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第123話目 世界で一番ぶっそうなケンカの始まり

「親方、空から女の子が」

「誰が親方だ。ってか前もやっただろ」

「あ、覚えてたんだ」


 皇が飛んで来ているのを見つけた天華が嬉々としてネタをぶっこんで来る。

 

「なんだ天華は無事か。つまらん」

「ぶー、それ酷くない?」

「もし腕の一本か二本なければ生やしてやろうと思っていた所だ」


 左手には赤と青の原色をした液体の入った二つの注射器が握られていた。


「うはー、絶対にヤバい薬だよそれ。ボクはピッコ◯じゃないんだけど」

「どっちかって言えば戦闘民族の方だもんな」

「ちなみに私と同じように機械の腕になるのだぞ?これはただの麻酔だ」

「なんで麻酔がそんなに禍々しい色してるかなー?」


 皇の右腕は半壊しており、腕として残っている一部から金属質の破片が見え隠れしていた。


「皇も随分と無茶をしたな」

「ふん。この程度無茶の内には入らんよ。スペアはあるのだからな」

「交換しないの?」


 天華の言い分はもっともだ。

 あの腕では何も出来ない。少なくとも片腕では【型無しの刀インタクティル・アキエース】を振るくらいしか出来ないだろう。自衛手段としては心許ない。

 皇の戦闘を支えているのは【有現の右腕マールス・ノウン】だったと言って過言ではなかった。

 

 そもそも片腕か両腕かでは戦闘の幅が違う。

 腕の欠損は大きな損傷であり、スペアがあるのなら早急に変えるべきだ。なんせ未だにあの白い狼を生んだ少女は無傷でいるのだから。

 しかし皇は首を横に振る。


「今は無理だ。どうにも必要以上の出力を出したせいで接合部に異常をきたしている。本格的にメンテナンスをしなければ使い物にならん」

「重傷だね」


 ただそう呟く天華も立っているだけでやっとだった。

 先も自分で浮く事が出来ずに落ちて来た。あれは身体の『氣』が空になるまで使った証だ。

 天華が空中を浮けるのは『氣』を操り皇の【六翼の欲望シックス・アウル】と同じような力場を得ているに過ぎない。

 

 逆に言えば『氣』がなければ天華はただの女の子。浮く事もままならなければ拳一つ握っても俺が止められるだけの力しか出せはしない。

 二人とも満身創痍になるまで削られた。これがこの世界の根幹をになっていた少女の力か。

 俺は感心しながら肝心の少女を見る。


「……ふふ」


 笑っていた。

 自身の持つ力を全て出し切っての結果を受け入れてか。それとも他に思う所があるのか。

 少女は倒れた白い狼の頬を撫でる。 その慈しむ姿は見た目相応の少女らしさがあり、それでいて宝物を見つけたような幼さを感じさせた。


「あっちはまだ元気そうだけど皇ちゃんはいける?」

「当然だ。片腕だろうと貴様と戦ったのを忘れたか?」

「油断するな。来るぞ」


 三人が警戒態勢に入る。

 しかし皇の片腕は使えない。天華は『氣』を殆ど失った。

 実質戦えるのは俺だけだった。


 少女は満足そうに白い狼を撫で終えるとこちらに向かい歩みを進める。

 最初に会った時のような能面さは無い。二人が引き出した様な恨みの籠った感情も無い。あったのは親友と再会したような喜色で面じゅうを照り輝かせた笑みであった。


「ああ、そう警戒するな、と言っても無理な話か。我がそうしたのだからな」


 涙を流す少女はそれでもまだ笑みを解きはしなかった。

 

「こうして負けるのは何時以来か。いや、そもそも負けた記憶も無かったかも知れぬ」


 少女の言葉に皇は眉を顰めた。


「負けだと?こちらはボロボロにされたのだぞ?それでいて肝心のお前は元気ときた。負けているのはこっちだろうが」

「そうだそうだー」


 負けたのは自分たちだと抗議する二人と言うのも実に珍しかった。

 勝ち負けに拘るのは二人が戦闘の分野で自信があったからだろう。なのに結果は三人が力を合わせても一人に勝てない有様。

 一人で挑んでいない時点で二人にとっては負けているのと同じなんだろう。


「いや、このスキルを使うと我の力は殆ど無くなる。打ち破られた時点で我の負けだ」


 憑き物が落ちたような晴れやかな顔つきで空を眺める。

 その頭上に暗雲はない。照らす太陽を遮る白雲は一つも無く、眩しそうに手で日陰を作る少女は久々に見たであろう太陽に目を細めた。


 これで終わりかと俺は安堵する。

 何せこれ以上は泥沼だ。更に戦うとなればそれこそどちらかが死ぬ可能性がある。少なくとも全力の出せない皇と天華ではどうなるかなんて想定も出来ない。

 しかし安堵していた俺の耳に予想外の言葉が紡がれる。


「だが、望めると言うのならもう少し付き合ってはくれないか?あのスキルは最後に我と合体する事で真の力を発揮する」

「「ほう」」

「いやいやいや、何やる気になってるんだよ要介護二人組」


 あほかこいつら。何でそこで喜べるんだよ。

 下手をすれば少女よりも嬉しそうに笑う二人に思わず立ち眩みを覚えた。


「だって陸斗くん。ラスボスお約束の『変身をあと2回も残している』だよ?」

「それ違うから。もしそうなら次が終わってもまだあるだろうが」


 オラ、ワクワクして来たとか言いたそうな顔しないでくれませんかね天華さん。これだから戦闘民族は。


「あれはまだ本気でなかったのだぞ?もちろん私もまだ本気を出していない」

「ボロボロに壊れてるのによくその台詞が言えたな。もう寝てろよ」


 張り合わないでくれ。止めるこっちの身にもなって欲しい。

 呆れる俺を余所に少女はクスクスと笑い出す。


「分かっている死人を出しはしない。どのみちあの状態では合体した所で高が知れている。お前たちなら死にはしないだろう」


 少女は手を上げる。

 すると白い狼はゆっくりと身体を起こした。まだ生きていたのか?

 いや、あの目は死んでいる。あくまでもスキルであって生物ではないからこそ少女の動かす通りに動いているに過ぎないのか。


「食え、白狼」


 倒れ込むように口を開きながら少女を飲んだ白い狼は地面に口を付けながら固まる。

 ピシリ、卵の殻が割れる音がする。

 まるで成鳥にでもなる儀式でも見せられる様にひび割れて行く白い狼の全身に亀裂が入ると一気に割れた。


「これが本来のこのスキルの力だ。今は一割にも満たないのが残念だが」


 髪まで白く染まり、その頭頂部にはツンと尖ったフサフサの毛を持った耳。

 胸元を交差して覆われた毛布に皮膚から直接生えているかの如く張り付いたズボン。身体を纏う衣装もまるで狼の毛皮を剥いで作られたよう。

 そのお尻からは身の丈を超える一本の白く太い尻尾。


 現れたのは白い狼がまるでそのまま人の姿を(かたど)ったような姿であった。

 その力は濃縮されているのだろう。纏う気配も先に相手した狼のそれだ。

 

「「よしやるか」」

「やるな。後は俺がやるからな」

「「ぶー」」


 二人にやらすには些か怖いモノがある。

 ならやるのは未だダメージのない俺が一番良い。


「少し離れるぞ。主にこの二人が手を出さない所まで」

「分かった」


 文句を言う二人を無視して俺は少女と誰もいない場所まで移動した。




 ・・・




「ここなら良いか」

「周りには何もない。どれだけ暴れても杞憂に終わる」


 更地となったアビガラス王国の隅。ここには生物の反応は何も感じない。

 

「しかし良かったのか?我は三人でも構わなかったのだが」

「あの二人は無茶をし過ぎる。それにこれはもう遊びの範囲だろ?」

「それもそうだな」


 それに、と少女は言葉を続ける。


「お前の才も見たい。あの二人は戦闘に偏った才の使い方だったが…、お前の才、戦闘は副次結果でしかないのだろう?」

「よく見てるな」


 あくまでも才能は料理。

 調理の幅が広がっただけで戦闘に関して俺自身そこまで強くはない。少なくとも皇や天華と一対一で戦えば負ける。そう言ったものだ。


 なのに俺は何故この少女の言い分を聞いて戦おうとするのか。

 どうこう理由を付けようと答えは決まっている。


 ――この人を救いたい――


 その一点に尽きた。

 こちらを見る眼は未だに孤独を抱えている。

 どれだけ生きて来たのかは知らないがずっと寄り添えるような相手などいなかったと分かってしまう。

 それこそ『武』をバカにされて暴れた天華や『科学』を食い物にされたトラウマを露わにした皇と対峙した時と同じ感じだ。


 雲った心を晴らすには全力をぶつける以外にないだろう。

 これは勝ち負けを決める戦いじゃない。対等を結ぶための必要な儀式。規模は小さくなるが河原で殴り合って友情を深めるようなものだ。


「さて始めるぞ」

「いつでも。ただこっちは料理人でしかないんでお手柔らかに」


 世界で一番ぶっそうなケンカの始まりだ。

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