22話目 お互い水に流しましょう。ただしシェフお前はダメだ
「見苦しい物をお見せしました」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
面倒臭い王女には懇切丁寧に一から説明した。
俺たちがアビガラス王国の勇者召喚で来させられた事。
そしてステータスがない為に不遇の扱いを受けていた事。ただし【アイテムボックス】のスキルだけは持っていると嘘を吐いた。そうでなければより面倒に直面すると思ったから。
だから国を出て、あちこちぶらりと旅をしている事を伝え、取り合えず納得して貰った。
ただ、一つ一つの説明をしていく中で、やはりアビガラス王国の、とか、そんなステータスもなくどうやって、とか引っ切りなしに驚き続けるものだからこちらが疲れてしまう。
「姫様っ!!」
第三騎士団の壊滅と王女の誤解が解けた事で騎士たちと王女以外が人払いのされていた部屋に一人の男が勢い良く入って来る。
「だから私は止めたのですぞ!再三に姫の妄想癖の酷さを忠告していたと言うのに」
「大臣、私は妄想しているのではなく思考しているのだと」
「その思考が空回った挙句にこの様な事態になったのではないですかな」
脂汗をダラダラと流しながら叫ぶ太目の身体に頭髪の乏しい男は俺たちに向き直る。
「本来はこの様に人を招く事はないのですが、このじゃじゃ馬姫が勝手にアビガラス王国の手の者と勘違いをして皆様に多大なるご迷惑を掛けた事をお詫び申し上げます」
「じゃじゃ馬姫って、私は王女なのに…」
王女を罵倒しながら九十度のお辞儀とか大丈夫かこの国。
「ほう、国の重鎮がそう簡単に頭を下げるのは問題ではあるまいか?」
「この何も無くなった頭を下げた程度で皆さまの留飲を下げれるのでしたら幾らでも下げます」
中々に出来た人であった。
「もしここでまだ暴れられるとなれば第一騎士団も第二騎士団も全滅してしまうでしょう。皆さまにはそれだけの力があるとお見受けします」
「え?暴れたら他の人とも戦えるならやっちゃうよ?」
「っそ、それだけはご勘弁を。模擬戦と言う形であれば幾らでも手配いたしますので何卒」
「うーん、命懸けの方が面白い戦いが出来るんだけど、しょうがないから勘弁してあげるね」
怯える大臣に仕方ないね、と武内さんは肩をすくめた。
俺だって肩をすくめたい。こんな状況になったのが王女の妄想が原因とか頭が痛くなる。
大臣も同じ気分なのか、苦い顔でただ頭を下げるばかりであった。
「私は国を守る為にですね」
「でしたらもう少し思慮を覚えて貰いたいものですな。時にはそのお転婆が役に立った時がありますが基本的に自爆が多く、どれだけ私が忙しく奔走させられたのかをご存知でないと?」
「………すみませんでした」
王女なのに謝罪した。
見ている分には中々面白い関係だが、巻き込まれるのは勘弁だ。誤解も解けたのでさっさと帰ろう。
「では俺たちはこれで失礼しま…」
「いえいえ、まだ礼も出来ておりません。この大バカ娘のやらかした事に対する謝罪と本当に国を救って下さった事への礼をさせて頂きたい」
「え?私王女ですよ?大バカ娘って不敬じゃありません?」
「黙りなさい!そんなだから先代が私の枕元に毎日立って『今日も済まなかった。悪いが明日も娘を頼む』と出て来るんです!うなされる私の気持ちが分かりますか!」
「私は毎日も失敗してませんわよ!?」
「「「…………」」」
騎士たちが揃って顔を背け、聞かなかった事にした。どんだけ凄いんだこの王女。
『人形王』とアビガラス王国の王様は警戒していたが人形は人形でも腹話術に使われる道化の人形のようだと思えて来る。
「では皆さま方こちらへ、些細な物ですが会食の用意がございますので」
うん、五人とも要らないって顔しないで少しはスマイル対応してくれ。
食事の用意があると聞いて露骨に嫌そうな顔をする五人に大臣は必至なフォローを入れる。
「こ、こちらで用意出来る最高の物を用意しましたので味は保証しますので」
「味の保証…」
それが一番無いと言いたいのかマイランさんは無表情に呟く。
「取り合えず形だけでも受け取るぞ。ちゃんと帰ったら作るから」
「ふん、私は手を付けんからな」
「ボクも同じで」
「主だけを犠牲には致しません」
「……レンも耐える」
「まあ形だけですし」
いや君たちもう少し期待しようよ。
ノドカやレンなどは奴隷として一番酷い時の食事に比べたら雲泥の差にも関わらず、耐えると口にするのだから俺が甘やかし過ぎたのが原因か。
俺は先行き不安な状況下で皆と一緒に会食の場へと向かうのだった。
「どうぞ、我が国の最高の料理です」
「「「「「「…………………………」」」」」」
俺たちは無言になった。
席に着いた俺たちに向かって大臣が自信満々の笑みで給仕された料理を披露する。
ただ、敢えて言おう。これは凄く、もの凄く不味そうだった。
俺を除く五人からすれば俺が作った料理以外は不味そうに映るのだろうが、俺はまだ五人よりも味に対して寛容だ。
しかしそんな寛容な俺でもこれは不味そうにしか見えなかった。
見た目は普通の前菜。ホタテの貝柱に刻んだ野菜の乗った品、クリームチーズらしき物に生魚の白身が巻かれている品、透明な器に入ったジュレの上にエビやイクラを乗っけた品の三種。
それぞれが手の込んだ一品でさぞ手間暇かけたのだろうが、これではダメだ。
「おや、どうなさいましたか?」
「私の事はお気になさらずに。いつも食事には毒味役がいますので」
大臣が不安そうに聞いて来るが俺は声を大にして言いたい事がある。
ホタテの貝柱に塩を振る量が甘いから余計な水分が出て味がぼやけるとか、クリームチーズをそのまま生魚と包んでいて味付けが弱いとか、エビの下処理が下手とか、もう見てるだけで修正箇所が何十か所も浮かぶ料理であるが最もダメな点が一つ。
「これ毒入りだわ。王女のも含めて全部」
「「はっ!?」」
大臣と王女は揃って驚きの声を上げて、今まさに毒味をしようとしたメイドの手を掴んで待ったを掛けた。
「それはどう言う事でしょうか」
「どう言うも何も言った通り、ここにある全ての皿に毒が盛られていますが?」
だから不味そう。
食べたら物凄く不味そうだ。死ぬ的な意味で。折角手を込んで作っているのにこれでは酷く残念だ。
「ふむ、食べる前によく分かるものだな」
「毒キノコと食べれるキノコを見分けるのと同じ感じなんだけどな」
「それ普通無理だよねー」
無理か?美味そうか不味そうで判断出来ると思うけどな。
王女は驚愕と沈痛な面持ちで立ち上がると俺に問い掛ける。
「それは本当なのですか?」
「少なくとも俺はこれを食べたくありませんね。小動物に食べさせれば一発かと」
「なら私が調べてやろう」
皇さんは『界の裏側』から化粧箱に似た物を取り出すと机に置いた。
中を開ければ半球状のボールが設置されており中身は至ってシンプル。これでどうするつもりなのか。
様子を見ていると皇さんは徐に食器を掴んでボールの中に全てをぶち込んだ。
「何をやってるんだ?」
「ただの成分鑑定だよ。全ての成分を一覧化して内容物に毒が混じっているのか是非を問うだけだ」
「こんな小さいのでか」
「何でも大きければ良いと言うものではないのだよ」
「全くですね」
「…(こくこく)」
マイランさんは何故そこに同意したのか。そこにレンも頷いているが別の意味で言っていないだろうか。
「何の事だろうね?」
「武内様、私にはよく分かりません」
これが持つ者と持たざる者の差なのか。
巨乳と貧乳が別つ壁を今ここに感じた。
機械が作動して僅か数秒。皇さんは機械の測定した内容物を確認していく。
「…………ビンゴだ陸斗。バトラコトキシンが検出された。こんなもの南米奥地のカエルにしか出ないものだが流石は異世界。ない筈の物があるとは一体何から抽出されたのか興味深い」
「バトラコトキシン?」
何それ?聞いた事ないんだけど。
「ステロイド系の一種の神経毒だ。こんなものを摂取すれば心不全を起こす。ゾウ一匹でも楽に殺せる猛毒だ」
「うは、そんな物が出て来たの?物騒だねー」
物騒どころではない。
そんな物を摂取してしまえば楽に死ねるとか勘弁して欲しい。
猛毒と聞いてより一層顔面を蒼白とさせる王女はすぐさま行動を起こす。
「この料理を作った者を呼べ!それから料理に携わった全ての者をここに!少しでも皿に触れたと思われる者は全員だ!急げ!!」
「「「はっ!」」」
騎士たちは急いで行動を開始して部屋から出て行く。
「いいのかね?私が嘘を言っているやも知れんのだぞ?」
「その時は私の目が狂っていたと諦めましょう。貴女方は嘘を言う者たちではないと信じています」
「へー、凄い豪気だねー。だからあの王様は『人形王』に恐れてるのかな?」
懐の厚い人だ。まだ若いと侮れば足元から掬われてしまう。
これが英雄となる者の才覚なのか。今さっきまで暴れていた者の言葉を信用出来るとは思っても見なかった。
逆に信頼出来なければ毒味のメイドは死んでいただろうし、毒を入れた者も逃がす事になる。
しかし僅かの逡巡もなく行動出来るのだから凄いと感心した。
「さて、気分でも落ち着けよう。マイラン、紅茶の一つでも頼もうか」
「分かりました」
「なら、俺が…」
「それは止めた方が良いと思うけどなー。王女様が飲んだら今後の紅茶が飲めないよ?」
「そこまではないだろ」
いや、あるから俺はマイランさんに料理を教え続けても結局自分で作る事になっているのか?
前に一度マイランさんは教えた通りに作った物を皆に出したが何か違う、と言ってあまり食べなかった。マイランさん自身もまだまだ修行不足ですと嘆いていたが、俺からすればあれでも十分に合格点だったんだがな。
俺は席を立つ事無く、システムキッチンを出すとマイランさんは紅茶の準備に取り掛かった。
「しかし凄まじいですな。【アイテムボックス】のスキルでそれだけの物を持てるとは」
「家一つ分の容量ですよ」
「商人であれば喉から手が出る程の有用なスキルが家一つ分も入るとは恐ろしい。普通の【アイテムボックス】でもカバン一つか二つだと記憶しておりましたが勇者となるとそれ以上の力を得られると。ますますアビガラス王国には警戒しなくてはなりませんな」
大臣が眉を顰めているがこちらも眉を顰めてしまう。
この世界のスキルもそこまで万能ではなかったようだ。
【アイテムボックス】のスキルだと毎回誤魔化して商品を買ったりしていたが自重した方が良いか。でないとまた先月の様な薄汚い商人に狙われてしまう。
まあ、あの事件以降ノドカかマイランさんかもしくは両方が必ず着いて来て護衛となるので滅多な事は起きていない。
ただ、一時期は風呂や寝床、果てにはトイレにまで着いて来ようとする異常っぷりを見せてくれたので泣いて謝ったのはいい思い出だちくしょう。
「報告します!」
一瞬だけ涙が零れそうになった所で騎士の一人が敬礼しながら入って来る。
「料理を担当したシェフを取り押さえようとした所、毒物を飲み自害しました。魔法による回復も間に合わず手の施しようもありません」
「くっ、遅かったか」
騎士の報告を聞いた王女は悔しさを滲ませ、皇さんは嘆息する。
「何だ。目の前でこれを食わせてやろうと思ったが詰まらん末路だ」
「結局そのつもりだったんじゃないかなー?ただの料理人ならここから逃げられないだろうしね」
人一人が死んだ。
その事実をどうでも良さそうに語る二人に俺は同意する。
「不味い料理を出して死ぬなら美味い物を出してから死ねば良かったのにな。料理人としての気概もないのか」
目の前に出されたこれは食玩にも劣る駄作だ。
これを人生の最後の作品として出して死んだのだから本当に詰まらない末路だと思う。
この料理人の顔を見た事はないがきっとその顔はこの料理と同じ様に不味くて食えない醜い顔をしているのだろう。
「師匠、紅茶が入りました。採点をお願いします」
「ああ」
芳醇な紅茶特有の甘い香り良し。最後の一滴まで気を配って抽出された紅褐色に輝く見た目良し。
一口啜るとこの茶葉本来の旨味と渋みを正確に摘出した良い味が口の中に広がる。うん。
「良いね。次は食事に合わせた紅茶の淹れ方を習得しよっか」
「ありがとうございます師匠」
「だけど蒸らす時間がほんの少しだけ早いから焦らずな」
「やはりお前は採点が厳しいな陸斗」
「私が師匠に頂点を目指す為に少しでも正す所があれば教えていただけるようお願いしましたので」
「うはー、ストイックだねー。ノドカちゃんもこれくらいイク?」
「武内様あれ以上となると私が死んでしまいます」
「…(ふんすー)」
「レンはやる気の様だな。帰ったら扱いてやろう」
俺たちの日常の様子に異常を感じる大臣と王女、それに周りにいるメイドや騎士までもが驚嘆な顔を張り付けていた。
「な、何故貴女方は毒の皿を前にして、お、落ち着いていられるのですかな?」
大臣がその中の代表として声を上げる。
「何故?これ自体食べる気も無かった上に赤の他人が勝手に死んだだけだろう?慌てる理由にはならんよ」
「それに陰謀めいた類はボクたちには関係ないよねー?焦るだけ無駄なんだよ」
「そんな感じで俺たちはもう帰るけど良いか?」
面倒は御免だ。俺たちはただ招待されただけなのだから帰ってしまえば終わる。後の事は国に任せて終了になる。
ぶっちゃけ早くこの服脱ぎたいし。何か俺がこのメンバーのまとめ役みたいで恥ずかしい事この上ないのだ。だから早く帰りたい。なのに…。
「でしたら私の依頼を聞いては貰えないでしょうか。相応のお礼を致しましょう」
トラブルさんの働き者め!有給休暇を消化してろよ!!
俺たちはまだまだ城からは出られそうに無かった。