2話目 ステータスさんが働かない
ステータスとは一体何か。
ゲームであればその人物に対する指標であり、キャラクターのパラメータ。どう戦うにしてもこのステータスを元に対応するのが一般的。
で、あるならば俺と言うキャラクターはどうなるのか。
体力、魔力、攻撃力から防御力、回避に至る全てがオールゼロ。アルコールの一滴さえ入っていないフリードライテイストな俺。って、待て待て待て。何なのこれは?ステータスさんが働いてないんですけど?
「ふむ、どうやら当たりの様だ」
王様は喜ばしい目付きをしていたが一人置いていかれている感が半端ない。多分これ赤ちゃんにも負けるステータスじゃね?
「いいか、よく聞け!ステータスはレベル1ならば平均してどれも30か40。多くて50だ。それがお前たちは三桁ある時点で最強と言って過言ではない。ここに称号やスキルも混ざれば勝てる者などいなくなるだろう」
いや、ゼロなんですけど。最弱以下なんですけど。
叫びたいけど叫べないこの周りの盛り上がりはなんだ。新手のイジメか?泣くぞ、ちくしょう。
「更にお前たちは勇者だ。『人形王』の傀儡には絶対にならない。国はお前たちを全面的に支援する。金、女、男、必要な物は何でもだ。生活に不自由は一切させない」
「金…」
「女…」
「男…」
不満は何処へ行ったよ。完全に欲に目が眩んでるぞ。
「でも、私は帰りたいんだけど」
渡辺さんナイス。君も山崎君と同じだね。空気読まないのがこんなにも強いのか。
ただ、帰りたいと言った事に王様は酷く申し訳なさそうな顔をした。
「すまないがそれは出来ない。君たちを帰す為の魔力が十年は自然に貯めなければ帰還の魔法は使えないのだ」
「そ、そんな…」
渡辺さんは落ち込んだ。それはそうだ帰るのに十年。年を考えれば帰っても中退扱い。そこから頑張っても学歴が中学生で止まった者を素直に受け入れる企業は少ない。
今まで何してしたかと聞かれて、異世界で勇者やってましたと言えば確実に面接は落ちてしまうだろう。
帰った所でお先真っ暗。俺の場合はそれ以上に詰んでないか?帰ってもダメ。ここにいてもステータスがないからダメ。渡辺さんより絶望的だ。
「おい、ステータスが全てゼロはバグか?」
「何?」
「え?」
何も言えないでいた俺の代わりに皇さんが物怖じせずに確認をした。そもそもステータスがゼロなのは俺だけじゃなかったのか。
「あ、私もゼロだよー」
「「「え?」」」
はいはーい、と武内さんも手を上げて主張する。
そこに反応したのはクラスメートの殆どだった。俺だって驚いた。何せ彼女は元の世界で『武』の達人。魔力はともかく攻撃力、防御力、回避力はクラス一であって不思議でない。
そんな彼女がゼロ?バグを疑わざる得なかった。
「………他にステータスがゼロの者はおるか」
「お、俺もです」
つまり3人だけ。3人だけがステータスを持ち合わせていない。
俺はともかく武内さんのステータスがゼロなのはバグを疑わざる得ない。もう一人の皇さんについては知り合って間もない為に何も分からないが。
しかし王様はこの事象を知っているのか残念そうに首を横に振った。
「そうか。当たりが多い面、外れも多かったか」
「どう言う事ですか?」
堪らずに聞き返すと王様は力ない声で喋り出す。
「この世界においても稀にだがステータスがゼロの者はおる。その者たちは基本的にステータスの恩恵が受けられない為に自身の持つ元々の身体能力以上のものが手に入らぬのだ」
つまりステータスは本人の全てを記したものではなく、本人に上乗せされた値を示しているのであった。
今の俺なら赤子には勝てるがステータスが30も追加された子供には勝てるか怪しい。そして大人であればもう完全に勝てない。こっちは裸で、相手はパワードスーツを着てる様なものだ。どう立ち回っても無理だ。
王様が嘆くのも頷ける。十年に一回引けるコンプガチャに外れが三つも混じっていたのだ。期待した分、落胆も大きいのだろう。
「これってレベルアップも無理って事ですか?」
「無論、ステータスにレベルの表記も無いであろう?それは成長しない証なのだ」
「マジか…」
笑えない。元の世界に帰るのも絶望的だわ、ここで暮らすのも絶望的だわでどうしろって言うんだよ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか王様は立ち上がって笑顔で騎士たちに指示を出す。
「とにかく勇者召喚の儀は成功した。騎士たちよ勇者たちをそれぞれの部屋に案内せい。宴はしばらくしてから執り行う」
「「「はっ!」」」
王様は部屋を出て行き、クラスの皆はそれぞれ案内される。
しかし俺たち三人はどの騎士からも案内されずにポツンと部屋に残されてしまった。
「って、せめて誰か案内して欲しかったな」
「まあまあ、なったものはどうしようもないよ」
俺の肩を叩くのは武内さんだった。
なんで絶望的でも笑顔でいられるんだろうか。元々何を考えてるか分からない人ではあったがこんな状況も相まって益々分からない。
「ふん、私からすれば全てがどうでも良い。それより何か食べる物はないか?このバカに朝から付き合わされてるせいで何も食えていない」
「バカって何さ。あ、でもボクも欲しい」
「あはは、ならお弁当を食べてくれ。元々一つは武内さんには渡す予定だったからな」
はい、とカバンごと転移させられたのが功を奏したのかお弁当もセットでやって来ていた。自信作でもあるから向こうの世界に取り残されて廃棄になったら泣いていた。何せ幕の内(特)だから。
「ありがとー」
「ふむ、まあ食えれば構わないが」
二人はお弁当を武内さんは純粋に感謝、皇さんは取り合えず悪くないと言った感じで受け取ると床に座る。
「いただきまーす」
「簡単な物しかはいってないけどな」
開けられた幕の内(特)は冷めても美味しい作り方を心掛けた。これで不味いと言われたら凹む。
武内さんは真っ先に卵焼きを箸で摘まむと口の中へと放り込んだ。
「ん~~~っ、これこれこの味だよねー。お袋の味」
「俺はいつから武内さんのお母さんになったんだ?」
そもそも食べるの二度目では?
だけど俺としても悪い気分ではなかった。美味しいと口では言わないものの、浮かぶ笑みが美味いと物語っている。
頑張って作った甲斐があった。皇さんはどうだろうか。
「………」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
あー、うん。そんな気はしてた。
淡々と食べられていた。それも美味いか不味いかさっぱり分からない。真顔で食べられているから不安になるな。
「美味しくないか?味が薄いなら塩か胡椒があるけど」
「何で調味料持ってるの?」
「お弁当が薄味だから」
苦笑いを浮かべる武内さんだが食べて貰えるのなら美味しいと思って欲しい。
そんな俺の不安を意に介せず皇は黙々もぐもぐと食べ続ける。
気が付けば二人は完食していた。
「ごちそうさま」
「ふむ」
「満足したなら何よりで」
二人ともが米粒一つ残らず食べ切ったから美味しくない筈がない。多分。
空になった弁当箱をカバンの中に放り込んでから、ふと気付く。
「皇さん左頬にご飯粒付いてるよ」
スッと皇さんの頬に手を伸ばして米粒を取る。
「…はむ」
「はい?!」
なんと皇さんは躊躇なく俺の摘んだ米粒を指ごと咥えて飲み込んだ。
「もぐもぐ………ふぅ、久々に食事をしたな」
「どんだけ食べてなかったんだよ」
いきなり指を咥えられると心臓に悪い。特に見た目が良い分、変にドキドキさせられるから勘違いしそうな行為は勘弁して欲しかった。
「さーて、おなかも満たしたしどうする?」
一連の出来事をスルーして武内さんは立ち上がると今後について聞いてきた。
「私は適当に散策する。お前もお前で好きにしていればいいだろう」
「まあそうなんだけどね」
「では私は行くぞ」
皇さんも立ち上がると俺たちの事など知った事かと扉から出て行った。
「皇さんは一人で大丈夫か?」
「うん?心配してるの?」
「いや、心配するでしょ普通は」
彼女はクラスメートと並べても一番小柄であり、たとえここが王様もいる様な守られた場所であっても場所は異世界。気軽に探索などして不敬に思われれば呼ばれた客人側であってもどうなるか分からない。
だと言うのに武内さんはいつも通り笑みを浮かべているのだから不思議だった。
「まあ問題ないでしょ。だって皇ちゃんも私とは違うベクトルの『天災』だから」
「マジか」
類が友を呼んで来た。
「あれでも何かの達人なのか」
「うーん達人とはちょっと違うんだけどね」
白衣着てたから研究者なのか?でも大丈夫の理屈が分からない。皇さんは何も持っていなかったのだから結局危ないのは変わらない気がするが。
「まあ心配する必要はないって事で。んじゃ、私も探索して来るねー」
あっけらかんと言い残すと武内さんは窓から出て行く。
「いや、普通に扉から出ろよ」
忠告するにはあまりに遅く、軽快な彼女は風の如く消えて行った。
そして一人だけこの場に残された現状。マジでどうするよ。
陸斗が三人称で語っていたので訂正しました。うーむ、気付かなかった。