最終話 思い出の味は涙と共に
裸エプロンから適当に見繕った白いワンピースに少女を着替えさせ、皆がテーブルに着くとそれぞれが液体の入ったグラスを持った。
「はい。じゃあ今日は皆お疲れ様だね~。かんぱーーい!」
「「「「「「かんぱーい」」」」」」
「か、かんぱい?」
天華の音頭によってお疲れ会は少女の戸惑いの声と共には始まった。
時たまこうして日本の飲み会みたいな空気でパーティが行われていた。だから少女以外はこの空気に慣れていたが少女にとって乾杯が何を示すか分からず戸惑いながらグラスをぶつけ合う。
「んっく、んっく……ぷはー。やっぱりこれだね!」
「ただの炭酸だがな。酒を飲むには私たちにはまだ早い」
「良いの!こう言うのはノリが大事なんだから」
「んじゃ温かい内に食べるか」
味が損なわないよう温め直したバケットと数々の料理が並ぶ。
サラダは色とりどりの緑黄色野菜が散りばめられ、鳥の照り焼きは甘辛く鮮やかな琥珀色を放ち、牛肉のスープは脳の奥を直接殴り上げる暴力的匂いを放っていた。
そして最後にとろとろのチーズをふんだんに乗せたグラタンだった。
何故かは分からない。――が、無性に作りたくなった。ただそれだけだ。何らかの意図や誰かに頼まれた訳ではない。
少し多いかと思ったが残れば別の料理に変えれば良い。
「はぐはぐはぐはぐ」
「モグモグモグモグ」
最も暴れん坊の欠食児童二人がいればそれはないか。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ――あ、そう言えば今回は枝豆無いんだね」
「別に必要じゃないしな」
様式美扱いされてるが、あれは元々天華への罰だ。
それが何故か自分だけじゃ不公平だー、と天華の文句から皇にも回されて行き恒例行事化したに過ぎない。
だから別に必要性はない。
それに仲間同士で争ったのではなく敵として戦い仲間になった。
なら罰は不要だろう。
「我は…」
久々の食事に戸惑う少女。ずっと一人でいたのなら食事の仕方も戸惑うか。
「好きに食べてくれ。足りなかったら用意するから」
「分かった。頂こう」
そうして徐に手に取ったスプーンで最初に手を付けたのはグラタンだった。
チーズと牛乳、小麦粉、キノコで作ったシンプルなもの。
どうしてか不思議と作りたいと思った一品だ。ここに野菜やお肉を入れても良かったが邪魔だと感じて入れなかった。
「はむ…」
少女が一口頬張る。
「はむ…」
二口。
「はむ、はむ…」
三口、四口。
「はむ。…ぐずっ……はむ…」
五口、六口と続き、少女は目元に涙を浮かべる。
「はむ……。うぅ、ああ……。はむ…」
時折漏れる感嘆詞。
ポタポタと溢れる涙と声は迷子の子供と遭遇したのではと錯覚させられる。
「美味くなかったか?」
少女の変化に戸惑う俺は少女に問い掛ける。
「いや…、ぐすっ……。我は、これが食べたかった、そう、思い出したのだ」
――数千年ぶりに。
そう語る少女はスプーンを止めはしなかった。
「ああ、そう言えば陸斗は知らなかったな」
「それでよく作ったよね、このグラタン」
「どう言う事だ?」
皇はバケットを食べている手を止める。
「この者の好物がこのグラタンに当たる」
「まあぶっちゃけ家族との思い出の味?陸斗くんが調理してるから味のクオリティは段違いだけど」
つまり俺は無意識で懐かしいと思える物を作り上げてしまったのか。
少女はグラタンをじっくりと見つめる。その目は愛しさや苦悩に見て溢れていた。
「我はこんな力要らなかった……。ずっと家族と居られればそれで良かった。だがこの力は異端。父と母を自ら遠ざける結果となってしまった」
再度少女はグラタンをスプーンで口に運ぶ。
「美味い。……我はこれを求めていた」
グラタンを頬張る少女は涙を流しながら食事を止めはしなかった。
「まあ、ゆっくり食べてくれ」
ポン、と頭を撫でる。たとえどれだけ長生きしていようと泣いてる子供の扱いはこれで十分だろう。
「………ありがとう」
郷愁の念が漏れる。
長い長い、――本当に永い少女の旅が、今ようやく終わりを迎えたのだと悟る。
求めてやまなかったものが何であったか。
少女が欲していたのは同レベルの同じ存在などではなかった。
ただ欲しかったのは胸をすくような温かさ。欲しかったのは、ただそれだけだった。
恐怖をしない。畏怖しない。そんな相手はそれこそ同じ『天災』でしか得られない。
履き違えていたのだ。まるで靴下を手袋として使ってしまったような、あべこべ。
欲していたのは温かさであった筈なのに自ら力を使い続け、絶対的存在となり誰も寄せ付けなくなってしまう矛盾。
力を隠すのではない。根底から優しい少女は誰かの為に力を使い続けてしまったのだ。
でなければステータスは存在しない。
『天災』を作り出そうとしたとする表向きな理由とは裏腹に、力を分け与え見ず知らずの誰かの為に存在し続ける。これを優しいと言わずに何と呼ぶか。
資質の無いものは切り捨て、期待出来るものだけにステータスを与える事も少女には出来た。
なのにしなかった。それどころか人に絶望し、『天災』を作り出せないと分かっていながらも止めなかった。
恩恵を与え続けるのを止めなかった少女は誰よりも優し過ぎたのだ。
「………ありがとう」
述べる感謝は何を示すか。
料理にではない。この今の状況に感謝している。
なら、そっとしておくのが良いだろう。満たされるまで食べれば良い。それくらいなら俺は用意出来るからな。
・・・
月日はあっという間に過ぎ去った。
「もう行かれてしまうのですね」
「俺たちはここにいない方が良いですから」
王女の国は戦争の爪痕を多く残した。
ぶっちゃけ俺たちが残した爪痕の方が酷く、特に国一つの都市丸々崩壊させ、対となる道も軒並みダメにした。
傍若無人な二人がこのままで良くない?と、王女が一筋の涙を流す発言をしていたが流石に可哀想だと軽く整備しておいた。
復興が尋常でない速さで進むと王女は喜び、あれもこれもお願いしますと図々しくなった。ちょっとお仕置きに俺の本気で作った料理を目の前で食べてやったのは良い思い出だ。
王女なのに待てをされた犬の如くダラダラと涎を垂らす姿は今思い返しても笑えて仕方ない。
「それではお暇を頂きます」
「何をそちら側に立っているのですか、ネイシャ。連れて行ってもらえる筈がないでしょう」
「っく、私のクッキーが…」
強制的に引き摺り戻される毒メイドのネイシャは悔しそうに顔を歪める。
何だかんだと皇が食べさせてしまったクッキーが原因であり、今後彼女がクッキーを食べられなくなると思うと可哀想ではあるが、自身の起こした罪であり自業自得。諦めて欲しい。
「加賀氏、色々申し訳なかったでひゅよ」
「謝り倒しても切りがないでござる」
「気にしてないし気にするな。嫁と仲良くな」
「「もちろんでひゅ(ござるよ)!!」」
田中と青山はこの世界に残る事になった。
敗戦国の勇者であるが、寝返り、モルド帝国に終始協力していたため自由を許されている。
今では王女の手足となってこき使われているが、それなりに給料も良く、嫁たちとそこそこ幸せに暮らせている。
余談だが、二人とも元奴隷の嫁たちの尻に敷かれている。
元々奥手な二人であり、奴隷であった時から嫁たちの言う事に素直に従うためどちらが奴隷か分かったものでは無い。
もしかしたらこの二人がアビガラス王国を裏切ったのも、その嫁たちの采配が絡んでいそうだが、まあ聞くのも今更だ。
「ちなみに他の者たちはどうするでござるか?」
「別に良いだろ。この世界で勝手に生きて行くさ」
他のクラスメートたちは好き勝手に奴隷を虐げて来たのだ。王女は彼らに罰として奴隷の奴隷になる罰を与えている。
奴隷制度はモルド帝国にないが、術式などはアビガラス王国にあり、大抵の奴隷は解放されたが、彼らや率先してモルド帝国に敵対したものは漏れなく奴隷となっている。
奴隷を手酷く扱っていた者、特に不良の鈴木や徳田芽士亜は奴隷たちの金銭を稼ぐ道具として扱われており、人としてまともに扱われていない。
ただ他の者たちがどうなっているかと言えば何故か幸せそうなのである。
『山崎光黄被害者の会』の安藤、武田、今井、金田、菊池は山崎の被害に遭う度に奴隷であるお姉さまたちに慰めて貰っており、お姉さま方も母性に目覚めていたのか何だかんだと良好な関係が築けていた。
立場が逆転した今でもそれは変わっていないので鈴木や徳田みたく金銭を稼ぐ道具となっていながらも、まるで夫婦のような生活を送っている。
土屋と加藤のビッチ二人組は奴隷を家具として扱っていた。
ならば逆転した今では酷い扱いを受ける、と思っていたが、まあ所詮は奴隷たちも男か。
最初は言外し難い事を二人にしていたが、肝心の二人が平然と受け入れており、これもこれで悪くないと楽しみだした。
結果として二人は無事に懐妊し、元奴隷の男たちも父親になった事を意外と喜び仲良くやっている。ホント訳が分からない。
そして超問題人物である触手の山口と変態の山崎であるが、こちらも立場が逆転しても変わっていない。
山口などは責められるのが好きとしたドMであり、奴隷に堕ちた今でも触手と戯れる業の持ち主。むしろ奴隷に堕ちた分より楽しんでいる節があるので語る必要があるのかと疑わしいほど変わらない。
一時期は皇に執心していたが奴隷の身ではどうにも出来ず、皇自身も粗方触手も調べたので特に興味の湧かない対象だ、と本人に直々に告げており関係が膨れ上がる事もなかった。
山崎に至ってはスキルやステータスの全てが無くなった。
しかし肝心の奴隷(男)たちは山崎の虜となっているので生活サイクルが奴隷たちと戯れるのが殆ど。こちらも代わり映えがしていない。変わったのはどちらが金銭を稼ぐかくらいか。頑張って男娼に励んで俺を忘れて欲しいと強く願う。
正直な所クラスメートたちに関しては一部を除いて各々が割と順応しているので問題はなさそうだ。
鈴木と徳田に関しては奴隷たちに許される日が来るのを待つしかない。これはもう元々の奴隷に対する扱いの差としか言えなかった。
「アビガラス王国は無くなりました。小国の殆どは属国に転じ、モルド帝国が全てを牛耳たと言って過言ではないですね。しかしあの王の最後を生で見られなかったのは残念でしたが…」
王女にとって惜しまれるはアビガラス王国の王を処刑台に立たせられなかった事。
王を目の前で処刑して貴族、平民、アビガラス王国に辛酸を舐めされ続けた者たちの留飲が下がるのだが、それが出来なかった。
代わりに無様で滑稽だからと皇が録画しておいた王の最後を公開し、戦争の終わりを示した。
まあ、モルド帝国に反旗を翻した小国は頭を綺麗にモルド帝国の貴族と挿げ替えられ、二度と裏切れないよう体制が整えられている。
「本当にありがとうございました」
「気にするな。気が向いたので出向いただけだ。もっともお前が何かしでかしたら戻って来てもう一度戦争しても構わんがな」
「起きる前に全面降伏致しますのでご安心を」
「っち、つまらん王女め」
戦争する気もないくせに。
これは皇の優しい忠告だ。
実質世界を手にしたモルド帝国に敵はいない。
だからこそその地位に満足し、足元を掬われるなと助言している。
まあこの王女なら大丈夫だろう。どんな逆境にもめげずに立ち向かったのだ。何とかしていくだろう。
「そんじゃ、次の世界に行って見よー」
「お気楽ですね」
「……いつも通り」
「レンちゃん最近辛辣じゃない?!」
皇の科学と少女――ラクティアのスキルによって自由に世界を行き来する力を得た俺たちは更なる『天災』に会うべく別の世界を旅行すると決めた。
何処か永住しても良いと思える世界があればそこに留まるだろうし、暴れたければ好きに暴れるだろう。
俺たちは『天災』。気付いた時には現れる出会えば最後の災害だ。
「そう言えばラクティアがいなくなってこの世界にステータスって無くなるのか?」
今まで気にしてなかった疑問が浮かび、ラクティアに聞くと首を横に振った。
「いや、この世界は既に我のスキルに浸食されている。異世界から来た者を除き、この世界の生命から全てステータスが消える事は無い。それとも消して行くか?」
「「絶対に止めて下さい」」
ステータスありきのこの世界からステータスがなくなれば悲惨以上の出来事と変わるだろう。
王女たちが必死の形相でラクティアを止める。
「無駄な労力だからやる気はない。後は勝手に我の力を使っていろ」
これも『天災』の残した爪痕か。
それもあまりに長く浸透してしまった為に無くてはならない物へと変わった。ステータスがなくなれば俺たちが出した以上の被害がこの世界に降り注ぐだろう。
ラクティアがいなくなればステータスが消えるのであれば王女たちは死に物狂いで俺たちを止めていたに違いないな。
「何遊んでいる。早く行くぞ」
皇が別の世界に渡る門の前に立つ。魔法陣にも似たそれは紅く輝き、形の歪な丸い鳥居にも見えた。
他の皆も既に準備出来ており、後は俺とラクティアだけだった。
「なあ。我も本当に構わんのか?」
心配そうに見つめて来るラクティアは少女と呼ぶには幼かった。
未熟な精神のまま時が止まった少女。仲間になり切れていないからか戸惑いを見せる。
そんなラクティアの手を俺は取る。
「良いから行くぞ。俺たちはもう仲間なんだからな」
――天才の枠組みに収まりきれなかった化物たち。
「………ああ、そうだな」
――もう俺たちは一人ぼっちじゃない。
「陸斗くーん」
「主」
「……ご主人様」
「陸斗殿」
「師匠」
――俺たちは旅をする。
「ああ、今行くよ」
――次の『天災』に会うために。
長々と書いて来ましたがこれで完結です。
最終話を除いてPV884,001総合評価 2,088ptと過分な評価を頂きありがとうございます。
まだ少しだけ追加で書きますが駄文でありながら今までお付き合い頂き感謝しております。
また別の作品で読んで頂けると幸いです。
それではまたの機会にお会いしましょう。その時はよろしくお願いします。