25話目 へっへっへ、天井の染みを数えてたら終わるよ
「やっぱりボクにはノドカちゃんしかいなかったよー。カムバックだよノドカちゃん」
「はいはい。オヤツ上げるから気絶した女騎士にダブルピースさせるなよ」
俺たちが見守る中、武内さんは相手が女騎士たちをあろう事か気絶した後に両手でピースを作らせて、締まりのない顔に変えていた。
女騎士たちのアヘ顔ダブルピース、何処のエロ本だとツッコミを入れたくなるが我慢する。
「くっ、これだけ実力差があると今まで私は何をして来たのかと疑うな」
途中で参加したルミナスさんは膝を着いて肩で息をしているのに対して武内さんは余裕、それどころか準備運動にもなっていないだろう。何せ俺が目で追えたのだから実力の半分以下だ。
それでも武内さんはルミナスさんを褒める。
「いやー、でも気絶していないだけマシだよ?ちゃんとボクの攻撃にも対応してたし十分強いよ」
「ふっ、お前にそう言われると皮肉にしか聞こえんな。ドレス姿の相手とやって負けるなど想定もしていなかった」
「それが『武』だから。所で『氣』の方は感じ取れたかな?」
『氣』は武内さんが使っていた青白いオーラか。あれをやれた時点で人を止めていると思うがな。
「多少だが自身の内側に燃える何かを覚える。今後も鍛練を続ければ至れるだろうか。お前と同じ高みに」
それは無理だろ。俺が口にすべき事では無いが『武の頂点』と同じ高みに至るなど竜人種でさえ苦労しているのに普通の人間に可能とは思えない。
しかし武内さんの答えは意外なものだ。
「行けるかもね。少なくともやる気の無い者よりは可能性があるから待ってるよ」
はっきり言って期待していないかと思っていた。
子供と大人、アリとゾウ程の力量差を理解していながらも期待をする武内さんも凄いが諦めないルミナスさんも凄い。
「何でそこまで言い切れるんだ?」
「目が諦めてないから。ボクと戦った人は誰もが武人としては死んで行くからボクと対峙しても心が折れない人は貴重なんだよね」
だから、と言葉を続ければ震えてしまう様な一言を放つ。
「ボクたちがここを出るまでに『氣』を修得させて上げるよ。何度か死ぬかもしんないけど別に構わないよね?」
「殺すなよ。そもそも武内さんの使ってる『氣』が俺にはよく分からないんだが」
身体に青白いオーラを纏うのは分かるが、それがどう変化しているのかピンと来ない。
俺の疑問に武内さんが『氣』を出したまま握手を求めて来た。
「この手を握って見て」
「分かった」
言われるがままに掴む、しかしこれで力が分かる程の達人、どころか格闘技もやった事がないので『氣』に触れてみたが感じられる物でも無かった。
「……やっぱり分からん」
「師匠には難しいかも知れませんね。私にはピリピリした強大なエネルギーを感じるのですが」
「エネルギー?」
そう言われれば、言われれば…、言われれば?分からん。静電気の方がまだ何か感じられるな。
「陸斗くんも分かると思うけどなー。身体の中に流して上げるから感じてみてよ」
「え、それ痛くない?」
「大丈夫だって、ノドカちゃんは物凄く腰が引けてたけど」
「それ絶対大丈夫じゃないよな!?」
ノドカでも怯える物を流そうとしないでくれないか。普通に怖いわ。
しかし手を離そうと抵抗するも虚しく青白いオーラが俺の中へと移動して来る。
おっ、おおっ、これは………。何だろう?ビビるだけ損した何かが入って来るのは分かるがそれ以上が感じられない。
『氣』の凄さ、言い換えれば武内さんが見せる人外の領域は本当にこれを習得した程度で至れるものなのか疑問しか湧かない。
全然実感の湧かない俺に痺れを切らした武内さんは頬を膨らませながらムキになって叫ぶ。
「あーー、もう、あれだよ、あれ!料理!ボクも陸斗くんも食材!!はいイメージ、イメージ!!」
「すげぇ無茶苦茶言うな!!?」
俺が『天災の料理人』だからって期待し過ぎではないだろうか。
あくまでも厨房にいてこそ力を発揮する俺は普通に生活する上では一般人、この世界では一般人以下なのだから無茶を言われても困るのだ。
「無理だと思うがな…」
「…ご主人様頑張って」
武内さんにこれは料理だと思えと言われ仕方なくイメージをしてみる。
ここは厨房、世界はまな板の上にあるイメージを持つ。
俺は食材、武内さんも食材。
確かに無理して食べる必要が無かったからやった事はないが、俺は人間も調理しようと思えば出来ると答える。
毒がなく、筋は多いが丁寧に下処理をすれば食えなくはない物が出来るだろう。
そう思えばイメージを持つ事自体は楽に出来る。
しかしその先が湧いて来ない。
青白いオーラを感じ取るには何かが足りない。
もっと深く強くイメージを持つ。
俺は食材、武内さんは料理。
俺と違って既に完成した存在の彼女は手を加えるまでもなく美味しそうに思えた。
この見えるオーラと与えられる熱。肉厚で複雑な食べ応えの有りそうな姿。
例えるのなら…。
「アツアツの肉まん」
「え?それ何処見て言ってるの?」
でも少し手を加えればより美味しくなりそうだ。
「うわ、ちょっ、待て待て待って。そこはダメ。本当にダメ。触ったら、ひぅっ!」
塩っ気を強めにして味を引き立てる。
辛子もあると肉汁をさっぱりと味わえるようになるな。
「そ、それ以上触ったらボクも、って、嘘!?手が解けないんだけど!?」
ごま油を少し垂らして焼くのも良いな。
カリカリで香ばしいさを足す事で感触に奥行きが生まれる。
「ひゃぁぁああっ!!ダメダメダメダメ、ダメだって!!それ以上したらボクも殴るよ蹴るよ投げちゃうよ、ってだからダメーーーーーーーっ!!!」
ガンっ、脳に衝撃を感じた。
ふと、正気に戻れば地面に崩れている武内さんの姿があった。
「何があった?」
「何で覚えてないの!?」
俺はただ料理をしていただけだ。
目の前にあった完成品に一手間加えてより美味しくって、何で料理してたんだっけ?
「師匠、流石にアレはマズイかと」
「え?マジで俺は何やってたんだ?!」
まったく覚えてない。
こう意識を調理に入ってから今の今まで厨房に居た気分だったのだから何をしていたのかさっぱりだった。
「陸斗くん酷いよ。ボクが『氣』の事を熟知させて上げようとしたのにボクを強化するなんて」
「はい?」
倒れている武内さんをよく見れば青白いオーラが何故か赤くなっていた。
「どうしたんだそれ?」
「分かんないよ!ボクだって身体のあちこち触られたと思ったら力がバカみたいに溢れて来たんだから」
「あ、それはすまん」
感触などまるで思い出せない。
惜しい気分だが あれ以上やっていたらどうなるのやら。
まあ、それ以上行けば流石に誰かが止めに入っただろうし、武内さん自身も俺を正気に戻してくれた。
これは一体何なのだろうか。その気になれば人も料理出来ると思ったが、本気で俺に何が起きたのかしっくり来ない。
「あー、もう本当に驚いたよ。まな板の上の鯉の気分だった」
「ただ俺は何も出来てないな」
感覚は分かった。
こう、出来立ての美味そうな料理が醸し出す旨味。
そう思うと俺の中では旨味がかなり奥の方に引っ込んでおり俺自身あまり美味そうじゃない。
「うーん、こうか?」
旨味を外に出す為の調理をしてみる。
イメージは一匹のカツオ。カツオの定番はやっぱりたたき。
グリュッ、と胸元を抉る痛みを少し覚えたが無視してたたきを作って行く。
表面を炙ったカツオは香ばしさが加わり、溶けた脂が濃厚な旨味を押し出す。
冷水で絞めたカツオをスライスして薬味を散らせば料理は完成だ。
「あっ」
チリッ、と身体に赤いオーラが纏わるのを実感する。
「出来た」
嘘だろ。自分でもびっくりだわ。
「うわっ、ノドカちゃんでも青いオーラしか出せないのに。ふざけてるの?」
「料理しろって言ったの武内さんだよな!?」
やれと言われてやってこの扱いは無いと思うわ。
「でも、まあいいや。しかしそっかー、陸斗くんも出来ちゃうかー」
ワクワクした顔をする武内さんに俺の心のアラームが瞬く間に警報を鳴らす。
ヤバい。ここに立っていたらヤバい。
「さて、俺は今晩の夕飯の準備をしないとな」
ここは逃げるに限る。
今の俺はこの赤いオーラのお陰で誰からでも逃げられる気がするぜ。
「そうは問屋が卸さないよ」
だが回り込まれてしまった。
そうだ。武内さんを強化したのも俺だった。
ある意味対等。しかし『料理人』と『武人』では勝負が目に見えていた。
「へっへっへ、天井の染みを数えてたら終わるよ」
「ここ野外。ここ野外だから少し落ち着こうぜ?」
寧ろ外だから良いのか。
だけど俺は人を殴ったり蹴ったりした事は無い上に、『氣』だって今出したばかりで使い方もさっぱりなんだが。
「問答無用!乙女としても武人としてもここは戦わなくちゃいけないんだよ!」
「悪かったって、ほら夕食は好きなの作るから、な?」
「それよりも今は拳を交えたいんだよ。さあ尋常に勝負だ!」
「うおっ、マジか!?」
ヒュゴッ、風を切る音と共に放たれた拳を無理矢理回避する。
俺でも避けられるから手加減されているのは分かるが、これは心臓に悪い。
「んじゃ、次々行くよー」
「くっ!」
ギリギリ回避を繰り返すが武内さんも意地が悪い。いっそのこと一撃で落とせば良いのに俺でも見える速度で打って来るんだからな。
「ほらほら反撃してみてよ」
「出来るか!」
避けるので手一杯だ。
『氣』なんぞ表に出たがどう作用しているのか。
とにかく当たらない様に回避を繰り返す。
と、そこで身体に急に違和感が走る。
「…あ」
無くなった。
俺の中にあったカツオのたたきは最後の一切れを咀嚼し終わったかの如く。皿の上には何も残っていない。
それを感じると同時に俺の周囲にチリチリと溢れていた赤いオーラも萎む様に消え去った。
「げふっ」
「うわ、大丈夫?」
地面に倒れる俺に武内さんが近寄って来る。
遂に俺もアヘ顔ダブルピースか。
ある意味終わった、と思ったが武内さんは優しく抱き起してくれた。
「あー、ごめんね?これ体力とか結構使う技だから鍛えてない陸斗くんじゃ維持は無理だったね」
「そんな技なのかよ」
どうりで疲労感が半端ない訳だ。
指の先一つも満足に動かせない。全身を筋肉痛が支配している痛みは涙が出そうだった。
使用した時間はほんの数秒。しかしこの肉体に掛かった負荷はマラソンを一時間近くやってから筋トレしたように立ち上がるのも辛い。
「師匠とても素晴らしかったです」
「マイランさん、俺はただ避けてただけなんだが」
「…ご主人様とても速かった」
速い?武内さんの拳を全力で避けてはいたが、そこまで速く動けたとは思えないが。
そこに回復をしたルミナスさんもやって来る。
「貴方は何者ですか?とても身体を鍛えているとは思えないのに私以上に速く動けるなんて」
俺がルミナスさんより速く動いていた。
それは有り得ないと言いたいが、必死に動いていて気付いてなかったが周囲がスローで動いていた様にも思う。
自身が思っている以上に凄い事をしていたらしい。
「ねえねえ陸斗くん」
「何だ?」
あ、察し。これヤバいパターンだ。
「今日からは無理でも明日からノドカちゃんと一緒に鍛えよっか。ボクに届く可能性があるよ、うん」
「拒否したいんだが」
こんなキツイの毎日もやってたら身体が壊れちまう。
でも武内さんの笑顔は止まらない。この笑顔はアビガラス王国の城から無理矢理脱出した時と同じで嫌でもやると言っていた。
「ダーメ。ボクの身体のあちこち触ったんだし慰謝料は必須だよ。さあ男の子なら強くなろー」
「おいこら誰が飯作ると思ってるんだ?今だってこんな状態になって夕飯が作れるか怪しいんだぞ?」
「何とかならない?」
「出来るとしたらマイランさんの横で指示するくらいだ」
「うーん、マイランさんの料理も悪くないんだけど違うんだよねー、何か」
「いつか師匠の腕も超えたいのですが、まだまだ修行不足です」
「俺は普通に美味いと思っているけどな」
ただ多少の差異で味が変わっているだけに過ぎない。
当然採点すれば僅かなミスで満点にはならないが高得点は叩き出す腕前だ。俺からすれば合格点でも他の皆からすれば僅かなミスが物足りない原因になっているのだろう。
「でもやっぱり『天災の料理人』となると自分まで料理の対象に出来るんだねー。自分の得意分野に置き換えると出来る様になるなんて懐かしいなー」
「何が?」
「ボクと皇ちゃんが出会った時もそうだったって話。【六翼の欲望】だっけ?あれで空を飛ぶ皇ちゃんを見てて、ボクもこうすれば飛べる!って思ったんだよねー」
「そうなのか。ってか、世界を周ってた時には飛んでないのか?」
「あの時は跳んで走ってたよ」
跳躍から飛行に変わったんだな。武内さんがやると大差ないか。
俺は結局、担がれたまま訓練場を後にした。
修正
警報を光らせる→警報を鳴らすに変更しました。アラームは光ませんよね(;^_^A アセアセ・・・