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17話目 解放と竜人種とポテトチップスと

 煮込み料理とは何か?根気と時間である。

 

「おーい、大分良い匂いがしてるけどまだ出来ないのか?」

「今食べても肉が軟らかくないからな」


 だからこうして催促されても出せないものは出せない。

 アクを丁寧に取り除きながら檻の向こう側にいる男と会話しているが男が食いたがっている為か、鉄格子を両手で持って顔までくっ付けていた。


「お前の料理匂いだけでもヤバいな。腹減ったぞ」

「まだ完成してないから何か違う物でも作るか?」

「お、良いのかよ」


 ヨダレを垂らす勢いで見られれば流石に可哀想になって来る。


「簡単な物でも良いよな?」

「おう、頼む」


 ポテトチップスで良いか。作れば牛肉の赤ワイン煮込みの付け合わせにもなる。

 深めのフライパンに油を引いて暖めている間に気になった事を一つ聞いて見る。


「さっきから物凄い音がしてるが上で何が起きてるか見に行かなくて良いのか?」

「その間にギルドカードで連絡取られたらマズイからな。その手には乗らないぜ」

「単純に気になるだけ何だがな」


 まあ、いいか。

 恐らく武内さん辺りが暴れているのだろう。さっき大きな声で呼ばれたし。

 良い温度になったのでスライスしたジャガイモを投入。


「ジャガイモかよ。それ当たった事あるから嫌いなんだが」

「芽は毒だから取れよ」


 常識何だが知られていないのか。

 揚がったポテトチップスの油を切って皿に移す。

 味付けはメインが濃いし、塩味で問題ない。


「ほい、出来上が…」

「ここにいたか。とっとと帰るぞ」


 と、ここで皇さんが地下牢入口より姿を現した。

 来ているのは音で分かっていたが皇さんが先陣切ってやって来るとは。

 後ろからレンとノドカも姿を見せる。


「主っ…!」

「……ご主人様っ!」

「すまんな。迷惑かけて」


 レンとノドカは俺を向いているが皇さんは皿に乗ったポテトチップスの方に視線が来ていた。


「皇さんこれ夕飯の付け合わせだから今は控えてくれ」

「ふむ、ならば楽しみにして置こう」

「で?再会の挨拶は済んだかよ」


 男はようやく鉄格子から手を離すと皇さんたちと向かい合った。

 男には策があるのか、いやに自信満々であり気取った笑みまで見せている。


「ああ、いたのか。だらしなく舌を垂らしていたので犬畜生かと思ったぞ?」

「言ってくれるじゃねぇか」


 そこで男は左ポケットに手を突っ込む。

 ゴソゴソと漁り取り出したのは一本の鍵。

 鍵を牢屋に差し込んでガチャリ、と開けると牢屋から離れた。


「でもまあ、三人に一人だと分が悪いし?つーか、一人は竜人種とか勝ち目ないわ」

「賢明な判断だ。思わず罠かと疑うくらいにな」

「冗談。そもそも俺は戦闘向きじゃねぇからここにいるんだし。普通に白旗上げるに決まってるだろ」


 出ても良いらしい。

 俺はさっさと界の裏側にあらゆる機材を収納すると牢屋から出る。

 っと、忘れ物があった。


「ほい。さっき言ってたアンタの分」


 一応付け合わせだが、この男が食べられる様に作った物。適当な布にポテトチップスを載せて男に渡す。


「お、良いのか?」

「その為に作ったからな。気軽に食って逃げてくれ」

「逃げる?」


 男は喜んで受け取ると同時に疑問の声を上げる。


「下手したらこの建物潰れるから」


 さっきから本当に音が凄いし。どんな戦闘をしてるのやら。


「まあいいや。そんなら俺は先に逃げさせてもらうぜ」

「じゃあな」


 ポテトチップスを大事そうに抱えながら男は上へと登って行く。

 俺は皆に向き合うと軽い謝ざっ!?


「主、無事で良かった…」

「…良かった」


 謝罪をしようとした矢先に俺はノドカとレンに抱きしめられていた。

 思いの外力が強く、少し痛いくらいだが、迷惑を掛けたのだから俺は甘んじて受け入れた。


「悪かった。こんな事になると思ってなくてな」

「これからは一人で行かないで下さい」

「分かった。約束する」

「……んっ」


 きっとノドカとレンは最悪を想定していたのだろう。

 俺が死んでいるかも知れない。

 そんな不安を胸に抱きながらここを目指し、それが杞憂に終わったと喜んだ。

 俺はなんて幸せなのだろうか。

 ずっと一人で生きて来た。手を差し伸べられた記憶もなく、逆に陥れられそうになるのが日常だった。

 だから誰かに心配されるのは初めてなのではと思える程遠い昔で、胸を締め付けられる想いだった。


「やばいな。俺今凄く嬉しいわ」


 レンとノドカの頭を撫でて温もりを感じる。

 こうして人の温度を感じるのもいつ以来か。

 

「では、行こうか。天華も待っているだろう。夕飯前の腹ごなしでもしようじゃないか」


 皇さんはさっさと地下から上がって行く。

 皇さんは心配も何もしていない様だった。

 もしかしたら皇さんは俺が一人でも何とかなると思っていたんじゃないだろうか。

 同じ『天災』としてこの程度の境遇を乗り越えて見せろと背中が語っている様に見えたのは気のせいか。

 ともかく俺は皇さんを追いかける様に二人から身体を離して階段を登って行く。

 

「失望させたか?」


 つい気になって聞いてしまう。


「いや、ただお前なら何処でも料理をしていそうだと呑気に構えていただけさ」


 確かにそうだが当てられると変にこそばゆい。 


「バカにしている訳では無い。単に『天災』とはかくあるべきだと思っただけだ。何せ私たちの拠り所はそれしかないのだからな」


 俺には料理しかなく、武内さんには武術しかなく、皇さんには科学しかない。

 それ以外を知らない、その道以外の歩み方が分からない俺たちは今までずっと一人で生きて来た。

 だからそれをし続けるしかなく、『天災』であり続ける事が俺たちのアイデンティティだと言いたいのだろう。

 俺にそれだけの自覚があるかと言われれば疑問は残るが、無意識の内に料理を拠り所としていたのだからきっとそうだ。

 

「もっとも本当に料理をしていたのには呆れたがね」

「そいつは悪かった。今度は牢屋を針金一本で開ける努力をして見せるよ」

「ふん、無駄だから止めたまえ」


 確かに一日経っても開ける自信はないけどな。

 俺たちが地下を出てしばらく歩くと廊下には奇妙なオブジェが埋まっていた。

 廊下の至る所に人の下半身と思わしき物が生えており、時折小刻みに動くのが気持ち悪く、そもそも最初ここに連れられた時はこんな物は無かった。


「ってか、これ人間だよな?」

「それ以外に何に見えると言うのだね」

「武内様なら当然の事かと」


 出来るか出来ないかと問われれば間違いなく出来る。

 こんな漫画でしか見た事のない芸術的壁の刺さり方はワザとそうしたとしか思えない。

 遊び心では済まない気もするがステータスが反映される世界ならこの程度では死なないのだろう。痙攣しているしな。


「さて、天華の奴は何処にいるかね」


 右腕を操作する皇さんは気持ち悪いオブジェを無視して先に進む。

 そのオブジェの密度は皇さんの後を追えば追うだけ増えて行き、中には俺たちを誘導する為か人の身体で矢印を作って自分の居場所を示していた。

 ただそれも意味を成さない。皇さんが武内さんの居場所を分かっているので矢印を見る必要もなく進む。


「この建物はもうダメだろうな」


 ボロボロの穴だらけ。至るところがひび割れており、建物として使うにしてもかなりの修復をしなければ危険な状態だ。

 しかし皇さんはそんな事には頓着しない。


「私たちに手を出したのが運の尽きだと諦めてもらおうじゃないか。さて着いたぞ」


 そこは大広間と思わしき場所だった。

 広々とした空間は恐らくこの屋敷でも一、二を争う広さだろう。

 パーティーの開けそうな大広間の中央に目的の人物はいた。


「あ、陸斗くん見付かったんだ?」

「迷惑掛けたな。で、これはどう言う状況なんだ?」


 中年の竜人種の奴隷の背中に隠れるガマ蛙の商人に、その周囲を手下と思う護衛が付いていた。

 しかし武内さんの異常な戦闘能力に怖じ気ているのか誰一人、無防備に背中を晒す武内さんに手を出そうとはしなかった。


「んー、クライマックスかな?後は悪代官倒して終了?」

「それを言うなら悪徳商人だろ。それだと役人とかを指すしな」


 正直もう帰って夕飯の調理を続けたいが、このまま帰っても遺恨は残るだろう。

 ガマ蛙の商人を車で潰す様にプチッ、として置かないと変に報復とかしそうだし。


「でひひひ、お前ら良い気になるなよ。こっちには競り落としたばかりの竜人種がいるんだからな」

「あー、どっかで見たと思ったら」

「武内さん知ってるのか?」


 納得顔の武内さんは竜人種を指差して確認を取り始める。


「ねぇボクの事覚えてる?奴隷オークションで競り落とし負けたんだけど」

「無論、良い乳の持ち主だと知っていた。出来れば我もお主に落とされたかったのだが残念だ」


 やたらとキャラが濃いな。

 チラッと後ろに控えているノドカもそうだが、竜人種はサムライ気質の集まりなのかと思えて来る。

 

「主、私はあの竜人種については知りませんので他人でしかありません」

「そうか」


 相手が竜人種だったのでノドカは俺が知り合いか聞きたいと思ったようだ。

 知人であっても竜人種と戦いたがっていた武内さんは止められない。今度は身内じゃないから死ぬ寸前まで戦うのだろう。


「でひひ、快進撃もここまでだ。この竜人種もお前がやった事なら鼻唄混じりで出来る最強の存在だ」

「へー、最強ねー。良いじゃん」


 ガマ蛙の挑発もどこ吹く風とせせら笑う。

 武内さんにとって相手が最強を自称する事は恐怖に値しない。むしろ飴を貰った子供の様に喜ぶのだ。


「良い気になるなよ。やれ!」

「我は女子供の相手は…」

「僕ちんがやれって言っているだろうが!!」

「ぐっ…」


 逆らう奴隷に容赦の無く強制を促すガマ蛙に嫌気が指す。

 必死に抵抗する竜人種だが、仕方ないと前に出る。


「でひひ、そうだ逆らうな。奴隷なら奴隷らしく主人の言う事を聞けば良い」


 あれは辛そうだ。

 奴隷証が赤く光り、拒絶を続けるだけ痛みに苦しんでいた。

 でも竜人種は最強とされるのなら痛みにも耐えられそうな気もするが。

 俺の感じる疑問を解消してくれたのはノドカだった。


「奴隷証は首に着いている為に痛みも首から来ます。その為に逆らえば呼吸も辛くなり長時間の抵抗は死の危険性さえ伴います」

「そんな物騒なら解除させろよ」


 危なくて嫌だわ。そんなもん着けさせとくの。


「主なら私たちを苦しめたりはしませんので」


 自信を持ったノドカの笑みは一点の濁りも無かった。

 信頼されているが俺としてはこんな物騒な物は着けていて欲しくない。

 だけどこれだけの微笑みを見せられると外す方が間違っている様にも思えてしまう。ジレンマだ。


「お前たち早く逃げろ。我の意志では長く耐えられない」

「えー、やだー」


 呼吸するのも苦しいと定評のある奴隷証の痛みに耐えながら男の竜人種が俺たちの身を案じた。

 しかし間髪入れずに軽く拒否した武内さんとの温度差が酷く虚しく感じるのは何故だろうか。

 実際、竜人種と渡り合える、どころか本気を出しもせずにノドカと戦える武内さんが負けはしないだろう。


「後悔しても知らないぞ」

「自ら望んで選んだ道。ためらいもない、なーんてね」

「武内さんは何処の北斗な使い手だよ」


 闘争の幕は切って落とされた。


ご指摘がありましたので修正いたします。

闘争の火蓋は緩やかに切って落とされた。→ 闘争の幕は切って落とされた。


火蓋は切ってはいけないかったようですね。白楼様ご指摘ありがとうございます。

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