士団の女騎士たちを全員倒してしまったのだから怒っても仕方ないか。
「まったく私が詰まらない男の調査をしていた時に何故そんな面白い事をしているんだ」
違った。俺と武内さんが戦った、いや一方的に殴られてたのを回避していただけだがそっちを見れなくて怒っているようだ。
「怒る理由はそっちかよ。第三騎士団をボコボコにしたのは良いのか?」
「天華のやる事だ。その程度は想定内だ」
「いやー照れるね」
「照れるなよ」
それは想定出来るものなのか。
「基本的に天華は忍ぶ必要性が無ければ暴れる。一種のスポーツだと思いたまえ」
「スポーツはこんな物騒じゃねぇよ」
「ラグビーだってよく怪我するよね?あれと一緒だよ」
「こっちは遺恨が残るだろうが」
「そしたらまたボコボコにして終わりだけど?」
そうだった。武内さんがやった後だと誰もが挑戦する気が失せるんだったな。
「しかしまあ、お前が天華と同じ速度で動けるとはね。その調子で私の科学も理解したまえ」
「どうやってだよ。科学と料理じゃ違い過ぎるだろ」
「物体の変化と考えればそう変わりはあるまい。レンの錬金術と同じ様なものだ」
「…まだ勉強中」
「レンは頑張ってるからな、うっぷ…」
「ノドカは大丈夫か?」
ベットに寝る俺の横で顔をうつ伏せて腕を枕にしていたノドカは顔を上げたが、その顔は青く酷く辛そうだった。
ただ男の頭に鉄の棒を刺しただけだよな?何かやらされてたのか?
「主、皇様の護衛は私では出来かねます」
「何を見て何をしたんだ?」
「それは、うっぷ…」
口に出すのも憚られるとノドカは口を閉ざして再度腕枕に顔を伏せた。
チラッと皇さんの顔を見るも表情に変化はなく、どうでも良さそうに椅子に座っていた。
「さて、それでは集めた情報を提示するか。王女の覚悟はいいな?」
「いつでも。私は常に覚悟しておりますので」
王女の返答に皇さんは片手に一枚の資料を取り出す。
「別に疑うのならそれでも構わん。ただ私は私の科学的に根拠に基づいた事実を述べるだけだ」
皇さんはその資料を王女に渡す。
「これは…」
「驚愕大変結構。そこに書かれた事実は変わらんよ」
「何が書いてあるんだ?」
ベットから動けない俺はその資料を見る事が出来ない。
王女がどうして驚くのか。それほど衝撃的な事実でも書いてあったのか。どうしても気になってしまう。
「結論から言えば内乱だ。他国の関わりを否定出来ないがね」
それは何とも悲しい話だ。
国の為に必死になって奔走した王女を殺そうとしたのは同じ国の者。
ただ王女の成り立ちを考えれば自然なのか。
ルミナスさんに王女が王女になった経緯を部屋の案内がてら聞かせて貰った。
強引に成った王女だと。
だからこそそれを望まない者もいる。
「あの詰まらない男はモルド帝国出身だ。脅されてやったにしては服毒による自殺などしないと思うがね」
これがせめて他国の手であれば良かったのに。
現状を鑑みれば内乱している暇も無いと思えるが、やった方は王女を暗殺したいと願っているのか。
「簡潔に聞くが君が死んで利益を得られる者はいるかね?私には一人心当たりがあるのだが」
「それだけは有りません。絶対に」
「世の中絶対に、と言えるものは科学で証明された事柄だけだよ。現実を見たまえ」
二人は何かを分かっているのか至った結論を言い合いしていた。
しかし俺たちには何も分からない。
二人が如何にしてその人物を頭に思い浮かべたのか、どうしてその人物が怪しいと言い切れるのか。情報を持たない俺たちではさっぱりだ。
「皇ちゃん結局誰なの?王女殺害して喜ぶ国内の人って」
「決まっているだろ。こいつの弟だよ。第一継承権を持っていたな」
「有り得ません!あの子が私を殺そうと思う筈がない!」
それは確かに思いたくも無い事実だ。
国を守る為に立ち上がったのに、それで実の弟に殺されるなど三文芝居も良いところだ。
「まあ落ち着きたまえ。弟は思わなくても、その周囲はどうだ?傀儡政権を狙う輩にとっては幼い弟は動かしやすい駒ではないか。後は邪魔者を消せば万々歳。国は自分の思うがままだ」
「それは…」
「そうでなくとも第一騎士団の確執を考えれば有り得ない話でもあるまい?王女を消せば第一騎士団はまた王の護衛に返り咲けるとな」
私からしたら心底どうでも良い話だがね、と口にする皇さんは退屈そうに呟く。
まあ俺からしてもどうでも良かった。
国の為にと考えられる人間は少ないものだ。基本的に誰も彼もが自分の為に動くのだから利益を優先させればそうなるのも仕方ない。
「さて次の可能性を述べるなら、やはり他国からの干渉だろうな」
「さっきので終わりじゃないのか?」
これで終わりかと思えば皇さんは別の可能性を提示し始める。
あれ?そう言えば皇さんは男の脳を覗いて真相を知ったんだよな?何で幾つも答えがあるんだ?
「皇ちゃんは全て知ってるんじゃないの?」
同じ疑問を持った武内さんが確認を取る。
「いや、残念ながら男の脳が私の科学に耐えられなくてな。思いの外早い段階で死滅してしまったよ。その為読めた記憶も僅かで推測を働かせる部分が多くなっただけだ」
「へー、そうなんだー」
…本当にそうなのか?
あの皇さんがそんなミスをしたとは思えない。
となると皇さんは何か隠している。それがノドカの不調に繋がるのかも知れないが、俺はそれを聞くのを憚られた。
本人が誤魔化したがっている事を無理に聞いても仕方ない。聞かなくても良い事なら無理に聞くのも不躾な話だ。
「ならその憶測で判断するしかないよな」
だから俺を武内さん同様何も聞かない。
武内さんもある程度は察しているからか、そのまま皇さんの言い分に納得した。
それに今大事なのはこの先の行方だ。今更シェフの一人がどうなったよりも今後の事を話し合った方が建設的だ。
「ならば進めるが良いかね?」
「どうぞ」
王女は取り乱した事に反省したのか落ち着きを取り戻していた。
でも仕方ないのか。弟がお前を殺そうとしたんだぞ?などと聞かされては普通は取り乱す。たとえ王女として国の歯車になったとしても人としての情を失える訳でないのだから。
特にこの王女は国の窮地に立ち上がり、逆境を押しのけて成りあがった王女。強い信念の情を持つ者であるが故に感情にまだまだ左右されやすいのか。
俺はベットに伏せた顔を少し上げて王女を見るが、幼さの残る顔立ちで逆によく国を指導し続けていると感心する。
「何だ陸斗。王女はお前の好みか?なら恩の一つでも売ると良い。もしくはその自慢の腕で胃袋を掴んでしまえば楽勝だろ」
「そんな下世話な事考えてないからな。さっさと他国の可能性について言わないとオヤツ上げないぞ?」
「む、それはいかんな」
王女が好みかと言われれば桃色の髪とか人形の様な透き通った肌とか綺麗な人だとは思うがそれだけだ。
ある意味俺も才能に左右されているのか王女に対しては細かい骨の残った食べづらそうな魚料理を思い浮かべてしまい、好みがどうとかの恋愛対象としては見辛かった。
「では他国の可能性について話すとするか」
「わー、待ってましたー」
「武内様、これは劇の類では無いと思うのですが」
「当事者じゃないんだから滅多にない状況を楽しまないとねー」
「武内さんはそう言う人だってノドカも分かってるだろ?気にするな」
「分かりました主」
ツッコミを入れられるだけノドカが回復して良かった。
皇さんは武内さんの性格を理解しているからか特に気にせず他国の可能性について示す。
「王女に質問だ。私が言う他国の可能性。これは何処が一番可能性が高い?」
「それはアビガラス王国を除き、ですか?」
俺は周辺諸国にどんな国があるかも、どれだけの国があるかも知らない。
だから聞いててもピンとは来なかった。正直他国と聞いてアビガラス王国の仕業かと思った程度だ。
「理解が早くて助かるよ。今回の件はアビガラス王国の関与は間接的には発生しても直接的には有り得ない。それは私の科学が証明しているのでね」
「で、あるならば隣接する四国全てでしょうか。ここが無くなれば自国も危ういので今回の事件を起こす可能性は低いと思えますけど」
「ふむ、何だかんだで王女自身も国の者が起こした事件として認識しているじゃないか」
「可能性として考えるのと情で思考を鈍らせるのは別問題ですので」
ただそれが肉親の仕業だと考えたくないのは仕方ないか。
「そうだ。王女の言う通り他国の関与は低い。何せこのモルド帝国が崩れれば自国も詰んでしまう。それは先代に起きた悲劇を踏まえれば揺るがない事実の筈。それでもモルド帝国に害をなそうとするのならアビガラス王国と地理的に一番近いフレグラン王国になるが」
「それは何故でしょう。他の三国にも可能性があるのでは?それにそんな事をしては自国も潰れてしまいます」
確信持った皇さんの言い回しに王女は断定は不可能だと返す。
俺だって一番アビガラス王国に近い国だからと考えるのは安易に思う。それよりも一番近いのならモルド帝国の加護を受けていなければ瞬く間にアビガラス王国に潰されて国として成り立たなくなると思えた。
「別に国は潰れても構わんだろ。その領地に住む貴族にとって頭が変わる程度の事だ。場合によってはアビガラス王国である事を望む者がいるかもしれん」
「なっ!?」
「それこそ今後を考えればアビガラス王国の為に裏工作に従事すれば甘い蜜を吸えると思う輩もいるだろう。どうだ楽しくなってきただろ?」
くっくっく、と笑う皇さんは悪役かと思えてしまう。
しかし貴族が国が潰れる事を望むなど誰が予想するか。いるとするなら貴族としての誇りなど無いのだろう。でなければ国が滅びるのを喜びはしない。
「案外王女も色々妨害を受けた口ではあるまいか?」
「確かに思う所は有りますが…」
「それにこれは他国に限った話ではあるまい?このモルド帝国にもアビガラス王国の奴隷制を指を咥えて望む者がいる可能性が無いと言い切れるのか?貴族は全員聖人君子か?もしそうなら鼻で笑ってやるがね」
本当に楽しそうだな。皇さんが生き生きとしている。
人の悪意を知るが故にそうなのか。
皇さんにも色々あったんだろう。
世界を滅ぼす科学力。これを望む者は大勢いたのだ。だから煩わしくて本当に滅ぼした。
最初は理解者がいると信じた彼女が授けた科学が凡人たちに踏み荒らされたと想像するのは難くない。
だからこそ彼女は迫る悪意に敏感に反応して楽しんでいる。
「楽しそうだな」
「当然だ。私は追い詰められた者が見せる意地を知っている。そいつが見せる奇跡が私の科学への理解を推し進めるのだから楽しくない筈がない」
きっとそれは武内さんの事だ。
武内さんが空を飛べるようになったのは皇さんと出会ってからだと言った。ならその意地を見せたのは武内さんだ。
しかし普通の人間に果たして科学を理解出来る余力があるのか。
俺の懸念に気付いた皇さんはほくそ笑む。
「ふん、別に理解出来んならそれでも構わんよ。ただここで起きる帰結が私にとっては有意義なものになる確信があるだけなのだからな」
俺には皇さんの考えはまるで読めない。
だけどこの国の行き着く先は皇さんにとって予測済みなのだ。
皇さんの見せる笑みが国の破滅を予想していない事を願うかね。