23話目 犯人はこの中にいる!・・・気がする
「ふむ、では話だけでも聞いておこうか」
「ありがとうございます」
王女に興味を持ったのか皇さんは紅茶を飲みながらこのまま会談する事となった。
皇さんなら気にも留めずに席を立って、無駄な時間を過ごしたと言い去るものだと思っていた。
しかし皇さんは敢えて王女の話を聞く事にした。ここに一体どんな思惑を持っているのかは分からない。それこそ気まぐれだと笑ったとしても十分に有り得るが科学者が果たして無益で非合理な状況を見過ごすものなのか。
皇さんの考えは読めないが付き合うのも一興か。武内さんは戦えるのならどうでも良いと傍観を決めた。なら俺もそうしよう。俺は所詮ただの料理人。科学者のもたらす知恵以上の物はないのだから。
「貴女方に依頼したい内容はこの城に入り込んだ膿の除去」
「ひ、姫様っ!?」
自分が何を言ったのか。大臣はその意味を正確に見抜いたのか焦りを見せる。
俺には何が問題なのかはさっぱり分からない。
「それはつまり国の中枢全てを私たちに見せると言っているのと同じだぞ?この得体の知れない化物たちにな」
狂気の笑みを張り付けながら手を組み合わせる。
見たものを怯ませる笑みを余裕の表情で受け止める王女は同じだけの笑みで微笑み返す。
「その程度で国を守れるのであれば安いものではないでしょうか」
「くっくっくっ……、貴様はそこらの凡人とは格が違うな。国を背負う者は誰もがこうなのか?それともお前もまた異常なのか?」
「それは何時でも見定めて頂ければ」
ふふふ、くくく、と笑い合うのが非常に怖い。
何この悪魔たち。俺これと同列扱いされてんの?荷が重いわ。
「では聞くが私たちに払える対価はあるのかね?言って置くが安くはないぞ?」
「もちろんです。貴女方であればそうですね……、私に貸し一つでどうでしょうか?」
「ふは、王直々の貸しか?随分と無謀な空手形を切るものだ。後ろを見たまえ、面を喰らって動けずにいるぞ?」
「貴女方は安くないのでしょう?ならばこちらもけして安くない札を切ったまでです」
「後悔するぞ?」
「しませんよ。少なくともこれで貴女方との縁が出来る。それだけで私に取っては良い買い物になりますから」
「貴様に扱い切れるかな?」
「さあ?何事もやってみないと分かりませんので」
つまり結局俺たちは城に残って探偵や刑事の真似事をすると。
追求の根底にあるのは何時だって科学。物的証拠一つ取っても付着した土や指紋、衣服に残った糸くず一つを鑑定する事で瞬く間に多量の情報を得られる。
皇さんならシェフの遺体一つでどれだけの情報を得てしまうのか。
きっとそれは暴いてはならない秘密もあるのだろうが知った事ではない。膿を全て出せと言ったのは王女本人なのだからたとえ国が壊れたとしてもその全てを受け止めなければならないのだ。
そんな悪魔に身を委ねられる彼女もまた悪魔か。
王女の思いがけぬ行動に当然大臣が止めに入る。
「何を言ってるのか分かっておるのですか、この直感型猪娘は!先程も言った様にもっと思慮を」
「ならば大臣は死んだシェフがどの手の者か分かるのかしら?私の耳に入る情報が『どこかの村の出身』だけであるのなら控えなさい。これは天が落としたチャンスよ」
嬉々として立ち上がった王女は俺たちを右手を大きく広げて指し示す。
「彼らには圧倒的な力がある。底知れない知恵がある。不可思議な魅力がある。ならばこれを利用しない手はない。私が対価を払う以上の価値を貴方は感じないの?」
「そ、それは…」
大臣が見たのは死屍累々となった第三騎士団の者たちと無傷な俺たち。状況のみではあるが、これが何を示すのかが分からない程衰えてはいないだろう。
「ここで彼らを帰せば確かに元の日常に戻れるわ。何処に裏切者がいるのか分からない不安定で綱渡りな日常にね。だったら全てを壊し尽す神の鉄槌に身を任せて改革を行った方が国はより良くなります」
「言って置くが私たちは元の世界では『天災』と呼ばれた者たちだ。それが起こす被害が国そのものを潰す結果になっても私は保証はしないがね」
「ひ、姫様…」
うん、こんな事言う人を信用する方が可笑しいのであって大臣は正常な感性を持っているよ。
でも王女は考えを変える気はないらしい。
それはそれで面倒だが珍しく皇さんがやる気なのだ。意志は尊重しようかね。
「まずは死体を寄越せ。全てはそこから始めようか」
こんなにも楽しそうな皇さんは見た事がないからな。
俺たちは大臣の反対を押し切った王女によって死体安置室に案内された。
シェフの死体も綺麗なまま安置室に置かれていた。
そもそも城に何故死体の安置室あるか。恐らく日々の毒味の結果もある。中にはまだ新鮮な遺体も残っており、直にこの遺体も丁重に弔われるのだろう。
しかし今はこのシェフだ。皇さんは一体どうやってシェフから情報を取り出すのか。
「おい、言って置くがここからは耐性が無いなら見ない方が身のためだぞ?」
「何をする気だよ」
俺の質問に皇さんは一本の杭を取り出した。
「これを解体した脳に突き刺して記憶領域から情報を吸い上げる」
「わーお、皇ちゃんってそんな事も出来るんだ?」
「所詮人の脳だからな。弄繰り回すのは何度かやっている。どれだけ催眠や魔法が優れているか知らないが人の脳は記憶を残し続ける。それこそ細胞が死滅でもしなければ残っているのでコレを刺せば大抵の事は解決だ」
「探偵が要らないね。頭脳は大人の子供とか」
「死体が覚えているのだから死んだ人間に聞いた方が手っ取り早いのは常識だよ天華」
日本の警察が目を回しそうな物を作った事に驚けば良いのか、それとも人としても倫理観とかどうとか思うが手っ取り早いならそれに越したことはない。
「お前は料理でもしていろ。ただ今日は魚にしておけ。私の気分的にな」
「分かった。肉は止めとく」
「ノドカを借りるぞ。これでも繊細な作業だ。邪魔が入られると困る」
「構わないかノドカ?」
「マイランさんや武内様が主から絶対に離れないのであれば」
「分かったから凄むな」
心配してくれるのは有り難いが顔が怖い。
料理をするならばマイランさんは片時も俺の側から離れないだろうし、武内さんが自由奔放でもある程度弁えてくれるので問題はない。
「ならば出て行け。仕事の邪魔だ」
俺たちは皇さんに背中を押される形で死体安置室から追い出された。
・・・
さてようやく仕事に入れるな。
私はいそいそと準備を始める。
様々な解体用具と死体の周囲を囲む様に幾つもの機械を配置する。
今はこの身体中の血液が酷く煩わしいので血抜きの作業からだ。そうしないとやりにくくて仕方ないからな。
「あの、皇様。脳にそれを刺すだけなのでは?」
「ふん、そんな物は口からの出まかせに過ぎん」
「は?!」
ノドカは驚くが私は何故そうも驚くのか理解出来なかった。
「君は脳が一体どれ程難解か考えた事があるかね?人の脳はかなり複雑で、だからこそ私は私と同じ『天災』がこの世にいると信じたのだ。こんな棒切れ一つだけで解析出来るものか」
「で、ではどのようにして記憶を探るのですか?」
「決まっている全身を切り刻むだけだ」
「っ!?」
人はその身体に色々な物を隠しているものだ。
胃や腸、肝臓を摘出すれば何を今まで食べて来たか、何を習慣とし、何と触れ合って来たかは分かる。
皮膚だけでも紫外線を浴びた量から算出すれば何処の生まれでどう言った時にここに流れ着いたかは予測可能だ。
まあ脳からも多少は読み取れなくはない。ただ私の機械だと脳が負荷に耐えられないので全てを読み取る前に脳が死滅してしまう。脳は繊細過ぎて私の科学でも扱うのは難しい。
だから全身を余すところなく解体する。そうすればコレの人生は概ね把握が可能だ。
「そう言う訳で見て行くなら覚悟して見ろよ王女」
「………」
こいつが何を思ってここに残ったのかは私にも分からない。
ただそれ相応の覚悟を持ってここにいるのだろう。ならばどんな観客がここにいた所で私の役目は変わる事はない。
「出て行く気はないんだな?」
「私は真相を知る為にここにいます。その全てを受け入れてこその王ですから」
「ふむ、その気概実に結構。ただし足が震えているのは頂けないな。椅子があるなら座っていろ。物音を立てられるのは迷惑なのでな」
わざわざ私がマイルドに解体を示唆したのに物好きな奴だ。
こいつ程聡明なら私の嘘にも気付いただろうに。いや、だからこそか?
死体の尊厳など犬にでも食わせてしまえば良い。それがましてや自分を殺そうとした輩の死体なら尊厳も矜持もあるまい。
私が徹底的に死体を弄繰り回した所で気に思う必要も無いと思うがやれやれ、感情に生きる奴程私の理解から遠のく。
しかしそう思いながらも、自身もまた感情に振り回された結果、こんな詰まらない男の解体をしているのだったな…。
私がこの死体を弄る理由。
私はコレに半ば狂気に似た悪夢めいたものを感じ取っていたからだ。
この国と対立をしているアビガラス王国の事はそれなりに調べた。特に科学の分野における物は何でもだ。
土の性質に始まり、動植物の生態、魔力が齎す物質への編成力。そしてそれはありとあらゆる物質が私の調査対象だった。
そこには当然毒物も含まれており、アビガラス王国からこのモルド帝国に行き着くまでにバトラコトキシンを見付けていない。
はて、それが何を示すのか。
単純にアビガラス王国がその毒物を他から手に入れたと考えても良し。商人ならば売れる所に売るだろうからな。
しかしアビガラス王国にもバトラコトキシン並みの強い毒物はあった。となれば一々買ってまで手にれる毒物でもない。
ここまで来ると三文小説の落ちの様ではあるが現実とはこんなものなのか。それともはたまた一流の超大作並みの奇な物語でも待っているのか。
さあ、後は死体が雄弁に語ってくれるだろう。私は小説の結末を最初に見てしまう性質でな。気になるから先に見て置こうと言うわけさ。