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18話目 見えるはずだ、あの死兆星が(嘘)

 先に動いたのは武内さんだった。

 挑発混じりに身体をゆらゆらと揺らす歩き方で竜人種の男と距離を詰めると俺でもギリギリ見える速度で腹部目掛けて右の拳を放つ。


「人間にしては早い。が、それで驕っているのであれば早々に立ち去れ」


 しかし竜人種の男はあっさりと拳を止められる。

 

「ば、バカな!?ひ…秘孔を破るとは…」

「それア〇バの台詞だろ?シーン的に違うけど」

「あ、バレた?」


 いや、遊ぶなよ。

 全力を出していない時でさえ空を飛べる人が拳を止められただけで驚愕なんてもの張り付けないでしょうが。

 それに武内さんの顔が笑っている。頬がピクピク動き、シリアスな空気の一つも作れはしない。

 

「オジサン打って来て良いよー」

「せめて痛み無く一撃で眠らせてやろう」

「えー?そこは『痛みを知らずに安らかに死ぬがよい』じゃないのー?」

「だからネタに走るなよ」


 竜人種の男は本当に一撃で仕留める気なのだろう。

 顎を打って脳を揺らそうと武内さんに掌底を当てに行ったが楽に躱す。

 すかさず首を押さえようと竜人種の男が動くが、スパーリングよろしく次々と武内さんは拳を打ち払う。

 

「やるな」

「オジサンはもう年な訳?本気出そうよ」


 余裕綽々で竜人種の男の拳を落とす武内さんは全然足りないのか欠伸まで噛み殺し始める始末だった。


「それだけの実力があるなら今の我を昏倒させられるであろう」

「だ・か・ら、それじゃあつまんないって言ってるのー。本気で来てよ本気。【竜人解放】だっけ?あれやってよ」


 なるほど。だから竜人種の男の動きも遅かったのか。

 女子供の相手をするのは心情に反すると言っていた。しかし奴隷証のせいで戦わざる得ない男はかなり手加減をして倒すつもりだったのだろう。

 しかし想定以上に武内さんが強い為に方針を変えたのだ。直に自分を倒してくれるようにと。

 ただ男の思惑とは裏腹に武内さんは強い人と戦いたい訳で、手加減をするなら倒さないスタンスを取っていた。


「ぬぅうっ、おい、タカトラ!さっさと本気でやれ!!」

「ぐがっ…!」


 やたらと長い拳の打ち合いに痺れを切らしたのはガマ蛙の方であった。

 奴隷証の効果で本気を出さなければ呼吸をするのを苦しめられるタカトラと呼ばれた竜人種は打ち合いを止めて距離を取る。


「かっ…、覚悟は良いな?」


 苦しそうに最後の猶予を与えるタカトラさんだが武内さんは手招きをして歓迎の意を示した。


「ドンと来い」


 もはや遠慮は無用。むしろこれ以上は武人の恥とタカトラさんの瞳に闘志が宿る。


「ならば行くぞ、【竜人解放】!」


 短髪の青い髪が金色に染まる。


「更に【麒麟招来きりんしょうらい】!!」

「あれは!?」

「知っているのからい…、ノドカ」


 うっかり雷電と言い掛けたのは武内さんのキャラに乗せられたからか。

 【麒麟招来】とタカトラさんがスキルを行使した結果、竜人種特有の枝分かれした角に雷が発光し、まるで本物の竜の様な金色の鱗も数枚顔に浮かんでいた。


「【麒麟招来】これは竜人種でも使えるのが一握りの技です。人よりも竜に姿が寄り、その力も尋常ではなく、まさに一種の先祖返り。【麒麟招来】のスキルを使える者は神様の領域に手を掛けた者とさえ言われています」


 それは誇張抜きで強いのだろう。

 警戒心を顕にして俺の前に出たノドカは何時でも戦闘に入れるように【竜人解放】を使い、俺を守ろうとしてくれた。

 しかしそんなものは杞憂に終わる。


「ノドカちゃん。邪魔したら許さないからね。オジサンと戦うのはボクなんだから」


 武内さんからの圧力が強くなる。

 それは【麒麟招来】を使ったタカトラさんの圧にも負けない力強さを発揮していた。


「人の身で我に着いて来られるか」

「生憎と人間として認識されたのって殆ど無いんだよねー。オジサンが相手にするのは稀代の化物、武の領域の頂点だから」

「ふざけた事をっ!」


 もう俺には見えない次元の戦いだった。

 二人の姿がかき消えたと思えばラップ音の様に建物のあちこちから音が鳴り響く。

 恐らくこれはノドカでも無理だろう。

 スキルに【竜人解放】しか持たない彼女が上位スキル【麒麟招来】までした相手に追い付ける道理はない。

 だから俺たちに出来る最善の一手。


「でひっ、お前らこいつらをとっとと始末しろ!」


 残党処理くらいか。

 でも俺には何の力もない。だからはっきりと告げる。


「ノドカ、頼んだ」

「お任せ下さい主!」


 商人側の護衛は相手が竜人種なのもあり困惑しているが、そんなものは知ったことではない。

 張り切って前に出るノドカに護衛たちはまるでモンスターを相手取る様に陣形を整える。


「主を拐った罪。後悔しながら死んでいけ」

「殺すなよ。気絶させれば良いからな?」

「しかし主を辱しめた罪は重く」

「お前はどんだけ忠義に溢れてんだよ。殺す必要はないからな」

「分かりました」


 率先して息の根を止めようとするのは困りものだ。

 ノドカは俺の言い分を渋々聞き入れると【竜人解放】のスキルを封印して元の青い髪へと戻る。

 

「では主の命だ。加減して相手をしてやる」

「舐めるな!」


 ノドカに無謀にも突っ込んで来た男はハンマーを振りかざして頭から叩き潰そうと振り下ろすが、重鈍なハンマーは掠りもせずに空を切り、逆にノドカの拳を正面から腹に受けて転がった。


「やりやがって、行くぞっ!」

「「「おおっ!!」」」


 ハンマーの男を皮切りに人海戦術で餌に群がるネズミの如くノドカに殺到するが誰一人として傷を負わすに至れなかった。

 彼らはけして弱くはない。

 先程床に転がったハンマーも俺が持とうとすれば持ち上げるのも叶わないだろう。

 短剣を持っている男の動きは正面に立って相手をすれば、その動きに翻弄されて傷だらけになっていただろう。

 槍を持つ男の速い槍捌きは穂先を目で追うのも難しい。


 しかし彼らを相手しているのはノドカであり、武内さんが相手をしているのと同じ竜人種だ。

 短剣の男には間合いを潰すと頭を掴んでボーリングさながらに放り投げ、槍の男には穂先を素手で掴んで砕きながら押し飛ばす。矢を放った者にはその矢を倍速で返して肩を潰し、鎖付きの鉄球を投げた者にはサッカーよろしく蹴り返す。魔法を放とうとする者には石礫を投げて詠唱さえ紡がせる暇さえ与えようとはしなかった。

 ポテンシャルに圧倒的な違いがあった。

 中には俺たちを人質に取ろうと動く者もいたが、そうした者から綺麗に壁に貼り付けにされる。

 

「く、くそ、俺は逃げるぞ。竜人種なんて割りに合わねぇ」

「俺もだ。やってられっかよ!」

「バカ、それならあの人を呼んで来い!あの人なら竜人種とだって戦えるぞ!」

「わ、分かった」


 防戦一方でノドカにやられていく護衛たちは増援を求める為に離脱を図る。


「逃がすとでも?」

「それに貴方がたが言われたのはこの方ですかね?」

「あ、マイランさん」


 メイド姿で物騒なデカイ剣を携えて何故か現れたマイランさんは片手に丸々と太った男を引き摺っていた。

 

「ではお返しします」


 ズンッ、と重々しい地響きを立てながら投げられた男は何人かを巻き込みながら部屋の中央に落とされた。

 片手で軽々と持ち上げるマイランさんのパワーはその細腕では考えられないものだった。


「何でマイランさんがここに?」

「師匠が蛙野郎に捕まったとギルドカードに連絡を入れて下さったので」

「師匠?」


 誰の事だ?


「ええ、貴方は私の料理の師匠。私は弟子として師匠の窮地に駆け付けたまでです」

「いつのま弟子入りしたんだよ」


 そもそも単に料理のレシピを教えただけだろうが。

 マイランさんが現れたお陰で男たちの戦意は喪失されたけどな。

 一人、また一人と逃げ出しており、気が付けば意識がある者はガマ蛙の男しかいなかった。


「な、ななっ、何だこれは!?高値で雇った護衛たちが、冒険者ギルドから引き抜いた優秀な護衛たちが虫を散らす程度にあしらわれるなど…」


 壁際まで後ずさりするガマ蛙にマイランさんは大剣を横に振りながら、ノドカは【竜人解放】のスキルを使って青い髪を金色に染めながら怒り迫る。

 ガマ蛙は必死に交渉をしようとノドカに向かって口弁を垂らす。

 

「で、でひ、そうだ。倍、その男が買った金貨の倍を出す。奴隷の身分からも自由にしてやろう!」

「結構だ。貴様が何千枚の金貨を積もうと主の出した金貨一枚以上の価値はない」

「がひっ…?」


 ガマ蛙にノドカの言った意味を理解出来はしない。

 金こそが全ての男であったからこそ簡単に突っぱねる、ましてや奴隷の身分からも解放して正式な雇用形態を結ぼうととしているにも関わらず出来る限りの好条件を蹴ったノドカの言動は不可解に映っただろう。

 

「な、なら冒険者ギルド。そちらには今後一切の引き抜きはしない。むしろ商人ギルドから格安で商品の卸しを…」

「あちらには辞表を出しましたので今の私は一介の冒険者に過ぎません。その様な交渉はギルマスにお願いいたします」

「な、なっ…」


 ガマ蛙の手札では交渉のステージに上がるのも不可能だった。

 今までの交渉相手との価値の違い。それがガマ蛙の判断ミスだ。

 もっともマイランさんが冒険者ギルドの秘書を止めたのは初めて知ったけどな。

 

「冒険者たちをあの手この手を使って引き抜かれたのは構いません。ですが貴方はやってはならない罪を犯しました」

「商人として稼ぐのは大いに結構。しかし貴様はやってはならない愚行を犯した」


 息の合った双子の様に口上を述べ始める二人は更にガマ蛙に近寄りヒートアップする。


「師匠をさらい、かどわかし、あまつさえ冒険者ギルドを脱退させようとする。私と師匠の絆を踏みにじる蛮行」

「牢屋に入れ、主の尊厳を貶め、奴隷の様に主を酷使しようと考える悪行」

「ひっ…」


 マイランさんの大剣はガマ蛙の首に添えられ、ノドカの拳が振り上げられる。


「「覚悟は出来ているな蛙野郎」」

「ひぃいいいーーーっ!!」


 今まさにガマ蛙の生に幕が下りる。

 そんな瞬間に突如、天井が崩れ二つの影が落下する。


「そ、そうだタカトラ!早くこっちに来て僕ちんを守れ!!!」


 絶叫にも似たガマ蛙の悲鳴。

 それがタカトラさんに届く事は無かった。

 一つの影が粉塵の舞う中から姿を現すと同時に天に向かって指を差した。


「お前にも見えるはずだ、あの死兆星が!」


 ビシッ、と空が見える崩れた天井を指差した武内さんだが今はまだお昼過ぎ。星を見るにはあまりに明るく見えなかった。


「まだ北斗ネタやってたのかよ」

「起承転結は大事じゃないかなーって」


 神の領域に手を掛けたとされる【麒麟招来】のスキルを使ったタカトラさんも武内さんには物足りない様だ。

 多少の擦り傷はあるものの、ギャグを言う余裕さえある武内さんには神の領域さえ踏み越えるのか。

 タカトラさんは北斗の〇王ばりに復活する事もなく、奴隷証の効果もあってか痙攣しながら倒れていた。

 もうこちらの勝ちは揺るがない。なのに大敗とさえされる状況下でもガマ蛙の鳴き声は止まらない。


「でひ、お前らこんな事をして犯罪だぞ。憲兵が騒ぎを聞きつけて…」

「生憎ここでの出来事は外には届いておらんよ」


 皇さんはどうでも良さげに首を鳴らす。


「先程逃げた護衛も外に出た理由さえ忘れているさ。人避けに幻覚と忘却、貴様らの頼る魔法が無くともこの程度の事は科学で脳を誤認させられるものだ。何故ここにメイドが入って来れたのかは不思議で仕方がないがね」

「師匠の危機でしたので変な感じはしましたが気合いです」

「なるほど天華と同じ脳筋理論か。不可解だ」

「ちょっと酷くないかなー」


 つまりこの騒動を認識もされていないと。確かに何も起きていない家に飛び込む警察はいない。

 ならばガマ蛙の最後の希望も潰えた。

 しかしこの惨状が残っている。ガマ蛙の顔にはまだ報復のつもりがあるのか憎々し気に俺たちを睨んでいた。


「ああ、そうそう。証拠の隠滅は容易いと思いたまえ。君の死体もこの建物も瞬時に消す手段は当然にある」


 皇さんはレンの肩に手を置いた。


「これが全てをちりに変える。私がやっても良いが趣味の悪い物を『界の裏側』には入れたくないのでね」

「……(ふんすー)」

「レンに出来るのか?」


 皇さんは武器を与えていたのかと思ってレンを見れば手ぶら。銀の腕輪もなく『界の裏側』に何かを収納している訳でもない。

 どうやって証拠隠滅するのだろうか。

 そう考えていると袖をレンに引っ張られる。


「……ご主人様、レン壁を砂にした」

「そうか偉いなー」

「……(ふんすーふんすー)」


 よく分からないがレンの頭を撫でる。俺は褒めて育てるタイプだからな。

 

「が、がが……、な、何なんだ……、お前らは」


 壊れ気味のガマ蛙は酷く怯えた顔で壁に張り付いた。

 これ以上逃げられないと言うのに足だけは必死に後退し続けており、壁に背中が当たっているのも分かっていない。


「私たちが何者か?ただの『天災』だよ。関わったのが運の尽きだと思いたまえ」


 皇さんは自嘲気味に呟いた。

 壊れた建物の天井に雲が陰る。

 天さえこの惨状は見たくないと叫んでいるのか、朝まで晴れていた空は一面を雲で覆われており、一雨降りそうな空模様へと変わって行くのだった。


「さて、仕上げと行こうじゃないか」

「ひぃ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!!!!??」

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