1話目 朝の事情
高校生の朝は大抵早い。
そもそも部活に入っている者は大抵朝練と言う名の扱きを受けてから子守歌に近い授業で睡魔と戦うのが日課だ。
そんな俺、加賀陸斗の朝も早い。ただし、内容は朝練ではないが。
「んーと、昨日は魚だったから今日は肉にするか」
弁当である。
天涯孤独の身の上としては特に不思議にするものでもなく、家計を火刑に合わせない為にも料理は必須スキルと呼んでいい。ここ笑う所な。
まあ一人でいるのが当たり前だから寂しいなんて思った事はないんだけど。
「200gもあれば足りるか」
一人分には多いって?
食べ盛りの高校生なめんなよ?他にも作るから一人で食べたら残す量だ。食べ切れないな。
それだけ作るのは二人分だって察して欲しい。
え?天涯孤独の身で二人分作る理由?
「武内さんには物足りないかもな」
ちょっとした事情がありクラスメートである武内さんの分も作るようになった。
もちろん事情と言っても脅された訳でもなく、ただ単に飯が美味かったから作って欲しいと多めにお金渡されただけだ。そうしたら作るしかないよな。
包丁がリズミカルに動き、つい手の込んだ料理にしてしまう。
べ、別に美味しいって言われたから作るわけじゃないんだからね、と心の中でツンデレ風に照れても気持ち悪いだけだが。
こう言った手作り弁当の類は女の子がやるから味が出るもので男がやったって誰得なのやら。
そもそも武内さんは女の子で俺は男。立場が逆転してるなー、と考えながらも美味いと言われてお金も渡されて作らないのは男じゃない。
「………ちょっと気合い入れ過ぎたか?」
まあいいや。飛騨牛とか高級食材は使ってないし、ほんの少しだけグレードの高いお弁当になっただけだ。幕の内弁当が幕の内弁当(特)ってなるのと同じだな、うん。
「あ、もう時間か」
用意は万全。教科書に胡椒、ノートに塩、文房具に砂糖も完璧だ。
調味料は趣味。味付けが薄いぞーって言われたら足して上げたくならないか?
「行ってきます」
誰の返答も帰って来ないマンションの一室にあいさつをして出る。
決まったルーティンだ。やらないと調子が狂うからやるだけだ。他意はない。
決まった時間の電車に乗って学校に向かう。まるで自分の足元にもレールが敷かれているこの感覚は一生変わらないのだろう。
きっと年を取っても同じだ。行き場は違えど毎日同じ景色を見て通うサイクルは止まらない。
達観していると言われればそれまでだろうが人生そんなものだ。
親との死別も早いか遅いか。俺はちょっと早かっただけ。寂しくはない。
「ほい、到着」
人生は奇をてらった事なんて起きはしない。人の為にお弁当を作るのが奇でないとは言い難いがそこまで変わったことじゃない。
だから学校に到着しても代わり映え何て…。
「…………」
やたらと静かな教室に入る。何故だ?もっと喧騒としててもいいんじゃないか?
この時間となるとクラスメートもだいたい集まる。実際教室内もクラスメートがそれなりにいるのに教師もいない中で一言も会話がないのは変だった。
「どうなってんだ?」
「あ、来た来た」
そこで教室に入った俺に声を掛けて来たのは武内さんだ。
武内天華。一言で言うならよく分からない人。
男子の平均並みはある俺よりも少しだけ高い身長と豊かな胸に目の行くボーイッシュな髪型の彼女はいつも神出鬼没。
人よりも身体を動かすのが得意な人としか認識していないが武を知る者は誰もが彼女の名前を知るらしい。
曰く『武の領域を超えた武』『武を壊す者』『武を究めた天災』だと聞いた事がある。
昨日だって誰もいない屋上にいたら空から降って来た。何で空から降って来たのかを訪ねれば。
『散歩してただけだよ。あ、この卵焼き貰うね』
との事。謎だ。そもそも空から降って来るのに武は関係あるのだろうか。まあいいんだけど。
そんな彼女の横には小さな女の子が付随していた。
この子は何者?初めて見たんだが。
「おはよー」
「おはよう武内さん。ところでその横にいる子は?」
「んー、仲間?」
「何の!?」
あり得ないくらい説明不足な武内さんの説明。これを聞いて理解を示せる程親しくはない。
「言っておくが私は君と同じ年だ。子供扱いはよしてもらおう」
突如喋り出した少女は手入れの録にする気のない髪を後ろで適当に縛っており、半眼で退屈そうで不機嫌な表情をして薄汚れた白衣を纏っていた。
これで同じ年?上から下まで眺める目が不粋になるのは仕方がない。
何せ発育不足そのもの。痩せこけているとは言わないが全体的にミニマムで顔が俺の胸元しかない。これで同じ年と見るのは辛いものがあった。
「私の名前は皇だ。そしてお前が陸斗とやらか」
じろじろと先の仕返しの様に観察された。
上から下まで満遍なく見られた後に、鼻で笑われた。
「はっ、凡人だな」
酷い言われようだった。
「は?」
俺はあまりの事に目を丸くするも、そんなものはどうでも良いと皇さんは武内さんへと話し掛ける。
「おい、本当にこれか?」
「当然?ボクが言うんだから間違いないよ?」
「そこで疑問符を付けるな」
何が何やら。俺はどうすればいいのやら。あ、そうだ。
「武内さん」
「何?」
まるで犬が尻尾を振っている様な笑みを見せる武内さんにお弁当を渡す為に鞄を開ける。
「はい、これお弁と…」
―― ツカマエタ ――
「う、…………は?」
頭の奥から妙な声が響いた気がした。
「え?」「何だ今の声?」「あんたも聞こえたの?」「うぇ、気持ちわる」「ねぇ、何か床が光ってるんだけど」「うわっ、本当だ!」「ま、魔法陣でひゅっ」「え?これどんどん強くなってるよ!?」
座っていた誰もが立ち上がりその不可思議に見入ってしまった。
証明も何も無い床が幾何学模様を描きながら白く光る。とても幻想的なのだが、そんな感傷に浸る暇を俺たちに与えてはくれなかった。
「「「「うわぁあああああああああああああっ!!!」」」」
突如、床が消えたと錯覚する浮遊感。
皆はそれに捕らわれ、押し流される様に俺たちは教室からいなくなった。
まるで水の中に沈んでいるようだった。
ぶくぶくとした緑色の泡が視界を覆い、空から落下しているのとは違う沈んでいく感触。そして同時に身体の中に異物が入って来ようとするおぞましさを覚えた。
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何だこの声は?
それに身体の中に何を入れようとしているのか分からないが押し込もうとしないでくれ。これ以上は入らないと叫んでるように頭が痛い。割れそうだ。
よく分からない何かに自身を壊されてしまいそうな不思議な感覚に俺は抗った。抗い続けた。
だってそうだろう。俺は俺だ。
事故で両親を亡くした俺がいた。
料理を好む俺がいた。
親戚に全てを奪い取られて泣いてる俺がいた。
特定の誰かと遊ぶでもなくバイトに励む俺がいた。
そんな俺の全てを否定して組み替えようとする輩を受け入れる道理はない。
誰かがお前は不幸だと言っていた。だからって今の自分を全否定したい程に落ちぶれてもいないし変えたいとも思わない。
だから抗ってやる。俺は俺のままでいたいんだから邪魔するなと。
「………なるほどな」
「だから言ったでしょ。同類だって」
必死に抗う中で二人の女の子が傍で喋っている気がした。だがそんな方に意識を裂く余裕もなく俺は、この水の様に纏わりつく何かの中へと沈んで行くのだった。
「がっ、がはっ!!」
器官に入った液体を外に押し出そうとする反射運動で目が覚める。
特に身体の中に異物が入っていたわけでもなく、意識が落ちるまでの錯覚からそんな運動をしてしまったようだ。
「こ、ここは…」
周りには幾人ものクラスメートたちが気絶しており、自分だけがこうして妙な事象に巻き込まれた訳ではないのに安堵した。
そして同時にここが教室である処か、日本でないのを明確に理解してしまう。
不規則に並ぶ石畳の床。植物の蔦をモチーフにした装飾の施された柱。外を眺めれば空を飛び交う竜の群。そして俺たちを取り囲む中世の魔法使いに似たローブを羽織った者たちと鮮やかな綺麗な鎧を纏う騎士。その騎士に守られるように立つ王冠を被った豊かな白髭を持つ威厳あるお爺さん。
あの少しでこんなドッキリを用意出来る訳もなく、教室から移動していたとしてもあの竜の群はそもそも俺の知る生き物ではない。
「なんだここ?」
まるでお伽噺話が現実になったかの様な世界観に目が丸くなった。
・・・
そして全ては冒頭に戻る。
この訳も分からない流れに着いて行けているのはガッツポーズで喜んだ肥満な眼鏡の田中君とガリガリな青山君の二人だけで他の者は俺と同じで成り行きを見守るばかりだった。
例外は武内さんと皇さんだ。彼女らは冷静に何があっても対処出来る自負があるのか平然とした表情だ。
「そなたらを呼んだのは他でも無い。我らの宿敵である『人形王』を倒して欲しいのだ」
まるでゲームの冒頭に始まる謳い文句。それに反応したのはクラスの代表格であるイケメンの山崎君だった。
「待って下さい。どうして俺たちがそんな事を?」
「口答えを…」
「まあ、待て。順を追って説明するのが礼儀であろう」
「はっ、申し訳ありません陛下」
山崎を押さえつけようと出た騎士を王様が宥める。
「まず我が国、アビガラス王国は世界でも有数の大国である。そうであるが故にこの国を欲しがる者もおる。今は平和なものだが、いつ侵攻されてもおかしくないのだ」
「それが『人形王』ですか?」
「そうだ」
話をまとめると以下の通りであった。
・国の名前はアビガラス王国
・この国は平和
・だけど『人形王』と呼ばれる王様がこの国を侵攻予定
・ピンチだー、どうしよう?あ、勇者呼ぼう。←今ここ
しかしそれだけ聞くと疑問が残る。ならば何故この王様は自国の兵士でそれを防げないのだろうか。
先も言った様にこのアビガラス王国は世界でも有数の大国。ならば兵力だって大国級な筈。どれほどその『人形王』とやらが優れていても大国を滅ぼすのは無理がある。
そんな俺の疑問に答える様に王様は続ける。
「『人形王』の統べる国、モルド帝国は人を傀儡にして操る力を持っておる。その為に奴と戦った国は兵士たちが寝返り、戦うどころか国を維持するのも儘ならない状況に陥らされてしまう。それは兵士だけでなく民までも奴の傀儡となって自国を荒らしてしまう始末よ」
何となく分かった気がした。
そのモルド帝国は様々な国を非道な力で次々と掌握し続ける。その牙は今この国に向こうとしており、『人形王』の傀儡の力を使われればアビガラス王国も危ない。だから勇者に頼ろうとした。でも勇者ならその傀儡に力を防げるのだろうか?
「今では奴の国は我がアビガラス王国に匹敵するまでになった。このままでは我が国も『人形王』の手によって滅ぼされてしまう。だから私はアビガラス王国を守る為に古文書より伝わる勇者の召喚を行う決意をした」
「少し良いですか?」
またも山崎君だ。この状況で勇気あるな。多分あれが勇者で他は巻き込まれた口か?
「その話が本当なら勇者であっても『人形王』と言う人の傀儡になるのではないですか?」
あ、ちょうど聞きたかった所だ。
王様は仰々しく頷いて山崎君の言った事を傾聴してから疑問に答える。
「その疑問はもっともだ。しかし勇者であればそれはない。古文書によれば遥か昔にも『人形王』と同じ力を持つ者がおり、その力に抗えたのは勇者だったとされている」
「つまり勇者には何ら問題なく『人形王』と戦えると?」
「そうだ」
そこまで話を聞いて、今まで押し黙っていたクラスメートの皆の不満が口々に出る。
「そんな事言われても…」「無理に決まってる」「だいたい俺たちはただの高校生だ」「家に帰してよ」「何でそんな面倒くさいのに巻き込まれないといけないんだ」「でひゅでひゅ!テンプレ!テンプレですな同士!」「もちろんでござる。チート無双確定ルートでござるよ!」「向こうにも兵士がいるなら無理だ」「だいたいケンカだってしたことないのに」
若干空気を読まない二人がいるが無視して、概ね皆が否定的であった。
「静まれ!!不敬であるぞ!!」
騎士一人が槍の穂先を石畳に打ち付けて不満を掻き消す様に打ち鳴らした。
「だけど俺たちには戦う力なんてないぜ?どうしろって言うんだよ」
果敢にも騎士の一人に突っかかるのは茶髪に染めた不良の鈴木君だった。
そんな彼を宥める様に王様は右手を軽く上げて制した。
「もちろん力はある。勇者たちよ『ステータス』と唱えるとよい」
「「ステータス!!」」
王様が言い切るや否や、待ってましたと言わんばかりに叫ぶ青山君と田中君。それに倣う様に皆がそれぞれ口にした。
「おおっ、何かゲーム画面みたいなのが出た!」「『職業:魔法使い』?」「何か体力100とか書かれてるんだけど」「魔力100ってのもあるけど何?」「でひゅーーーーーっ!来たですぞ『職業:道化師』!奇抜職からの無双ですな!」「拙者は『職業:暗殺者』でござる。チート来たでござるよ!!」「Lv1なのは来たばかりだからか」
さて俺もやってみるか。一体どんなのが出るのやら。
「ステータス」
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名前:加賀陸斗
職業:
体力:0
魔力:0
攻撃力:0
防御力:0
回避:0
スキル
【】
称号
【】
―――――――――――――――――――――――
ん?